退屈で大切な日常
同じ日に、俺は殺された。だが決定的に違うのは殺された場所と、殺され方だ。ループである以上、皆が同じように行動するはずだ。なのに、違う行動が起きた。それはつまり俺に原因があるということだ。一回目は俺が遅刻しそうになり、手紙のことは他の誰にも知られなかった。しかし二回目は普通に登校し、礼良や龍馬に手紙を見られている。そのことが原因……と思う。いや、それ以外の理由が見当たらない。ならばわざとギリギリに登校し、屋上に行かなければ殺されないはずだ。だから俺は今、完全に朝の支度を済ませているのにもかかわらず、時間が過ぎるのを待っているのだ。
ピンポーン。
玄関からの呼び出し。礼良が鳴らしたのだ。
「遊乃くーん? 起きてるー?」
俺は寝ているフリをして、一度聞いた礼良のあの言葉を待った。
「遊乃くーん! 遅刻しちゃうから先に行くねー!」
礼良が先に行ったのを確認し、俺はのそのそと家を出た。
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一回目とほぼ同じ時間に学校に到着。靴箱の中には予想通り、手紙が一通入っていた。差出人や手紙の内容は、もう見なくても分かる。俺は手紙をくしゃくしゃに丸めて自分のポケットの中にねじ込んだ。
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いざ放課後になると、少し緊張する。そんな俺の気持ちなど知らずに龍馬が話しかけてきた。
「今日は一緒に帰れるのか?」
龍馬は逆方向だから龍馬と帰るわけじゃない。礼良のことだというのは分かっている。それに、今日はもう帰らないといけない。帰らなければならない。
「ああ、帰れるよ」
それを聞いた礼良はちょっとだけ嬉しそうな声ではしゃいだ。
「やった……!」
礼良の曇りのない表情にホッとする。俺は微笑して、礼良と一緒に帰路に着いた。
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「……」
「……」
しばらく二人で黙って歩いていく。気まずくなった俺は、無理やり話題を振った。
「礼良は、俺と一緒で嬉しいか?」
我ながら変な質問をしていると分かっている。口から出任せだ。それでも礼良は笑顔で答えてくれた。
「うん、すごく」
「……そっか」
礼良が嬉しければそれでいい。その後も会話らしい会話などなく、それぞれの家に帰っていった。
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飯も食った、風呂にも入った、明日の宿題もした、あとは寝るだけだ。しかしその前にアリスと話をすることにした。
「今日の分は回避できたみたいだな」
『ふん、そうだな』
「なんだよ、不満があるのか?」
『いやなに、いつになれば犯人探しをするのかと思ってな。ただ回避するだけではいつまで経ってもこのループは終わらんぞ?』
「分かってる。分かってるけど……」
どんな理由があろうとも死ぬのは怖い。たとえ終わりが見えなくても、死を回避することの方を優先する。死にたくないと思うのは人間として当たり前のことだ。だから死を恐れないという事は、少なくとも俺にとってはもはや人ではなくなる。
『まあ、今一番怪しいのは生徒会長の千松とかいう女だな』
「どうしてそう思う?」
『最初はそいつに呼び出されて殺されたのだろう? ならば疑って当然だ』
「そう、かもな……」
俺としても犯人探しをしたい。だが、人を疑うことが苦手な俺はそういう発想ができない。お人好しだな、俺……。
『私にとっては……いや、関係ないな』
「ん?」
『なんでもない』
そう言うと、アリスの声は聞こえなくなった。気になるなあ……。そう思いながらベッドに入ろうとすると、パジャマ姿の遊利が泣きながら俺の部屋に入ってきた。
「兄ちゃん、タシケテ〜」
「なんだよ、寝るところだったんだが?」
「玉が出ないから手伝って〜」
遊利が手に持っているゲームのハードを見れば何のことを言っているかすぐに分かった。寝ろよと言いたかったが、ゲームが好きなのは俺も同じだ。なので俺はこのあと、めちゃくちゃ狩りをした。
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静寂な朝に目覚まし時計がやかましく鳴り響く。いつもの朝だ。なんの変わりもない。俺はベッドから降りると、着替えて顔を洗いに洗面所へと向かった。
リビングには既に朝食が用意されていた。朝練で忙しいというのに、遊利が作ってくれたようだ。ラップの上に置き手紙がしてあった。
『昨日のお礼だよ!』
結局、遊利が欲しがっていた玉は出なかったが、どうやら喜んでくれたようだ。なら手伝ったかいがあったというものだ。俺は有り難く妹の朝食を頂く。
しばらくすると、聞き慣れた玄関の呼び鈴が鳴る。礼良だろう。俺は鞄を持って外に出た。やはり礼良だった。
「おはよう、礼良」
「おはよう、遊乃くん」
お互いに微笑の挨拶。平和そのものだ。俺は玄関に鍵を掛けて礼良と共に学校へ向かう。昨日のような気まずい雰囲気はなく、他愛もない会話をしながら歩いていく。そして、校門で待っていた龍馬にも挨拶をした。
「よう、龍馬」
「おっす! 今日もいちゃついてるねえ」
「もう! 龍馬くん、そういうのやめてよ〜」
龍馬の茶化しはいつものことだ。それを本気にする礼良。俺はこんな楽しい日常をいつまで続けていければと、心底思った。
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教室に着くなり、千松生徒会長が俺に近づいてきた。しかもおっかない顔をして。
「桐島遊乃!」
「はいっ!?」
突然大声で呼ばれてビックリする。生徒会長は俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。
「なぜ昨日屋上に来なかった!!」
「あ……」
そういえば、黙って行かなかったんだったっけ……。なんと言い訳しようか。
「あ、ではない! 大事な話なんだ、貴様にとっても、私にとっても!」
「おーけー、おーけー。ならちょっと落ち着こうぜ? みんなが見てる」
生徒会長が周りを見渡すと、確かに注目を浴びていた。そりゃそうだ。あれだけ大きな声を上げていれば誰だって見てしまう。
「ちっ……分かった、ならば日を改めて貴様を呼び出す。その時は必ず来い」
「へいへい」
生徒会長は俺の胸ぐらを離し、そそくさと教室から出ていった。生徒会長が見えなくなった途端、俺に対する質問攻めが始まった。
「あのお固い生徒会長から大事な話だとぉ!?」
「お前何やったんだよ、犯罪か!? 一線を越えたのか!?」
「立原さんというものがありながら!!」
「遊乃くん……信じてたのに……」
てんやわんやで騒然となる教室内。って、なんで礼良まで混じってるんだよ!
俺は、担任の先生がくるまで適当にあしらった。
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放課後になったが礼良の機嫌は悪いままだ。今朝の生徒会長のことをまだ根に持ってるらしい。どうしたものかと困っていると、龍馬が俺にそっと耳打ちをしてきた。
(礼良の機嫌、直してやれよな)
(どうすりゃいいんだよ?)
(とりあえず、どっか遊びに行けばいいんじゃね?)
(今からか?)
(ゲーセンでもなんでもいいから!)
そう言うと、龍馬はさっさと帰ってしまった。残されたのは俺と礼良だけだ。
「礼良……」
「……何かな?」
不機嫌さがしみじみと伝わってくる。しかしここで挫けてはならない。
「どっか寄ってくか?」
「……どこに?」
「うーん……ゲーセン、とか?」
女の子と一緒にゲーセンというのはどうなのだろう? という素朴な疑問を感じたのは言った後だった。
「……いいよ」
それでも、ぶっきらぼうだけど、礼良は承諾してくれた。言ってみるもんだなあ。
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ウチの学校では、帰りにゲームセンターやコンビニ等に寄ることは禁止されている。しかし、それほど厳しく禁止されているわけではなく、俺たち以外にも同じ制服を着た生徒がちらほらとうかがえる。
とりあえず俺は、クレーンゲームでぬいぐるみでも取って上げることにする。
「なんか欲しいやつ、あるか?」
「…………」
礼良は黙って奥の方にある、グロかわ系というやつだろうか? 包丁片手に返り血を浴びたうさぎの人形を指差した。
「あれが欲しいのか……」
見た目はともかく、奥過ぎて取れにくそうだ。まあ、そんなことも言ってられんか。俺はコインを一枚投入し、キャッチャーを動かして狙いを定める。
「……よし!」
いいところで止まってくれた。これで取れるはずだ。……って、あれ?
「落ちちゃった……」
首の部分をがっちりと挟んだが、アームの力が弱いせいか、するっと抜けてしまった。詐欺だろ、これ……。
「フフ……遊乃くん、下手くそ」
「しゃーねーだろ、今のは」
「もう、しょうがないなぁ。私が手本を見せて上げる」
今度は礼良が挑戦。礼良は慣れた様子でアームを操作する。アームはあえてうさぎの頭をめがけて止まった。すると、アームがぶつかって座っていたうさぎが倒れた。失敗したのか?
「一回で取ろうとしたらダメなんだよ」
そう言うと、礼良は再びコインを投入。うさぎの喉元にアームを突き刺し、少しだけ出口に近づいた。
「こうやって、積み重ねていくことが大事なんだよ?」
「よーし、そういう事なら今度は俺がやってみるよ」
最終的には俺が取らないと面目が立たない。礼良を真似てうさぎの首にアームを立てる。ゆっくりとだが、確かにこれなら取れそうだ。
時間は掛かったが、なんとか目的の物を入手。早速礼良に手渡す。
「これが欲しかったんだろ?」
「うん、ありがと」
礼良は笑顔で受け取ってくれた。最初はどうなるかと思ったが、礼良を笑わせることができてよかった。
「ねえ、遊乃くん」
「うん?」
「……帰ろ?」
可愛らしく首をかしげてくる礼良。満足してくれたようだし、帰るとしよう。俺も、満足できたしな。
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「ただいまー」
家に着くなり、遊利がドタバタと駆け寄ってきた。
「兄ちゃん、帰ってくるのおっそーい!」
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないよ! 昨日玉が出なかったじゃん! 今日も手伝ってよね!」
ああ、そのことか……。部活で疲れているはずなのに、よくもまあそんな元気があるもんだ。ゲーマー魂の鏡みたいなやつだ。
「その前に飯くらい食わせてくれ」
「ダメっ!」
「なんでだよ!!」
「私の気が済まないからっ!」
お前の加減なのか……。こうなったらとことん付き合わないとうるさいからな、遊利は。先に終わらせておくか。
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遊利に玉を入手させ、腹と背中がくっつく前に夕食を口に放り込む。味はあまり覚えていない。今日はもう疲れた……風呂にもさっさと入ってしまったし、寝るかな。と、自室に戻ったところでふと思った。
「……ん? あれ?」
そこでようやく気づく。気にしなさすぎて全く気づかなかった。
俺、一回も殺されてない。
『今頃気づいたのか』
突然ではあるが、慣れたアリスの声が頭で響く。
「おい、俺は死にまとわりつかれてるんじゃなかったのか?」
『偶然回避しただけではないか? 犯人を特定したわけではないぞ、気を抜くなよ』
「分かってるよ……」
最後に釘を刺されてしまった。でもアリスの言うことは正しいと思う。俺を殺しに来る犯人はまだ分かっていないままだ。頭では理解している、このままでいいわけがない。死ぬのは嫌だし、とても怖い。俺が、この死のループを完全に抜け出すことができるのは、いつになるのだろうか……。