2度目の人生はハニトラからのボッシュート②
何時ものように、学園の寮から護衛を撒いて城下町に下りる。
俺の限られた休日の楽しみだ。
まぁ、表の護衛達しか撒けないんだがな。
王族専用の裏の護衛は流石に優秀なのだが、とやかくは言わないから気にしてない。
無いったら無いんだからね。
俺は王族と言っても側妃から産まれた関係上、表の護衛やメイドや側近候補や教育係はワンランク落ちるのだ。
兄上の周辺を固める者達は将来国政を担う実力者ぞろいだった。
あれに近い者達に固められて居たら、俺はもう少しマシに教育されていただろうし、自由も少なかったと思う。
思い出すと、なんとも言えない気分になる。
ま、過ぎた事だからもう気にしねえぜ?
イヤだから気にしねえっての。
ああうん、認めるよ。
すげえムカついてたんだよあの頃は。
今は何だか他人事みたいに遠い出来事だけどな。
ともかく、その日の城下街では年に一度の
収獲祭だったんだ。
だからなのか、酒に酔った男達が若い娘に絡んでたんだ。
「いいじゃん祭一緒しようせ。」
「や、やめて下さい。」
「怯えちゃって可愛い〜。」
強引に手首を掴まれて怯える少女は、町娘にしては何処か上品で。
貴族にしては身分が低そうな立ち居振る舞いだった。
豪商の娘か男爵子爵騎士公辺りの貴族に片足突っ込んだ系だろうか?
スッ、と男達と娘の間に身体を滑り込ませ、男の手を捻りあげた。
「うぎゃっ!?痛てえ!何しやがる。」
「何って、見ればわかるだろ?
嫌がる婦女子を救っただけだが?」
少女に小声で逃げろ、と言って立ち去らせると、少女を追わせないように男達を即座に沈める。
多分こいつらは、俺の動きが見いていなかったと思う。
この頃の俺は色々荒んだ気持ちで、実践的な戦闘技術として剣魔法格闘と言った物を鍛錬していたからな。
下手なゴロツキでは相手にならないだろう。
つーか絶対チートだよな。
まあその分精神は貧弱だったけども。
そののした野郎どもは、すぐに自警団に連行されて行った。
逃げた少女は戻って来なかったが、意外な所で再会した。
学園の中庭に、息抜きしたくて抜け出した所で遭遇したのだ。
小鳥達にエサをあげるあの時の少女に。
あの時は短時間だったが、今見るととんでもない美少女だと気付いたんだ。
婚約者のエンヴィーのような、冷たい美人系では無く。
何処か人を安心させるような、ふんわりとした愛らしさのある可憐な少女だったから、俺は見惚れた。
甘やかな声で小鳥に話しかけ、懐かれているのか頬をスリスリされている。
ふと、俺に気付いたのか彼女がこちらを向いて目が合った。
「え?どなた?
…まあ、貴方はあの時のお方?」
あとは転げ落ちるように俺は彼女、トキに恋をしたんだ。
その見た目に、その視線や仕草や言葉に、魅了が込められていた。
俺の行動を調べ上げ、行く先で待ち構えていたとか後で知った。
当時の俺は全く気付く事は出来なかったけどな。
それから、前世の友がハマっていた乙女ゲームみたいな展開か待ち構えていたのさ。
トキは誰にでも。
いや、特にイケメンには優しく接し。
どんどん逆ハーレムを作り上げて行った。
奴らもだいたい婚約者持ちなのに、夢中になって居た。
貴族の婚約は家同士の契約だ。
だからこそ、表立って婚約者を疎かにしたりは普通し無い。
俺やトキに惚れた者達は、何故かそれを気付く事は無かった。
多分それだけ魅了の術と彼女の立ち回りが上手く。
思考も奪い都合良く誘導し、些細な疑惑を消していたのだと思う。
とんだ傾国の美少女だ。
それは、どうも俺の婚約者エンヴィーの癪に触ったらしい。
貴族や王族が精神制御出来ずに、他者から操られる事の愚かさと重大さ。
これは、精神制御が強い者達から見たら。
とんでも無く軽蔑される事だし、最悪国が荒れる。
だからエンヴィーはやんわりと、婚約者の居る男達への行動を慎むようにと注意したり。
俺の行動を軽く注意して来た。
俺達を破滅させ無いように彼女なりに必死だったのだと思う。
完璧超人ではあるが、他人に冷たい冷酷なだけの女では無かった。
俺はそれを知っていて、わかっていたのに判断できなくなっていた。
残念ながら注意するタイミングが、遅過ぎたのだ。
俺は重ね掛けされた魅了で、トキに反意する事は無いほどに操られ始めていた。
「俺はエンヴィー、貴様と婚約破棄する!」
的な事を言った、らしい。
困った事にその頃の事は、俺の自我が操られ過ぎて曖昧なのだ。
もっと手酷い事を言ったかもしれない。
今となっては、気軽に謝罪すら出来ない立場だけどな。
実のところ、エンヴィーの事は苦手だ。
でも嫌いでは無かった。
婚姻したら絶対彼女の尻に敷かれそうでは有るがな!
あいつの優秀さは癪だが、心の底では尊敬できる。
これは兄上へのコンプレックスと一緒なんだよ。
本当は嫌いじゃ無かった。
でも、素直に懐くには、周囲の環境が許さ無い。
だからこそ、そこまで酷い事を本来の俺なら言う筈がなかったんだよ。
ささやかな俺様のプライドで、心に感情を押し込めて居たのだから。
だって、側室としてトキを迎えたら全て丸く収まる環境だったのだから、表立ってトキを優遇とか危険だし無意味だろ?
なのに、それを心の弱い俺は選べなかった。
親への婚姻への反発が増強されたのだ。
心の隙を突く魅了は恐ろしいと感じる。
そんな精神操作系の術が切れたのは、あれよあれよと俺が王位継承権を剥奪された直後だった。
そう、無情にもトキは、俺の魅了を解いて取り巻きに上手い事協力させ国外逃亡。
見事トンズラ行方不明になった。
何だか慣れ過ぎなので、そういうヤバイタイプの女に捕まったのだと知った。
そのショックは、俺の中の前世の記憶を呼び覚ましたんだよ。
お陰で、残念な失恋でウジウジ悩む事は無かった。
だって前世女だったんだ。
だから、黒歴史乙!
と、自虐ネタしか無い。
きっと前世の友が居たなら、ザックリとトドメさして笑い飛ばすだろう状況だ。
「はっ、相変わらず馬鹿だろお前。
そんなのに引っかかるとかドジっ子過ぎ。」
とかケラケラ笑う姿しか思い浮かばない。
ムカつくけど、あいつに言われると、何か落ち込むのも馬鹿らしくなるんだよ。
…あいつとまたつるんで遊びたかったなぁ。
暫くは脳内のあいつの毒舌とやりあって気を紛らすか。
ちょっと虚しいけどな。
何だか婚約破棄のドサクサで王位継承権を失って、王宮から学園寮から僅かな荷物と隠し持っていた服の内側に縫い付けた貴金属と、一ヶ月程の庶民の生活費レベルのお小遣い。
あとアイテムボックスと言う空間魔法で作った趣味の鞄に、一ヶ月程の食糧を詰め込んで追い出された。
むしろ前世は庶民だったからな。
このクソったれな王宮や王家から離れられて、今はせいせいしている。
王位継承権とか貴族身分諸々喪失したが。
母上の実家の男爵館跡を貰った。
男爵家は跡継ぎ母上だけだったそうで、この館を遺産で母上が貰って居たそうな。
どうも野に解き放つのだけは母上が猛反発して、なんと自殺未遂起こして父上に掛け合ってくれたらしい。
何て言うか無事に助かったあたり、母上自殺未遂慣れてね?
まさかのリスカ系女子じゃねぇよな。
凄く対応手温いんだけど、今後を考えたら有難い温情だ。
物語のような切り捨てならば、一生幽閉とか着の身着のまま追い出されたりするので。
何だかんだと、俺は両親に愛されていたんだと思う。
申し訳ない馬鹿息子だったのに、もうマトモには会えないだろうけどな。
今は前世の記憶があっても、俺は元王族だ。
立ち居振る舞いが完全に王侯貴族のそれに染まって居る。
前世のような庶民の立ち居振る舞いも出来なくはないが。
やはり普通の庶民よりは、どうしても上品になる。
令嬢や姫程ではないがな。
身嗜み、食事、肌や手や髪の毛の手入れ。
どれをとっても磨き上げ方が違う。
それっぽく出来るが、違和感が出るのだ。
分かりやすく言うと、なんちゃって庶民に見えるのだ。
いきなり放り出されたら。
盗賊に殺され身ぐるみはがされるか、男娼奴隷として攫われかねない。
俺様見た目だけは麗しの貴公子なのだよ。
いや、ナルシスト的に、では無く客観的に見てもって事。
なんでそんな冷たい目で見ないでくれよ。
まぁそんなわけで、俺様はこの元男爵邸からの人生再スタートと相成りました。




