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Dead or Die  作者: 芳乃ユラ
4/7

信じるべきナニカ

 目覚まし時計の必要性を問いたくなる朝。こんなに眠いんだ、もう少しくらい寝かせてほしい。空気を読まない目覚まし時計を黙らせたあと、惰眠を貪るため布団の中に潜り込んだ。しかし睡眠を妨害するのは目覚まし時計だけではなかった。


「兄ちゃん、起っきろ〜!」


 遊利が俺を起こしに来たのだ。余計なことを……とは思いつつも、むくりと体を起き上がらせる。


「兄ちゃんおっはよー!」

「ああ、おはよう」


 今日も今日とて妹は元気だぜ、我が両親たちよ。まあそれはさておき、朝の支度を済ませよう。


 --------------------


 遊利と共に朝食をいただく。朝は目玉焼きに限るな。


「目玉焼き、おいしいね!」

「……じゃなくて!」


 朝食を食べること自体は別に変じゃない。俺が疑問に思ったのはそこではなく、遊利が一緒にいることだ。


「お前、今日部活は?」

「はにゃ? 兄ちゃ〜ん……今日は雨降ってるんだよー? 陸上部の私に部活なんてあるわけないじゃん」


 言われて窓の外を見てみる。確かに、パラパラとだが雨が降っている。これでは地面がぬかるんで走るどころではない。納得したところで再び朝食を口に運ぶ。目玉焼き、美味し。


「ということはアレかな、礼良は迎えに来ないのかな?」

「ん〜、どうだろ? この前の雨の日には来てくれてたみたいだけど」

「そうなのか。よく覚えてるな」


 もし来た場合、女の子を雨の中待たせるわけだ。そんなことにならないよう、俺は早々と登校の準備を終えた。

 そして傘を持って外に出る。どうやら礼良は来ていないようだ。部屋を明かりもついていないということは先に行ったのだろう。この雨じゃあしょうがない。久々の兄妹二人だけの登校となる。


「いやに降るな。これ、帰りの方が降っていそうだな」

「そうだねー。私としては、部活がなくなって早く帰れるからいいんだけど」

「またギャルゲか?」

「うん、まだ弘美ちゃんを攻略してないからね」


 遊利はギャルゲをいくつも持っている。親が発売前のサンプルを送ってくるのだ。俺の両親が作るゲームのジャンルは幅広い。しかし、ギャルゲを娘にさせていることに関しては、もはや今頃ではあるがどうかと思う。どうせやらせるなら俺にさせてほしい。男なんだ、興味くらいあるさ。


「兄ちゃんには貸してあげないよ?」

「んぐ! 分かってるよ……」


 遊利はゲームを大切に保管している。たくさんあって置ききれなくなっても、きちんと整頓をし、なんとか棚に収まるように入れるくらいだ。


「まあなんだ、いろいろ頑張れ」

「それは兄ちゃんも、でしょ?」


 にっししー、と声に出して笑う遊利。この雨雲さえ吹き飛ばしてくれそうな眩しい笑顔だ。

 校門前に着くと、龍馬が待っていた。


「あれ? 礼良はどうした?」

「礼良? 先に来てるものかと思ったんだが」

「いや、来てねえぞ?」


 今日は休みなのか? 礼良にしては珍しい。


「風邪でも引いたのかな? あとでお見舞いに行こうね、兄ちゃん」

「そうだな」


 雨のせいで気温が下がっている。それで体調を崩したのかもしれない。なんにせよ見舞いには行かないとな。


 --------------------


 放課後、早速礼良の家に行くため、荷物をまとめていた。その時、遊利が俺の教室にやってきた。


「ごめん兄ちゃん! 私、お見舞いに行けなくなった!」

「は? 部活はないんだろ? 今朝より雨がひどいんだぞ?」

「うーん……理由は分かんないけど、コーチが呼んでるから」

「そうか……分かった」

「うん、じゃあね!」


 遊利は急ぎ足で去っていった。遊利がいないということは、俺と龍馬の野郎二人で行かなければならないのか……。しかし龍馬から思いも寄らない言葉が発せられた。


「遊利ちゃんが行けないならしゃあない、お前一人で行ってこい」

「え? なんでだ?」

「男二人で行ったってむさいだけだろ? それに、俺は家が反対方向だ、お前なら気軽に行けるしな」


 気軽、というほどのものでもないが、龍馬の言う事には一理ある気がする。


「分かった、俺一人で行くよ」

「くれぐれも間違いは犯すなよ?」

「んなことするかよ」


 龍馬を軽く小突く。俺たちはそうやって、笑いながら校門前で別れた。


 --------------------


 礼良の家の前。俺は少しためらいながら呼び鈴のボタンを押す。ピンポーン。と、聞き慣れた音がここまで聞こえる。どしゃ降りでもその音だけははっきりと聞こえた。しばらくすると、制服姿の礼良が玄関から現れた。


「あ……遊乃……くん?」

「よう、礼良。今日休んでたから心配したぞ?」

「あ、うん、ごめんなさい……。雨降ってるし、中に入って」


 礼良に言われるがままに家に入る。礼良の口調的に、やはり体調が悪そうだ。


「お邪魔しま〜す」


 思えば、礼良の家に来るのはいつ振りだろうか? もう何年も来ていない感じだ。隣同士とはいえ、やはり遠慮があったのかもしれない。


「今お茶入れてくるから……」

「いいよいいよ、無理しなくていいから」

「うん……えと、じゃあ私の部屋に行ってて。場所、分かる?」

「分かるけど……入って大丈夫なのか?」

「大丈夫、だよ」


 女の子の部屋に男を入れて本当に良いのか? とは思いつつも礼良の部屋へと向かう。礼良の部屋は二階にある。上がって一番奥の部屋だ。ほとんど来ていないが、それだけは鮮明に覚えていた。

 部屋の中は、あまり女の子らしくない、殺風景だった。必要最低限の本と机、そして簡易ベッドが備わっているだけだ。

 俺はベッドにもたれかかるように座り込む。なんとも落ち着かない。雨音だけが今の俺を支配する。どうしたものかと首を捻っていると、ようやく礼良が部屋に来た。


「遊乃くん……」

「おう礼良。体調の方はだいじょ……」


 刹那、銀色に光る何かが俺の脇腹をかすめる。間一髪で避けたが、当たればほぼ致命傷だっただろう。


「礼……良?」

「あは……あははは」


 見覚えのある包丁を握りしめて、礼良は不気味に笑い出した。それを見た俺は全身の鳥肌が立った。逃げなければ……殺される。

部屋の出入り口の前に立ち塞がる礼良をどうにかしなければならない。どうする? 懸命に思考を巡らせるが、半分パニックに陥っている頭では状況を理解するので精一杯だ。そしてそれは、礼良(はんにん)に時間を与える結果となった。


「!!!」


 腰を落として脇に包丁を構えて突進してきた。さっきとはスピードが違う。一瞬にして俺の腹を割いてゆく。


「ぐあ……!」

「あはは……!」


 我を失ったかのような目で俺を見つめる。恐怖に怯える俺を見て楽しんでいるかのような……。

 俺は包丁が刺さったまま、礼良を突き飛ばした。


「きゃあ!」


 その反動で俺の腹から刃が抜け、血が吹き出る。必死に傷口を抑えるが、あまり意味はなさそうだ。とりあえず、この部屋から、いやこの家から出ないとマズイ。礼良が起き上がってくる前に急いで部屋から出る。

 足取りが重い。フラフラしながら階段へと足を踏み入れる。しかし、朦朧とする意識のせいで階段を踏み外してしまった。


「うわあ!」


 派手に階段を転げ落ちる。この前みたく、頭から落下はしていないが全身を激痛が襲う。だがそれを上書きする痛みが俺の腹にある。俺は壁を伝いながら玄関に辿り着く。早くしなければ礼良に追いつかれる……!


「!? くそっ!」


 玄関には鍵だけでなく、チェーンも掛けられていた。腹の痛みが邪魔をして上手く外すことができない。そして、逃げても無駄だということを分からせるような声が背後から聞こえてきた。


「ゆ、う、の、く、ん?」

「……!!」


 振り返ると、包丁を持った礼良が嬉しそうな表情を浮かべていた。もはや動くことすら出来なくなった俺を、礼良は容赦なく切りつけてきた。


「あは、あはは、あはははは!」


 腕、足、背中、腹、胸……。いたぶるように包丁を振り回す。もうどれがどの痛みなのか分からなくなっている。


「う、く……礼良、どうして……こんなことを?」


 かろうじて動く口で礼良に問うた。礼良はさも当たり前のように答えた。


「どうして? それはね、遊乃くんを私だけのものにしたいからだよ」


 なんのことかさっぱり分からなかった。礼良は続けて答えた。


「遊乃くんを殺せば、遊乃くんは誰とも話せない。誰とも遊べない。誰とも笑えない。そして、誰とも恋をしない。だからね? 私は遊乃くんを殺して、私だけのものにするんだよ。そしたら遊乃くんは私だけを見てくれる……」


 歪んだ愛情。それが礼良の殺人動機。礼良は、俺を殺してでも欲しいということだ。なら俺が取るべき行動は……。


「礼良……俺は……!」

「大好きだよ、遊乃くん」


 礼良は、喜々として俺の心臓に包丁を突き刺した……。


 --------------------


 目覚まし時計、ではなく、雨音で目が冴える。人生で一番目覚めが悪い朝かもしれない。


「…………」


 時計は早朝を知らせている。二度寝すら出来そうなくらいだ。どっちにしろ今さら眠ることなんてできやしない。それを察したかのようにアリスが言葉を発した。


『どうやら、私の推理は間違っていたようだな。妹君でも、生徒会長でもなくあの小娘だとはな』


 淡々と感想だけを述べる。だが、少しだけ憤りのあるような口調だ。


「でも、逆に犯人が礼良で良かったと思う」

『なぜそう言い切れる?』

「あいつは俺のこと、好き……みたいだからさ」


 礼良から聞いた『大好き』という言葉があるにもかかわらず、俺は不確定要素を示す『みたい』という言葉を付け加えた。それは、俺のエゴがあるかもしれないからだ。


『ほう? 何か秘策でもあるようだな?』

「秘策……というほどのことでもないさ。やってみなくちゃ分からない」

『そんな曖昧で、また殺されることになってもか?』

「その時はその時だ」


 死ぬのは怖いし、嫌だ。だけど、相手が礼良なら、逃げたりなんかしない。


『ならばすぐにでも小娘の元に行くか?』

「いや、俺が別の行動を起こすことで未来が変わるといけない。確実に礼良に会うために放課後まで時間を学校で潰す」

『……分かった』


 俺が思ってることで本当に礼良が止まってくれるかは、それこそ神のみぞ知るってやつだ。確実性なんて最初からない。だけど、やらなくちゃいけない。


 --------------------


 放課後になるまで散々考えたが、やはりこの方法しか思いつかない。ならば玉砕覚悟でやってみよう。

 礼良の家の前。辺りは静まり返って雨音がしきりに俺をはやし立てる。固唾を飲んで呼び鈴を鳴らす。


「あ……遊乃……くん?」


 制服姿の礼良が出迎えてくれた。


「よう、礼良。今日休んでたから心配したぞ?」

「あ、うん、ごめんなさい……。雨降ってるし、中に入って」


 そして前回と同様、二階の礼良の部屋に向かう……と思わせて、俺は礼良の後ろをつけた。礼良は台所へと入っていき、まず手にしたのは、やはりあの包丁だった。刃を眺めながらニヤリと笑う。タイミングは多分ここだと思う。俺は礼良の前に飛び出した。


「礼良!!」

「え? あ、ゆ、遊乃くん?」


 突然の俺の登場で驚く礼良。しかし包丁は握ったままだ。


「礼良……お前に聞きたいことがある」

「何、かな?」

「お前は俺のこと……好きか?」

「…………」


 俯いたまま答えない。俺は冷や汗を頬で感じながら礼良の返答を待った。


「……だよ」

「なに?」

「そうだよ、好きだよ、遊乃くんのこと。……殺したいくらいに!」


 包丁をこちらに向けて襲いかかってきた。距離があったのでなんとか躱す。


「あは……あははは……」


 前の時と同じだ。我を失ったかのような、死んだ目つき。首はカクンと横になり、俺を手に入れようと、いや、殺そうと捉えている。


「なら聞いてくれ。俺の話を……」

「え? なんで? これから私の死体(モノ)になる遊乃くんの話なんて聞いてあげない」


 無表情で無感情な礼良。まるで人形のようだ。


「いいから聞け!」

「!!?」


 引くわけにはいかない。大声で怒鳴りつけると礼良はビクッと肩を上げた。


「お前は俺が好きなんだろ?」


 もう一度礼良に問う。


「そうだよ? だから何?」

「じゃあよく聞けよ……俺も、お前が好きなんだよ!!」


 言った。言ってやった。俺の正直な気持ち。顔から火が出そうなくらい熱い。それでも俺は礼良の顔を見据える。


「……え? ……え?」


 状況が上手く飲み込めない様子の礼良。俺は拳を握りしめて礼良に言葉を投げかける。


「俺は礼良が好きだ。だから殺すなんてやめてほしい。殺されちまったら、お前を好きでいられなくなる」

「でも……私、は……」

「……礼良」


 震える両足で、一歩ずつ礼良に近づく。礼良は固まったまま動かない。


「俺の本当の想いだ。嘘なんかじゃない」


 礼良の目の前に立つ。こうして見ると、礼良は可愛い女の子なんだなって本気で思う。好きで良かったって、本音で言える。


「礼良」

「遊乃くん……」


 礼良の体を抱きしめる。軽くて柔らかい礼良の華奢な体。礼良は包丁を手放し、抵抗せずに俺に寄りかかってきた。


「礼良……好きだ」

「うん……。私もだよ、遊乃くん……」


 礼良は泣きながら俺を抱き返してくれた。ようやく、終わったんだ……。

























(このまま終われるか……!)


 誰かがそう囁いた。

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