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終末ロボ エルフガイン  作者: さからいようし
ゲーム 第3ラウンド
25/37

最終回 『……幸せになろう』

 3年半も書き続けた『終末ロボ エルフガイン』はこれにてお終い。

 サブタイトルはお礼を込めてお世話になっている小説家になろうをもじりました。


 猫凹さま 百合飯さま ブックマークして根気よく付き合っていただいた皆様、レビュー、コメントを寄せていただいた 皆様に感謝!


 

       1


 険しく不毛の山裾を登り切ってみると、向こう側に扁平なドーム状の建築物が並んでいた。

 対比物がないので断言できないが、ドームひとつの直径は500メートル以下ではないだろう。

 くすんだ水色のドームが地平線の彼方まで並んでいた。

 「スゲえ……」健太は呟いた。「あれが俺の目的地なの?」

 「そうよ、健ちゃん」健太の母親、浅倉澄佳が答えた。

 「わたしが手伝えるのはここまで。あとは……がんばって」


 母親に送り出された健太は、割れた岩の欠片が敷き詰められた傾斜をなかばずり落ち、ドームが立ち並ぶ敷地の縁まで降り立った。


 巨大な楕円形の入口からドーム内に踏み込むと、空気が変わった。見えないフィルターを通り抜けたようだった。

 健太は高い天井を見上げた。どこがどう違うのか指摘はできなかったが、人間用の施設ではないと直感した。もっと図体が大きい生き物……たぶん異星人用の施設。そう思い、身震いした。

 そんな奴にばったり出会ってしまったら――だがドームの中はしんとしていて、機械が動いているような気配も、生き物の気配も感じられない。3階建てのビルほどもある黒い衝立が規則正しい間隔で立ち並んでいた。

 健太はホッとすべきか失望すべきか分からなかった。

 何ヶ月間もひどい孤独感に苛まれ続けて、いっそエイリアンでもいいから現れてくれと……いやむしろこの「罰ゲーム」のあげく生き物一匹にも出会えなかったとしたら、まったくの無駄骨じゃないかとさえ思っていた。

 「結末は近い……はず」

 誰も聞いていないのに声に出した。無言で過ごす時間が多すぎて、ときどきまだ自分が喋れるのか試しているのだった。

 健太は首を傾げた。

 ついさっき、誰かと会話を交わしたように思ったのだが、どうしてなのか思い出せない……近ごろ記憶がおかしな具合だが、なぜか不安はなかった。


 何分かまっすぐ歩き続けると、反対側の出口に着いてしまった。ドームの中にあったのは、ずらりと並んだ真っ黒なガラス状の衝立だけだった。

 ドームの直径はひとつ500メートルほどに見えたが、その直径をはるかに超える距離を歩いた……そう思い当たりギョッとした。

 得体の知れない青色の物質で舗装された表の向こうには、次のドームが口を開けていた。

健太はすこしびびりはじめていたが、歩き続けてみるしかない、と思った。


 何ヶ月も放浪し続けていたから、何時間さまよってもとくに徒労感は感じなかった。

 いろいろな面で感覚が麻痺していたのだろう。人と接していない時間が長すぎてかなり社会性を失っていたから、もし帰還できたら道端で立ちションしないように気をつけなきゃな、と思った。そして帰るってどこに?と自問して、サイタマとかニホンという言葉を苦労して思い出す。記憶全般が古いPCテキストの文字化けみたいに無意味化している。

 それにもちろん、帰れたら、の話だが。

 希望も枯れ果てていたから、そういう考えも嘲笑混じりの思考実験じみたレベルに退行していた……とにかく、孤独に苦しんだり、特異な体験を誰にも伝えられないもどかしさに苦悩したり、という段階は何ヶ月もまえに過ぎ去っていた。この旅の結末に近づいているという予感もごくささやかな期待に過ぎない。

 (でもちょっとドキドキしてるな俺)

 まだ情緒的に死んではいないらしい。

 いちばん恐れていることは、この先もっと絶望することがあるかもしれない、ということだ。世をはかなんで自殺に走る……という感覚は健太には無縁だった。

 いままでは。

 異世界に来てとびきり心躍る冒険の真っ最中だというのに、いままで感じたことと言えば、たとえば寝ているときに突然不安に駆られ、発作的な絶望感に打ちひしがれるとか情けないことばかりだ。だけどそんな段階もはじめのうちだけで、仲間のことや、もと居た世界の利便性を忘れて現状に順応するにつれて治まっていった。

 だが、こんなぼっち生活がまた一年、二年と続くとしたら……耐えきれるだろうか?

 もっと頭が良ければ……みーにゃんのように知識豊富であればこの異世界を満喫できるのかもしれないが、健太にはそれがない。

 異世界モノの物語とはずいぶん調子が違った。

 (またしても幻想がひとつ潰えたってことだ……)   


5つほどドームの中を通り過ぎて、中庭に出た健太は途方に暮れてあたりを見回した。真っ平らな青い庭に高さ5メートルほどの円柱を見つけたので、駆け寄ってしげしげと眺めた。ここではじめて見たドーム以外の建造物だった。つるつるした銀色の表面は一見何もない……だが、その表面に手を当ててみると、妙な模様が浮かび上がった。

 健太が一歩飛び退くと、その表面に開口部が現れ、カップに入った液体とコロッケ型の黒っぽい塊が置かれていた。

 「これって……」

 自動販売機だな。直感的にそう思った。カップと塊を取り出してしげしげと眺めまわし、やがて意を決して液体を一口飲んでみた。

 水だ。

 黒い塊はチーズみたいに弾力があり、簡単にちぎれた。それもちょっぴり囓ってみた。

 「旨い」塩気のある羊羹……ひとことでは言いきれない複雑な風味だった。

 健太の想像通りなら、この機械はさっき触ったことで人間の生理機能を解析して、それに見合った食物を提供している。(スーパー未来の機械なんだからそのくらい期待できるはずだろ?)

 たぶん想像通りだ。腹痛も下痢も起こらなかった。健太は思いがけない御馳走を平らげ、その場に座り込んだ。

 (屋根があって、食い物もある。しばらくここに居座ってみてもいいな)


 何日も歩き回っているあいだにだんだん要領を得てきた。

 とにかくべたべた触ってみる。何かしら反応があったのは一度や二度ではなかった。闖入者である健太に合わせてこの施設全体が微調整しているようだった。あるときはトイレらしき施設が現れ、自動販売機のメニューも変化した。

 それにいまのところ駆除の対象にはなっていない。武装したお掃除ロボットが現れて健太に危害を加える、といったことはついぞ起きなかった。

 (ここが敵対勢力の施設だったとしても、残ってるのは頭の悪い自動システムだけなんだろう)

 健太の予想は誤っていた。

 この施設のオーナーは恐ろしく気長で慌てない連中だったので、脅威度の低い脆弱そうな健太は、いわば庭先のスズメのように放置されていたのだった。放置され、経過を観察されていた。それも複数の知性から。


 すっかり役立たずになったスマホだが、いまだに持ち歩いていた。ときどき起動させてメモ代わりに使う。バッテリーは残り少なかったので、滅多にカメラは使わなかった……なんとなく過去を振り返るのが嫌で、記録した内容も見返していない。

 だが今回ばかりは記録しておかなければ、と思った。

 ドームに収められた巨大な黒ガラスの表面が揺らめき、異形の生き物が映ったのだ。

 最初、それは映像に過ぎないと思った。しかし黒ガラスの中でゆったり泳いでいる鯨に似た生き物は、ときおり健太の眼をじっと覗き返している。強いて言えばザトウクジラに似ているが顔の造作は前面に寄っていて、長く巨大なヒレの先には指があった。それが妙に人間臭くてグロテスクだ。

 とにかく、健太はその前で半日あまりも過ごした。なにかしら意思疎通が叶えば、と念じながら。

 そういうことが何度もあり、さまざまな形態の生物を見た。そして健太が下した結論は、ここがある種の墓場だ、ということだった。メモリアルホール、というのがぴったり来る。黒ガラスの中の生き物は死んではいないように見えたが、生きてもいない。

 墓場だ、と思ったとたんふたたび無力感に苛まれ、健太は力なくその場にうずくまった。異星人のユーレイに囲まれてなにひとつできることがない。

 ひどくセンチメンタルな気分になっていたので思わずスマホにメールを打ち込んでいた。礼子先生に向けた遺言めいた内容になってしまったがかまうもんか!どうせ誰も読まないんだから――

 文面をを改めているとバッテリー切れのビープが鳴り、ついにスマホが息絶えた。

 相棒の臨終は思ったより堪えた。またひとつ世界との繋がりが消えて、自分が無意味な存在になった気がした……

 外でバンバン!というなにか打ち付けるような音が聞こえて、健太はギクリと身じろいだ。首をすくめたまま息を殺してその出所を探った。

 かすかに人間の声らしきものが聞こえた。健太は立ち上がり、そろそろと小走りで必死でその方向を探った。

 右手のほう、ドームとドームのあいだから聞こえてくる。緊張したままそちらに足を向けた。声が大きく聞こえるにつれて健太は足を忍ばせた。大きすぎるドームばかりで、身を隠せる物陰らしきものはない。ドームの壁を回り込んでゆくと、ゆるい勾配で盛り上がった場所があって、そのいただきに小さな人影が見えた。

 健太は目をこすった。間違いなく人間だ。

 大人の男性四人。そのうち二人は屈んで地面になにか立てていた……旗だ。

 星条旗。

 青く硬そうな床に穴を開けて旗竿を立てていたのだ。バンバンという音はその穴を穿ったときの音だろう。

一歩下がって旗立て作業を眺めているのは青い背広の男とベージュのローブ姿の男。いずれも大柄で金髪。四人とも健太に背を向けていた。

 やがて星条旗を立てる作業が終わると、青い背広の男が大げさな手振りでなにか叫んだ。「オゥエクセレント!ベリィベリィナイス!」とかなんとか、感激しているようだ。

 健太は予想外の展開に途方に暮れ、距離を開けたまま複雑な思いで様子を見守った。

 (アメリカ人……ということは、俺の敵だよな?)

 混乱した頭を整理した。人恋しさに駆け寄ることもできず、しかし人間が他にもいたということに抑えようもなく希望もふくらみ、どうするべきか頭がフル回転していた。

 (とにかく、声をかけてみるか……)

 傍観して置いてきぼりにされるのはごめんだ。

 健太は歩き出した。


 

 アンドロイド・ペテロが後ろを振り返り、アルドリッチ・タイボルト大統領もなにごとかと首を巡らせた。

 「人間が近づいてきます」

 「ほんとだ、たまげたな!」

 タイボルトは苛立った。

 「なんだあの汚いガキは」星条旗を立ててこの惑星の所有権を宣言した神聖な瞬間なのに、思わぬ闖入者が現れたのだ。

 「どういうことだ?この世界には我々しかいないはずだろ!?」

 「そのはずなのですが……」

 「誰だか分かるか?」

 ペテロは首を振った。「いまはデータベースと切り離されているので、顔認識プログラムが使えません。それより、直接尋ねてみましょう」

 ペテロが片手を軽く挙げると、ヨハネとヤコブが進み出た。それで浮浪者のような少年が立ち止まった。

 ヨハネが英語、中国語、日本語、タイ語で「おまえは誰だ?」と言った。

「お、俺は……健太」

 ペテロがタイボルトに告げた。

 「彼は日本人のようです」

 「ジャップ……」

 タイボルトの中で真っ黒な疑念が噴き上がった。

 日本人こそは、タイボルトの野望をことあるごとに邪魔しようとする奴らだ。それがこんな所まで現れやがった!苛立ちがピークに達したが、射殺命令はなんとか思いとどまった。あいつはなぜ現れたのだ?という好奇心が勝っていたからだ。

 ヨハネと少年が日本語で会話を続けていた。無人島の遭難者なみにぼろを纏った小僧は一見して脅威のようには見えない。東洋人らしく面食らった顔つきで表情も乏しく、口調も淡々としている。

 「彼は何ヶ月もまえにこのサンクチュアリに来たと言っています。地球時間では数時間前でしょう」

 「そいつはご苦労なこったな。しかしどうやってゲートをくぐれたんだ?」

 「あなたがたがバイパストリプロトロンコアと呼ぶデバイスを使いこなしているものと思われます」

 時間のずれもなんたらコアもタイボルトはあまり興味がなかった。クリスチャンサイエンスに基づいていないテクノロジーは……というより最新科学に関する事柄はすべて黒魔術的な戯言に聞こえる。

 「それはまずいことなのか?」

 「由々しき事態と言うべきです」

「じゃ、必要なことを聞き出したらさっさと始末しろ。目障りにならないところに埋めちまえ」

「彼は、自分が浅倉澄佳博士の息子だと言っています」

 「なにッ!?」

 思いがけない言葉にタイボルトは緊張した。

 サタンの使者、浅倉澄佳。その息子だと? タイボルトは薄汚いアジアの小僧をまじまじと見た。

 「……その小僧に言え!わたしは合衆国大統領アルドリッチ・タイボルトだとな!」

 ヨハネが翻訳すると、少年はいちどだけ頷いた。

 その眼は先ほどの無表情とは打って変わり、暗い情念を宿していた。浮浪者の表情ではない。

 (このガキは承知している……!)

 「殺せ……」

タイボルトは震える指先を浅倉健太に向けた。

 「殺せ!そいつをぶち殺せ!」



 ヨハネと名乗った大男が、アルドリッチ・タイボルト合衆国大統領その人と紹介した金髪太り気味の男が、突然叫びだした。

 英語は分からないが、大統領はマジ切れする前から「ファッキンジャップ」とか言ってたので風向きはなんとなく分かっていた。あげくに「キル」という言葉が聞こえたから、健太は踵を返して弾かれたように逃げ出した。

 全力で走りながらちらっと振りかえると、黒服のヨハネとヤコブが歩いて健太を追い始めていた。

 「待て、浅倉健太くん」

 「こっち来んな!」

 

 タイボルトは追跡劇を見守った。

 (奴は生け贄だ)

 遅まきながら、あの少年が日本の防衛中枢に据わっている事実に気付き、にんまりした。そうだ!奴はあの馬鹿げたロボのパイロットじゃなかったか?ならばいまこの場で始末できれば、チェックメイトではないか!

 だがタイボルトのしたり顔は長続きしなかった。脱兎のごとく逃げ去る少年のむこうにブルーの光が生じ始めたのだ。

 「なんだ……あの光はなんだ?」

 「あれは――」答えようとしたペテロが言葉を途切れさせた。同時に浅倉健太を追跡していた二体のアンドロイドも立ち止まり、その場に棒立ちになった。


 ふたたび振り返った健太は様子がおかしいことに気付いた。

 黒服二人が立ち止まった……と言うより歩行動作の最中に突如マネキンと化したかのように動きを止めていた。そのむこうではタイボルト大統領が、やはり棒立ちになったローブ姿の大男の肩を揺すってなにかわめいていた。健太も走るのをやめて後ろを見ながら何歩か歩き、やがて立ち止まった。

 そのとき「ゴ――ン」という鐘の音に似た、しかし恐ろしく重い音が辺りに響き渡った。


 タイボルトもその大音響に身をすくめた。

 そして、見た。

 少年の背後で輝いていたブルーの光が、巨大な人間の――女の形を成してゆく……

 「あれは……」

 

 健太にはそれは見えていなかった。代わりに頭の中で爆発的に言葉が鳴り響いた。


 『ワレニカギハトドケラレタ!』


 それはあまりにも荒削りでノイズの塊のようだった。しかし日本語ではある。その衝撃に健太は頭を抱えてその場に膝を屈した。



 「スミカ……アサクラ」

 タイボルトは喘いだ。

 とっくに乗り越えていたと思っていた大昔のトラウマが生々しく蘇り、タイボルトの頭に血が昇った。

 あのハーバードのカフェテラス。法律と政治経済学の研究員だった若きタイボルトは、大きすぎるエゴを満足させるために、10歳も年下のくせに衆目を集めていた生意気なジャップの女留学生を一丁へこませてやろうと挑みかかり……完膚なきまでに返り討ちにあった。からかわれ、ことごとく論破され、やがて逆上してストーカー並に粘着してくるタイボルトに対してあの女が笑いながら放ったひとこと――


 『あせらなくても、あなた大統領くらいにはなれるわよ。きっとよ。だからそんなにがつがつしない』


 その後、タイボルトが野心に突き動かされて出世の階段をひとつ上がるたびに、その言葉が突き刺さった。まるであの女に操られているように感じた。すべてを見透かすあの謎めいた目つき、薄笑い。

 ズタズタにレイプして殺してやりたい。

 16年が過ぎて、CIAの要職に就いていたタイボルトは、狂おしき渇望のひとつを実行に移した。高まり続ける浅倉澄佳の脅威評価に乗っかり、暗殺計画を立案させた。

 それですべては終わったはずだったのに――

 あの女がいま蘇っていた。蘇り、巨大な姿でタイボルトの眼前に立ちはだかり、見下ろしていた。

 『ハロー、アル』

 巨大な浅倉澄佳がそれにふさわしい声量で言い、タイボルトは震え上がった。

 『久しぶり。大統領になれたのね……』

 「よせ……」

 『言ったとおりだったでしょう?』

 「やめろ!」

 『だけどおイタはこれでお終い』

 「だまれェ――ッ!!」



 健太の周囲で空間そのものが振動していた。ドームの形がブレて水中にいるかのように視界がぼやけていた。

 いまや健太と大統領一行以外の存在がいた。抱えていた頭を上げて辺りを見渡すと、色も形もはっきりとしないぼやけた影がいくつも立ち上がっていた。巨大なそれらは健太を囲み、睥睨していた。

 「うがぁっ」

 ふたたび頭を打ちのめされるような衝撃を受け、健太は力なくその場に倒れ込んだ。

 なにかが頭に流れ込んでくる。それも濁流のごときカオスの奔流だった。

 異星人たちが健太にアクセスしようとしている。

 脳細胞が猛烈な勢いで賦活していた。

 異星人たちは速やかな理解を促せるよう健太を知性化(アツプリフト)しようとしていた。もちろん一時的な措置だが、脳をほぼ100%活動させ、スムーズなコンタクトに耐えられる状態に――

 「ああ」

 突然情報の濁流が治まり、なにもかもが澄み切った。

 文字通り視界が果てしなく開けていた。情報の海にたゆたいながら、健太はあらゆる出来事を理解した。

 「そうか……母さんは、俺の中に居座っていたバイパストリプロトロンコアの一部をこの場所に届けさせたかったんだ。それだけが「物理的」に可能な方法だった。

 高次元に移行した彼らが唯一、おれたちの世界に影響を及ぼせる万能デバイス。それを使えばドームに閉じ込められた宇宙知性の仲間は、いわば牢獄破りのヤスリを手に入れられるんだ……」

 ――分かった?

 「バイパストリプロトロンコアは、異星人の魂そのものだ。宇宙の生き物を根絶やしにしようとする奴らに対抗するため、有志が自らコアになって、おれたちに準備を促した……」

 ――その通り。

 「母さんは……コアを使いこなす方法を解明していたんだな?」

 ――そう。

 「それで、それで母さんは41個目のコアになることを選んだ……!」

 ――そうよ、健ちゃん……

 「なんてことを……!」

 ――悲しまないで。ママは後悔していないわ。それより、健ちゃんは戦って、勝って。それだけがもっと大事な闘いに対処できる、唯一の方法なのだから。

 「おれたち全員が総出掛かりで戦わなきゃならないってことだな?そのために俺が勝たなきゃ始まらないんだ」

 ――そうよ。その闘いについてわたしが知ったことを、見せてあげましょう。一億三千万年前から続く闘いを。


 アルドリッチ・タイボルト大統領は胎児のように身を丸めて、地べたに横たわっていた。

 「大統領」

 ペテロが屈んでその肩にそっと手を添えると、ぎくりと身じろぎして顔を上げた。

 「なんだ?なにが……起こった……?」

 「分かりません。わたしにはなにも検知できませんでした」

 ペテロに手を貸されてタイボルトはそろそろと起き上がった。

 「……ひどい悪夢を見ていた気がする」

 「そろそろ、帰還したほうがよろしいでしょう」

 「ああ。あの小僧はどうした?」

 「忽然と姿を消しました」

 「そうか……あの小僧、アサクラの――」浅倉という名前を口にしたタイボルトは、ふたたび言いしれぬ悪寒を感じて身震いした。



 健太は母親――いや、もう母親とは言えない存在と一緒に1億三千万年、10万光年に及ぶタイムスケープを旅した。拡張自我だけの存在となって時空を越え、UFO論者であればアカシックレコードと呼びそうな宇宙的データベースにアクセスした。

 滅亡した718種類の異星人を見た。実際の数は地球にも多くの人種的差異があるように、遙かに多彩だ。無数の言語、奇妙な共生生物、これが本当に生き物なのか、という形態……

 敵についても学んだ。生命体を根絶やしにしようとする自動機械。

 その生みの親もまた、ひどく殺伐とした連中だった。彼らには数字しかない。本当に数学だけで思考していた。

 彼らの哲学、というか世界を記す方程式によれば、血肉を持つ生命形態はすべてバグである。よって、相互理解や歩み寄りはあり得ない。奴らが地球に送り込んできた尖兵もゼロ――無を概念化した数字であるゼロをもじったゼラーだ。意図は明確だった。

 そして殺戮機械に対抗する知性体連合の成り立ち。その歴史――

 健太は、人類がその対抗勢力に選ばれた最も新しい種族だと知った。

 新しく、唯一の種族である。他にはもう存在していないからだ。すべて滅ぼされ、わずかな数だけサンプルとして不活性状態のアーカイブデータ化され、惑星サンクチュアリのドーム群に封じ込められた。

 いっぽう、高次空間に移行することで生き残ることに成功した連中が、自らをバイパストリプロトロンコアに作り替えて、きわめて限定された手段を用いて三次元世界――地球に手を差し伸べた。

 コンタクトに費やした努力は想像を絶していた……なんせ高次元の彼らにとっては、紙に書いた絵に話しかけるような感覚だ。

 そうでなくてもおそらく、お互いに異質すぎて、異星人との意思疎通なんて基本的に無理なのだろう。何百年も時間をかければかりそめの相互理解も可能だったかもしれない……が、彼らにはその時間がなかった。地球人は殺戮機械に手を下されるまでもなく勝手に滅亡しかけていたからだ。

 どれほどの時間を過ごしただろう。

 時間が経過していたのだけは健太にも分かった。それこそ、この神懸かり的な旅がある一定の物理的限界に縛られている証だ。〈主審〉〈知性体連合〉本当はどんな呼び方なのかさえ分からない彼らは超越的存在だが、神ではない。

 やがて旅は終わろうとしていた。

 ――すべて理解できたでしょう?ごめんなさいね、健ちゃん。あなたに更なる重荷を背負わせてしまった……だけど、やるべきことは分かってくれたと思う。

 「ああ、ありがとう母さん。それじゃおれそろそろ戻らないと……みんなが呼んでる」

 ――そうね。



            2



 『健太くん!浅倉健太!眼を覚ましなさい!!』

 「聞こえてるよ博士……ただいま、博士も復帰できたんだ……」

 『健太!』喘ぐような、怒った声で島本博士が言った。『ただいまってそんな呑気な……しっかりして!』動転しているなんて珍しい。

 「悪りい、おれまた母さんのこと思いだしてた……いや会ってたのかな。はっきりしない……」

 真っ赤な非常灯で薄暗いコクピットが、ひどく揺すぶられていた。

 『あ、浅倉さんに……?とにかく、ただちにエルフガインを立て直しなさい!タクティカルオービットリンクは回復したから!』

 「おっけー!」



 アルドリッチ・タイボルト大統領もまた、白昼夢から抜け出していた。眼をしばたき、ここが大統領執務室だと確認して、ホッとした。まだ心臓が高鳴っていた。額も胸も不快な汗が噴き出していた。

 「そうだ、奴はどうなった――?」ネクタイを緩めながらテレビモニターを注視した。

 タイボルトはふたたびぎくりとした。ゼラーが、倒れ込んだエルフガインの上にのしかかるようにその蛇状の胴体を伸ばしている。

 だが力なく横倒しになっていたはずのエルフガインが上体を起こし、残った左腕を伸ばしてゼラーのこぶしを受けとめているではないか!

 その相対する二体の巨大ロボのあいだに、まばゆいブルーの光が生じていた。



 大宮上空を米軍マークをつけたトライアングル型UFOが飛び交っていた。

 三体の巨大ロボは都心部を蹂躙しようとしていた。数少ない情報に寄れば、進路はここ、埼玉だった。

 新都心に集合していた数千人も、にわかに慌ただしさを増した。赤羽方面の大爆発で浮き足だった群衆がパニック状態になるまであと一歩だった。

 「やべえな。暴徒化寸前だ」中谷が顔をしかめた。国元廉次も勝手気ままに安全地帯を求めて右往左往する人混みを避けて壁際に寄っていた。

 「ちくしょう!健太、なんとか――」

 廉次はパブリックビューを見上げた。

 そしてハッと息を呑んだ。

 「おい!見ろ!あれ!」

 他の連中も徐々に気付きはじめた。大画面を覆い尽くすほどのブルーの光。その光源に垣間見える、上体を起こしかけているエルフガイン……

 「立ち……上がってる?」

エルフガインが、ゼラーのこぶしを受けとめたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 「立った!立った!立ち上がりやがった!」



やはり新都心のビルに構えていた臨時政府指揮所では、一時的な行政機能麻痺からようやく立ち直りはじめたところだった。すでに半数の人材が入れ替わり、残ったのは純粋なボランティア精神に則った有志だ。

 慌ただしく人が行き交う中で、首相代行の国交相大臣が報告を受けていた。報告しているのは特命マルチ大臣を襲名したばかりの小湊総一郎だった。天城塔子二等陸佐ともども、刻一刻と入れ替わる行政拠点を点々と移動し続けた結果、いまはここにいる。

 「電話はOPEC代表よりでした。イスラム国圏の全バイパストリプロトロンコアを、わが国に委譲するとのことです」

 首相代行は眼を剥いた。たった一週間前、序列に従って大臣に就任したばかりの当選三回生。それが昨日総理大臣になり、以来12時間あまりで、一〇〇件超の国難級事案が持ち込まれた。

 「そんなのありえんだろ!我々は負けかけているんだよ!?」

 「いえ、どうですかね」

 ふたりは複数台設置されたモニター画面のひとつに眼を向けた。衛星放送の硫黄島決戦中継画面だった。

 「なんだあの光は……」

 デスクに置かれたラップトップにはべつの中継画面が映し出されていた。エルフガインと一緒にメイフラワー号から硫黄島に降下したテレビクルーが送ってくる中継映像だった。

 「総理……」総一郎は改まった声で言った。「そろそろ覚悟決めようじゃありませんか。あの女は端から我々を負けさせるつもりないんだから」

 誰かが硫黄島の中継をいちばん大きなテレビモニターに切り替えた。メイフラワーチャンネルが本格的に配信を再開したらしく、画面下にテロップも流れはじめていた。

 『エルフガインが……立ち上がった!』カメラマンが叫んでいた。喋り方からして、プロのテレビ屋ではないらしい。

 塔子がハッと息を呑んだ。

 (あの声は……松坂二等陸佐!)

 メイフラワー号から硫黄島にタンガロロボット100体とともに降下したのは、浅倉健太の父親だったのだ。公表された乗組員名簿には載っていなかったはず……。ということは、自衛隊にも知らせず、健太くんにも……

 「どうした?天城くん」小湊議員が尋ねた。

 「ああいえ……べつに」

 古巣に迷惑をかけないよう匿名を通しているのだろう。とすれば、塔子も誰かに告げるわけにはいかない。


 

 「エルフガイン、復元しています……」オペレーターがひどく厳かな声で言った。

 久遠はステータスボードを食い入るように見据えた。機体のダメージがつぎつぎと修復されてゆく。

 「なにが起こっているんだ?」

そのかたわらで島本さつきがかぶりを振った。「わたしにも分からない……」

久遠はさつきの横顔を見た。なにか考え込んでいる。が、いまのところ言えることはないらしい。

 「よし、そろそろタクティカルオービットリンクが全戦略展開データを蓄積した頃だ。メインモニターに日本周辺図を映してみろ」

 正面モニターに日本地図のデジタル線図が映し出された。関東と硫黄島に真っ赤なエネミーアイコンが灯っていた。

 だがそれだけではない。

 さらに四機のアンノウンが関東を目指していた。とどめに地図の外から高度脅威注意を促す矢印が、まっすぐ日本の主要都市部を指していた。矢印は遠距離攻撃の可能性を示している。つまり、米国が大陸間弾道ミサイルによる攻撃準備中ということだ。

 「マジかよ……」戦術オペレーターのかたわらに寄って地球全域の戦略マップに切り替えた。「米国原潜の位置は探知できてるか?」

 「それは事前情報による予想位置のみです。詳しい位置は対潜哨戒なみのアクティブ探索が必要です」

 「だが中距離弾道弾の発射位置まで浮上すれば見えるな?引き続き厳重監視を」

 「了解です!」

 「自衛隊の展開はどうなってる?」

 「エルフガインダッシュ5機が所沢に展開中。ダッシュ3が砲撃中……それに三沢・横田、築城の飛行中隊が殺到中です。陸自戦車大隊も朝霞バイパス沿いに展開中……イージス艦4隻も東京湾に向かっています」

 「エネミー三体相手となると……しかもさらに増えるとは」久遠は拳をぴしゃりと打ち付けた。「よっし、健太に早いとこエルフガインサンダーを使うよう、伝えてくれ」

 「まって、まだダメ」

「しかし博士、もう猶予ありませんよ!首都圏だって蹂躙されようとしてるんだし……」

 「東京はもう壊滅したわ」さつきは冷然と言い切った。「あの三体のエネミーはもう砲撃さえしていない。まっすぐここに向かっている。それよりも敵を見極めるのよ。アメリカが核ミサイルを撃つつもりなら、それまでエルフガインサンダーは温存しなくては」

 「そ……それは、たしかに」

 一度エルフガインサンダーを撃ってしまったら、電力を再チャージするまで一時間かかる。ようするに、相手が核攻撃に踏み切るか攻撃そのものを断念したと確認できるまで「必殺武器」は使えない、というわけだ。ICBMは地球上どこから打ち上げても30分以内に着弾する。一時間は致命的だ。

 「しかし……健太や自衛隊員にひどい忍耐を強いることになります。度が過ぎれば元も子もなくなってしまう……」

 「あと15分」さつきは断言した。「あと15分よ。それまで耐え続けさせなさい」

 久遠はまごついた。15分以内に米軍が核攻撃に踏み切るというのか?

 「――あ~、分かりました……」久遠はコンソールからレシーバーを拾い上げた。

 「健太、分かったか?あと15分……なんとかなるか?」

 『了解だぜ!』

 「他の四人は――」サブモニターに表示されたパイロットのバイタルステータスを見て久遠は絶句した。「おいッ!みんな意識不明じゃないか!いったいどうやって……」

 『ちょっと休ませてやれよ。いまはおれひとりでなんとかすっからさ』

 「おまえひとりって、そんな、動かせるわけが……」

 久遠は困惑してふたたびさつきを顧みた。

 さつきは遠くを見る目つきで、まっすぐメインモニターを見ていた。



 エルフガインはゼラーのこぶしを受けとめたまましっかりと立ち上がり、さらに圧していた。

 「無邪気なくそガキめ……いまとっちめてやっからな――ウェイブ・カッタ――――――ッ!!」

 エルフガインの左腕に高速回転するプラズマリングが生じた。そのまばゆい光のノコギリが掴んだ腕を伝ってゼラーにジリジリ接近してゆく。ゼラーは激しく身をよじってこぶしをもぎ放そうと試みているが、エルフガインは放さなかった。

  プラズマがゼラーの胴体に接触して爆発した。怪物の巨体は悶絶しているかのように仰け反る。健太はその巨大な頭にパンチを繰り出した。そして残っていた二門のキャノンブラストを叩き込む。

 ゼラーが地べたに長々と伏せた。

 


 エルフガインがちぎれた右腕を拾い上げて自らの肩に寄せると、ブルーの光が瞬いて腕が復元した。

 第2エルフガインコマンド発令所で、その様子を見据えていたオペレーターのあいだに喘ぎ声が漏れた。いま起こっている出来事は常軌を逸している。その説明ができそうな唯一の人物は、沈黙していた。

 久遠だけはサブモニターを注視しつつオペレーターのひとりに向かってつぎつぎと指示を飛ばし、自衛隊との連絡を復活させていた。

 現場の報告はいまだ冷静沈着だが、報告内容は悲鳴に近い。新たな敵らしきアンノウンが接近中だと知れ渡るに至って、そのモチベーションは危険水域に落ち込みかけている。

 指揮権を取り戻すのはいとも容易かったが、久遠が掌握仕切れているとは言い難い。ようするに誰もが「なんとかしてくれ!」と言っている。久遠は奥歯を噛みしめおもいきり渋面を浮かべていた。額には汗が噴き出していた。煙草を吸いたくてイライラしていた。

 (神様なんとかしてください!これが無事に済んだら禁煙誓います!)

 心拍は高いままで耳奥がどくどく脈打っていた。知恵熱なのか脳天が熱く不快だ。心身に負担がかかりすぎて、緊張が解けたら心臓が止まるのじゃないかと思った。ノルマンディー上陸作戦開始を決断した司令官とか、世の指揮官すべてが同様の重圧に耐えたのか。

 ただひとつ久遠を奮い立たせ続けていたのは、現場でもっと厳しい重圧に直面している人間が何人かいる、という事実だけだ。


 タクティカルオービットリンク再開によって戦場の様子がすべて見通せるようになった。しかしストライクヴァイパーダッシュのコクピットに納まった浦沢三佐は、たいして有り難いとは思わなかった。こちらが負けかけているという事実をきわめて具体的に示していたからだ。

 「江川くん!後退しろ!挟撃されかけてるぞ!」

 『了解、隊長』

 かぞえてエネミー018,019,020(硫黄島でエルフガインと交戦中の一体は017)それが東京湾に上陸した敵だ。018はケンタウロス型。019、020は人間型でごつい甲冑騎士。三体は散開して首都圏を縦断した。そしていまは池袋駅周辺を火の海にしながら再集結しつつあった。

 江川一尉と須郷一尉が乗るヤークトヴァイパーダッシュが執拗に狙われていた。敵は1機を狙い撃てば合体を阻止できると分かっているのだ。

 (まったく!オリジナルエルフガインは何度か敵前で合体してみせたってのに……)

 むろん彼らでさえ、三体のエネミーを相手にしたことはなかった。しかし中国大陸の経験はまだ記憶に新しい。彼らは日本でコルトガインを相手にした直後に、浦沢たちを助けに駆けつけたのだ。年齢から言って我々が三体相手に弱音を吐けようか――

 とは言え、現代戦はクールだ。つまり勝敗の趨勢はすべて数量差で決まる。そして相手は米軍、戦争の足し算は得意な連中だ。

 バニシングヴァイパーダッシュの園田三佐がうわずった声で報告した。

 『隊長!四体めのエネミーが群馬方向から急速接近中です!じ、時速700㎞で地上走行していますっ!会敵予想時刻は30秒後――』

 (時速700㎞!)

 「――地上組はエルフガインコマンド方向で集結してくれ。森林公園を最終防衛線と定める」

 『合体しますか!?』

 「2分後に陸海空合同でミサイル飽和攻撃を敢行する。諸君は弾薬が尽きるまで敵を引きつけるんだ。その後は……状況次第で臨機応変に行こう」

 『隊長……敵に突っ込むのは無しですよ?園田さんも』

 「臨機応変だ!」

 そのとき、聞き慣れない女性の声が専用回線に割り込んできた。

 『もしもし、航空自衛隊の浦沢さん?』

 「おい、だれか知らんがこの回線に割り込むな――」

 『わたしです、夏に歓迎会でご一緒しましたでしょう?ストラディバリでーす』

 「は?エ……と、あっ」

 『ただいま助太刀に参りましたわよ!』

 「助太刀?」

 浦沢はハッとして地上のライブモニターを見た。

 まるで砂嵐でも起こったような土埃が熊谷方面に巻き上がっていた。それは巨大な翼によって巻き起こされていた。

 時速700㎞の移動速度、そしてその巨大な翼。その翼がいまいちど大きく羽ばたくと砂塵が散り、グリフォンが姿を現した。

 三ヶ月前に浦沢自身が操縦したそれのことは、よく承知している。9月にイタリアに返還された巨大ロボ。それがいま、元のパイロットの手に戻って、ふたたび日本に上陸したのだ!

 「バベルガイン……いや、ギガンテソルダート!」

 マリーア・ストラディバリ嬢がクックと笑った。

 『ヰ式24型でも結構ですわ。ご健闘のみなさんは体勢を立て直してくださいな。それまで敵はわたくしが引き受けます!』

 「いや、申し出には感謝するがしかしマリーアさん、敵は三体もいるんだ!」

 『ならばこちらは四体ですわ!』

 「えっ!?」

 地上型ヴァイパー3機とエネミーのあいだに立ちはだかった巨大なグリフォンが、後ろ足で立ち上がり、人型に変形してゆく。

 そのかたわらに蜃気楼のような影が現れた。

 巨大な鎌を持ったそれはあのフランスロボ、コルトガインであった。

 『コチラハ、オゥストレィリアエアフォース、ボブ・ケルジィ大尉デス!ワレワレモ自衛隊サン、支援シマスヨ!ナイストゥミートゥユー』

 さすがのエネミーたちも進撃をやめて川越付近で立ち往生した。

 『すいませーン遅くなりました~!』

 ぎこちないイントネーションの日本語でべつの女性が回線に割り込み、さらに二体の人間型巨大ロボが盛大にロケットを噴かして降下してきた。

 バベルガインとコルトガインのあいだに着地した二体は、まるで仲良し兄弟のように肩を寄せ合った……そのとたんボディ各部がガチャガチャと形を崩し、せり上がって、一体の巨大ロボに合体変形した。

 『フェンリルガイン・台湾陸軍ワン・シャオミー少尉デェス!ただいま戦線に着きまシタ!』

 コルトガインと同様かつてエルフガインと対峙し、敗北ののち台湾に送られたドイツ製ロボだ。

 つまり、アンノウンはすべて味方だった。

 「みなさん――」浦沢は不覚にも感極まり、言葉が出なくなった。

 ほんの1分まえに神風攻撃を決意したばかりなのだ。それが一転、「同盟国」がその言葉どおり救援に駆けつけてくれた。心ないテレビインテリコメンテイターであれば「そんなの当然でしょう」と吐き捨てるだろう。だが浦沢は同業者として、実際の他国軍事支援がいかに難しいか分かっていた。しかも第二次世界大戦後最大の国難に直面したいままさにこの時、頼もしい盟友が現れたのだ!

 創設以来米軍におんぶ状態……憲法を盾にのらりくらりと国際協力をかわし続けてお友達ゼロ状態だった自衛隊にとっては、初めて体験する軍事支援であった。

 「ありがとうみなさん!お言葉に甘え、我々は一時後退してフォーメーションに移る!」

 『了解(ウィルコ)、慌てず急いで慎重に!』



 三体の助太刀ロボがタクティカルオービットリンクに接続してエルフガインコマンドの指揮下に編入されたため、オペレーターたちは大忙しとなった。

 「おったまげたな」

 久遠はメインモニターに釘付けだった。エルフガインコマンドの定点カメラが捕らえたライブ映像だ。巨大ロボ三体がエネミーの進路に立ちふさがっていた。頼もしげな後ろ姿の三体はいずれも、島本博士が設計したガインシリーズだ。

 「ちきしょうめ」久遠は精一杯毒づいた。あれら支援ロボはIFF(敵味方識別信号)をわざと外していたのだ。島本博士ばりの茶目っ気が伝染ったのか。

 しかし不本意ながら、これほど麗しい光景はかつて見たことがない、と久遠は認めた。

 「博士……」

 さつきは厳しい顔つきだった。

 「まだよ。気を抜かないで。アメリカはこれで最終決断を下す可能性が高くなった」

 「そ・そうっすね」久遠もまた顎を引き締めた。「あとは硫黄島の健太たちです」

 

  


 (わたし幽体離脱してる……)

 礼子は困惑した。見慣れない狭苦しい場所で、からだは宙に浮いている……浮遊しているというより空気よりやや濃密ななにかに包まれていて、からだを捻って向きを変えることは簡単にできた……それで見下ろしてみると、一メートルほど下に、シートに納まっている健太が見えた。

 (ここはエルフガイン……健太くんのコクピットの中……なのかな?)

 礼子はストライクヴァイパー……エルフガインのメインコクピットに入ったことはない。どおりで身に覚えのないのに既視感のある場所だ。

 なんでわたしはここにいるのかな?そんな疑問に首を傾げていると、隔壁から髙荷マリアがスッと現れた。

 (あ、先生)

 (たっ髙荷さんどうして!……ちょっとあなた裸よ!?)

 (先生もだよ)

 (えっウソ!?やだ)礼子は慌てて胸をかき抱いた。

 (まあ細かいとこまで見えないけどさ……半透明だし)

 (なんで?どうしてわたしたちこんな……)

 (そんなことは実奈に聞いて。だけどなんとなく分かってるでしょ?ゼラーの奴にこてんぱんにやられて意識を失う直前、ブルーの光が見えた。それからながい夢を見てたような、へんな感じだったでしょ?)

 (そうだわ!ひどい攻撃でガクガク揺すぶられて……まさか!わたしたち死んじゃってる!?)

 (だーいじょうぶ)

 床から実奈と真琴が浮かび上がった。

 (レーコ先生、死んでないから安心して。実奈たちアストラル体みたいになってるだけだから。たしかに体はちょっとダメージ受けたけど、エルフガインと一緒にスゴイ早さで治ってるし)

 (え~……と、その説明で安心してと言われても……)

 礼子は健太を見下ろした。

 (とにかく健太くんは、わたしたちに気付いていないようね)

 (実奈たちリダツ中だからねえ)

 真琴はエルフガイン霊体女子部の会話に加わらず、健太の肩に寄り添っている。その半透明の体は半分健太に重なっていた。触れようとしても叶わないことに真琴は悲痛な面持ちだ。

 健太は瞬きひとつしていない……なのにエルフガインは動いていた。それどころかシステムドライヴァーの助けなしで、ひとりで動かしていた。島本博士たちとも会話している。明らかに異常な状態だった。

 礼子が真琴のそばに寄り添い、肩に手を置いた。

 真琴が泣きそうな顔で振りかえった。

 (健太さん、さっきから身動きしてません……)

 (そうね……)礼子は健太の横顔を見た。しかし心のどこかで、心配すべきことではないと直感していた。幽体離脱しているにもかかわらず気が動転していないのも、その直感――というか、途方もなく壮大な理解におよんでいたためだ……健太と上位知性との邂逅でもたらされた知識、その断片を礼子たちもまた、シェアされていた。

 怪我の功名と言うべきか。

 ゼラーに叩きのめされ、健太は、ふたたび覚醒したバイパストリプロトロンコアと繋がった。システムドライヴァーである礼子たちもその影響を受けた。膨大な知識量に生身の脳細胞は耐えきれない……それで礼子たちの意識、あるいは魂は、霊体となって「待避」させられていた。

 誰の手で?どこに?それは既存の言葉で言い表せない事象だ。

マリアは尋ねた。(実奈、まさか、あたしたちこのままなんじゃないよね?)

 (からだが目覚めたら元に戻ると思うよ。だけどその前にすることがあるんじゃないかなあ)

(することって……)

 実奈が前方を指さした。

 エルフガインのモニターではない。拡大されたマリアたちの視野はさらに遠く、水平線の彼方まで見通すことができた。

 日の出に煌めく水平線にひとつの影がぽつんと見えた。

 (あれは、御堂隊長!?)

 (そうだよマリアお姉ちゃん。ナーガインが合一に成功したんだ!)

 (合一って?なにと?)礼子が尋ねた。

 (異星人さんと)

 (えっ?あのタンガロ製巨大ロボが、異星人と合体したって言うこと……?)

(正解!)


 エルフガインは奇跡的な復活を果たしたが、ゼラーとの性能は拮抗していた。相手は異星の超技術が詰まった、いわば最新鋭ロボだ。非常に、硬い。多少ダメージを与えてもすぐにリカバリーしてしまう。

 エルフガインとゼラーはひたすら殴り合い、叩きのめしあっていた。エルフガインの四肢はもともとがっぷり乙に組んで格闘できるような作りではない……だがいまは得体の知れないフォースパワーでゼラーを殴っている。

 両者の戦闘/防御力は、ほぼ互角だ。


 近衛実奈がそれを見越していたわけではないが、少なくとも勝つつもりだった。だから下準備はぬかりなかった。

 そのために最も力量があり、かつゼラーの一味に対する復讐にきわめて熱心な者に協力を仰いだ。

 つまり、滅ぼされ、電子的なアーカイヴに保存されていた異星人である。

 タンガロ共和国の守護神ナーガインは、その動力炉にエルフガインと同様バイパストリプロトロンコアを内蔵していた。浅倉博士が切り札として建造したロボだから、エルフガインと同様の構造になっているのは当然だった。実奈は、惑星サンクチュアリのドームからエルフガインの中に居所を移していた718種の異星人に、ナーガインに引っ越しするよう要請した。

 そして、バイパストリプロトロンを通じて物理的影響力を得た異星人たちに、御堂さくらの承諾ののちナーガインを改造させたのだ。

 それがいまやって来た。


 だが実奈でさえ気付いていないことが、ひとつだけあった。

 ナーガインに内蔵されていたのは、本来は存在しているはずのない41個目のコアだったのだ。


 健太とゼラーは同時に「それ」に気付いた。二体の巨大ロボは動きを止め、急接近中の巨大物体に注意を向けた。それは間違いなく巨大ロボだった。

健太は、ナーガインがいずれ救援に駆けつけることを、実奈から事前に知らされてはいた。だが、あれは……

 海面10メートルあまりに悠然と浮かんで、見えないちからで波をかき分けてくるそれは黄金に輝いていた。ナーガインとは似ても似つかない、厳ついアーマーを纏った女性型ロボット。身長は1.5倍に拡大して、全高100メートル近い体格になっていた。六本の腕を持ち、背中から生えている四本腕のそれぞれに武器を持っている。

 硫黄島を包囲していた米空母の1隻が、新型ナーガインの進路を立ち塞いだ。

 ナーガインは腕の一本に持っていた錫杖を振り下ろした。するとその錫杖の先端から紫色の稲光が一閃した、

 米空母は見えない巨人の手刀に叩きのめされたように真っ二つにへし折れた。

 真ん中からくの字に折れ曲がった船体が水中に没し、ついで大爆発した。

 黒煙とオレンジの火炎混じりの水柱が500メートルも立ち上がった。新型ナーガインはその水柱を割ってふたたび姿を現す。

 硫黄島の水際に達したナーガインは砂浜にその一歩を記して上陸を果たした。

 健太の父親、松坂耕介はわずか50メートル手前を歩くその巨体にカメラを向けていた。メイフラワーチャンネルを受信している全世界がそのカメラを通じて、そびえ立つ巨体を見上げた。あまりにも有機的な形、人間じみた動きだった。

 怒れる女神といった趣のその横顔を捉えた耕介は、胸を締め付けられるような直感とともに呟いた。

 「澄佳、か……」


 カメラのマイクは周囲の騒音にもめげずその声を拾った。澄佳――浅倉澄佳。全世界的な検索ワードとなっていたその言葉に、視聴者は騒然とした。


 第2エルフガインコマンドでは島本さつきが喉に手を当て、大宮の臨時政府では小湊総一郎が目を見開き、かたわらの天城塔子が両手で口元を覆った。


 それほど近親者ではない世界じゅうの人々も、度重なる奇跡的な出来事のおかげで事態を察する下地が整っていた、と言えよう。

 『浅倉澄佳復活?』

 四年近くまえ亡くなった希代の天才がどうやってか復活を果たしたのか?キリスト教圏では畏るべき衝撃を伴ってそのトピックが伝わった。なんせ彼らにとって死後復活していいのはイエス・キリストその人だけ……あとはすべからくゾンビである。死者が蘇るのはただ一度、ハルマゲドン後の約束の地においてのみ――

 だが待て、いまがまさにそのハルマゲドンなのではないか?その新たな認識が欧米人を戦慄せしめた。


 理論より観念的思考が長じた結果『奇跡』に対しておおらかなアジア、とりわけ日本人のあいだでさえ「なんか凄いことが起きたっぽい」との認識が広がった。


 「スゲぇ――――――ッ!!」

 国元廉次たち新都心組も歓喜に沸いていた。とは言えそれはナーガインが米空母を一撃で轟沈させたからだが。

 メイフラワー号から刻一刻配信されるテキスト情報が浸透してゆくにつれ、彼らも事態を理解しはじめた。

 パブリックビューに注目する彼らの背後では、六体の巨大ロボが交戦状態に入っていた。建築物に遮られて直接見ることはできなかったが、轟音――と、振動は絶え間なく響いてくる。正直言ってどちらを観るべきか、それともさっさと非難すべきなのか、みんな混乱していた。だがひとつだけ確かなことは、彼らが歴史的な瞬間に立ち会っているという共通認識を抱いていたことだった。


 

 

 さつきが突然床にへたり込んだ。かたわらにいた久遠は慌てて屈み込み、さつきの背中を支えた。

 「ちょっとさつきさん!」

 「大丈夫」

 さつきはしっかりした声で応えたが床に座ったまま、顔も上げなかった。

 「そうよ考えてみれば当然だわ」

 「エ?なにがです?」

 「8年前、タンガロ共和国は人口2千万の最貧国に過ぎなかった。バイパストリプロトロンコアを保有していたはずがない」

 「えっ……」久遠はなにか不穏な話の行き先を感じ取った。

 「わたしも実奈ちゃんも、健太くんとタンガロロボットたちが奇跡的に同調して、浅倉さんのパーソナリティーを人工的に再構成したものと推測した。それがエルフガインのコアに宿っているものとばかり」

 さつきは力なく立ち上がった。

 「――でも見当違いだった。浅倉さんはタンガロ共和国の守護神に宿って、ずっとあの国を発展させ続けていた!あの国の異常な科学的発展もそれで説明がつく……」

 「博士、なにを仰ってるんで……」

 「あのひとは、新しいコアを造り出すことに成功していた――いいえ、彼女がコアそのものに生まれ変わったのだわ!」

 「博士……」久遠はごくりと喉を鳴らし続けた。「なに言ってるんすか?まさか博士まで健太のお母さんが復活したと言い出すんじゃないですよね……?」  

 「復活どころか亡くなってさえいなかった……いいえ亡くなったのかしら」さつきは首を振ると、悲哀に満ちた笑みを久遠に向けた。「もうわたしには分からない。でもナーガインに宿っているのは、間違いなく浅倉澄佳だわ」


 御堂さくらは変貌したナーガインのコクピットで、ゼリービーンズカラーのバイオメカニクス溶液に裸体を漬していた。緩衝材の役割も果たす透過性だがどろどろの液体を体内まで満たして、それでも呼吸はできた……だがどのみち、心地良い圧迫感に包まれてさくらの意識は夢現をさまよっていた。さながら子宮に回帰したかのように。

 そう、パイロットは、異星人によって魔改造されたヴァイパーマシンの中枢に浮かび、微睡みながら、意識の一部ははっきりと目覚めて巨体をコントロールしていた。浅倉澄佳博士によって造られ、あとを引き継いだタンガロ製ロボットたちの並列電子頭脳が改良を重ね、同時に御堂さくらのシステムドライヴァーも果たした。

 だが今日という日はさくらでさえ副パイロットに過ぎなかった。というかむしろ依り代……精霊を降臨させるための巫女の役割と言おうか。

 (浅倉くんが見えます。彼、女の子たちに護られているわ)

 さくらの背後にいる存在が身じろぎしたように思えた。

 (ええ。あなたの目を通してわたしにも見える)

 3年半前、浅倉澄佳博士はアフリカに行くと言い残し、タンガロロボット4体とともにプライベートジェットに乗り込み、それきり帰らぬ人となった。世界を変えようとしていた偉大な人物のあっけない幕切れと思われた。信じ切れないままちからが抜けた三年を過ごし、真相を知らされたのは今年の初め……

 世界を統一しようという計画は止まっていなかった……それどころか畏るべきスケールに拡大して進行中だった。異星人の地球侵略、というシナリオはにわかに呑み込めなかったが、それもひそかにアフリカの小国に出かけて、ブルーに輝く球体を見るまでだった。

 (これが終わったら、ひとこと挨拶してあげるべきでは?)

 (彼にはもうすべて知らせた)

 背後の存在はどことなく人間性を欠落している。さくらは浅倉博士が捨てたものの数々を思うたび、やるせなくなる……。

 一度だけ、まだ出会って間もない頃に、博士はひそかに、さめざめと泣きはらしてさくらに告白した。

 「あの子には未来はない。わたしは……なんで産んでしまったんだろう!あの子が不憫で胸が張り裂けそうよ!」

 つねに冷静沈着、冷酷でさえある超天才が、ただ一度見せた涙だった。

 明くる日にはもう泣いてはいなかった。思えばあの時、決意したのだ。全力で人類滅亡を阻止する。そのためならアメリカ合衆国さえ滅ぼす。

 世界じゅうが、ぜんぶ敵になるとしても、やり遂げる。ひとり息子が生き続けられる世界を残すためならなんでもする。

 亡くなる直前に浅倉博士がなにをしてのけたのかは謎だ。だが「主審」と何かしらコンタクトに成功していたのは確かだ。

 

 さくらの眼前に四人の女性が姿を現した。三人はよく知っている。四人目の大人の女性は、直接会ったことはないが誰だかは分かっている。

 (さくらお姉ちゃん!)

 (隊長!)

 (実奈、まこ……マリアも)

 (御堂隊長……)

 若い三人がさくらに抱きついた。礼子が一歩離れてお辞儀した。

 (みんな良く来てくれた。これからゼラーというあの怪物を封印する。すでに世界じゅうのタンガロロボットが電子結界を張っているから奴は逃げられない……仲間に警告を送ることもできない。これから実奈の超能力を使ってさらに結界を張り、奴のちからを削ぐ。あいつにはわたしたちの存在は関知できない。奴は夢を見ないからね)

 


 ナーガインとエルフガイン、そしてゼラーが三つどもえで立ち尽くしていた。

 ナーガインが腕を上げてゼラーに指を突きつけた。

 「ゼラー」御堂さくらの声が言った。「おまえはもう終わりだ。生まれたばかりなのに残念だけど消えて無くなれ」

 『うるさいなぁ――――――ッ!』

 ゼラーが尻尾を大きく振りかぶった。その先端が菊花のように開いて凄まじいプラズマ状の鞭が繰り出された。五本の鞭がナーガインの腕に絡み付いて火花が散った。しかしナーガインはびくともせず、腕を捻りあげて鞭をたぐり、ゼラーをゆっくりと引き寄せはじめた……。

 『おまえたちはこの世界開闢のときに誤って生まれたバグなんだ!超対称性を損ねる汚らしいシミなんだよぉっ!無益な抵抗やめてさっさと死ねよっ!』

 ナーガインの圧倒的なパワーにゼラーは困惑している。なぜかフルパワーが発揮できない。理屈に合わないことが起きているのに原因が分からない……

 『放せ―――ッ!』

 全身から狂ったように武器を繰り出した。

 だがナーガインには効かない。

 上空には〈主審〉のUFOが回転しながら浮かんでいる。異例の光景だった。闘いの闖入者に厳正な処罰を下そうとしている審判だ。それがひときわブルーの光を強めた。


 「いまよ、浅倉くん。奴を仕留めなさい」

 「了解だ!御堂さん」 


 エルフガインが腰の両脇に装備する長大な腰アーマー、240㎜レールキャノンを引きちぎった。

 「エェルゥフガアァイィンッ・ラアァンサアァァァァァ――――――!」

 エルフガインは頭上に掲げた二門の大砲をひとつに連結させた。まばゆい光輪とともにそれが長い槍に成り代わった。

 もちろんエルフガインにそんな武器は装備されていない。健太の未知のちからが造り出したのだ。

 「エルフガインッ!」槍を上段に構え直した。「クラアァァァァァッシュ!」

 光の槍がゼラーの胸に深々と突き刺さった。亜光速。その結果はE=MC二乗に限りなく近い……

 硫黄島はおろか地球を半分噴き飛ばすほどの爆発。だが爆発は強力なフォースフィールドに封じ込まれて、強烈な光だけが太平洋を照らすのみだった。そしてそのエネルギーはゼラーを分子レベルまで蒸発させた。



 やがて光が納まると、硫黄島は気の抜けたような朝の静けさを取り戻した。

 アメリカ製AIの制御を失った米艦艇が漂流しはじめている。硫黄島を遠く取り巻いていた自衛艦艦艇も、まもなくその異変に気付いて進路を変えはじめた。


 それら護衛艦の1隻、〈きりしま〉の側に真っ黒な球体が浮かび上がった。甲板上で硫黄島の闘いを眺めていた海士たちはなにごとかと慌てふためいた。その球体は直径10メートルほどで、なにをする間もなく〈きりしま〉の舷側にゴツンとぶつかった。

 それは爆発したりはしなかった――とっさに甲板に伏せた海士たちが顔を上げると、球体はスライムのように形を崩して甲板上に保たれ、パズルのピースのようにばらけはじめた。

 ばらけたピースひとつひとつが人間の形になり、黒いスパッツのバレエダンサー姿に変化した。

 「ありゃ、タンガロロボットだ……」

 ピースが残らず美男美女のロボットに変身して整列すると、甲板上には尻餅をついた男がひとり残されていた。その男は人間のようだった。それに陸上自衛隊の装備を纏っていた。顔も迷彩服も煤けてぼろぼろに見えた。

 「あ、あんた……」いち早く立ち直った伍長が駆け寄ると、男は難儀そうに立ち上がった。手を貸そうとする伍長を両手で辞して、男は姿勢を正して敬礼した。

 「自分はレンジャー特科小隊所属、松坂耕介二等陸佐です。アフリカ、タンガロ共和国の海外協力よりただいま帰還しました……原隊復帰を報告します!」

 伍長は思わず敬礼を返し、いくぶん年下のように見える二等陸佐に微笑んだ。ただひとり硫黄島でテレビ中継を続けていたのは彼だ、そう気付いていた。

 「硫黄島に立ち寄ったとお見受けしますが……よくご無事で」

 「うっかり途中下車してしまいまして」背後の硫黄島を振りかえった。「どうやら戦闘は終わったようですね。あのヘビ野郎は跡形もない……」

 「ええあのロボが」咳払いした。「エルフガインが、撃破しましたよ」

 〈きりしま〉の機関がにわかに唸りを上げ、舳先が風を切って転進しはじめていた。

 「おっと、まだ終わっていないのか……」

 「ええ、東京に三機のヴァイパーマシンが上陸したんですわ。いま我らの同盟国のヴァイパーと交戦中です。それに米国の防空警戒態勢が……我々はすぐ戦闘配置に就かねばなりません」

 「ぼくは邪魔のようだ。船室をひとつ、お借り願いたい。ロボット100体ともども、引っ込んでいますから」

 「お疲れでしょう。下に案内しますのでおいでください」


 



  


 タイボルト大統領は椅子に深く身を沈めていた。

 ひどい倦怠感を感じる。

 執務机の片隅に腕を伸ばし、秘書官呼び出しのブザーを押した。

 『大統領閣下?』

 「ジミーを呼べ……【フットボール】を持ってくるんだ」

 『閣下……』秘書は声を詰まらせた。『……イエス・サー、閣下』

 2分後、国務長官がシークレットサーヴィスを引き連れて大統領執務室に現れた。

 「遅いぞ!」

 「申し訳ありません大統領……」

 国務長官は部屋に一歩踏み入って唖然としていた。得体の知れない男たち11人、そして黒人女ひとりが、暖炉脇にずらりと整列していた。

 身動きひとつしない。

 そして大統領は……執務机に両腕を置いて、不穏な上目遣いで虚空を見据えている。なにも眼に入っていないように見えた。

 「大統領、これは――この者たちは、いったい何ものなんです!?」

 「フットボールをここへ」

 シークレットサーヴィスのひとりが進み出て、手錠に繋いだ黒いアタッシューケースを恭しい手つきで大統領に差しだした。もうひとりが手錠を外して、退いた。

 「キーを」

 国務長官はのろのろと前に進み出た。ぎくくゃくした手つきで首にかけていたペンダントを外し、大統領に見せた。タイボルトは頷き、上着の胸ポケットから自分のキーを取り出した。

 「アル……目標は日本なのか?もうちょっと考えて――」

 背後のアンドロイドがいきなり動き出して国務長官の首にチョップを食らわせた。ボキッというくぐもった音が聞こえた。アンドロイドは崩れ落ちる国務長官の手からキーを取り上げて、大統領の前に置いた。

 「長官!?」シークレットサーヴィスたちは銃を抜いたが、他のアンドロイドが動いて同じ末路を辿った。

 イブがキーを拾い上げて指に引っかけ、くるくる回しながら大統領のかたわらに立った。

 アタッシュケースの中に納められた小型コンソールが起動すると、モニターに無味乾燥な緑色のテキストがスクロールした。大統領が入力するまでもなかった。フットボール……ポータブル核攻撃発令システムは勝手に目標を定めはじめていた。やがて準備が整うと、【YES/NO】のサインが灯った。攻撃目標リストに異存はなかった。タイボルトはためらうことなく【Y】を選択した。

 「よし、同時に差して、捻れ」

 「オーケイ、ボス」ひさびさに応えてくれた天使の声だった。まだ見放されてはいなかった。

 合衆国大統領はアンドロイドと一緒に核攻撃開始コマンドを発令した。



 役割を終えたナーガインは内から溢れる光を失い、青灰色の立像と化していた。異星人のちからで作り替えられていた部分が風化して剥がれ落ち、背中の腕がもげ、元のナーガインが現れ始めていた。

 

 健太はハッとして、目を瞬きながらコクピットを見回した。

 「健太くん」

 礼子先生の声が耳元に聞こえた。

 「先生、無事ですか……?おれ……」

 「みんな無事よ」

 「異星人さんたちどこかに行っちゃった……」実奈が寂しそうに言った。

 「ゼラーの野郎が死んだから、あとはおれたちの問題ってことだな」

 『健太くん?』

 「博士」

 『ごくろうさま……と言いたいところだけど、あなたたち大丈夫?エルフガインはまだ動くの?』

 「おれらもこいつも元気いっぱいだよ!まだ終わってないの?どこに向かえばいい?」

 『健太、久遠だ。さっそくでアレだが、セラフィムウイングを使って至急、埼玉に戻ってくれ。状況は追って知らせる』

 「了解!」

 健太はモニターの隅に映るナーガインに眼を遣った。

 「御堂さん?」

 『浅倉くん、わたしは大丈夫。しかし申し訳ないが、ここでリタイアさせてもらう……きみは、もうひと息がんばれ』

 「御堂隊長……」

 『マリア?実奈たちも、たいへんだけど、もう一戦だけだよ……あなたたちとエルフガインなら勝てる。しっかりね』

 「分かりました隊長……わたしたちがんばります」真琴が言った。



 メイフラワー号は最も確実な安全圏に待避していた。

 つまり高度3000㎞。推力が大きいからその高度で太平洋上に留まれた。そこまで届く宇宙兵器は皆無だ。たとえミサイルが一本、二本到達したとしても、デブリ衝突防止用レーザーが自動的に片付けてしまう。

 乗り合わせた四万人あまりの人々は感激しっぱなしだった。

 宇宙だ。地球が丸く見える。反対側には月。それから晴天に白いシミ程度に見えていた超巨大宇宙建造物〈ライデン〉とL5コロニー群が、陽光を浴びて煌めいていた。

 そしてエルフガインの勝利が確定すると、船内の興奮状態はマックスに達した。

 「さて!」ブリッジに居合わせた元CEOが言った。「こうなったからには、地球に戻るべきでしょう」

 科学者が言った。「だがな、タイボルトは核攻撃を断行する可能性が高いのだ。まだまったく安全は保証できないぞ」

 「ええ……だからこそ戻らなきゃならないと、思いませんか?」

 「ああ、そういうことか。きみはロマンチストなんだな。心情的には賛成するが……我々はもう少し慎重になるべきじゃないかな?ヘタをすれば我々が唯一の貴重な生き残り、ということになりかねん」

 「核が降ってくるなら我々とこの船は救命艇となりますよ……それこそ降下すべき理由ではありませんか。それにわたしは奇跡を見た。浅倉健太は守護されている。その存在は、彼に勝てと言っているんです」

 元CEOはそこまで言ってニヤリとした。

 「……まあ本音を言えば、後日「わたしはずっと安全圏で眺めていました」とインタビュアーに白状するのが嫌なんですが」

 「度し難いなきみは!」科学者は鼻を鳴らした。「そしてわたしもバカだ」

 30分後、メイフラワー号は日本に向けて降下を開始した。



さいたま新都心もまた熱狂の渦と化していた。パブリックビューのまえに集まった皆がエルフガイン健在の報にこぶしを突き上げ、絶叫していた。例の中継は突然打ち切られ遠巻きのドローン映像に切り替わってしまったが、それでも勝ったのは分かった。

 CNNはぱったりプロパガンダ配信をやめ、メイフラワーチャンネルを一部民放までが流しはじめていた。潮目がはっきりと変わっていた。

 「オイ!エルフガインここに来るってよ!」

 「どっか高いとこ……ビルに上がろうぜ!」

 それで一斉に、いまだ継続中の埼玉の闘いを直接眺めるべく無人状態のオフィスビル群に殺到した。

 国元廉次と中谷勇もそのあとを追った。

 「ちきしょー健太のヤローやったな!」廉次の足取りは弾んでいた。

 「あいつ、いつ頃こっちに到着するん?」

 「えーと……硫黄島って1000㎞以上離れてるんだっけ……マッハ2ならと……30分くらいで来るんじゃねえかな」

 まだ電気は来ていたので、だれか技術系に詳しい奴がビルのエレベーターのロックを解除して、使えるようにしていた。列に並んで最上階近くまで上がり、最後は非常階段を使って屋上に出た……

 「寒ッ!」

 廉次はダウンジャケットのジッパーを慌てて口元まで引っ張り上げた。屋上の人数が思いのほか少なかったわけだ!大半は階下の展望レストランに留まったのだ。

 しかし遠く30㎞あまり彼方で繰り広げられる生の戦闘が目に入ると、そのまま寒さを忘れた。

 最初の印象は「これは思ったよりひでえ」のひとことだった。

 川越方面、埼玉の丘陵地帯全体が砂嵐のような薄茶色の帳に包まれ、秩父山中がまったく見えない。その帳の中で雷のような光が瞬き、ズン、ズン、ドォーン……という轟きが聞こえてくる。その周囲、上空を三角形のUFOが飛び回り、地上攻撃を加えていた。音が遅れてやってくるので、あの場所でなにが起こっているのかにわかには窺い知れない。

 だがそんなもどかしさはすぐに解消された。帳をかき分けるように四つ足の猛獣が躍り出て、こちらに向かってきたのだ……

 さらに、超巨大なケンタウロスが翼の生えたライオンを追いかけて姿を現した。

 二体は信じがたいスピードで川越……廉次たちから10㎞あまりの距離まで接近した。 廉次は身を縮めた。(お願いだからもうそれ以上こっち来ないで!)あまりにも巨大すぎる上に生物的なロボの動きは、遠近法を著しく狂わせ、何度見ても慣れることがない。

 バベルガインが一瞬にして人型に変形して身を翻し、猛追するケンタウロスに弾き飛ばされてさらに半㎞ほど廉次たちのほうに近づくと、足が竦んでよろけそうになった。数秒後に転倒したバベルガインの振動がビルを揺すり、結局廉次は地べたに尻餅をついた。

 「まっマジで――」

 転倒したバベルガインの周囲で爆発が立て続けた。砲撃らしく、一発がわずか数㎞先の倉庫に着弾して粉々に粉砕した。「うわ、ひっ!」廉次はへたり込んだまま慌てて後ずさった。中谷も似たようなものだ。体じゅうの細胞が萎縮して「もうやめて!もう安全なところに引っ込もうよ!」と訴えていた。

 立ち上がったバベルガインが背面ブースターをうならせて飛び上がり、ケンタウロスに剣を振りかざした。巨大な槍がその攻撃を受けとめ、胸が悪くなるような衝突音が響き渡った。

 廉次はふたたび視界から霞んでゆく巨大ロボを声もなく見続けた。もう降りようか……そんな弱気をふたたび思い直したのは、視界の隅にべつの巨大ロボが現れたためだった。

 全身ブルーグレーの、エルフガインとうりふたつの機体。自衛隊版「エルフガイン・ダッシュ」だ。

 ずいぶん前から「自衛隊首脳部、合体嫌がるww」とネットに書かれていたアレが、ついに合体しているじゃないか!

 だが、エルフガイン・ダッシュは二~三歩うしろによろめくように後退すると、持っていた大型剣をを突いてがくりと片膝を折ってしまった。

 「ああ!」中谷は喘いだ。「なんだよ……」

 「たぶん操縦慣れしてないんだ……!」

 4対3の勝負でアドバンテージを稼いでいると思ったが……米軍のヴァイパーマシンは予想以上に強敵らしい。とくにあのケンタウロスはいままで再三現れエルフガインとも直接対決したが、完全撃破に至ったことがないのだ。

 (ほんとによお!健太、頼むぜ……)



 「結局どうなったんです?」

 「硫黄島のゼラーという怪物?あれはおそらく……あの異星人が」さつきは忌々しげに首を振った。「異星人が多すぎよ!ややこしいったらない。悪の異星人とか言うのもなんだし、このさい敵異星人はナンバーズとでも言おうかしら!でもって、味方の異星人は……」

 「え~……博士?」

 さつきはハーと溜息をついた。

 「いずれ呼称について整理しなければね!それはともかく、奴は膨大なエネルギー受けて消滅したようだわ。素粒子レベルに分解されて意思を殺されたか封印されたと言うべきかも。ゼラーは、地球上のスーパーコンピューターをじゅうぶんな大きさに連結した末に、ナンバーズが植え付けた邪悪な自由意思なのよ……だけど成長しきる前に封印された……」さつきはふたたび頭を振った。「ああもう!我ながら言ってて厭になるわ!こんな話!」

 「ええとつまり……ゼラーって奴は阻止されたんで?アメリカじゅうの乗っ取られたコンピューターは、元に戻ったと……」

 「残念だけどまだと考えるべき。明確な自由意思を失って大幅に退行したでしょうけれど、それでもまだ、目的を完遂するくらいのプログラムは残っているはず」

 「それじゃあ米国内の……というよりどこにあるのか把握できてないAIを破壊し尽くさなければ、核攻撃は防げないんで?」

 「中国、ロシア、他にもいろいろ……タンガロ製ロボットくんたちがハッキングを試みているけれど、それを物理的に破壊するとなると話は別だわ」

 「まだまだ厳しいってことっすか。さっきの実奈ちゃんの話によると、え~……良い異星人たちはもう協力してくれないんすよね?」

 久遠は先ほどエルフガインが発揮したスーパーパワーのことを言っている。自己修復したすえに装備していない武器まで造り出してしまったのだ。もはや久遠の常識では着いていけない話だが、依存しきってしまいたいくらい頼もしかったのは確かだ……。

 「もう甘えられないわ。彼らは地球人に〈ゲーム〉の決着をつけろと言っている。わたしたちの味方についたわけではない――彼らはクールな高等生命体なのよ。将来ナンバーズと戦うのはアメリカでも日本でも、どちらでも良いと思っている。事実、わたしたちのほうが上手に戦えるという根拠はないでしょう?」

 「ああたしかに……しかし浅倉博士は……」

 「浅倉さんは地球滅亡を防ぐためにアメリカを叩き潰そうとしただけよ」

 さつきは困惑する久遠に顔を向けた。その美貌には不敵な笑顔が浮かんでいた。

 「まあ、結末は近い。わたしたちは健太くんの勝利を望むだけ――」

 第2エルフガインコマンド発令室に警報が鳴り響いた。

 久遠は舌打ちした。

 「ついに始めやがった!」手近なオペレーターのかたわらに駆け寄り、指示を飛ばしながらコンソールを操作した。

 「統合作戦本部、厚木ジャッジに警戒喚起、それからだれか現在の内閣の所在知ってるか!?」

 「繋がっています!大宮です」

 「よし、Jアラート発令のタイミングを計るから待機を要請しろ。タクティカルオービットリンクはすべての監視機能を広域探知に切り替え、集中してくれ!」

 「了解です!」

 「エルフガインの状態は?」

 「現在マッハ2で埼玉に急行中……到着予想時刻は5分後です。パイロット全員ヴァイタル正常。キャノンブラスト残弾……ゼロ。ミサイルは10%……ジャンプロケット20%。右ソード使用不能……です」

 「了解だ」

 (厳しいな……)

 


            6



 健太が硫黄島で奮闘するあいだに、わたしたちは埼玉でケリをつける。

 マリーア・ストラディバリの思惑は、そう簡単には通用しなかった。アメリカのヴァイパーマシンは浅倉/島本の設計に頼っていないが、さすがに技術立国……強敵だった。

 「お嬢様(ミツシィ)!一時後退して武器を交換されては――!」

 「分かってるけどあいつが通せんぼしてるのよ!」

 バベルガインのシステムドライヴァーを務めるひとりはアラン・フェルミ、夏以来マリーアのナイトを買って出ている青年だ。 

敵ロボ……四本足の機動力は高い。馬だから当然だ。しかし護衛役の二体もまた、予想外の運動性能だった。人間が乗っていないからかなり無茶な動きが可能だ、というのが島本博士の分析だった。

 そしてマリーアたちは連携が取れていない……4体揃えても事前訓練なしでは戦力を生かし切れないのだ。タンガロロボットたちが指示してくれなければもっと苦戦していたはずだ。

 「お嬢様、来ます――!」

 マリーアはとっさに剣を構え、砂塵に霞むモニターを注視した。センサーが突進してくるケンタウロスを捕らえた、と思った次の瞬間、護衛ロボの腕――肘から先だけが超高速でバベルガインの脇腹に衝突した。

 (まさかロケットパ――!)

体勢を崩したバベルガインの右肩にケンタウロスの槍が深々と突き立てられ、マリーアは凄まじい衝撃に揺すぶられエアバッグに叩きつけられた。

 (やられた!)霞みかけた意識でそう思った。

 だが続く大転倒の衝撃を覚悟したそのとき、背後からべつの……柔らかい衝撃に押し留められた。

 (なにっ!?)

 ついでモニターの片隅に背後から巨大な腕が伸び、その手首付け根からまばゆいプラズマの光輪が生じた。

 『ビィーーィムロゥダァ!』


 バベルガインにとどめを刺すべく槍を振り上げたケンタウロスC-1は、その背後に着地した新たな目標に驚き、後ろ足で仰け反り棒立ちになった。

 その大きく明いた脇腹にプラズマの光輪が突き刺さり、続いて炸裂した熱爆発が巨体を弾き飛ばした。

 『健太!?』

 「おう!待たせたなマリーア!」

 エルフガインは、バベルガインの背中を支えていた。

 『健太……!』

 「ちょっと休んでくれや。俺が相手すっから」

 『相手は強敵よ!気をつけ――』

 傷ついたバベルガインを横たえようとしたそのとき、9時方向から騎士ロボが肉薄してきた。健太はとっさに、バベルガインをかばうように身を伏せ、剣を構えて懐に飛びこもうとする騎士ロボの足を払った。騎士ロボはジャンプでそれを躱し、エルフガインの頭上を大きく飛び越えた。健太はバベルガインの腰にマウントされたクワン級ターミネートガンを引き抜いて、着地しようとする騎士ロボに狙いを定めて連射した。

 巨大な装弾ポンプが弾丸を役室に送り込む可能な限りの早さで、4発。超硬質ライフルダーツ弾が騎士ロボの両膝を撃ち抜いた。

 エルフガインは地面に手のひらを押しつけた。

 「エルフガイン!コレダ――ッ」

超振動に揺すぶられた地面が沸騰するように崩れ、騎士ロボは動作不良を起こした脚でぐずぐずの地面にのめり込んだ。慌ててロケットを噴射して再浮上しようとしたが、その背中にバベルガインが会心のパワーを振り絞って投げつけた剣が突き刺さった。

 バックパックを粉砕され、騎士ロボは大量のロケット燃料の誘爆で粉々に吹き飛んだ。


 「いいコンビネーションだったぜ」

 『健太……ほんとに……』

 「あと二体だ!それにタイボルトの野郎が核ミサイルのボタン押しちまいやがった。マリーアは毛呂方面に後退して対空警戒に切り替えてくれ!」

 『……了解よ健太!』

 

 「よーっしゃ……」健太は両手をもみ、あらためて操作パネルに乗せた。「みんな、行くぞ、ェエエエエ――――」

 「ルゥ――――――ゥゥ」マリア。

 「フガァァァァァァアア」まこちゃん。

 「イイィィィィ――――」みーにゃん。

 「――――ンッッッッ!」礼子先生。

 その瞬間。

 エルフガインと、そのメインパイロットとシステムドライヴァーが渾然一体となった。

 カメラと多目的センサーの集合体というだけであるはずの両目が、ギラリと光を放った。 それを見た敵ロボたちは、その無機質な心――機械的に動作している演算回路のどこかでプレッシャーを感じた。

 それは機械知性体、ナンバーズがもっとも嫌悪したモノだった。

 開闢の対消滅によって美しい超対称性を形作るはずだったユニバースが、わずかな残滓、陰陽物質の数のズレによって歪んでしまった。それがこの宇宙。

 その是正できず混沌を増してゆく世界において、真に理解不能な事象、観測不能なちから。

 それが汚らしい革袋に詰まったドロドロした醜い「いきもの」に宿る、魂だった。

 

 「もうケリをつけよう」健太は言った。「エルフガインサンダーを使う」

 『ちょっと待て健太!さっき言っただろ?ICBMの弾道解析まで待て!』

 健太は息を吸い込み、大きく吐き出した。

 「セラフィムウイング!」

 

 反重力フォースフィールドに包まれたエルフガインが、まだ低い陽光を浴びて上昇してゆく。両腕を目一杯ひろげ、二体の敵ロボを睥睨している。


 久遠は定点カメラから送信されるその様子を為すすべもなく見つめた。

 「博士、健太の奴……」

 「彼は撃つ気よ」

 オペレーターが叫んだ。

 「北米に熱反応多数!コロラド、オレゴン、さらにカリフォルニア帝国ニューメキシコ、アラスカ湾沖、さらにハワイ――」

 「ウランバートルからもミサイル発射捉えています!着弾予定時刻は12分後……」

 それも第1波攻撃だ。

 「ダメだ健太!まだ早すぎる!」


 「エルフガイン!サンダアァァァァァ――――――!」


 エルフガインが拳を天に突き出す。

 その胸から紫色のプラズマを纏った明滅する光が放たれ、真一文字に空を切り裂いた。


 コマンドシグナルを受け取った高度36,000㎞上空の大要塞から、超高出力レーザーが発射された。

 光速の矢は放たれた次の瞬間には全目標に命中していた。

 もっとも収束された一撃が、ケンタウロスと騎士ロボを文字通り真っ二つにした。

 そして高度一万メートルに達しようとしていた1,200機のICBMを爆散させた。


 「ICBM……消滅しました」オペレーターが告げた。

 続いて、

 「ドイツ、エルメンドルフより熱反応。さらにペルシャ湾、アラル海より飛翔体探知……ミネソタ、アイオワほか、米国内でもICBMつぎつぎと発射されています」

 「くそっ!「主審」はまだか!コアさえこちらに移れば奴らは電力を失うはずだ!」

 「久遠くん、アメリカはバイパストリプロトロンに頼り切っていないわ。代替電力は用意していたでしょう」

 「え!?それじゃどうすんですか!?もうICBMを叩き落とす手段はないんですよ!?それとも――実奈ちゃんの反重力装置!アレを使えるでしょう!?」

 「日本全土をカバーできる数はない」

 「それじゃ……どうすりゃいいってんですか……」

 「見て」

 さつきはメインモニターを指さした。


 エルフガインの頭上に三機の8面体UFOが降臨した。

 コア受領式……だが今回は様子が違った。


 エルフガインを囲むようにブルーの球体が現れたのだ。しかしそれはアメリカから奪取した8個ではなかった。

 もっとたくさんあった。数えれば、それは39個だったろう。球体はエルフガインの周囲をゆっくり回転していた。

 そしてエルフガインの胸に埋め込まれた一個。

 全40個のコアが揃ったのだ。


 「エルフガインサンダー……第2射、用意」


 久遠はその言葉にハッとした。

 

 「標的はアメリカのすべての軍事目標。5分間の猶予を与える。降伏を受け入れるか、基地より待避せよ。軍事施設、戦車、航空機、艦艇、すべて破壊する」


 「健太はなにを言ってるんだ……?」

 「聞いたとおりでしょ……」さつきはタブレットをあらためた。「タケルが確認した。この声明はすべての電波、電子メールほかで世界じゅうに発信されているわ……」

 「だけど撃てるんですか?再チャージしきれなければ全ミサイルなんてとても撃ち落とせませんよ……?ひょっとして博士、コアが揃えば反撃できるんですか!?」

 さつきは笑みを浮かべていた。

 「まあ見てなさい……」


 核ミサイル群は放物線を描いて飛翔し続けていた。

 合計4,800基あまりのICBMが発射された。最初の直撃は8分後。ミサイルはその後20分間にわたって日本全土に叩きつけられる。


 やがて……健太が突きつけた最後通牒の時間を迎えた。


 「エルフガインサンダー、発射……」

 『――こちら北米防空司令部、ディビッド・ローズウォーター准将です』

 

 久遠はうなだれていた頭をサッと上げた。


 『合衆国全軍は、全面降伏します』その男の声は続けた。『繰り返す、わたしは北米防空司令部のディビッド・ローズウォーター。アメリカ合衆国全軍は降伏勧告に従い、全面降伏します。エルフガインは攻撃を止めてください』



 ローズウォーター准将の言葉通り。

 成層圏に到達したミサイルがつぎつぎと自爆していた。

 

すべてのICBMが破壊されるまで3分かかった。

 分離したMARVが再突入することは、ただの一発もなかった。


 アメリカの戦略原潜が浮上して白旗を掲げた。

 爆撃機が進路を変えて帰還コースに向かった。

 武装解除の報告が全世界から届いていた。


30分後、タクティカルオービットリンクの戦略地図からすべての脅威マーカーが消えた。


 健太は沈黙していた。


 エルフガインサンダーの第2射は、放たれなかった。



 久遠は、ずいぶん長いあいだ、息もしていなかったような気がした。オペレーターが散発的な問い合わせに応えている以外は、みな無言を通していた。体のあちこちが強張りまともに動かせそうになかった。

 さつきがレシーバーを取り上げて沈黙を破った。

 「健太くん、状況終了です」

 『お終い?もう心配なし?』

 「ええ、戦争は終わりました。お疲れさまです。最期の一手はお見事でした……」

 健太は笑った。『やっぱ、博士にはハッタリだって気付かれてたか』

 「いいえ、正直言って」さつきも笑った。「本当に、天晴れなブラフとしか言いようがないわ」

 「は・ハッタリ?」久遠はさつきの横顔に問うた。そしてコンソールにぐったり両手をついた。「ははは、畜生、参った。ハッタリか……スゲえ」久遠は首を振った。「ほんと、スゲえよ健太……」

 「久遠くん、脱力してないでただちに気の利いた文面を考え出して。健太くんに降伏受諾宣言させなくては」

 「ああそうだ!了解っす!」

 久遠は体を起こして官邸ホットラインの受話器を取った。





 かくしてエルフガインは勝利し、浅倉健太は地球の覇者となった……。


 即勝利の祝宴とは行かなかった――東京は火の海で5万人あまりの死傷者を出していたし(疎開と戒厳令のおかげでこれでも少ないほうだったのだ)、全世界の人々も途方に暮れてあたりを見回し、虚脱感に陥っていた。

 いったいなにが達成されたのか。うまく説明できる者はひとりもいなかった。それは10年くらいのち、えらい先生方が検討を重ねて麗しい文句を捻り出すまでお預けだろう。


 〈ゲーム〉が終わった日。アフリカに出撃して以来、およそ一週間ぶりのエルフガインコマンドに機体を収容して、ガントリーから降り立つと、大勢が健太たちを迎えた。そのときばかりは拍手と歓声で出迎えられたものの、だれもが多忙だったし、健太たちの功績を讃えるはずの政府がそもそも壊滅していて、行政が大混乱していた。なんらかの式典が行われるとしても、遠い先になりそうだった。

 (勲章も表彰状もいらねえや)

 どんな称賛も、健太が成し遂げたことを正当に評価してくれるとは思わなかった。それはおごりというのではなく、ただ単に自分がなにを成し遂げたのかピンと来ていなかったから。

 それに賛辞はもう受け取っていたのである。


 燃え尽きたままパイロットスーツを脱ぎ、ロッカーにあった替えのジャージに着替えた。放心状態でベンチに座っていると分厚いゴムのカーテンが開いて、Tシャツ姿のマリアがいた。

 「お疲れ」マリアが言った。

 「うん、お疲れ」

 マリアは健太の隣に座った。

 「終わったんだね」

 「アーうん、終わったな」

 「くたびれてる?」

 「いや……なんか妙な気分でさ、サンクチュアリで10日も過ごしたろ?だからもう二週間以上も過ぎてるはずなんだけど……」

 うまく言えず健太はかぶりを振った。

マリアがいきなりもたれ掛かってきて、健太の顔を両手で挟むと接吻した。

 「ンッ!?」

 ずいぶん長いキスだったと思う。時空は主観しだいで簡単に混乱するのだ。

 ようやく唇が離れると、マリアは健太の肩に両腕を回したまま耳元で囁いた。

 「今日だけ特別サービス。誰かに言ったらへし折ってやるからね」

 「どこへし折るってんだ……」

 「歯でも首根っこでもちんこでも」

 「言わねーよ」

 「よし」マリアは立ち上がった。健太の肩をこぶしでトントン叩いた。「シャワー浴びてきなよ。食堂か武蔵野ロッジか、みんなで合流しよ」


 サッパリして食堂ラウンジに向かっていると、通路の向こうからカバンを抱えた実奈が駆けてきた。

 「アッ!おにーちゃんごめん!実奈忙しくなっちゃった!タケルくんたちと出かけなきゃならなくなっちゃったの。だからパーティー出られない。ほかのみんなは武蔵野ロッジに行くってさ。待ってるからって」

 実奈はサッとつま先立ちすると健太の頬にキスした。

 「それじゃまったねー!」

 健太は片頬に手を当てながら小さな後ろ姿を見送った。



 武蔵野ロッジは地下シューターとエレベーターを使えばすぐだが、健太は地上に向かった。埼玉の空気を吸いたかったからだ。最初に目に着いたエレベーターに乗って上を目指すと、がらんとしたコンクリート打ちっ放しのガレージに出た。

 ガレージのシャッターを開けて外に出てみると、そこはすべてが始まった場所、健太の母親が働いていた高エネルギー開発センターの跡地だった。

 跡地と言っても建物は無くなったわけではなかった。3階建ての研究所は地下に引っ込んでいたのだ。しかしエルフガインコマンドが活動開始して以来、ここは更地のままだった。

 戦場となった関東平野は山をひとつ越えた向こう側で、わずか2時間前まで続いていた馬鹿騒ぎの気配はまったく伝わってこない。

 施設の芝生を歩いて山の斜面から葉が落ちたまばらな林を見下ろすと、1㎞ほど向こうの川沿いと道路の狭間に武蔵野ロッジが見えた。いまさらながら意外な位置関係に驚いた。

 晴れていたはずの空は一面白い雲が垂れ込め、静まりかえった白樺並木に小さな雪片が舞い落ち始めていた。

 山の斜面にはわずかに見分けられるほどの山道が刻まれている。このまま降りれば歩いて行けるなと思い、最後に跡地を振りかえってみると、女性がひとりたたずんでいるのが見えた。

 「母さん……」

 健太の母親はもう、ディティールを失って白いシルエットになりかけていた。

 

 ――健ちゃん、たいへんなお仕事を押しつけてしまったけれど、よく頑張ったわね。


 「ああ、母さんが手伝ってくれたから……もう行っちゃうの?」


 ――もうここにいても、わたしはだれとも話し合えないでしょう。でもいずれ、あなたたちも進化して、そのときは再会できるんじゃないかしら。


 「おれも連れてってもらいたいよ……」


 ――あなたは世捨て人になるには早すぎるわ。それに健ちゃんには待ってくれてる人がいるでしょう?迎えに行ってあげなさい。


 「けどおれ……分かんないんだよ。どうすればいいか」


 白いシルエットは笑ったように思えた。


 ――そんなことは誰だって分からない。あなたの意思で選択するだけなのよ。母親としてアドバイスしてあげられることは、それで全部。


 白いシルエットの周囲に、透き通ったブルーのシルエットがいくつも浮かび上がった。健太が解放した異星人の幽霊たちだ。時間のようだった。

 健太の母親は間もなく、地球のまわりを周回している40個の球体に帰って行く。それでなにが始まるか、知らされているのは健太ただひとりだった。ひょっとしてみーにゃんと島本博士はいずれ気付くかもしれないが、いまは健太ひとりだけ。これから何十年も、やるべきことはたくさんあった。


 白いシルエットが片手を挙げてなにかを指し示し、そして消えた。

 指し示した方向に顔を向けると、ガレージのほうからエンジン音が聞こえた。

 走り寄ってみると、敷地の一段低くなった車回しに礼子先生の軽自動車が出てくるところだった。フロントに駆け寄ると礼子がびっくりして車を止めた。

 「あら、健太くん!」サイドウインドゥから顔を出して礼子が言った。

 「先生、武蔵野ロッジに行ったかと思ってた」

 「あはは、それがね、コマンドに車置いたままだったって思いだして、取りに戻ったの。まったくドジでいやんなっちゃう」

 「ちょうど良かったよ!武蔵野ロッジまで乗っけてって」

 「いいわよ」


 助手席に乗り込んでシートベルトを掛けると、礼子は車を発進させた。山をひとつ回り込むルートなので歩きと変わらない時間がかかる。

 「みーにゃんはどっか出かけるらしいね」

 「うん、忙しいのね。でも賑やかなパーティーはもうちょっと後でもいいんじゃないかな……」

 「おれも、いまは昼寝したいっす」

 「健太くんはロッジに帰ったら、一日休んで。あしたからは学校……」

 「もう冬休みじゃないの?」

 「そうだった」礼子はぺろっと舌を出して苦笑した。「こよみがさっぱりだわ……まだ年超してないわよね……?」

 「クリスマスでしょ……いや二日くらい前だったか。そういやちらちら雪が降ってます」

 「ステキねぇ。積もるといいな」

 他愛のない会話を続けるうちに武蔵野ロッジに到着した。



 先生は駐車場に車を止めるので、健太は先に降りてひとりで玄関をくぐった。

 「ただいま~」

 玄関ロビーも静まりかえっていた。島本博士はみーにゃんと一緒だろうし、そうするとマリア、先生、まこちゃんとマリーアあたりが加わってひっそり乾杯したらぐうぐう寝る、という程度になりそうだ……

 ドォン、という轟音が辺りに響いて建物が揺れた。

 「なっなんだ!」

 健太は慌てて玄関を飛び出した。

 明るい曇り空だったはずなのにあたりはまっ暗になっていた。見上げると、なにかとてつもない巨大物体が空を覆い隠していた。

 「無茶しやがるな~……」

 それはメイフラワー号だった。



 日が暮れる頃には、武蔵野ロッジ周辺の河川敷は人でごった返していた。メイフラワー号から降り立った4万人に加えて駆けつけた埼玉県民とマスコミその他、誰も正確な数字は分からなかったが、ウッドストックなみに馬鹿騒ぎの喧噪に満ちていた。

 「パーリーしようぜ!」べろんべろんに酔っぱらったマットが何度目か分からない開会宣言を行うと、ウォー!というかけ声が上がった。

 健太はくたびれきっていたが陽気な気分で、かけ声に加わった。

 廉次と中谷が駆けつけた。マリーアとシャオミーも姿を現した。

 誰かが大型スクリーンを備えたトラックを乗り入れていて、ネットワークで世界じゅうと繋がっていた。トラックを舞台代わりにどこからか現れたロックバンドが演奏していた。

 馬鹿騒ぎのどこかの時点で健太はL5に地球連邦を創ると宣言した。もっとも本人はうっかりアルコールを飲んでいたため覚えていない。しかし映像には記録されていて、歴史的瞬間だったと、後日ことあるごとに流された。続いてメイフラワーの威厳ある博士が合衆国建国宣言をもじった独立文を読み上げたので、なんとか体裁は保っていたと思う。


 夜中を迎えた。メイフラワー号は大勢のボランティア志願者を乗せて救助活動のため東京に移動していたので人数は減ったものの、乱痴気騒ぎは続いていた。

 明日後日、都内の瓦礫撤去作業のため、エルフガイン出動も要請されていた。

 詰まるところ人生にはピリオドなんか無くて、続いてゆくらしい。

 

 健太は比較的静かになった武蔵野ロッジのプールサイドにいた。夜になって雪はしんしん降るようになっていた。夜間ライトに照らされたプールサイドの、夜との境界線あたりに真琴の姿を見つけた。


 「まこ」

 少女は振り返った。

 「健太くん……」

 「さすがにくたびれた?もう寝ちゃったかと思った」

 「ううウン、楽しくて眠気なんか」

 「おれはちょっと眠たくなったかな」

 真琴はクスクス笑った。

 「地球連邦宣言のときはたいへんでしたもんね。マットさん裸で歌い始めるし……」

 「そのくだりはおれ、あんまり覚えてないんだ……ほんとにそんなこと言った?」

 真琴は健太を見上げて言った。

 「言いましたよ。いま世界じゅうで議論されてますからね?」

 「それじゃ、明日以降もちょっとたいへんだな……」健太は溜息をついた。「……え~……と、まこ」

 「ウン?」

 「これからも、おれのこと助けてくれないか……?」

 真琴は首を軽く傾げて、黙って健太の目を見上げている。

 そのうちに、目を閉じた。

 健太はその細いからだを抱いて、キスした。



 半年間戦い続けておれが手に入れたもの。

 称賛も勲章もいらない。おれが欲しいのは、ただひとり……

 ほかにはなにもいらない。

 ひとりだけ。






           【終末ロボ エルフガイン】 完  




読んでいただきありがとうございます!

 

 ひとまずエルフガインは完結の運びとなりましたが、がんばったので一本だけ『その後』を描いた短編を付け足そうと思います。


 物語が終わったあと主人公はどうなるのか? これ意外とまともに描かれているのはなくて、たとえば前作の主人公が続編に登場すると、なにか仙人のごときサトリの境地を纏ってしまったりしていて、違和感を感じることしばしば(キラ・ヤマトとか天地とかね)。


 なので浅倉健太のその後を、世界はどうなったのか織り交ぜて描いてみたいと思います。


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