1 名誉なき撤退
【終末ロボ エルフガイン】主人公浅倉健太と世界のその後を描きます。
浅倉健太は控え室でひとり椅子に座っていた。
壁もドレッサーもまっ白で妙に落ち着かない。何度目か分からないが、腕時計で時間を確かめた。
白いドアが開いて、国元廉次と中谷勇が入ってきた。
「よお社長!元気してっか~?」
健太は立ち上がる気力もなく、弱々しく片手を挙げて応えた。
「あれあれ、珍しく緊張してるな」和装の中谷が面白そうに言った。かなり太って、おっさん臭さが進行していた。廉次のほうは相変わらず、高校時代からたいして歳を取った感じもなく礼服が似合わない。
ふたりは折り畳み椅子を引っ張ってきて健太の向かいに座った。
「まあなんだ……来てくれてありがとな」
「そりゃ来るよ!おれ初めてだしこういうの。みーにゃんや髙荷も来てるんでしょ?」
「おう」
「あの先生は?担任の……」
「若槻先生」
「来るはずだよ。ふたりめの赤ちゃんできてたいへんそうだけど」
「そういやおまえ、あの先生の結婚式の次の日にイタリア行っちゃったんだって?」
健太は顔をしかめた。「国元~!そんなことまで言っちゃうか?」
「わりい」
「でもそのまんま何年も海外生活しちゃうんだもんなあ……大学も行かなかったんだろ?ほとんど音沙汰なしでさ、薄情なやつめ」
「ま、バタバタしてて……」
「そりゃ知ってっけどちょっと聞かせろよ、なんかあるだろ?あのマリーアさんとこに転がり込んで、約束どおりジゴロやってたの?」
「そんなこと良く覚えてんな……」頭を掻きかけてやめた。せっかくビシッと決めてもらったのに台無しになる。「まあなんだ、何年か居候状態でボディーガード兼小間使いみたいなことしてたよ。運転手にペットの散歩、買い物の荷物持ちとか……」
「へ~え……」
「なんだそのへ~って。エッチなこと考えんなよ」
「考えるなってもなあ……ま、いいや。なんか面白い話あるんだろ?聞かせろ」
「そうだな……」
それは健太が高校を卒業した年の六月のことだ。
礼子先生の結婚を見送った健太は魂の抜け殻と化して街を彷徨った。
もちろん、礼子に失恋した傷心に漬っていたわけではない。
さらに遡ること一年、〈ゲーム〉が終わって、世間がバタバタしていた中で三学期を迎え、真琴とデートしているうちにあっという間に新学期となった。
そして真琴は九州に帰ってしまったのだ。
私立防衛大学に進学する必要が薄れ、地元の普通高校に進学することになったためだ。
ちょうどエルフガインコマンドが正式解散した時期と重なり、健太はなんの権限もなくなって1民間人に戻っていた。
その頃から家の問題でふたりの中はぎくしゃくするようになっていた。
松坂家と二階堂家の確執は健太が思っていたより深刻だった。浅倉澄佳の計画で連携してはいたが、それはかりそめに過ぎなかった。
そのことで健太は北九州に赴き、祖父の松坂段九朗に直談判さえした。
「ダメじゃ!絶対に許さん!」
けんもほろろだった。
「なぜじゃ健太、世界じゅうにおなごは沢山おんのに二階堂のお嬢ちゃんを選ぶこと無かろうが!?」
「けどおれいちおう世界チャンピオン獲得したんだぜ!?それなのに好きな女ひとりどうにも出来ないのかよ!?」
「だからじゃろう!健太よ、おまえはまだ若い。いまひとり選んで一生添い遂げられると本気で思うとんか?え?それよかいずれもっとふさわしい女が現れるとおもわんか?何人かべつのひとと付き合ってみても遅くはないじゃろうが」
「くっ……」
そのときは言いくるめられてしまった。
夏休みに一度だけ真琴と会い、ふたりともすこし距離を置こうと提案された。やはり親類からきつくあたられてしまったものと窺い知れた。
健太は身の振り方を考えなくてはならず、そのために落第ラインギリギリに遅れていた勉学を取り戻すのに必死だった。
かろうじて卒業できたものの、英雄的人物を落第させては世間的にまずかろうという配慮が、どこかで働いていたと思う(さっさと放り出したかった、というほうがあり得たが)
自分に真琴を迎えに行く資格があるのか、まったく自信が無くなっていた。
そんなわけでさんざん薦められた大学進学も興味がわかず、六月に礼子の結婚式に招待されたときも心は虚ろだった。
翌日、マリーア・ストラディバリから招待メールが届いた。
航空路線はぼちぼち増便されはじめている。健太はなにも考えず、旅支度もせずに飛行機に乗った。




