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誘う
静の海に鷹が降り立つこのご時世、空を見上げても実にそれは低く見え。金色の箱から煙草を出して、下宿の屋根に煙を吐いても、それは高くならず。
時代の流れと言うものが空を低くするのだなァ、などと思っていたら、居間のちゃぶ台に食事が置かれる。女だけの家に転がり込んだ私が言うのも何だが、貧相な昼飯。
作ったのは大家の娘。
「何しとったん」
「空ぁ見てた」
いただきますと言い、沢庵と米を口に運ぶ。
「屋根やん」
「空なんだよ」
「そう」
興味なさげにテレビを回し始める娘。
「どっか連れてってやろうか」
下心から逢引に誘う。
「金ないやろ」
「煙草我慢すればええ」
実際には同伴喫茶を我慢するだけだ。
「ほんなら、喫茶に行きたいわぁ」
「……」
「いつも行っとるんやろ?」
一種蠱惑的な笑みでこちらを見つめる娘に、背がぞわりとする。
「女なのにねぇ、おもろい人やわ」
茶を飲んで、目をそらす。
「うちもそんな目で見とるん?」
テレビの音は遠く、布擦れの音が近くなる。
「うちのこと、抱きたいん?」
残った飯を掻っ込む。
「煙草、買ってくる」
私は逃げる。
これもジセイなり。




