妖精の鈴
ハイドが俺の手を凄い力で掴んで連行する様に向かった客室に、血塗れのラファエル兄上が息も絶え絶えで長椅子の背もたれを倒した簡易ベッドに横たわっていた。
「あ、兄上!大丈夫ですか?ラファエル兄上!?」
慌てて駆け寄ると、途切れ途切れにだが、俺に王都壊滅と父王達の死や王都壊滅を聞かされた。
誰かに呼ばれたミシェルアが、まず汚れや血塗れを浄化し、回復の術をかけると、みるみる傷が塞がって行った。
俺も焦って咄嗟には動けなかったからマジ助かった。
すると、話し終えたタイミングで兄上はすぅっと気絶した。
痛みが緩和して、緊張が解けたのだろう。
「ふぅ、取り敢えずヤバそうな骨折とキズは塞いだわ。
ただ、暫くは抜けた血の補給の為の食事と、くっつけた内臓部分も動くとヤバイから、一か月位は安静にさせてね。
全身複雑骨折みたいなものよ、良く動けたと思う。
転移で逃がされたとは言え、痛みも酷かったでしょうし、多分気力だけでさっきも話してたわね。」
そう言って、ミシェルアは顔をしかめた。
「相当気を張られておいでだったのだろうなぁ、おいたわしや。」
ハイドも王達や王都壊滅の訃報に、顔を珍しく歪ませていた。
色々後手に回ったシャア達。
距離的な事もあるが、強い結界道具が途中破壊され王達に間に合わず。
又、ゲーム設定が未だ強制力を持って稼働している事にパルーニャが不思議そうに独りごちた。
かなりシャアの行動はゲームからは逸脱しているし、本来よりも破綻した別のゲーム風に言えば、環境育成ゲーム的になっている。
パルーニャのロボはゲームに存在すらしていないから、やはり別物だ。
本来なら、王達に渡した結界道具はゲーム序盤ではなく、ゲーム中盤以降にフラグ建てして配置できるものだ。
それをゲーム序盤で配置できる様に開発を早め、魔族の暗躍を抑えられる手筈にもなっていたはずだった。
だがどうにも魔族の動きがゲーム本来よりも早く。
冒険者ルートのフラグすら踏まず、ゲーム中盤時期になる前なのに王都壊滅が発生した。
色々おかしい。
魔族サイドにパニマ様の管轄外の者、例えば以前駆逐した危険思想と能力のある地球とは別の異世界転生者とその信者が居たが。
それと似た様な危険思想者が転移事故で来訪し、長く潜伏し魔族を操っていたらどうだらうか?
パニマ様への連絡はもう入れた。
災時のロボットゴーレムの使用許可は元々得ている。
「出来れば、これが稼働しなきゃいけない事態は避けたいのよねぇ…。」
対人だけなら使わなくてもパルーニャだけで対応できる。
だが、ゲームから逸脱した魔族より上位の邪神とか出てきたら。
このロボットゴーレムでもトントンか分からない。
実は以前ロボットゴーレム五体有って、邪神相手に壊滅させられた事も有ったりする。
まぁ、パニマ様が出てくれたので、その時は何とかなったけどね。
ここに残って有った一体は、再開発された物だったりするので、今回作った二体とあわせても、最新鋭と言えば最新鋭だ。
「本当、パニマ様人手というか半神手足らないですよ。」
シャア達に見せた事の無い、黄昏た表情でパルーニャはロボットゴーレムを見上げた。
眠る兄の寝顔を見ながら、今後の事を思い、シャアは思い詰めるように俯いて座ったいた。
先日楽しげに話していた父親の優しい笑顔がよぎり、心配そうによく泣く母親の困り顔も思い出す。
恩返しらしい恩返しすら出来ていないのに。
「早すぎだろ…父上、母上…ぅ。」
目の端に溜まった涙がつぅっと零れた。
チリチリン、と軽やかな鈴の音がシャアの耳に微かに聞こえる。
初めは、考え事に集中し過ぎて気付かなかった。
しかし、鈴の音はだんだんと近付いて来るような気がしてふと顔を上げた。
至近距離に、今は気を利かせて誰もいない。
「鈴?気のせい、か?」
しかし、チリンチリンと鈴の音は聞こえる。
煩くもないし耳障りでもない。
優しく慰めてくれるような音色な気がした。
「ありがとう…もう少し泣いたら、踏ん張るよ…。」
数時間後、夕食の時間。
集まったメンツは、シャアが部屋から出ないだろうと思っていた。
しかし、食堂に既に先に座って、もきゅもきゅサラダを食べていた。
「ん?皆おはよう。」
「あ、うん。
おはようございます。」
オロオロと返事をする一同に、苦笑しながら
「…心配掛けたな、すまん。」
小さくボソッと呟いてからシャアは食事に没頭した。
食後にすりおろし生姜を少し入れた紅茶を飲みながら、パルーニャにシャアは切り出した。
「鈴の音がずっと鳴ってるんだ、何が原因かお前なら分からないか?」
「着信音?」
「は?」
「あ、何ていうか、妖精か聖霊辺りからのメッセージ音っぽい?」
「ええ〜?!」
寒い時には紅茶にすりおろし生姜入れるのハマった