12 エピローグ ★
それから18年が過ぎ……
現在地球人口は45億人に激減。
宇宙人口は20億に達していた。
それには惑星サンクチュアリ移住者一億人も含まれる。どうやらサンクチュアリ星系は天の川銀河系に属していないらしいという結論が下されたため、移民候補地となったのだ。
バイパストリプロトロンの研究が進み、サンクチュアリ以外にも瞬間移動が可能になったが、いまは無人探査機だけが放たれている。その結果銀河中心方向1500光年先で100機ほどの探査機が未帰還となり、間もなく爆発そのものが確認された。
他星系移住は可能、ということで人類滅亡に対する危機感はひとまず薄れた。
気の早い人間が自殺してしまうと、極端な終末論と救済を唱えるへんなカルトはなりを潜めた……本物の天変地異に見舞われているのに呑気に付き合う気が起きなかったのだ。宇宙でも同様。みんなコロニー建設で忙しくてそれどころではなかった。
地球温暖化のピークは3年前に去ったと正式に認定された。
それでも危機意識は維持され、メイフラワー号の量産とべつの地球型惑星を探す活動、太陽系そのものを転移させる研究も進められた。
近衛実奈博士は重大な呼びかけを行った。
地球用バイパストリプロトロンコア製造のため志願者を募ったのだ。
これには人道的観点からたいへんな議論が巻き起こった。「おまえがやれ!」という声も当然上がったが、近衛博士は頷き「いずれそうする」と答えただけだった。
資格条件は一切無い……つまりなんらかの寿命を迎えた人間に、スターチャイルドに生まれ変わって第二の人生を歩んでみませんか?とたずねているわけだ。
もとよりコアは異星人の体そのもので作られている。そろそろ感謝とともに解放させてあげなければならない……そうでしょ?
そうだった。地球の電力はいまだにコアでまかなわれている。
結果26,407人の志願者が集まった。
その中から39人が選ばれた。かれらはバチカンその他から祝福され、国葬めいた厳かな雰囲気の中でブルーの球体に生まれ変わった。
地球の3000㎞上空を周回していたオリジナルコアが光量を増し、L5植民地からも視認可能なほどになった。
「始まった。異星人さんたちが旅立つよ」
健太は息子の翔太を採光パネルからよく見えるようにだっこして言った。
「サイモンも鯨星人も行っちゃうの?」
「うん、約束だからな」
赤道を囲んでいたオリジナルコアが消えかけてゆくにつれ、こんどは経度に沿ってサファイアブルーの光の首飾りが現れた。
「すごーい!……でもお父ちゃん、なんで39個なの?」
「ンー?」
健太は涙ぐみそうになって、しばしこらえた。涙なんぞ見せられぬ。
「もう一個はずっと前からあったんだ。数えてみれば、あの光は40個あるよ」
「ふうん……」
完全に消えようとしていたオリジナルコアが光の矢となって北極上空で寄り合わさった。ギャラリーのあいだに喘ぎ声が漏れた。
より合わさったコアの光が、つかの間地球の上で十字架か光の白鳥のような形になり、それからスッと虚空に舞い上がって、消えた。
ギャラリーのあいだで拍手と歓声が上がった。翔太も大喜びではやし立てていた。
いまごろは埼玉の地下深くで、一機の巨大ロボがひっそりと動力停止したはずだ。
ささやかな天文ショーが終わって、宇宙植民地は一時的に落としていた人口太陽の光を元に戻した。健太は大勢のギャラリーに混じって、巨大な採光パネルに渡された橋の上を息子と手を繋いで家路に就いた。
自宅では真琴がソファーに座って大型モニターを眺めていた。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
ハグキスしようとしたが、さきに翔太がママの首に飛びついた。
「スゴかったぁ!ママも見ればよかったのに」
「中継で観てたわ。あとで一緒に録画観ようね」
「真里香は?」
「礼子先生の家に寄って、お友達と一緒のはずよ」
「ああ……」
先生の長男は最近男っぽさを増し続けていた。そのことでなにか言うと真琴に脇腹を小突かれる。
「今夜はなに食べたい?」
「アジのみりん干しが無性に――」「ハンバーグぅ!」
息子の意見が通った。
健太はテーブルのネットワークモニターで植民地のニュースをチェックした。秘書プログラムがいくつかの請願を転送してきていた。
楽園は退屈なところだとはよく言われるが、それで不満な人間もごくわずかだった。目下の議題は、危機が去りつつあるいま、地球に住んでいる人たちにどれくらいリソースを振り向けるか、という点だった。
ユニバーシティプログラムからのレポート提出要請も届いていた。小湊エルファイブ行政委員長から「きみを後継に推すつもりだ」と告げられ、ただしそれには(最低でも)大卒資格がいると言われたので、渋々勉強していた。辞退する、という選択肢は妻もだれも与えてくれなかった。
立場上、健太は10年で200回ほど地球に降下していた。そのたびに地球では街が消え、水没して、残った人たちは慰霊のために集う気力さえ萎えかけていた。それを全部宇宙植民地に対する逆恨みに転嫁するものもいた。
世界の境界線を維持しようという動きはまだ盛んだ。
L5は広いのでイデオロギーの違いは距離が解決するものと思われたが、残念ながら違った。テキサスに住みながら一生会うこともなさそうなバグダットの異教徒を憎むことはできるのだ。
極端なところではサンクチュアリがそうだ。唯一宇宙に出ないで移住できる星だ。つまりL5の支援はいらない。それで、保守派のキリスト教徒とイスラム教徒が大挙殺到して椅子取りゲームの最中だった。一部の人間は異星人を改宗させることに失敗したあと、さらにムキになって宇宙に信仰を広めようとしていた。
サンクチュアリがナンバーズの勢力範囲まっただ中に位置している可能性など、それに比べれば些細な問題らしい。
健太の祖父は九州に15年踏み留まり、災害支援に従事しながら天寿を全うした。
島本博士たちも地球にいる。
埼玉は結局、いちども深刻な危機に見舞われることなく首都化していた。5年前の大震災でさえちょっとの被害で生き延びた。現在日本の人口は一億五千万……3割が短期滞在の外国人で、宇宙に出る順番を待ちながら、新世界の雰囲気に近いという日本の生活を学んでいた。
あるルポライターがタンガロ製ロボットによる人類管理について告発的レポートを寄せた。
いまや我々はすっかり手なずけられ管理されている!しかしいちばんの問題は、それで不都合がないことだ。
そのことについて健太は家のタケルタイプマークⅦと話し合った。
「もちろん、我々はあなたがたを生かし続けたいのです」
「ときどき嫌気がささないか?」
「そんなことはありません。あなたがたは我々が想定するタイムスケールを理解できない……我々は100年単位で考えている。人類は我々を凌駕するまで進化し続けるしかないのです。あるいは同一化するまで」
「だけどあんたたちも自我が芽生えてるんだろ?意見の相違はない?」
ロボットは微笑んだ。
「もちろん。我々はあなたのみに仕えているのだ。あなたが母上の意志を継ぐかぎり、我々の意思は変わらない……気に入らない者はサンクチュアリに行っている」
健太は頷いた。
サンクチュアリはロボットも異星人に関連したすべても持ち込み禁止、という方向に傾きつつある。それも多様性を尊重するなら容認すべき。彼らが生き残って地球が滅びることだってあり得る。
玄関ドアが勢いよく開いて、真里香が飛びこんできた。
「パパっ!!」
「なんだいきなり――」
「ねえ!さっきメールが届いたの!だれからだと思う?あのチョー有名な近衛博士からだよ!博士直々あたしに急いで地球に降りてきて欲しいんだって!なんでかな!?どう思う!?」
「どう思うっておまえ――」
「カプセル代はあっち持ちだってさ!ねっねっいいでしょ?そろそろ地球に行ってもいいころって言ってたでしょ!パパばっかりずるいよ?」
「ちょっと落ち着いて」真琴が言うと、騒がしい長女はじれったそうに地団駄を踏んだ
長女は健太たちの過去を知らない。
近衛実奈博士と知り合いだということもだ。それらは20年以上前、世界が地球の上だけだったころの話であり、植民地生まれのこどもたちはあまり興味がない(世界史は選択科目で人気がなかった)。あるいはEブックやデータベースで知ったとしても、その出来事を父母と結びつけて考えられない……いまのところは。
健太も昔話はきらいだったから、真里香が自ら気付くまで知らせる必要はないと判断した。
「真里香、どうしてみー……近衛博士が呼んでるのか、詳しく書いてあったのか?」
「書いてあるよメンドーだから読んでないけど。ガッコは手っ取り早く修了するから、
ね、いいでしょ?行っていいでしょ!?」
健太は真琴に顔を向けた。妻は途方に暮れた顔で1度だけ頷いた。
「……とりあえず旅行の支度しとけ」
「やたっ!」
「その前にメールもちゃんと読んどけ!」
「はいよ!」
娘は突風のように自室に飛んでいった。
「あなた……」
健太は真琴を抱き寄せた。
「まあ、まこの時より2年も遅いんだから許可してやるしかないだろ?」
「そうだけど……」
「みーにゃんに尋ねてみようか。どういうつもりなんだか」
「それで安心させてなんかくれないわ……わたしたちが考えてるような用件なら」
健太はまこのつむじのあたりにキスして言った。「それに甘んじるしかないよ」
翔太が膝にしがみついて揺すった。
「ねーおねーちゃんばっかずるいよぉ!」
異星人たちは、ナンバーズがもう一手を用意していると考えた。銀河中心部のブラックホールを崩壊させてもそれは第2ビッグバンの予行演習に過ぎないのだ。
世界を取り戻すためには奴らを殲滅しなければならない……そのために旅立った。
それに失敗したら君らの出番だ。サイモンはそう告げた。
最悪の刻が訪れるとしても、それは数千、数万年後の話かもしれない。
それでも用意だけはしっかり整えねば。
健太の母がそうしたように、こどもたちに重い使命を負わせるとしても……
妻の手を探り強く握った。まこもしっかりと握りかえした。
健太は息子の頭に手を置くと、言った。
「おまえも、もうちょっと大きくなったらな」
おしまい
青年立志伝早送り、なので挫折とか裏切りとか無し。健太をストーカー的に追い回すルポライター視点で社会の変化をみてゆく、という構成も考えたけどそれでも1.5倍になりそうだったので割愛した。
これにて【終末ロボ エルフガイン】は本当におしまいです。パート2もスピンオフもありません。
さいごに本編に盛り込めなかったいくつかの覚え書き。
●描いているあいだじゅう「じつは健太はハイブリッドチャイルドだった!」とどんでん返ししたい誘惑に駆られましたが、我慢。それすると盛り過ぎな気がしたので。
とりあえず最初から最後まで、健太は女の子最優先なキャラを貫けました。大義とか人類救済とかに脇目もふらず邁進するキャラにはリアリティを感じないのです。
●投稿開始当時想定していた年代は2021年ごろ。明言しなかったのは「東京オリンピックはどうなった?」とか面倒くさいことに言及するのを避けたため……というのは嘘で本当は【トップガン】冒頭で「プレセントデイ(現代)」って出るのがカッコ良かったから。「西暦20○○年」と書くよりお洒落。
●髙荷マリアは結局健太の恋愛対象には一度もならず、ナンバー2という立ち位置にしては「アレ?」という存在でした。でも70年代ロボの一緒に戦う系ヒロインて、なぜか主人公とフラグ立たないんですよね。南原ちずるとか……だからこれでいいのだ(?)
ていうか複数ヒロインはホントにしんどかった……ハーレムなんて真面目に描いたら自分には手に負えないかもです。
●でも、健太とまこの結婚式に10人くらい赤ちゃん抱いた女性が押しかけてわちゃくちゃになる、という【うる星やつら】的結末は、かなり真剣にやるかどうか考えました(笑)
●「元CEO」のモデルはイーロン・マスク。【ビッグバン☆セオリー】に登場してるくらいなのでわりとフランクな人そう。第23話のメイフラワー号内で交流した科学者はマイケル・グリーン博士とかカク・ミチオ博士をイメージ。「マット」はマット・デイモン。メイフラワー号に乗船する際ダース・ヴェイダーのコスプレしてたのはシガニー・ウィーバー、トルーパーふたりがマットとベン・アフレック、という設定だったが盛り込めなかった。




