10 殲滅
電車を乗り継いで佐世保に着くと、まこの兄、亮三が駅に出迎えてくれた。荷物無し、イエローとブラックのジャージ、素足にスニーカーという健太の恰好を見て、一度だけ頷いた。言葉少なに挨拶を交わして健太は助手席に乗り込んだ。
国道を進み、ほとんど民家もない山間部に向かった。小島がいくつも見える入り組んだ湾に面した山裾に二階堂邸はあった。
邸宅というか、城である。
高い石塀の脇の広い駐車場で車を降り、家1件ぶんありそうな立派な門を素通りして石塀と竹林の境のクネクネした脇道を行き、小さめの門をくぐった。
(うおあ!)
立派な庭園に、高床の日本家屋が渡り廊下で繋がっていた。ほとんど異次元空間だ。
日本庭園の向こうは海に向かってゴルフ場みたいな芝生の松林が落ち込み、朽ちかけたバンカー……砲台跡が見える。二階堂家のルーツを端的に表していた。
健太は亮三のあとについて渡り廊下を進み、やがて広い道場に案内された。
黒いジャージ姿の明らかに体育会系が20人ほど勢揃いしていた。何人か女性もいたがまこの姿はない。その真ん中に、なんと呼ぶのか知らないが戦国武将用折り畳み椅子に座った胴着姿の中肉中背の中年男性がひとり、木刀を立ててその上に両手と顎をそえていた。
その人には数年前に一度だけ会っている。まこの父親だ。
膝を付いて挨拶すべきかな?
いいや、そんなへりくだった態度はいらない……真実の刻を迎えたこの瞬間には、小賢しい礼儀作法に気を遣う余地はなかった。健太は対等の立場で臨んだのであり、ルールは勝者が決めるのだ。
向こうもそう承知してか、気にせず話し始めた。
「わざわざお越し頂きよっ、たいへんご苦労たい」
健太はかすかに頷いた。
「ばってんここにノコノコきんしゃいになるっちな、余程ん覚悟のおいりやけんしょうな」
「もちろんです」
簡潔な答えにまこの父親は満足して頷いた。
「用件ば聞きまっしょ」
「えぇ……真琴さんを、おれに頂きたいのです」
しばし沈黙が続いた。やがて
「大事な娘ばヤー公ん家に渡しぇまっしぇん」
最後通牒という口調で言った。
健太も黙った。道場の床に眼を向けた。どっしりして綺麗に磨かれた木目。
顔を上げて相手の目を見据えた。
「では、実力行使で」
まこの父は笑いもしなかった。「亮三」
「はい」
亮三は壁際に立てかけられた木刀を2本抜き、1本を健太に手渡した。
「本当にこんなの必要なんですか……」
だが亮三は三歩間を開け、無言で木刀を構えた。
健太は木刀を試すがめつした。どう握りゃいいのかも分からない。
(リラックスだ……)
目を閉じて、深呼吸すると、木刀の感触を確かめた。
2~3度降ってみる。
(あの高二の春から、おれは居場所を探してた。でも結局、ずっと小突きまわされ、安らいで根をおろせる場所はなかった)
徐々に馴染んできた。
(まこだけが唯一、それをくれるんだ!
――その邪魔をするやつはだれであろうと叩き潰す!)
ホワイトノイズのごとく純化した怒りとともに、ひさしぶりに「あの感じ」がみなぎってくる。
健太は眼を開けて、木刀を大上段に構えて微動だにしない巨漢を見据えた。威圧感ばっちりなその姿に前なら怯えただろう。だが先日のテレビ出演で愛されキャラになりたいという願望をいっさい振り切った健太にとっては、排除目標に過ぎない。
その頭……眉間に赤い点が見えた。
ターゲットだ。
でもあんなところ狙ったら死ぬ。
(よし)
健太は野球のバットみたいに木刀を構えた。
健太の目の奥になにごとかを認めた亮三は、木刀を構え直し脇を引き締めてすり足で間合いを取り始めた。その木刀の切っ先が睡魔を催しそうに静かに上下していたが、健太は見ていなかった。
まったく、なんのタメもなく、亮三がタン!と床を蹴って間合いを詰めてきた。素早い動きだった。
だが健太も同時に動いていた。からだを駒のように回転させて攻撃を流し、結果意表を突かれたのは亮三のほうだった。ほんのわずかに躊躇いを見せたその手元を狙い、渾身の力を込めて木刀を薙いだ。
パン!と鋭い音が響いて亮三の木刀が粉々に砕け、切っ先が天井に突き刺さった。
「――――ッ!」
亮三が右手を押さえて片膝をついた。
道場に無言の戦慄が奔った。
「亮三!」父親の厳しい声が飛んだ。
「ウス」巨漢はスッと立ち上がると、手首を押さえながらジャージ姿の列まで控えた。
父親は構え続ける健太を憮然とした表情で見据えた。木刀にそえた両腕を延ばし、背筋をそびやかせた。
「あんた……くさなかいなかん手練れんちゃうやね」
なんと言われてるのか分からなかったが、たぶん「なかなかやるね!」と言われたのだろう。
健太はほとんど意識していなかった。たかが中ボスを倒しただけ。居並ぶジャージ姿にターゲットマーカーが浮かぶ様子を見ていた。
やはり木刀は煩わしい。床に落とすと、徒手で構え直した。
(そう、状況は俺が選ぶ)つぎにいちばん強そうなやつにガンを飛ばすと、そいつが進み出た。
(まこはおれと一緒だ)相手を無言で見つめながら思った。(負ける気がしない)
超暴力的多幸状態から目覚めると、亮三がしかめ面で健太を見下ろしていた。
「よかよかやか?」
「ダイジョブ……」身を起こそうとすると脇腹に鋭い痛みが走り、思わず息を呑んでまた横たわった。「……でもない」
「きさんしゃん、っちんばってんなか野郎だな」
「日本語でたのむ……」
「おまえさん、とんでもない野郎だ」
周りじゅうでうめき声が上がっていた。5人くらい床に転がっている。介助しているほかの連中も顔をしかめていた。道場に張り詰めていた殺気は消えていた。例の椅子は倒れて、亮三の父親もどこかに消えていた。
手を貸してもらって立ち上がった。体が揺れる。それとも頭がぐらぐらしてるのか。口のなかで血の味がした。手が痛い。体じゅうが痛みで強張っていた。
「痛つっ……全員KOとは、行かなかったか……」
まわりの救急活動を見渡しながら言った。床に手を付いた女性が痣のついた顔で健太を睨み、健太は会釈した。どんな戦いだったかだいたい思い出せたがどこか他人ごとのようだった。
「あまり欲張りなさるな……少なくとも、父は多少気持ちを傷つけられたからね」
「なんか暴言吐いちゃった?おれ……」
「いや声ひとつあげんかった。おいのこれほど勇気なかったら、多少怯えたやろ。ただ1度、魔拳の使い手か聞かれて「まこと流合気エルフガイン必殺拳」いうてた気がする。正気とおもえんかったね」
「マジか」吹きだしかけてふたたび呻いた。「……それで、おれどうすればいい?」
「ちょっと時間いただけんか。まあ、悪いようにはならん思うよ……」
その後二階堂邸で丁重に手当を受けた。亮三は手首を痛めていたので、帰りは黒服五人にマイクロバスで送られた。北九州の松坂邸まできっちり、何時間もかけてだ。
あらかじめ連絡があったらしく、祖父の家先で組員と祖父、達美さんに出迎えられた。健太の引き渡し式はきわめて慇懃に執り行われたので、まったく異世界から帰還した気分になった。
「無事じゃったか」
「なに言ってんの!あばら折ってるんでしょ?顔だって痣らだけよ!精密検査するからいますぐ病院行って!」
「女は黙ってろい!」
健太は笑って、脇腹の痛みに呻いた。「……病院は行くけどちょっとひと休みさせて。バスじゃ緊張して眠れなかったから」
そして屋敷に上がり、お茶が出る前に眠っていた。




