8 反撃
マリーアとの生活は自然解消して、健太は日本に戻った。
日本で健太が有名人になっている、というマリアの話は本当だった。
政府はゼロメートル地帯の海水浸食のため、ついに東京都復興計画を白紙撤回していた。いまは中国のヴァイパーマシンに破壊された西東京とさいたま新都心、成田空港近郊に首都機能を仮分散配置していた。
エルフガインコマンドは閉鎖されていたし、復興中の埼玉に飛んでくるな、というお達しもあり、健太はエルフガインを葛西臨海公園跡の更地に着陸させた。
たいへんな数の出迎えに歓迎された。
皮肉なことだが、先日の軌道エレベーターの件で健太とエルフガインはようやく国内にに認知されたらしい。
つまりこういうことだ。
学者やマスコミは、公的記録に巨大ロボットを記載するのをはばかった。真面目な歴史書に巨大ロボットの戦争があった、と記したくないのだ。そんな馬鹿馬鹿しい記述は認められないので、彼らは摩訶不思議な内的理論でエルフガインと、健太たちが成し遂げた諸々を、無かったことにしようと試みていた。
まさに「歴史をねじ曲げ」ようとしたのだ。
アメリカでの一件、そして軌道エレベーター事業に参加したことにより、健太とエルフガインはやっと、公的レベルに認知された……露出を避けていたマスコミが民草に押されて渋々取り上げはじめた結果だ。まるで恥部みたいな扱いだった。
(抹殺されるわけにゃいかねえんだ!)
帰国に先立って健太にはマスコミからのオファーが舞い込んでいた。
健太はいくつかインタビューに応じる意向を伝えた。
相手はテレビ討論で有名な、辛辣な物言いの老人だった。健太が小学生だったときにはもうお爺ちゃんだったはずだが、多少呂律が怪しいだけで元気そうだった。
収録まえにテレビ局内の様子を見たかぎり、味方3、敵7と言ったところだ。開始前の反響は上々とのことだ。視聴者は浅倉健太がどういう人物なのか知りたがっている。
あの老人はまた健太をあげつらおうとしており、辛辣そうなパネラーをずらりと揃えていた。ディレクターは中立だが、どちらが負けてもいい見せ物になると思っている。
オンエア開始。番組司会者が言っていた。
「この5年間でわが国を取り巻く状況は劇的に変化しました。今夜はその変化をもたらした故 浅倉澄佳博士のご子息であり、あの「巨大ロボット」の操縦者としてご活躍した浅倉健太さんをお招きして、来たるべきわが国の将来について議論したいと思います」
長ったらしいパネラーの紹介が終わると、議長席の老人はさっそく身を乗り出した。
「あんたずっと外国に逃げてたんだってねえ。それで人気が出たんで帰国したわけ。狙いはなになのかなあ?って今夜ぜひ伺いたいの」
「なにを仰ってるのかサッパリ――」
「しらばっくれるんじゃないよ。ぼくはねえ、好き勝手暴れてこの国を掻き回すだけ掻き回して、そんではいサイナラって金髪女と遊んでたあんたが気に入らないんだよ!もうちょっと反省すべきじゃないの?ってこと――」
「ちょっと待て」威嚇を含んだ声で遮った。「マリーア・ストラディバリは「金髪女」じゃない。不作法な言い方やめて」
老人は聞き流した。「ハイ、それじゃ反省とかしないわけね?」
「なにを反省すべきなのかおれには見当も付かない――」
「そういう考えなしだからダメなんだよ!いい?この国は戦後80年間ず―――――っと出鱈目でやってきたわけ。わたしたちはそれをなんとか是正してきたんだよね?それをあんたのお母さんだか誰だかがヨコからしゃしゃり出てきて、馬鹿げた戦争ごっこまでしてこの国をめちゃめちゃにしちゃった。え?みんな腹立ててるんだよ。分かんないの!?」
爺さんはひとの言葉を遮って、手前勝手な主張を蕩々とまくし立てていた。べつのコメンテイターの言葉さえ途中で引き取って勝手にまとめ、とにかく喋りまくっていた。健太はシュールでさえあるその様子を興味深く見守った。よくあんなに、中身もない戯言を喋れるもんだと思う。
議論――実際には建設的な討論に移行しようとするたびに老人が話をぶり返し(「ちょっと待って、その前にまずすべきことあるでしょ」)、混ぜっ返して話を元に戻すので、1時間同じ話を繰り替えしているだけだった。
あらかじめ伝えられていた流れも無視され、アメリカでの一件も健太が経営する会社のことや、イスラムに協力する意義について語る機会も与えられそうにない(実際国外にはまったく興味ないようだった。どんな国だって外との関わり合いによってアイデンティティーも生まれるものなのに、どうしたら関連なしで話を続けられるのか)。
健太は途中から眠気を催し、ときおり相づちを打つだけになっていた。
老人はそれに気付いていたが(カメラが健太の横顔を定期的にクローズアップしている)無礼すれすれな健太の態度にあえて文句をいわず、まともなディベートにもならない茶番を続けた。
狙いは分かっている。挑発して健太が喋ろうとしたらまた遮り、徹底的にバカっぽく見せたいのだ。
2時間経ってようやく、老人は健太に水を向けた。
「浅倉さんそろそろ言いたいことあるんじゃないの?え?なにかないの?」
健太は腕組みして椅子にもたれたまま尋ねた。
「喋っていいんで?」
「なにか言いたいことあるんならぜひ傾聴いたしますよ?」健太が話しについて行ってないものと侮っている。しかし趣旨は簡単だ……ようするに健太のやったことは気に食わないし功績も認めない。それを全国民に証明してやる!ということだ。
「あんたまだ何も言ってないよね?視聴者もあんたの考え聞きたがってると思うの。なにか反論あんならぜひ――」
健太は悠然と立ち上がった。
「言うから、黙って口を閉じろ」
平静な命令口調に老人は色めき立ち、「それじゃ語ってみなさいよ!」と捨て台詞を吐いた。
健太は居並ぶパネラーを見渡した。年長者は敵愾心剥き出し、ひとりふたりが放火魔じみたしたり顔で健太を見ている。風向き次第で健太の肩を持ちそうな人間もいたが、どうでも良かった。
健太は頷いて、喋りはじめた。
「まずはじめに、あんたたちは現実が見えてない」何人かが口を開きかけたが、健太は片手で制した。
「さっきから日本が、日本がとそればかりだけど、そんなものはもうどうでもいいんです。おれがぶっ壊したから。くだらないお喋りをやめて変化に対応しないとあんたたちみんなオワコンになる。分かってらっしゃるのか?」
「ちょっとそれ暴論――」
「黙れおばさん」
「あーそのオワコンての意味分からないから、ひとつ視聴者にも分かるように――」
「あんたに分からなくても結構!視聴者には分かってるから黙れ」
健太の無礼な態度をやめさせようという動きはなかった。ディレクターは「こいつは見物だ!」という顔だった。
「先ほどからお話を伺っていたが、あんたたちは日本のことしか喋っていない。しかも存在しもしない、問題だらけの、反省しなきゃならない日本についてだ。そんなものはもう存在してないんだ。みんな腹を立ててる?ふざけんな。いい加減眼を覚ましたほうがいいよ。おれが世界をひとつにまとめたんだ」
老人はその言葉を待っていた。
「あ、とうとう言った!みなさん聞いたね?この人の正体分かったね?わたしたちはこういうの恐れてたの!ついに言ったね!」老人は鬼の首を取ったようにまくし立てた。
パネラーたちも一斉にしゃべり出し、健太の発言を埋没させるべく言葉で上書きしようと躍起になっていた。
カメラはまごついた健太の横顔を捉えようとした……だがフレームに映っていたのは、ちょっと哀しげな顔で静かに老人を見据える健太だった。
身じろぎせず立ち続ける健太にみなが注意を戻した。この小僧はまだ戯言を言うつもりなのかな?意地の悪い好奇心に目を輝かせている。
(おれまるでヒトラーだな)健太は自嘲した。ある意味ここに居並ぶ連中も、健太をヒトラーに見立てたいのだ。それも敗残者のヒトラーに。
だから迂闊にも発言の機会を与えてしまった。
「爺さん、あんたおれになにか罪があるように言ってるが、そんなものは無いんだ」
「その前にあんた座りなさいよ――」
「うるさい!」健太は一喝した。「おれが話し終えるまで黙ってろ!」
「なんてぇ態度なんだ!これだからあんたたち若いひとは――」
「ご老人」健太はとっておきに威嚇を含んだ声で遮った。ごく落ち着いたゆっくりな口調で続けた。「あんたはくだらないテレビアジテーターに過ぎない。プロの不平屋だ。ぺちゃくちゃ喋ってなにか変えられるって夢想するだけ。それを何十年も続けてなにひとつ変えられなかったでしょ?おれは違う。あんたみたいに男の腐ったやつじゃないから実務しか興味ないんだ。それに結果を出す。いい加減、黙ってて」
老人は今度こそ言葉を失った。
「なにひとつ変えられなかった」というくだりで健太の母を思いだしたはず。だが直接言及したら台無しになる……マザコン扱いされてジ・エンド。
だれの威光も頼れない。健太ひとりで戦わねばならない。
お爺さんを言葉で徹底的に痛めつけるのは本意には程遠く、ありったけの気力を振り絞る必要があった。だが健太の言う〈世界〉がどこにあるのかも分かっていない、日本ガーとまくし立てるこの哀れな老人を叩くのは容易いことだった。
すべてはこの沈黙を手に入れるために。
ナイフの柄を根元まで突き刺さねばならない。
健太はパネラー全員を見据えた。ヘタに発言すると健太にやり返されるのじゃないかと警戒しはじめている。元気をぶり返すまで1~2分かかるだろうが、言質を与えるつもりはなかった。
「あんたがたはおれがやったことをどうしても認められない。べつにそれで構わない。死ぬまで現実から目を逸らしていればいい。
けどな、あんたたちがどうあがいても、おれとエルフガインが成し遂げたことを歴史から抹殺することはできないんだ。
それを嫌と言うほど思い知らせてやる。
歴史書に〈ゲーム〉の顛末を書きたくない真面目野郎はみんな、覚悟するんだ。〈ゲーム〉が終わって世界が元に戻ると思ってるなら大間違いだぞ。これからもっと酷いことになるんだから……」
「あっあの~」健太が言葉を切ると、シンとしたスタジオで司会者が口を挟んだ。「どうも極端な方向に話がそれてしまいました。このへんでCMを挟み、これからの復興と日本の未来について番組を続けたいと――」
「おれが言いたいのはあとひとつだけだよ」
司会者が老人に顔を向け、老人は難しい顔で頷いた。
ディレクターがゴーサインを出し、健太は勝利した。
健太は平静に続けた。
「いいか?よく聞いてくれ大事だから。
銀河系の中心部はもう爆発してるんだ。でっかい爆発だ!最初の衝撃波はだいたい1500年後に到達する。それで地球は丸焼きになるだろう。
だけどおれは地球を救うつもりだ。みんなの協力が必要なんだ。だからくだらない議論はやめて、さっさとけつを上げるんだ。
以上、おれが言いたかったことはこれで全部です。終わります」
健太は一礼した。
チャーチャーチャッタタッターとCMジングルが鳴り響き、かくして世界はふたたび大混乱となった。




