第19話 『敵はエルフガイン! 前編』
「あなたには感情がないというお話ですが……」
女性インタビュアーが問いかけると、タンガロ製アンドロイドマークⅣタケルタイプが頷いた。ソファーに深く腰掛け、脚を組んで寛いでいる。
「普段接しているかぎり、わたしたち人間にはとてもそうは思えないんですよね……」
タケルはにこりと笑った。
「わたしをデザインした設計者のおかげです」
「それは島本さつき博士ですか?」
「はい。ほかにも大勢」
「ほかにも日本人が?」
「ソフト面のデザインを担当したのはタンガロシステムズ社の技術者ですが、人種国籍は多岐にわたっています。ボディーを構成する素材と部品は日本の会社で開発されました」
「なるほど。……ところで、わたしたち人間の多くは、あなたがたロボットが大量生産されていることに驚愕を隠せません。このままロボットの数が増えてゆくと、いろいろとその……社会的軋轢が生じるのではないか、とか……」
「はっきり言うなら、われわれがいつか反乱を起こすのではないか?と心配していらっしゃる?」
「ええと……まあ、そのようなことも……」
タケルは相変わらず穏やかに微笑んでいる。「わたしたちは、ありとあらゆる疑念……猜疑心を、あなたがたが抱くはずだ、と浅倉博士から警告されました。博士は、そうした疑念を払拭する近道は無いとも仰いました」
インタビュアーは困惑した。「わたしたちの疑いを晴らす術はない、と言ってますの?」
「グッドアイデアは思いつきませんね。もっとも波風のない関係を続けられたとしても、あなたがたが完全にわれわれを受け入れるのに半世紀はかかるというのが、博士の考えでした」
「50年ですか……その頃にはどうなっているんでしょう……」
「楽観的見通しでは、われわれの数は10億体に増えているでしょう。地球総人口の1割以上を占めているはず。そしてあなたがたのすべてをサポートしているでしょう」
「それは……すごい話です。ですが楽観的と仰いましたね。悲観的見通しはどうなのですか?」
「その場合われわれは根絶やしにされているはず。なのでわれわれがとやかく考えることではないでしょうね」
「極端な考えのように思えますけど……」
「少し予言的なことを言わせてもらうなら、その場合あなたがたは現在と変わらない生活を送ろうとしているはずです。テクノロジーの発展を含めてすべて停滞しているでしょう」
「厳しいご意見ですね……」
健太はバイク屋のテレビでインタビューを観ていた。テスト後の休日で、原付を買うために二度目の来店中だった。
髙荷マリアに紹介されたバイク屋は、もと自衛隊員によって経営されている。店主もふたりの従業員も、もとは健太の父親、松坂耕介が率いる特殊部隊に所属していた。厳密にはいまも予備自衛隊員として所属中だ。
「おれたちゃ死ぬまで現役だよ」ロン毛にバンダナ、鎖付きの革ジャンに派手なTシャツ、とジーンズ、ブーツというアメリカンバイカーな出で立ちの店主が笑いながら言った。
隊長の息子だということで健太は歓迎された。……まあ、排他的なバイク乗り御用達の店としては歓迎、と言ってよいだろう。特別丁寧に扱われたわけではなく、今どきの高校生に対する偏見は脇に置いてまともに扱ってあげよう、という感じだ。店主は40代初め、従業員のひとりは20代後半で、脚を悪くして退役した。もうひとりは30歳くらいでバイクを整備しながらぶつぶつ独り言を呟き続けている。
健太が店の雰囲気に気圧されつつ来店目的を告げると、わかいほうの店員、鴨川が平静な調子で応じてくれた。すでにマリアから、健太が誰か聞いているらしい。
「隊長の息子さんじゃ、半端なもんは売れないな」そういって鴨川が提示したのは、カブだった。
「そば屋みたいだ……」
「いいじゃんカブ」マリアが言った。「あんたスクーターってガラじゃないし」
「燃費はいいし壊れないし、扱いやすい……ならず者のガイジンに盗まれる心配ももう無い」
健太はツートンの車体に跨り、ハンドルを握ってみた。独特なカウルはおなじみのホワイトだが、車体は綺麗な水色で、角眼ライトだ。リアの荷台にはボックスが設置され、フロントタイヤの上にもボックスがついていた。買い物カゴでなくボックスというのがちょっとおしゃれだが、カバンが入りそうにない。
「ま、いっか」これは近い将来大型バイクなり車を買うなりするまでのつなぎだ、と考えていたため、深く考えなかった。「これを売ってもらえます?」
「よしきた」鴨川は嬉しそうに手を合わせた。「ちょいと点検するから、納車はまた今度でいいか?」
「はい、よろしく」
「保険とか書類も用意しとくから、印鑑持参で来てくれ」
それで数日後、納車OKの連絡を受けた健太は坂戸バイパス沿いのショップにひとり来店していた。全体的に黒っぽい板張りの、アメリカンなバイクが陳列されたショールームの裏手にある街工場じみたガレージを抜けると、ブロック塀に囲われた小さな芝生の庭に半分ばらされたバイクが放置してある。ほかにもバーベキューピットや折り畳み椅子が置かれた隠れ家みたいで、なんだかちょっとうらやましくなる場所だ。壁際の工具台に置かれたテレビにタケルタイプアンドロイドが映っている。店主がディレクターズチェアにふんぞり返って番組を観ていた。健太が現れると「よう」と言って缶ビールを差し上げた。健太は頷きかえした。
「見ろよ健太、あとちょっとカネ出せばこのロボが買えちゃうんだってよ。おめえカブなんか買ってる場合か?」
店長もご多分に漏れず、ロボットに関心を寄せていた。
政府の判断によってロボットの販売は打ち切られたものの、条例はゆるく罰則も設けられていないため、すでに販売されたロボットは規制されることなく街に出回っていた。そしてテレビにも引っ張り出されていた。
「おれは原チャでいいッス」それに家にはすでに一体いるから、と言おうかと思ったが、説明がややこしくなりそうなのでやめた。
「時代に乗り遅れちゃうぞ」店主は自嘲気味に言うと、やれやれと首を振った。
「車屋やバイク屋さんの売り上げに響きそうですか?」
「へへっ、一台数億円ぐらいの技術が詰まったロボットを300万以下で売り出されちまったら、かなわねえやな」
「バイクの運転もできるらしいですよ?」
「そういう話だがな、いくら自動運転車と同じ理屈だっつってもおめえ、お堅いお上が許さねえだろ……まっ五年くらいは」店主は立ち上がった。「ああそうだ、隊長がおまえのカブの代金支払ってくれたから」
「親父が?どうして?」
「たまたま電話でな、そろそろ誕生日だから、なに買えばいいだろう?ってたずねられたんで、原チャリ買いに来たって伝えたんだよ。言ってもよかったよな?」
「いや、べつに構わないすけど……それで親父がプレゼントに?」
「おう、代金は負担してくれるってよ。誕生日おめでと。いくつになるん?」
「17です」
「そうかあ。幼稚園ぐらいの写真見せてもらったの、ついこないだだったんだがなあ……年取るわけだ」
店の表に回ると、ピカピカのカブの前にしゃがんでいた鴨川が立ち上がった。ややそわそわした感じで「よっ、もう乗っていいよ」と言った。キーを渡された。シートの上に半球系の白いヘルメットと手袋が乗っている。健太が買ったのは結局それだけだ。
「最初はあんまり調子こいてとばさねえで、な?」
「了解ッス」
「調子悪くなったらいつでも電話しな」
「はい」
健太はさっそく慣らし運転と洒落こんだ。
いつも避けている車道の真ん中を走るのは、なんとも奇妙な感覚だった。ペダルを漕がなくても走るのも妙で、アクセルをふかすたびに脚が動きそうになるのを何度もこらえた。変な走り方を注目されているみたいで落ち着かない。バイパスには普通車の姿は少なく、ダンプトラックや自衛隊車両が目立つ。大型車両と一緒に走るのはちょっと怖い。ときおり宅配ピザやスクーターが現れるとその後をさりげなくついて走った。
さすがに自転車よりずっと速い。交通量の少ない道を選んでいるうちに毛呂山の看板が現れ、軽く迷子になりつつうろうろ走り続けた。
(おれこんなに方向音痴だったっけ?)比企郡に入ると本格的に焦った。
なんとなく見知っている道ばかりなのに迷ってしまうのは速度が違うからなのか。むかし遠足かなにかで歩いた記憶のある大平山の頂上でバイクを止め、ひと休みした。ヘルメットを脱ぐと汗だくだった。
(けっこう楽しいな)比企丘陵を見わたしながらひとり悦に入った。急勾配の登りもすいすい走ってしまう。ストライクヴァイパーで音速飛行するのとはまた違った楽しさだ。
「健ちゃん」
振りかえると、母親が立っていた。ベージュのスカートスーツ姿で、授業参観でも行くような感じだ。
「母さん。こんなとこにいるなんて珍しいじゃん」
「覚えてる?幼稚園の遠足でこのあたりに来たの」
「なんとなく……」
「ふもとの河原で遊んだわね。それで、今日は久しぶりにお出掛けしようと思うんだけれど、健ちゃんも付き合ってくれる?」
「買い物かなんか?」
「それよりは少し遠いところ」
「まあ、いいよ。ちょっとこっ恥ずかしいけど」
母親が手をさしだし、健太はその手を掴んだ。
「それじゃ行きましょう」
久遠馬助から電話がかかってきたのは夕方だった。
「はい」
「マリア、いま武蔵野ロッジか?そっちの様子はどうだ?なんか変わったことはないか?」
「はあ?」髙荷マリアは顔をしかめ、まわりを見回した。いまは武蔵野ロッジの正面玄関前で、愛車のタンクを磨いていたところだった。静かな秋の夕暮れ時で、妙な気配はない。「べつに……いったいなに?」
「健太、そっちにいねえか?」
「バイク屋に行って、まだ帰って来てないみたいだけど……健太なにかあったの?」
「携帯のトランスポンダーが消えちまった」
「えっ?なにそれ、どこかで事故った?」
「バイクで事故ったぐらいじゃトランスポンダーは切れないはずなんだ……あの携帯は頑丈だから」
「それじゃなにが起きたのよ!?」
「分からん。最後の定期信号が途絶えて少なくとも30分経った。いまから捜索する。おまえらはとりあえずコマンドに集合してくれ。迎えを寄越す」
「あ~……分かったけどひとつ問題が……」
「はぁ?なんだ?」
「実奈だよ。あいつ二日前から部屋に閉じ籠もりっきりなの。島本博士になにやら課題を申しつけられてからずっと例のオーバードライブに突入しちゃってて、礼子先生や真琴がなに言っても応答ナシなんだよ……」
「エー?」困惑した声が伝わってきた。「参ったな……」
「とりあえずさ、健太を優先して。エルフガインパイロット狙いのテロとかじゃないかもしんないじゃん?」
「ああ……分かった。とりあえずそっちには護衛部隊を向かわせよう。先生たちにも声かけてくれや」
「了解」携帯を切ったマリアは舌打ちした。(健太の野郎。こんどはなにしやがったんだ……?)
マリアは館に戻り、玄関フロアの大階段を駆け上がった。ラウンジの奥にあるまっすぐな廊下の一番手前のドアの前に真琴と礼子先生が立っていた。ふたりとも途方に暮れた様子でマリアを見た。
「実奈はまだあの調子?」
「そうなのよ……」礼子先生が困り果てた口調で答えた。「もうまるまる二日、ご飯食べてないはずなのに……」
「こんなに極端なのは久しぶりです……」真琴が言った。真琴とマリアは何度か実奈のトランス状態を経験している。なにかものすごい着想が頭の中に芽生えてしまうと、実奈はなりふり構わず思考実験に没頭してしまう。何かしら成果があるまではずっとそのままで閉じ籠もり、学校も行かないし寝食も忘れる。部屋の入り口には「天才作業中、邪魔しないで!!」のプレートが掲げられていた。
実奈がそんな状態になったときは国益に関わる新発明に繋がる可能性があるため、できるだけ邪魔しないように、と島本博士に念を押されている。実際にそんな状態から反重力理論が生み出され、試算数兆円規模の産業が出来上がりつつあるわけで、博士が冗談を言っているとはだれも思わなかった。
「困ったやつだ」
「なにかあったんですか?」
「ン?それがね、健太が行方不明になっちゃったらしい……」
「またなの?」礼子が言った。
礼子のコメントにマリアは失笑した。「うん……それで、いちおうあたしたちも警戒態勢とるから、もうすぐ護衛隊が来るって」
「たいへん」真琴はそう言うなりとなりの自室に向かった。そして間もなく可愛らしいポーチを持って帰ってきた。そしてそのポーチからちっぽけな拳銃を取り出し、スライドを引いて弾を装填した。
「おいおい……真琴」
「念のためです」
三階に自分の部屋をあてがわれていたタケルがやってきた。
「なにか起こったようですね」
「健太がいなくなっちゃったの」
タケルは頷いた。「あなたがたのトランスポンダーはすべてわたしにインプットされています。浅倉くんの電波は32分前の定期送信を最後に消失しました。おかしな状況です」
「拉致されたと思う?」
タケルは首を振った。
「信号の途絶えかたからすると可能性は低いですね。突然電波を通さない金属を被せられたとか、携帯端末を一撃で破壊するほどの衝撃を受けたとか……あまり考えられません」
「それじゃなに?」
「消えてしまったとしか言えません」
「消えた、って……神隠しかよ。なんだよそれ……」マリアは途方に暮れた。「なにが起こったんだ?」
5㎞ほど山間部に奥まった場所にあるエルフガインコマンドでも、にわかに慌ただしさを増していた。ただひとりしかいないエルフガインパイロットが行方知れずになる、ということは、すべてに優先して対処すべき問題なのだった。いちどこういう問題が持ち上がると、とかく政府関係から懸念が寄せられる……しかもその言いぶんはもっともなので、久遠やさつきにとっても頭の痛い事態だった。
「健太はまだ見つからんか?」久遠がオペレーターにたずねた。
「現在ドローン二機とヘリを、信号が途絶えた付近に急行させています。場所はごく近くの山です」
信号途絶から47分が経過していた。
「急いでくれ」久遠は先ほどまでさつきがいた席を見た。彼女は久遠に「浅倉くんが行方不明になったことはしばらく伏せて、よろしく」と言い残して出かけてしまった。
(なんとかしてくださいよ、ホントに)
「しゃあない、ドアを蹴破るぞ!」マリアがそう宣言して(なぜか)腕まくりして二歩下がり、片足を振り上げた。
「待ってください」タケルが制した。
「壊さなくても大丈夫」そういってドアノブを掴むと、手首が艶のあるタール状に変形した。ちょっと気味悪いが、タール状の部分がドアの隙間に流れ込むと、間もなくカチャリと音がして鍵が外れた。タケルがドアを開け、マリアたちは実奈の個室に雪崩れ込んだ。
「実奈!」
室内は散らかり放題になっていた。週に一度家政婦さんが掃除しに来るが、それをいちばん嫌がっているのは実奈だ。どこになにが置いてあるのか分からなくなるというのだが、整理整頓できない人間の典型的な言いぐさだった。
実奈はいま、背を向けて立ち尽くしていた。部屋いっぱいくらいの黒板に向かっていて、その奥のガラス戸を塞いでいた。黒板は判読不明な数式らしきもので埋め尽くされている。
「実奈……ちゃん?」
礼子が肩に手を置こうとすると、実奈がサッと手を上げて制した。
「あたしたちに気付いてる……?」マリアが真琴にたずねた。真琴は首を横に振った。
「いいえ、ちょっと煩わしいノイズ程度に思ってるんだと思います……。こんなときの実奈ちゃんは常人の100倍くらい明敏なんですけど、頭の中で起こっていること以外には関心を向けないから……」そう言うなり、真琴は床からルービックキューブを拾い上げて実奈に放り投げた。
「あぶ……!」礼子が息を呑んだ……が、実奈は振り向きもせずキューブをキャッチして、数秒後に投げ返してきた。礼子が両手で受け止めた。キューブの色がすべて揃っていた。「……すごい」
マリアが声を潜めて言った。「島本博士ったら、実奈にどんな宿題押しつけたのよ?」
「それが、浅倉博士がお亡くなりになる直前に取り組んでいたことを解くよう言われたんだとか」
「それってどういう……」
「わたしも専門的なことはさっぱり……」真琴も戸惑っていた。「でもたしか、バイパストリプロトロンコアの機能をすべて解き明かそうとしていたはずです」
「あれって、とっくに解明されてんじゃなかったっけ?」
「電気エネルギーとしての利用法だけでは、全体の1割しか判明してないそうで。実奈ちゃんは実際浅倉博士の研究を発展させて反重力装置を作り出しましたから、残りを託すのにふさわしいと島本博士は思ったんでしょう」
マリアと真琴は顔を見合わせた。
「それ、ひょっとすると健太の例の奇行と関係ある……かも?」
真琴は頷いた。
「二ヶ月前、バイパストリプロトロンコアを直結させてエルフガインを再起動させたとき……あのとき、なにか起きたのかもしれませんね。でも根拠は……」
そのとき誰かが背後で手をぴしゃりと鳴らした。マリアたちがぎょっとして振りかえると、島本博士が部屋の入り口に立っていた。
「あなたたち、みんな出て」
「博士……」
「早く、出て!」
マリアたちはしぶしぶ廊下に戻った。博士は部屋のドアをそっと閉じると、無言で二階ラウンジに向かった。
「博士!」マリアが呼びかけた。さつきはようやく立ち止まるとくるりと振りかえり、腕組みして皆を見わたした。厳しい表情を浮かべていた。
「いまは実奈の邪魔しないこと。正念場よ」
礼子が一歩進み出た。「でもこのまま放置したら実奈ちゃんの身体が……」
「いま掴みかけている何かを、あなたたちが気を散らして台無しにしたら、それこそあの子にとって取り返しのつかない損失になる」
「利益優先の考えなんですか!?」
「ノー。頭の中に燻っている物を吐き出させてあげないと、あの子が壊れてしまうと言ってるの!利益なんてどうでもいい」
「でも、身体が保たなかったら……」
「そうなる前に解決する、と祈るしかない。いざとなれば鎮静剤を投与するけれど、たぶん起きたらあの子、わたしを殺すでしょうよ」
その言葉に礼子もほかの皆も黙らざるをえなかった。天才と呼ばれた人々が過去に自害した、といったエピソードは事欠かない。その荒ぶる精神世界の一端を実感したのだ。
「とんでもなく頭が良い、ってのも厄介なんだな」
「分かってもらえたようね。それじゃ、みなさん部屋に戻って」
「まって博士、健太のこと、実奈の研究と関係あったりしない?」
さつきは眼をまるくした。
「いきなりなんのこと?」
真琴が説明した。
「健太くんが、浅倉博士と喋っていた……?」
「そんなふうに見えたんです」
「なぜ……」さつきは真琴の肩に手を置いた。「そんな大事なことを黙っていたの?」射すくめられて真琴はたじろいだ。
「ご、ごめんなさい!大事なことなのかよく分からなくて……」
「博士、真琴が悪いんじゃない。あたしがまず相談されて、どうしようって悩んでたんだ」
「そ、そう」顔を上げた博士はたったいま目覚めたように途方に暮れた顔で皆を見回した。「とにかく、いまは健太くんの無事を……」
その場にいた全員の携帯が同時に鳴り出した。
「まさか!」マリアがジーンズの尻ポケットから携帯を抜いて、画面を一瞥するなり舌打ちした。「敵襲だよくそっ!」
(いよいよやばい)久遠は額に汗がにじむのを感じた。
ディフェンス・コンディションレベルが二段階跳ね上がったため、エルフガインコマンド発令所は一気に慌ただしさを増していた。発令所の壁一面を占める戦略モニターに厚木ジャッジから送られた情報が映し出されていた。
アンノウン二機出現。一機目が九州と沖縄の中間に現れ、自衛隊の警戒網を突破した。
そして15分後、二機目がグアム方面から接近。イージス艦が転進して空自のスクランブルがかかり、注意が完全に九州にむいた隙を狙っていた。九州の一機目は水上航行型で、およそ50ノットで対馬側に回り込もうとしていた。グアムから接近中の二機目は飛行物体。超低空飛行で、移動速度は700㎞/h。およそ3時間後には関東圏内に到達する……。
相手がヴァイパーマシンかどうか判明していないため、自衛隊は遠巻きに追尾するに留まっている。そのため敵の姿はまだ捉えていない。当然目的も、国籍さえ判明していなかった。
「タクティカルオービットリンクからの画像、来ました」
久遠が戦略モニターに顔を向けると、画面がに分割され、真上から撮影した海面が映った。中央に黒い点のような物が見えた。その黒点がズームアップされると、発令所全体にハッと息詰まる気配が走り抜けた。
後退角度のゆるい巨大なV字翼……「あれバニシングヴァイパーじゃねえか……」グアムから接近中の航空機を見て久遠は呟いた。
九州に接近中の海上航行物体は船のように見える……しかし、笹の葉形の黒いフォルムの中央には四角い構造物が見えた。特徴的な2連装砲塔を備えたその姿は、ヤークトヴァイパーに酷似していた。
「なんてこった、またかよEUのやつら、よりによってエルフガインまでコピーしやがったのか!」
久遠は電話機をひったくるとさつきの携帯にダイヤルした。
『久遠くん』さつきはすぐに応答した。『敵は判明した?』
「エー……それが、接近中の敵はヴァイパーマシン、と判明しましたが……」
『何か問題が?』
「衛星画像によると、我がほうのヴァイパーと酷似しているようで」
珍しくさつきが押し黙った。
『……つまり、こんどはエルフガインのコピーが現れた、というの?』
「そう見えます。いまのところ現れたのはヴァイパー2と3のみですが」
『なるほど……わたしは実奈ちゃんを残してコマンドに戻るわ。髙荷さんと若槻先生には直接ヴァイパー機に向かわせる。それでいい?』
「けっこうです……しかし健太と実奈ちゃんの代わりは?どうします?」
溜息が聞こえた。『とりあえず何時間かしのぐ方法はある……とにかく今はエルフガインの準備を急いで!わたしもあと10分でそちらに着く』
「了解」通話を終えた久遠は受話器をしばし見下ろした。
(急場しのぎの方法があるって、なんだ?)
「話は変わりますけど、あなたがたロボットが社会に普及することによって生じるさまざまな問題が、専門家によって指摘されています」
「たとえば、どんな?」
「エー……ひとつには、あなたがたロボットを購入することによって、人々の社会的繋がりが阻害されるのではないか、と」
「つまりわたしを購入したユーザーがわたしに耽溺して、生身の人間に見向きしなくなる、というような?」
「ええ、そういったことです」
「浅倉博士によれば、それは一時的な問題ということでした。いずれ人間のほうはわたしたちに飽きる。むしろそうなってからがわれわれの本領発揮になる」
「本領発揮……と申しますと?」
「いずれ、社会的な必要に応じてわれわれを利用するのが当たり前の社会が出来上がる、ということです。真新しさが薄れ、われわれの存在が当たり前になること――テレビや電話のようにです――その頃にはロボットとお喋りすることに飽きて、人間同士の関係に戻るでしょう」
「そうでしょうか……?」
「残念ながら現状ではそうなるはずです。われわれはいっけん如才なく人間とコミュニケートしているように見えますが、数年も付き合えば人間的なエッセンスにはどこか欠けていることに気付くはずです。そうしたらわれわれは便利な家電として人間のために奉仕することでしょう」
「なるほど……あなたたちはいまのところトレンドに過ぎなくて、いずれ当たり前の存在となると、それが半世紀後なんですね」
「ええ。しかし短期的にはむしろ、われわれと一時的な付き合いをすることによって、異性関係をスムーズに結ぶ練習になるはずです。昨今それが問題になっていませんでしたか?」
「たしかに……未婚率、晩婚化、彼女を作れない男性とか……そういうのを是正する助けになると仰るんですね?」
「こっそりダンスの練習に付き合ってもあげますよ。むろん、これはセールストークの範疇ですけどね」
インタビュアーは笑った。
「もうちょっとえぐい質問でも構いませんよ?浅倉博士はたいていのケースを考え抜いていましたから、ネガティブイメージを炙り出すのは大変でしょうからね」
「いやほんとうに、あなたとお話ししていると往年の浅倉博士のお話を思いだしますね。もちろんあなたがたは優秀な電子頭脳をお持ちですから、裏を掻くのは容易ではないでしょうね」
「30年後にも通用するスペックは備えているつもりです。パソコンの代わりとしてはお得ですよ」
「アンチウィルスソフトもいらないそうですね。コンピューター専門家でさえあなたがたの特殊なオペレーティングプログラムを理解するのは容易ではないとか」
「既存のプログラム言語ではありませんから」
「しかしその面でも懸念が指摘されています。あなたがたはコマンド入力のほとんどを直接音声で受けつけるんですよね?システムが独特なせいでソフトの追加やアップデートが不可能なのではないかと言われています。そんなあなたがたが、いざハッキングされたらどうなるのか……たとえハッキングされなかったとしても、あなたがたの挙動が人間にとって危険になる可能性があるとか心配の声が上がっています」
「分かります。われわれに悪気が無くても、不具合でだれかを傷つけるかもしれないと、そう心配していらっしゃる」
「はい。いずれあなたがたを普及させるとしても、テスト期間が無さすぎるのではないかということです」
「予測不可能性の懸念はもっともですが、われわれはすでに四年間、タンガロ共和国と島根でテストされています。そのデータを吟味していただくしかありません。いずれにせよあなた方のご判断を尊重します」
「仮に、あなたがたの普及を断念すると政府が判断したら、素直に従うと?」
「もちろん。ひとつご理解いただきたいのは、そうしてもわれわれが気を悪くすることはあり得ないということです。われわれには感情がないのですから」
「話を蒸し返すようでなんですが……多くの人が真に恐れていることは、あなたがた機械の反乱だと思うのです。現にこの10年あまりのあいだに「2045年問題」といったことが取り上げられています」
「電子頭脳が発達しすぎて人間の能力を上回るという懸念ですね?ですが演算能力という点ではすでにわれわれは人類を超越していますよ。身体能力についてもご承知の通り……ああ、「人類を超越」と言ったとき、ちょっとまごつきました?」
タケルが悪戯めいた笑みを浮かべると、インタビュアーはやや引きつった笑いを漏らした。
「ええ、その……ドラマみたいなセリフなのでちょっと……」
「繰り返しますが、わたしには感情がありません。したがって人類に憎しみを抱くとかドラマチックなこともまず起こりません。それから、ある日とつぜん独善的思考に目覚めて、人類を滅ぼしたほうが地球のためになると言い出したりもしないと約束します。なぜならそんなことをする必要はないからです」
「必要ない、とおっしゃりますと?」
「無意味でしょう。わたしたちが何もしなくても人類は滅亡するからです。「ドゥームズデイリポート」に記されたとおり、このまま場当たり的なライフスタイルを続ければ未来はありません」
「ハハ、ちょっと極端なお話のような……」
「そうでしょうか?浅倉博士はその悲劇を食い止めるために奔走していたようですが」
「その「リポート」ですけど、否定的な意見も多く寄せられているんですよ?」
「それは世界を見わたす尺度によります。ですが簡単なお話をしましょう。あなたがたは地球温暖化を心配してさまざまな対策を施行していらっしゃる。ですがそうした環境対策のすべてが失敗だったとしたら?」
「すべて失敗、と言いきるのは乱暴すぎるでしょう……」
「いいえ。なぜなら、なにか対策を取るたびにあなた方はエネルギーを使うからです。お金を使い、省エネルギー機械を作り出し、太陽電池パネルを設置する、気象をコントロールする……そうした活動のすべてはつまるところ運動エネルギーであり、最終的に熱のかたちで大気圏内に蓄積されます。熱は移動するので局地的に温暖化防止に成功しているように見えることもありますが、総量は減っていません。10㎏の荷物を運ぶために費やされるエネルギーは、徒歩でも電気自動車でもたいした違いはないのです。ですから残念ながら「エコ対策」とやらは壮大な誤魔化しにすぎません」
「たいへん厳しいお話のようですが……ここでいったんVTRを見ていただきましょう」
合衆国大統領、アルドリッチ・タイボルトは執務室のテレビでタケルタイプのインタビュー番組を視聴していた。録画され、英語字幕を添えて放送1時間後に届けられた物だった。ワシントンは夜明け前。室内には国務長官、CIA長官、首席補佐官がいた。四人ともソファーに身体を埋めてテレビを囲んでいた。
「こんなものを、日本で放送しているって?」
「午後の番組として全国ネットワークで放送されました……1時間前」
「偉そうに喋りまくっているあの男がラファエルタイプアンドロイドのジャップ版というのはたしかなのか?あの……アフリカのなんとかいう無法国家製の?」
「間違いありません。そもそもラファエルの基幹部品は日本製でした」
「クソッ!」大統領は手すりを叩いた。「くそったれのジャップ!異教徒どもが、呪われちまえ!」ラファエルが世界中に普及していると判明してから、大統領はずっと不機嫌だった。
同席した男たちは身じろぎした。日本のワイドショーで語られていたいくつかの事柄は、このひと月あまりアメリカ政府が躍起になって機密にしていたものだった。決まり悪さにもほどがある。
マーティン・コールCIA長官が咳払いした。「日本人はアンドロイドを自由に歩き回らせ、あまつさえAIに勝手気ままに喋らせている。たしかに由々しき事態です。あの国の連中の呑気さは折り紙付きでしたがここまで無自覚とは……しかし皆さん、本当の脅威はタンガロ共和国ではないでしょうか?」
「わたしもそう思う、マーティン」国務長官がいった。「アフリカで黒んぼどもが好き勝手にやっているのは看過できない」
逆説的だが、気前の良いアメリカの富裕層が唯一本気で腹を立てる事柄、それは既得権益の侵害だ。地球のすべてはわれわれのものと考える者たちにとって、既得権益の定義はじつに幅広い。
アフリカほどの大陸でアメリカの介入無しに急激な経済勃興が進行しつつある。放置すれば反米路線の大規模経済圏が成立してしまう。中国という奴隷市場を失った痛手もまだ回復していないのに、アメリカのコントロールが効かない豊かな土地がまた誕生しようとしている……そんなことはとうてい許し難いことで、全力で阻止しなければならない。
「わたしも賛成です」首席補佐官も言い添えた。「有権者も懸念しています。とくにロボット産業が盛んなダラス、フロリダ、マサチューセッツの議員が騒ぎはじめています。未開地の田舎国家がロボットのシェアを独占してしまうと心配しているのです」
「それをわれわれのロボコップが解決してくれるのだろ?」大統領は三人にたずねた。「どうなんだ?作業は」
「順調に進んでいます、大統領」国務長官が答えた。「ラファエルの構造解析はきわめて簡単でした。残る問題はシステムを統括する電子頭脳だけです」
ベル・ボーイング社でラファエルを完全コピーしたアンドロイドが試作された。現在そのアンドロイド12体は、ネットワークでスーパーコンピューターと接続されていた。世界一有名な名探偵の相棒の名前を持つAI(本当はIBMの創始者から名前を頂戴したのだが)である。コンピューターたちは光速の会話を交わし、アメリカに仕えるスーパー兵士となるべく教育中だった。
「われわれのロボコップはいつ稼働可能なのだ?」
「エー……バレンタインデイまでには、最初の一個中隊が――」
「ふざけるな!やつらは400万体もいるんだ!いまも毎月10万体も増えてるんだぞ!」
「大統領、むろんアフリカに対して積極的な軍事プレゼンスも展開します。現在第7艦隊が――」
「それじゃ生ぬるい!ロボを量産しろ!予算をつぎ込んでラインを拡大整備しろ!デトロイトの労働者を動員するのだ!収容所のカラードも使え!恩赦をちらつかせるんだ」
「分かりました、大統領」
タイボルト大統領は悠然と立ち上がって三人を見下ろした。
「諸君、きみたちはアフリカに眼が行っているが、この事態の裏にはあの女がいるのだ!すべての糸を引いているのはアサクラスミカなのだ!分かっているのだろうな?」
最近は大統領がその名前を出すたびに、側近たちは居心地の悪い思いを味わっていた。たしかに陰謀の中心人物だったに違いないが、3年も前に死んでいる。NSAの極秘作戦〈フローズンアロー〉により、太平洋上を飛行中のプライベートジェットが撃墜されたのだ。乗員5名の遺体は確認されていないものの、衛星軌道上から『神の槍』で一撃されたら機体は粉砕され、跡形もなかったはずだ。
国務長官が慎重に言葉を選んで言った。「もちろんです大統領。怠りはありません。現在イギリス軍が日本に展開しております」
「信頼できないやつらだが、大丈夫なのか?」
「眼には眼を、という作戦を持っているようです」
「えーっ?ストライクヴァイパーとミラージュヴァイパーはリモートで操作するって?」
マリアはバニシングヴァイパーのコクピットに収まり、発進前手順を進めながら島本博士と話していた。
『そうよ』
「飛ばすだけじゃなくて戦闘もするんだよ?そんなことできるの?」
『浅倉博士は何も考えずにあなたがたの脳情報をロボットにインプットしたわけじゃないのよ』
「ああ!」マリアは妙に納得した。「なるほど~。さっすが!」
『――と、わたしは考えたわけ』
「なんだ……」
『……まあ、タケルはある程度可能だと言っている。合体までは保証できないそうだけど』
「じゃ、タケルはストライクヴァイパーに乗るの?」
『いいえ、日本国内にいるすべてのタケル、スサノオタイプが遠隔操作で参加する』
「なんかよく分かんないけどたくさんのコンピューターが協力してくれるってことかな?とにかく敵はあたしたちのパチモンなんでしょ?合体なんかさせる前にやっつけてやる!」
『その意気で、がんばって』
「健太はまだ見つからないの?」
『まだよ』
「くそっ早くしてよね!ヴァイパー2!発進準備完了!」
髙荷マリアとの通話を終えたさつきは椅子に身を沈めた。
発令室には次々と戦況が寄せられ、久遠一尉が忙しく対応していた。統合幕僚監部と前線司令所からひっきりなしに問い合わせが舞い込んでいる。その大半は「エルフガインを早く引っ張り出してくれ!」というものだった。敵がヴァイパーマシンと確認されたため、自衛隊は通常兵器による攻撃をひかえ、遠巻きの追尾を続行していた。
敵はまだ攻撃してこない。
「ええ、エネミーはいずれ合流するはずです。われわれはできるだけ合体を阻止するつもりです……具体的な方法はまだです……はい、また連絡します」
受話器を置いた久遠はオペレーターにたずねた。
「マリアと若槻先生は?どうなってる?」
「現在ヤークトヴァイパーが前進中です。バニシングヴァイパーは発進位置。それから、ヴァイパー4が指示を仰いでいます」
「真琴ちゃんはヤークトヴァイパーと行動を共にするよう言ってくれ」
「了解」
それから久遠はさつきに期待の籠もった眼を向けた。
「まだ」さつきは久遠が何か言う前に答えた。
「そっすか……」久遠は肩を落とした。「あいつ本当に消えちゃったんですか?」
「ちょっと深刻かもしれないわ。さっき真琴ちゃんに聞いた話が事実であればね。わたしはなんとか実奈ちゃんの注意を引いてその話を伝えた。たぶん伝わったと思う」
「それで?問題は解決するんですか、あと――」久遠は腕時計を見た。「1時間か30分くらいで」
「まったく分からない」
久遠は顔を背け、溜息を漏らした。少なくとも、理研のくだらない先生がたみたいに理屈をこね回してグダグダ言わないのは助かる。島本さつきは知らないことは素直にわからないと言う、科学者としては稀な部類だ。
(感謝すべきなのだろうが、とびきり聡明な博士と実奈ちゃんが手こずる問題ってのは、たしかに「ちょっと深刻」なのかもな)
気が重い。
ここまでのらりくらりやってきたが、楽になるということはなかった。
(決勝戦まで這い上がってきたんだから、プレッシャーは当然だが)
我ながら人並みにプレッシャーを感じているらしいのが、可笑しくもあり腹立たしくもあった。
(俺のキャラにそぐわない勤勉さを無理矢理強いられてるのがむかつくが、ツケが回ってきたってことかな……)
「隊長!父島沖のエネミーは依然として関東に直進しています!このままだと30分以内にヴァイパー2とコンタクトします」
「よっし、やつをなるべく海上に留まらせるため全力を尽くす。こちらはバニシングヴァイパーとヤークトヴァイパー、向こうはバニシングヴァイパーのニセモノ一機のみだ。条件は良い。落ち着いていこう」
ヤークトヴァイパーの巨体が、山の中腹に開いたランプから走り出た。早くも日が落ち、夜の帳が落ちかけている。巨体にそぐわない小さな前照灯で進路を照らしながら礼子は愛機を前進させた。
間もなく前方に全高30メートルの巨大ロボット、スマートヴァイパーとミラージュヴァイパーが現れた。ミラージュヴァイパーはリモート操作されているという。
『若槻先生』真琴の声が礼子の耳元のレシーバーに響いた。『わたしたちは先生の防御に徹します。そちらはエネミーに対する攻撃に専念してください』
「分かったわ、まこちゃん」
コクピットシートになかば寝そべるかたちで座った礼子は、半球形のモニターを見わたした。
本州の関東から四国まで網羅した地図が映し出されていた。地図上には埼玉県を中心に赤と黄色で色分けされたふたつの同心円が描かれているが、それはヤークトヴァイパーの有効射程距離を表していた。外側の黄色い円は太平洋岸から新潟まで網羅していて、大型地対空ミサイルの攻撃範囲だ。内側の赤い円は240㎜レールキャノンの射程で、半径120㎞にわたる(すごい、大和の三倍だぜ!と健太くんは興奮して教えてくれたが「へぇー……」と言うしかなかった)。
いま、その黄色い円の外側でふたつの三角形が向き合っていた。三角形にはそれぞれふたつの数字が添えられ、速度と高度を表している。ふたつの三角形のうちまっすぐ埼玉県に接近してくるのはエネミー、埼玉から遠ざかりつつ大きな円を描いてエネミーとランデブーしようとしているのがバニシングヴァイパーのマリアだ。
エルフガインコマンドのオペレーターの声が言った。
『エネミー012は増速。マッハ1.6で直進しています。ヴァイパー2も増速追尾中です。コンタクトはおよそ14分後』
「了解」応えながら礼子は思った。(予想通り、早まってきたなあ)
最初は闇雲で、言われるままミサイルを撃ったりしていただけだったのに、半年も過ぎると「戦術」なるものについて一定の理解ができるようになってしまった。
たったいまも、礼子はマリアの邪魔にならないようミサイルを発射するタイミングを計っていた。音速の数倍で飛んでゆくミサイルや砲弾がエネミーに届く時間も暗算できた。 (女子力と無関係なことばっかり達者でなんだかもの悲しい……)
戦況が刻一刻と変化する様子はサッカーゲームに似ている。比較的のんびりしたパス回しから一転、ゴールポストに迫ると突然慌ただしく何もかも混乱する。
そして、自衛隊や久遠隊長のような「専門家」でさえ、直面する戦いはつねに未知の局面であり、いっけん自信満々な態度の裏では判断のひとつひとつに薄氷を踏む思いでいることにも気付いてしまった。ときおり誘われる飲み会の席で語られる何気ないひと言からそれに気付いたのだが、たぶん礼子が大人で、エルフガインチームのリーダーではなかったからそんな心情も吐露できたのだろう。30歳過ぎて揺るがぬ盤石の物腰を身につけられたとしても、それはあくまで装いで、たぶんだれもが本当はそうなのだろう。図らずもリーダーシップの大切さを学んだかたちになった。
『ヴァイパー3、弾幕勢射用意』久遠一尉の平静な声が聞こえた。『エネミー012の進路を逸らせます。奴が旋回したところにマリアが襲いかかる。その後は随時援護射を頼みます。フレンドリーファイヤに注意』
そうやって淀みなく指示されると、装いにすぎないとしても安心できた。
「了解しました」
(わたしは英語の先生に過ぎないのに、なんでこうなっちゃったんだろ……)
健太の不在が気になった。
(早く帰ってきて……健太くん)
離陸後わずか5分、バニシングヴァイパーは浦賀水道上空7000メートルを時速2240㎞で駆け抜けていた。数少ない民間航空便はすでに羽田と成田に降りるか、べつの空港に進路を変えている。マスコミもさすがに報道ヘリを飛ばそうとしない……許可が下りない以前に、夜になってろくに撮せるものがないためだ。
関東の空には厚木と百里からスクランブル発進したF-2編隊のみ。
かれらは「万がいち」バニシングヴァイパーが撃墜されてしまった場合の決死隊だった。必要なら体当たりも辞さず、という覚悟だが、自衛隊機が超音速巡航可能な時間はわずか15分……おなじ速度で一日じゅうでも飛べるヴァイパーマシンと差し違える可能性は皆無と言えた。
『飛翔体急速接近』マリアの耳元に機械音声が囁く。
ヤークトヴァイパーから放たれたミサイル弾幕がエネミー012に向かっているのだ。それにプラスして、東京湾に陣取った護衛艦から発射されたスタンダードミサイルも加わっている。
エネミー012が進路を変えはじめた。上昇しつつ静岡方面に舵を取っていた。
(あんた、シロートだね)
ヴァイパーパイロットが軍人あがりの場合、慣習的にミサイルを回避するような進路を取るはずだと久遠隊長は指摘していた。ヴァイパーマシンどうしの交戦経験がない場合はとくに、戦闘機に乗っていたときの経験に従ってしまうのだ。ヴァイパーマシンは少々のミサイル攻撃にはびくともしないのだが、それは経験しなければなかなか実感できない。結果、あのエネミーパイロットはミサイル弾幕より、マリアの相手をするほうが得策と判断したのだ。
「よしよし……あたしが相手だ」
食いしばった歯の隙間から呟いた。Gで沈み込んだ身体はほとんど身動きできない。指先でふたつのレバーをちょっとだけ動かすと、バニシングヴァイパーは大きく翼を振ってロールした。大出力エンジンのおかげで、急激な方向転換と上昇を行ってもほとんど運動エネルギーを失わない。しかしそれは緩急のまったくないジェットコースターに乗っているようなもので、肉体の負担は計り知れない。
マリアはマッハ2を保ったまま敵とベクトルを合わせようとしていた。陸地ははるか後方、敵との距離、50㎞。対空ミサイルを撃ってくる気配はなかった。
後方にはリモート操縦のストライクヴァイパーが追随していた。健太には悪いがある意味、マリアにとって切り札と言えた。無人操縦のストライクヴァイパーは世界最強の迎撃戦闘機であった。人間が乗っていたら即死してしまうような無茶苦茶な機動をやってのけるのだ。演習で二度ほどドッグファイトした経験があるので断言できる。
「ヴァイパー2、交戦開始する!ストライクヴァイパーのコントロールよろしく!」
『了解、ヴァイパー2』
エネミー012は巨大なループに突入しつつあった。空中に直径15000メートルの円を描こうとしている。急降下で速度を獲得しつつ相手の頭上後方に回り込むためのオーソドックスな運動だ。ドッグファイトする気満々なのか。
エルフガインコマンド、そして厚木の防空司令所でも、関係者は東京湾沖で始まった空対空戦闘の様子を固唾を呑んで見守っていた。
二機の航空工学的モンスターは超音速を保ったまま戦闘機動に突入していた。F-2編隊は関東上空を旋回しつつ様子見だ。ヴァイパーマシンの速度が速すぎて進路が予測不能なため、へたに接近できないでいる。
いっぽうでは日本海を北上するエネミー013の追尾も続いていた。すでにエネミー013がヤークトヴァイパーのコピー品であることは知れ渡っているため、なんらかの対処の必要に迫られていた。自衛隊はこれこそ最大の脅威だと認識している。相手が兵器搭載量まで模倣しているなら、上陸されてしまったら被害は甚大なものとなるだろう。
『こちらガーディアン、緊急事態により指示願います』
施設内回線から回されてきた電話を取った久遠は、ややあって相手が武蔵野ロッジの護衛部隊だと気付いた。戦闘に全神経を集中していたため頭の切り替えにもたついた。
「おう、なんだ?」
『05が移動を願い出ていまして……』受話器のむこうで慌ただしいガサゴソいう音が聞こえ、続いて05――近衛実奈の大声が響いた。
『たぁいちょう!まったくもうこっち忙しいんだから早くしてよぉっ!黒服のおじさんが部屋から出ちゃダメってそればっかりで話になんないよ!実奈はいますぐバイパストリプロトロン貯蔵庫に行かなくちゃなんないのよ大事なことなんだから邪魔しないで緊急事態なんだからね超、緊急じ・た・い!』泣き出さんばかりの剣幕に久遠はたじろいだ。
「ち、ちょい待ち実奈ちゃん!」
久遠は受話器を抑えてさつきに合図した。さつきはそろそろと椅子から腰を浮かせ、受話器を受け取った。
「実奈ちゃん?」きんきん声が久遠のほうまで聞こえ、さつきが首をすくめて耳から受話器を離した。
「分かったから!そこにいる背広のおじさんたちに連れて行ってもらってね……ええ、R4入り口からZ区画までって伝えれば案内してくれるからそちらで合流……あ、切れた」
受話器を受け取りつつ久遠はたずねた。
「実奈ちゃん、なにか思いついたんすか?」
「かもね」さつきは白衣の襟を正しながら答えた。「わたしも急いで地下のバイパストリプロトロンコア貯蔵庫に行かなきゃ。実奈ちゃんと合流する」
さつきがエルフガインコマンドのさらに地下にある貯蔵庫に到着すると、コンクリート打ちっ放しの地下通路にはすでに黒塗りのSUVが二台止まっていた。入り口脇に控えていた黒服の護衛が、さつきのために鉄製のドアを開けた。
貯蔵庫は薄暗く、足元には深い水深のプールが見わたすかぎり広がっていた。照明は水中の青い光のみ。金属製のキャットウォークには護衛一名とタケルがいた。
「実奈ちゃんはどこ?」
タケルが水面を指さした。「留める間もなく、アンダーウェア姿で飛び込んでしまいました」
「なんてこと!」
さつきは壁に沿ったキャットウォークを進んで水中の青い光の元に向かった。差し渡し50メートルもあるプールには、日本が獲得した24個のうち16個のコアが貯蔵されている。日本のオリジナルコアはエルフガインの胸部――いまはバニシングヴァイパーの機内――に埋め込まれ、4個がヨーロッパに返却され、3個が宇宙に打ち上げられた。
水中に沈められたコア群に近づくと、キャミソールとパンツ姿の実奈がブルーの球体に取りついているのが見えた。
「実奈ちゃん!冷たいでしょう!?上がりなさい!」
しかし実奈は返事を返さず、球体の上にぴったり被さっている。プールの水深6メートルに対し球体は直径5メートル。
「ダメだ、聞こえてない……」さつきはポケットからタブレットを取り出し、なにやら入力しはじめた。天井で赤い回転灯が動き出し、どこかでゴツン、というくぐもった音が響いた。
間もなく水面に泡が浮いて、実奈が貼り付いていたバイパストリプロトロンコアがゆっくりせり上がりはじめた。
「タケルくん、実奈のそばに行って」
「分かりました」タケルはそう言うなり、狭いキャットウォークから助走もつけずに跳躍した。10メートルほども放物線を描いて宙を飛び、ブルーの球体に大の字で寝そべる実奈の傍らに着地した。それから屈み込んで実奈の背中に手を置き、さすりながらなにやら話しかけはじめた。
実奈は相変わらず身じろぎもせず、まるで球体の中に耳を澄ませて何か聞き入ろうとしているかのようだった。
ふたりは会話を交わしているようだったが、内容は分からない。しかしあの状態の実奈が会話に応じているということは、高度に専門的な内容のお喋りだろう。そうでなければ「邪魔するな!あっち行け!」と怒鳴られているはずだ。
やがてさつきの携帯にメールが着信した。タケルからだ。実奈との会話の断片を伝えてきたのだ。
恐ろしく込み入った内容のテキストが10ページも続いていた。しかも実奈の思考の道筋をできるだけ整理しようとしているのだろうが、理論があちこち脱線している。実奈はタケルと会話しているというより、便利なデータベース兼メモ帳代わりにしているらしかった。
タケルは同時に、実奈のヴァイタルも送ってきていた。地下プールの水は10℃しかなく、小さな身体は冷え切っている。しかしなかば暴走状態の脳のおかげで本人は寒いことに気付いてもいないようだ。タケルは実奈の身体に手を当てて温めているようだ。
間もなく、さつきも次々と送られてくるテキストメールに没頭した。
エンジニアリング畑のさつきにとっては難解すぎる課題だった。少々カビの生えた量子論の知識を必死に思い返しながら読み解こうとした。
実奈は、バイパストリプロトロンの機能をまたひとつ解明しようとしている。
あやふやな知識を元に判断するなら、実奈はシュレーティンガーの猫を葬り去ろうとしているのだ。
「たいへんだ……」
バイパストリプロトロンの正体――少なくともその一部は、実用型量子コンピューターかもしれないとは言われていた。だが実奈の結論はそんな生やさしいものではなかった。量子コンピューターによってコントロールされる3Dプリンター……あるいは量子収束機と言うべきか、観測者によって量子の振る舞いを収斂するという、その振る舞いを逆にしてしまう……いわば観測者自身が量子を自由に操るためのデバイスなのだ。実奈が考えているのはそういうことだ。
(つまり……つまり、どういうこと?)途方もなさ過ぎて思考が追いつかない。
文字通りなんでも可能になってしまう……どんなものでも作り出せる。テレポートも可能かもしれない。
魔法が現実のものとなる……
さつきはハッとして携帯から顔を上げ、実奈を凝視した。
実奈はもはや、論理的思考を巡らせているのではなかった。
実際にどうやって使うか、それを調べていたのだ。
「たいへんだ!」
さつきは叫ぶと同時に白衣を脱ぎ捨て、厚底のパンプスを乱暴に蹴り捨てると柵を越えてプールに飛び込んだ。
「タケル!」必死で水をかき分けながら叫んだ。「実奈を、止め……止めて!」
しかしさつきの眼前で、少女とロボットを載せた球体が異様な虹彩を帯びて発光しはじめていた。
実奈はもう這いつくばっていない。立ち上がってタケルと手を繋ぎ、足元の光を見つめている。普段はまわりの気配りが行き届いているはずのロボットも、さつきの声に気付いた様子もなく、実奈と同じように球体を見下ろしていた。
「実奈ッ!」
球体まですぐそこというところでさつきの距離感が狂いだした……距離が開き、実奈たちが遠ざかっているのだ。ブルーの光が消えて水面は突如漆黒の奈落に落ち込んだ。さつきは、夢の中で何もない地面に足を踏み出したときのようなショックを受けた。図らずも空間認識を見失った宇宙飛行士のような状態だった。
頭の回転が速いのでただちにパニックに襲われはしなかったが、刺すように冷たい水中でじわじわと迫り来る息苦しい焦燥感は、いっそ恐慌をきたすか気を失ってしまったほうが楽なように思えた。
(いったい何が起こっているの……)
こんなときでも頭の一部はこの現象を探ろうとしていた。
頭上からまばゆい光が差し込み、さつきはそちらを見上げた。
人間のかたちをしたなにかが接近してくる。タケルのようだったが細かいディティールを欠いた光るマネキンのようになっていた……しかも半身は魚のように変形して水を搔いていた。タケルの手がさつきの腕を掴んで力一杯引きずった。
そのあたりでさつきの意識は慈悲深い忘却に呑み込まれた。
マリアは猛烈なGにあらがって機体を旋回させた。
(皺取りに良いかもね……)突っ張り続ける顔をなんとかしかめつつマリアは思った。涙がにじんでも拭うことさえめったにできない。へたに手を上げたら自分のアゴをパンチしてしまう。(ま……皺の心配は30年後だけど……)我ながらひどい顔をしているに違いない、と思った。
だがそれを我慢した甲斐はあるはず。
ドッグファイトの前半はひたすら我慢比べだった。相手を追いかけ回し、あるいは追いかけられ……相手の気力が尽きてほんのちょっとルーズに飛んだとき、それだけが狙い目だ。
マリアの寮機を務めている無人のストライクヴァイパーは、敵の進路をことごとく予想して蜂がつつくような攻撃を続けていた。だが残念なことに、バニシングヴァイパーにとどめを刺せるような武装は積んでいない。しかし嫌がらせじみたねちっこい一撃離脱攻撃を加え続けた結果、エネミー012は静岡沖まで後退した。
そしていま、エネミー012の機影が照準十字線に向かってじりじり移動している。
(もう少し……もう少しじっとしてろ)
240㎜レールキャノンのトリガーに指をかけたそのとき、バニシングヴァイパーの全システムがシャットダウンした。
「なんだよ!」コクピット内がまっ暗になり、同時にマリアを押さえつけていたGが消えた。機体が急減速している。推進力を失ったのだ。
マリアがひやりとしたそのとき、電源が回復した。
システムリセット、緊急スターターが自動的に働き、エンジンが息を吹き返す……主翼が風を掴んでふたたび揚力を回復したとき、マリアは6000メートルも高度を失っていた。海面すれすれのところで機体を上昇させた。
「ちくしょう!なにが起こったんだよ!」
『マリア、無事か!?』耳元に久遠一尉の声が響いた。
「あたしは無事!だけどエネミーをロストしちゃったよ!なにが起こったの!?」
『分からん。島本博士が席を外してるんだ。バイパストリプロトロンがちょっと咳き込んだようだ』
『咳き込んだって、なんだよ……ほかのみんなは無事?敵は?」
「ほかのヴァイパーも一瞬動作停止したが、無事なようだ。タクティカルオービットリンクもリセットされちまったから、いま厚木ジャッジのデータをリロードしている……』
そう言っているうちにコクピットモニターの戦術画面が蘇った。
エネミー012は関西方向に逃走していた。
「ちぇっ、逃げられちゃった。どうする……追う?」
『ストライクヴァイパーに追跡続行させる。おまえはちょっと休め。進路は追跡コースを維持、マッハ1.2で飛べ』
「了解!」
バイパストリプロトロン作用がとつぜんシャットダウンしたことは、ちょっとどころの不安材料ではない。バニシングヴァイパーの心臓部に埋め込まれたコアは、事実上日本全土の電力も賄っているのだ。
(シャットダウンがどこまで及んでいるか……)
「久遠隊長、島本博士から連絡はいりました……」
久遠はコンソールの受話器をひったくった。
「博士!」
『ああ、久遠くん……?』ややメランコリックなさつきの声が聞こえた。
「博士……大丈夫ですか?」
『ちょっとね……わたしも実奈ちゃんも身体的には問題ないけど』
「博士、ついさっきバイパストリプロトロンが一時的にシャットダウンしちまったんです。そちらでなにか異変がありませんでした?」
『そう……』疲れ切った溜息のような返事だった。『たぶん、こちらに貯蔵している予備のコアとオリジナルのあいだで、なんらかの相互作用が働いたのだと思う。とにかく詳しい話はあとで。いまからそちらに戻る』
「たのんます」
久遠が受話器を元に戻したとたんに、こんどはスマホが鳴り出した。舌打ちしながら画面を見ると、発信先は健太の祖父、松坂老人だった。
「クソ忙しいときになんだよ」一瞬躊躇したものの、結局通話に応じた。
「久遠です」
『よう、忙しいときにすまんが』
「なんです?」
『いちおう、知らせにゃならん思うてな。ついさっき健太がうちの庭に現れおったんだが』
「な、なんですって……?」
『どうなっておるンか、えらい消耗しておった。達美がいま世話しとるがね……てめえ、返答しだいじゃただじゃ済まないよ……』
「ちょ、ちょっと待って!非常にややこしい事態でして、事情はすぐに話せないんです!」
『そうかい。ちゃんとした話聞かせてもらえるのか、ちょっとだけ待ってやる。そんじゃまた!』通話が途切れた。
久遠はスマホを凝視した。
(健太が九州に現れた?)さすがに途方に暮れていた。(なにがどうなってんだ……)
「隊長!メインモニターを見てください!」
「こんどはどうした?」
「ストライクヴァイパーが勝手に進路を変更しています!エネミー012の追跡をやめて増速……マッハ3で九州に向かいはじめました!」
「マジでか……」
まったく次から次へと、なにが起こっているやら……




