エピローグ
何処か他人事のように迫るトラックを眺める彼の表情は、驚くほどに穏やかなものだった。
そんな彼の視線の先、フロントグラス越しに運転手の表情がよく見える。
その瞬間、彼は全身を雷に打たれたかのような衝撃を感じた。
今まさに彼を撥ね飛ばそうとしているトラックの運転手、その表情がどれ程必死だったことか!
悲劇を回避しようと、運転手は必死になっていた。否応なく、その必死さが伝わってきた。
それを自分は、最後まで他人事だと思うのか?
そんなわけにいかないだろう!
あの運転手は、必死に自分を生かそうとしてくれている。
ああ、そうだとも。
彼も思う、死にたくない、と。
思い返せば今までなにもやってこなかった。このまま死ねるか!
その証拠に、今際の際のこの瞬間にあって、彼には走馬灯の欠片も見えなかったのだ。
走馬灯で思い返すものもないほどに、中身のない人生だったと言うのか?
生まれ持った能力に胡座をかいていた。クラスメートを遥か後方に置き去りにした時には、彼は努力を知らなかった。そして追い抜かされた時にも、強がるばかりだった彼は、努力の仕方を知らないままだったのだ。
そして、そのまま逃げた。
努力を学ぼうと、始めようと、しなかった。
そのまま死ねるのか、なにもしないままで?
嫌だ、死にたくない!
そんな彼に応えるかのように、運転手の、雄叫びが聞こえたような気がした。
そして、その瞬間、トラックのタイヤが跳ね上がった。
一瞬前まで彼の頭があった場所を通り抜け、片輪走行になりながら、トラックは彼をすり抜けていく。
彼は、命を拾ったのだ。
命を拾った安堵と同時に湧き出してきたのは、狂おしいばかりの渇望だった。
このままでは終われない。
何かを、しなければならない。
まずは、目の前のことからだ!
「だ、大丈夫ですかっ!」
まろぶように駆け寄り、突き飛ばされた彼女を抱え起こす。
その時、彼女がなんと答えたのか、彼は覚えていない。
トラックが電柱と激突した轟音に、全てかき消されていたからである。