第16話 『おれの夏休み返せ! 後編』 ★
間が空いてしまいましてごめんなさい!ひさびさの更新と相成りました。
ここでややこしい固有名詞を整理。ロボットの呼称変遷
イタリアロボ=バベルガイン=ギガンテソルダート(イタリア国内の呼称・訳すと巨大兵士)=ヰ式24型(自衛隊編入後)
フランスロボ=コルトガイン(フランス国内での呼称は不明)
ドイツロボ=フェンリルガイン=パンツァーカンプグロブロボターイクス(翻訳すると戦闘装甲巨大ロボットX)
ロシアロボ=マシーニイ・レボリューツィア(機械革命)※島本博士設計のパクリロボではない。
(これだこれ)
健太は背景の機械音に満ちたエルフガインのコクピットに収まり、久しぶりの感触を堪能した。
メインモニター上では前方視認スクリーンと戦術モニターが分割表示されている。
「健太」髙荷マリアの声が耳元で囁いた。「久しぶりだろ……ちゃんと動かせんの?」
「大げさだな~。最後に動かしてから――」健太は頭の中でカレンダーをあらため、驚いた。鳥ノ島から帰還してから24日間だ。「……まだひと月も経ってないぜ」もう何ヶ月も前のことのようなのに。
マリアが笑った。「収容所生活はどうだった?人生観変わった?」
「髙荷さん、よしなさいよ」礼子先生がたしなめたが、健太も髙荷も気にしていなかった。
「へん、あの程度で人生考え直したりするもんか。それよか、先生たちはどうしてたのさ?」
「みんなずっと長崎で……二階堂さんのお屋敷に匿われていたの」ちょっと後ろめたそうな口調だった。
「それは聞いてたよ。おれの従姉の達美さんてひとが教えてくれてさ」
「達美さんとは仲良くなったんですよ!」真琴が口を挟んだ。
「まこちゃんも会ったの?」
「ええ」クスッと笑った。「健太さんのお祖父さまの代理でうちにいらしたんです。二階堂家と松坂家は代々ものすごく仲が悪かったから……エルフガインのために和解しましょうって」
「そいつはいい話だ」
「ねえねえ、実奈たちべつに三週間ゴロゴロしてたんじゃないから!」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ!あのフランスロボの対抗策練ってたんだから……エルフガインコマンドの機械使えなかったから大変だったんだよ!」
「えっ!?……さすがみーにゃんだな。奴のステルスに対向できる案を考え出したのか!?」
「任してよ、実奈天才だもん」
「さっそくだけどセンサーに感ありよ、健太くん」
「来やがったか」
健太は左右コンソールに置いた手に力を込めた。戦術モニター上にカーソルがいくつか点滅して、敵の気配を示していた。しかし反応はルーズだった。北西方向、およそ3~5㎞の範囲内にしか絞れていない。
健太はエルフガインを谷に沿って前進させた。大勢がいるホテルからなるべく距離を置きたかった。
フランスロボ……もとは島本博士が設計したコルトガインという、エルフガインの兄弟機だ。フランス人たちはそのロボに独自の改造を施し、得体の知れないステルス機能と瞬間ダッシュ機能を持たせた。ステルス、と言えば通常、米空軍が発展させた「レーダーに映らない兵器」を指すが、フランスのそれは違った。ロボットどうしの近接戦闘においてはレーダーに映らない、というのはあまり意義がない。目玉さえあればばっちり視認できるからだ。
フランスロボはレーダーに映らないだけではなく、本当に見えなくなる。
アニメではもはや定番アイテムと言えるいわゆる「視覚迷彩」の一種と思われた。基本的にはドツキあいの喧嘩であるロボット戦闘で相手が見えなくなったらお手上げだが、実奈ちゃんはそれに対抗策をひねり出したという。
もちろん、健太だってそれなりに対抗策は考えていた。誰も健太に「エルフガインのパイロットは首だ」と正式に通達していなかったから、第六キャンプにいるときでさえ暇なときには新しい敵についてイメージトレーニングは欠かさなかった。もはや職業病だ。
エルフガインの頭部が悠然と旋回して、敵を探っていた。
赤外線でも敵の姿は浮かび上がっていなかった。しかし、複合センサーの一部が敵が大地を踏む振動を関知している。戦術モニターに映し出されているのはそうした情報だった。
「お兄ちゃん、磁力線センサーに注目して」
「了解」
赤外線画面に磁力線センサーのデータサーフェスをインポートすると、赤みがかった画面にところどころ白熱したかたまりが表示されていた。金属製の送電線やケーブル、電力の在処を示しているのだ。
そうした白熱部の一部が、移動していた。
「奴か!?」健太はトラックボールを操り素早くアイコンを選択した。「キャノンブラスト!」
目標選択を待たず、視認した方向にざっと砲身を向けただけで見切り発射した。240㎜砲弾が山腹に叩き込まれた――しかし敵は射線から弾かれるように身を躱した。同時にフランスロボの姿がくっきりと画面上に表れた。
「見つけたぁ!」
健太はエルフガインを急速前進させた。山の斜面を駆け上がり、敵に向かってジャンプした。
「ツインソォ――ド!」
両袖から刃を突き出したエルフガインが大きな放物線を描いて落下してくるのを、敵は悠然と待ち構えていた。と、その敵の姿がぼやけ、残像化した。
それは健太がずっと待ち望んでいた瞬間だった。
エルフガインが轟音とともに山裾に着地して、たったいま敵が立っていた地面に剣を突き立てた。
「右だーっ!」健太はそう叫ぶのと同時に突き立てた剣を軸にしてエルフガインを急速旋回させた。エルフガインの右足を大きく振り上げ、うしろ蹴りを繰り出していた。
果たして、フランスロボはエルフガインが蹴りを繰り出したまさにその場所に実体化した。
猛烈な衝突音が長野山中一帯に響き渡った。
蹴飛ばされたフランスロボが400メートルあまり吹っ飛び、隣の山腹に激突して大の字に伏せた。立て続けの轟音があたりに響き渡り、地面が揺れる。
マリーア・ストラディバリのギガンテソルダートがうしろを取られて撃破される映像を何度も脳内再生して、健太はずっと考えていたのだ。瞬間移動ダッシュした敵がエルフガインのどちら側に現れるか……
賭は当たった。
「あーすっきりした」
「お兄ちゃん!いまよ、あいつに実奈がこさえたとっておきのカクテルぶっかけちゃって!コマンドはステルスキラーだよ!」
「あいよ!」
健太がコマンドアイコンを入力すると、エルフガインが片腕を横たわるフランスロボに向けた。ツインソードが収納され、変わって袖口からなにか霧状物質の放出が始まった。新兵器で攻撃するものと思っていた健太は戸惑った。
「みーにゃん?これ……なに?」
「あいつのステルスを封じる魔法の液体よ!材料は速乾接着剤」
「はあ?」
「あいつはね、特殊な金属粒子のパウダーを周囲にばらまいてレーダーを攪乱するの。それから機体表面の装甲板にカメラで取り込んだ周囲の景色を映しだして透過ステルスしてたの。だからあいつの体中に色つきの液体をかけて、装備しているはずのパウダー噴出口を塞いじゃえばいいのよ!」
「なるほど~。よく分かったなぁ……」健太は半信半疑で答えた。しかし実奈の物事を断定する口調が島本博士を思い起こさせ、健太はなにかホッとするような気持ちだった。
島本博士……。
健太は物思いを振り払った。そのことを考えるのは戦いが終わってからだ。
フランスロボが立ち上がりかけていた。健太は速乾接着剤の放出を止め、ふたたびツインソードを繰り出した。次いで通信システムを外部スピーカーに切り替えた。
「おいフランス野郎!もうステルスは通用しないぜ!正々堂々戦えや!」
フランスロボが山腹に手を着いて立ち上がった。
「健太くん……向こうが無線で呼びかけてきたわ……」
「先生、周波数を合わせてくれ」
すぐにスピーカーから悪態が聞こえてきた。
『……腐れジャップども……黄色いサルのくせに生意気言ってんじゃねーぞ。正々堂々だぁ?』
初対面時の陽気な青年は豹変していた。打って変わって粗暴な口調だが、本気でキレているというようではなく、言葉の端に喜色がこもっていた。どちらが本当のルイ・ジェロールなのか。
「てめえが望んだんだろうが、ルイ・ジェロール」
『気安く名前呼ぶんじゃねえ!』
フランスロボが素早く、片腕をエルフガインに向けた。そのこぶしがロケットモーターで撃ち出され、こぶしに繋がれたチェーンがエルフガインの腕に巻き付いた。
「しまった!」
「しまったじゃないだろボケ!」マリアの叱責が飛ぶ。
健太が思わず機体を後退させると、敵はその動きを狙っていた。エルフガインに引っ張られた勢いのまま背中から取り上げた巨大な鎌を構えて肉薄してきた。
「くッ!」健太は噛みしめた歯の隙間から息を吐きながらソードを立て、鎌の打撃を受け止めた。重い金属どうしの打撃は凄まじい反響をコクピットまでもたらした。
(こいつ……やる!)体の芯がカッと熱くなった。健太はかつて無い脅威を覚えていた。マリーアもそうだったが、こいつもエルフガインと同等の性能で、なによりパイロットが熟練している。
『俺のマシンを汚らしい液体まみれにしやがって!』
フランスロボが腕を振って、エルフガインの腕に巻き付いていた左手首のチェーンを巻き取った。そのチェーンに引っ張られて前につんのめったエルフガインに大鎌の一撃が襲う。金属製の打撃武器はせいぜい数回でダメになる。エルフガインのツインソードも、敵の大鎌も、想定される負荷を上回る使い方でたちまち刃が崩れ、曲がっていた。
(埒があかない)
フランスロボもそう思ったのか、一時後退して柄の折れ曲がった大鎌を背後に投げ捨てると、両腕の裾からエルフガイン同様のソードを繰り出した。
「なんだよ!そっちはおかわり有りなのかよ!・」
「健太さん!相手はエルフガインみたいにミサイルや大砲を装備する代わりに、格闘戦に特化しているようです」
「そうだな……」
エルフガインが立ち去ったあとのホテルの屋上は、相変わらず人でごった返していた。ホテルは第六キャンプから来た、なかば暴徒化した訓練生に占拠されていた。調理場からくすねてきた、あるいは自動販売機を破壊して手に入れた飲食物で宴状態になり、テラスに身を乗り出して二体のロボットの戦いを眺めている。黒ずくめの特殊部隊員とヤクザはいつの間にか姿を消していたが、そこにまた大勢が加わった。
ヘリポートに真っ黒なCH―60が降り立ち、次々とかさばる荷物と人員を降ろした。
迷彩服の武装した自衛隊員が首相を保護して、荷物を降ろしたヘリに乗せて飛び去った。別のヘリが釣り下げていた四角いコンテナを降ろした。制服姿の作業員が何人もコンテナに群がり、たちまち野戦通信システムを組み立てた。直径2メートルもありそうな折りたたみ式のパラボラアンテナも空に向けて組み立てられた。
指揮官らしき男性が大声で指示を飛ばしながら物見高い訓練生を退けていた。
「ガキども邪魔だ!とっとと下に降りやがれ!」
「威張りやがって、おっさんなにもんだよ?」
久遠馬助は生意気な口をきいたそいつの襟首を捻りあげて乱暴に引き寄せた。
「俺はエルフガインコマンドの指揮官だ……いま超絶にムカムカしている。おまえら作業の邪魔したら下に叩き落とすからな……」低い声で告げたその目が「俺は本気だ」と告げていた。
「わっ、分っかりました……」
国元廉次たちもほかの不良たちもその様子にびびって、作業の邪魔にならない隅に後退した。
中谷が廉次に聞いた。「あいつら自衛隊だろ?何しようとしてるんだ?」
「あのひとエルフガインの指揮官だってよ。つまり、ここを野戦指揮所にしてるんだ。邪魔したら浅倉に悪いよ」
「浅倉のサポートか!そんじゃ邪魔しちゃまずいや」
「久遠一尉!衛星回線同期完了、タクティカルオービットリンク開きます!」
「よっし!ごくろう、これでようやっと見通しがよくなるな」
闇の向こうから胸が悪くなるような金属どうしの衝突音が聞こえる。ズン、という地響きも伝わっていた。周囲は高さ200メートルほどの山が畝のように連なっていて、取っ組み合っている二体のロボの姿はよく見えなかった。それでもときおり稲光みたいな閃光がパッと闇を切り裂き、思わず身をすくめるほどの轟音が響き渡った。
「あれ、ホントに浅倉がやってんのかよ……」
「うん、すげーよな」
「スゲーっつうか、命がけなんだよな?まじで」
「ああ……」
中谷はうまく言えないでいるが、言いたいことは理解できた……といっても廉次自身漠然とした考えで言葉としてまとめられないのだが。
浅倉健太は、彼ら、高校二年生の経験とはひどくかけ離れた世界にいる。あいつがにこやかに「応援よろしくな!」などと言い残して立ち去ってからまだ10分ほどしか経過していない。それがいまでは命を賭けたガチンコ勝負に挑んでるんだから……。
(そんでもって、あの女の子だ)廉次は、美少女が健太の名を叫んで懐に飛び込んできた光景が頭から離れなかった。ほっそりした可憐なおかっぱ頭の女の子……おそらく2~3歳年下……健太と一緒にエルフガインに乗り込み、行ってしまった。ほかにも少なくとも三人がエルフガインに乗り込んでいて、そのうちふたりは若槻先生と、あの髙荷マリアなのだ。
(おまけに、あともうひとりの女の子は、なんと「健太お兄ちゃん」と呼びかけたではないか……)
それでも浅倉がうらやましいとか、月並みな言葉であいつの立場を理解するのは無理だった。
「健太くん、タクティカルオービットリンクが繋がったわ!」
「了解、先生!これでエルフガインサンダーもセラフィムウイングも使えるな」
フランスロボの全身を覆っていた接着剤は、どうやら硬化したとたんに剥がれはじめてしまっている。戦闘中のヴァイパーマシンの表面は猛烈な運動エネルギーや大気摩擦のおかげで高熱化する。水の沸点近くになれば樹脂など簡単に剥がれてしまうだろう。ステルス機能を無効化できるのは一時的に過ぎないようだ。
フランスロボのブルーの機体表面が妙な感じにブレていた。ブロックノイズが瞬いている。奴の全身がテレビモニターのようなものだ。ダメージのおかげで演算処理がエラーしているとかなんとか博士なら言うはずだ。
彼我距離は600メートル。フランスロボは両腕の剣を羽根のように構えながらエルフガインとの間合いを計っていた。
健太は決断した。
「ツインソード、パージ」
『ツインソード、パージします』機械音声が追従した。エルフガインの両袖からぼろぼろの刃が切り離され、地面に突き刺さった。
「健太、どうする?」マリアが言った。
「このままダラダラ戦い続けてもダメージが溜まってくだけだ。一発逆転狙わねえと……」
「健太、焦るな」
「そうです健太さん」真琴が言い添えた。
「わかってる。多少忙しい動きするかも。エルフガインをうまく動かしてくれよ」
健太はエルフガインをじりじり後退させ、ひときわ狭い山間に踏み込んだ。
フランスロボの姿が瞬いて消えた。
(いまだ!)健太はエルフガインを伏せさせると、両腕をいっぱいに拡げて山腹に手のひらを当てた。
「ウェイブカッター!」
エルフガインの手のひらに高周波振動が発生した。そのエネルギーが一瞬にして山腹をグズグズの土砂に変えた。その猛烈な振動によって山腹の表面が爆発的に弾け飛んだ。
エルフガインの頭上に実体化したフランスロボは、弾け飛ぶ大量の土砂や千切れた材木のまっただ中に巻き込まれた。地雷を踏んだようなものだ。不意を突かれたフランスロボが体勢を崩したまま、エルフガインの傍らにぶざまに着地した。
健太は降り注ぐ大量の土砂をかき分け、フランスロボのほうにエルフガインを急速旋回させた。
「エルフガインコレダァ――ッ!」
エルフガインが巨大なこぶしを天に振り上げると、青白い雷光がそのこぶしに纏いついた。そのまま第二段階バイパストリプロトロンエネルギーを収束させた拳を、フランスロボの胸板に叩き込んだ。
フランスロボの胸部装甲が内側にひしゃげ溶解した。だがフランスロボは片腕のソードでエルフガインの腕を振り払い、致命傷を負わせるには至らなかった。もうかたほうのソードを危うく叩き込まれる寸前に受け止め、二体の巨大ロボはがっぷり乙に組む恰好となった。
『あー、エルフガイン、健太、聞こえるか?久遠だ』
「どーも久しぶり!けどいま忙しいんだけど!?」
『ホテルに何百人もいるから気をつけろ、近づけるなよ!』
「わぁってるよ……隊長も?」
『おう、おれも屋上でおまえらを見てるぞ。なにか問題か?』
「べつに!ちょっと取っ組み合いしてるだけ……」
『取り込み中ですまんが、上空に注意だ!フランスの母機……超大型全翼機がおまえたちの真上にいる』
事実、久遠たち手空きのもの全員が双眼鏡を構え、上空監視の最中だった。夜空は半分ほど雲に遮られ、その雲の向こうになにかが動き回っていた。
「マジかよ!レーダーに映ってないよ?」
『そりゃやっこさんステルス機だからな……だが雲の合間に機影がちらちら見えているし音も聞こえてる。いま厚木の部隊にスクランブルをかけているが、あと10分ほどかかる』
戦闘中の10分間は長い時間だ。
『オービットリンクで捕捉できるか試しているところだが……あっ』
「『あっ』てのはなんなの!?」
『おまえたちの上になにか投下してやがる!気をつけろ!』
「マァジかよ!」
まもなく、両手で組み合ったエルフガインとフランスロボの周囲で爆弾が破裂しはじめた。
「くそったれッ!」立て続けの爆発に揺すぶられながら健太は叫んだ。味方ごと爆撃するとはなんてやつらだ!
「まだ聞いてるか!?ルイ・ジェロール、てめえ見捨てられてんじゃねえのか!?」
スピーカーから軽薄そうなせせら笑いが聞こえた。『いっちょまえに敵を揺すぶってるつもりか?ジャップの小僧!』どことなくうきうきしてるような口調だった。健太はその声に薄ら寒い感覚を覚えた。
(あのフランス野郎はシリアルキラーだってマリーアが言ってたけど、ホントに変な奴だ……)だがなんとなく憎みきれないのはなぜなのか……。
とびきり苛烈な衝撃に叩きのめされ、健太はヘッドレストにしたたか頭をぶつけた。「いてーなばかやろう!」組み合った二体のあいだで爆弾が破裂したため、さすがの巨体ももぎ離されていた。健太はとっさにフットペダルを踏んでエルフガインを後退させた。
「キャノンブラスト!髙荷は対空、先生はフランスロボを撃て!」
「了解!」
背中のレールキャノン二門がほぼ真上を向き、腰両脇の二門がフランスロボに向いて同時に射撃を開始した。
「当たらなくても構わない!空にいる敵機を追い払ってくれ!」
マリアが答えた。「上の奴はあたしに任せろ……ミサイルと照明弾も使ってなんとか叩き落とす!」
「任せる!」
健太は絶え間なくエルフガインの向きを変えてフランスロボを射界におさめようとし続けた。しかし相手の運動性能は高かった。さすがに格闘戦に特化しているだけあってすばしっこい。山から山に飛び、ごろりと機体全体を転がせて遮蔽物に飛び込んでいた。超高速の240㎜砲弾が山肌にめり込んで周囲はたちまち噴煙で視界が聞かなくなってしまった。健太は水平射撃をいったんやめさせてさらに後退した。
上空からの爆撃は止んでいたがところどころで山火事が起こり、半分自分でやったことながら阿鼻叫喚図と化していた。
(フランスロボを見失っちまった!)
健太は軽率な判断に舌打ちした。額に汗が滲むのを感じた。
闇夜を幾筋もの曳光弾が切り裂いている。まばゆい光の尾を曳いて上昇するミサイルの甲高い咆吼、立て続けの爆発音が空気を揺るがし、オレンジ色の炎が山の稜線を浮かび上がらせていた。二体の巨大ロボはホテルの敷地からだいぶ遠ざかっていたが、まだ安全と感じられるほどではない。
むかしテレビで観た、米軍によるバクダッドの夜間爆撃と同じ光景が、目の前で展開していた。ただテレビとは違って音量調整抜きの轟音と、得体の知れないケミカル臭、それに不気味な熱波を伴っている。傍観者と戦場を隔てているのは数㎞ぶんの大気だけであり、遮蔽物はない。危険きわまりないのは分かっているのに足が竦んで、安全地帯に逃げることさえ億劫だった。
廉次たちは声もなくその光景に見入っていた。
(みんな、へたに逃げても無駄って分かってんのかもな……ろくに車もないし)廉次は思った。それで一種の肝試し状態でみんな屋上から退こうとしないのかも……。
廉次は背後で立て続けに指示を飛ばす迷彩服姿の男を何度も振り返っていた。無線に呼びかける言葉の端々から、彼が健太と直接話しているのが分かった。さきほどエルフガインコマンドの指揮官だと自ら名乗っていたが、どうやら本当らしい。
自衛隊員たちも内心怯えてるのだろうか?流れ弾が飛んできて廉次たちもろともいつ吹っ飛ばされるかもしれない。だとしても仕事を淡々とこなしていて、怯えているようには見えなかった。
(あの連中がそうならおれたちだって……)廉次は対抗心を燃やして屋上に居座り続けようと決意を新たにした。それが戦っている浅倉に対する誠意ってもんだ、と奇妙な内的理論で納得した。
(バカだな俺……)それでもこの光景に背を向けることはできなかった。(父ちゃんカーチャン、ごめんよ)
「やいフランス人聴いてんのか!?おまえら戦争に弱いくせして、悪あがきすんなよな!」
『……ジャップ、おまえらは大学でもろくに勉強しないそうだが本当だな!ナポレオン・ボナパルトも知らねえのか?』
「スフィンクスの鼻を壊したチビなおっさんだっけ?ほかに何したのかしらねえけど」
『ま、俺も知らねえがな……』ひどくぞんざいな口調だった。『だけどよ、おれたちは戦争が下手なんじゃねえんだ。移り気で当てにならない同盟国ってだけでな』
「おまえがいましてるようにか!」
エルフガインのセンサーが無線の発信源を探っていた。奴も後退していたがまだ詳しい位置は特定できない。だがその程度は相手も承知のうえなのだろう。奴は口をつぐんでしまった。
「お兄ちゃん」実奈が健太の身元で囁いた。
「なんだ?みーにゃん」
「目を閉じて、心を無にして」
「な、なんだって……」それでも健太は目を閉じ、精神統一のつもりで深く息を継いだ。
思いがけないことに、健太は次の瞬間、闇の中でぽつんと孤立していた。
(なんだ……これは)
(リラックス……)実奈の声が……声というより、頭の中でこだまするのは捕らえどころのない桃色の薄霧じみたイメージだった。
まるでゼリービーンズでできたハートマークがほんのり脈打っているような。
(実奈……ちゃん?)
(もっと深く集中して)
(そうです、健太さん)真琴の声までが健太の意識に響いた。
(耳を澄ませて)礼子先生も語りかけてきた。
健太は意識をさらなる深淵に沈み込ませた。背中に温かい温もりを感じる。実奈の、真琴の手……それに礼子先生の手が肩に添えられるのを感じた。
リラックス。
足元には土の大地を感じた。
微かな振動が伝わってくる。
健太はそれに意識を向けた。
奴が接近してくるのが分かった。棒立ちになった健太――エルフガインを見て、今がチャンスだと思っている。9時方向、真横から来る。
(捉えた!)
静寂な闇の中に、またしても巨大な剣を上段に構えて突進してくるフランスロボの全体像が鮮明に浮かび上がった。
(健太)健太の眼前にマリアの姿が浮かんだ。フランスロボをまっすぐ指さしている。(もう少し……いまだよ健太!)
その瞬間闇が消失して、拡大知覚された現実世界が怒濤のごとく押し寄せた。
フランスロボが弾かれたように横移動してエルフガインの背後に回り込んだが、健太はそれを予知していた。
「ビィーム!ロォォーダァッ――!」
エルフガインが素早く体を落としてフランスロボが繰り出した剣戟の下をかいくぐった。高速回転するプラズマリングを宿した会心の右フックをフランスロボの鳩尾に叩き込んだ。ダメージを受けていた敵の装甲板はその打撃に耐えきれなかった。
エルフガインの右腕がフランスロボの胴体に深々と突き刺さり、高電圧のプラズマが電子機器を焼き尽くした――
圧縮された金属的な衝突音が響き渡り、ホテルの屋上にいた全員が思わず身をすくめた。
「やった!」廉次が叫んだ。何がどうなったにしろ、決定的な一撃が加えられたのだ……そう思うほかない大音響だった。
久遠は無線機を耳にあてがい、マイクに向かって呼びかけた。「健太――」
ややあって、無線から健太の声が響いた。
『……仕留めた』
久遠は鋭く息を吸って、長々と吐き出した。
「よくやった。みんな無事か?」
『無事だよ。爆撃機はどうなってる?』
「おまえらの対空砲火を何発か食らって逃げたよ。自衛隊機が追撃中だ」
『そっか……』
「機体の状態は?」
『えー、エルフガインは損傷率、43パーセント』
「そりゃちょっとひどいな……どうだ?ちょっくら長距離移動する余力はあるか?」
『ちょっと待って』しばらく間が空き、健太が答えた。『体力的にはみんな問題ない。脚部と右腕の損傷がいちばんひどいけど、実奈ちゃんによれば、10時間で75%まで回復できるってさ。……なに?今回はダブルヘッダーなの?』
「残念ながらその通り。すぐ2回戦目だ」
『中国に……立ち往生してる自衛隊員さんたちを、助けに行くんだな?』
「なんだ、分かってるんじゃねえか」
『おれだってニュースくらい観てたし』
「話が早くて助かるよ!それじゃ、とにかく九州に飛んでくれ。座標は上がってから指定する」
廉次は久遠の背後にさりげなく近づき、会話を盗み聞きしていた。言葉の端々から伝わってくる話のなりゆきに廉次は驚愕した。
(浅倉はまた戦おうとしてんのか!?)
「ちょっ……隊長さん!」廉次は思わず叫んでいた。
久遠は無線機を切って振り返った。
「浅倉をまた戦わせるのかよ!ちょっとひどすぎなんじゃないすかね!?」
「おまえさんは誰だ?健太の知り合いか?」
「そうだよ、クラスメイトだ!」
「そうか……」久遠という名の隊長は疲れたような口調で言った。「それで、あぶねえから待避しろっつってんのに戦闘を見守ってたんか?」
「そ、そうだよ……」
久遠の痩せた顔はいまは数日分の無精ひげが浮き、渋面が張り付いていた。正直怖そうな顔だったが、声は穏やかだった。
「可哀相だって言うのは分かる。だがいまは健太たちにちょっと休めやと言ってやれねえんだ。嫌でも戦って、勝つしかねえんだよ……負けたらあいつにとってもそれっきりになるんでな。まあ、責任者はおれだから、苦情は受けつけるぜ」
山の向こうからまばゆいブルーの光が差し込んで、廉次たちはそちらに顔を巡らせた。三つの光点が三角形を形作り、ゆっくり回転しながら、エルフガインがいたと思われるあたりに降下してゆく。
「〈主審〉のUFOだ……」
「国元!見ろ!マジでユーフォーだ!すげえぞ!」中谷が興奮して叫んだ。中谷だけでなく屋上にいたほぼ全員が口々に驚嘆の声を上げて、「本物の」異星人の乗り物(と称される)物体を眺めた。テレビで何度か放映された、(主審)による勝利認定式が眼前で行われていた。つまり日本が勝利した証だった。
いまエルフガインは、フランスのバイパストリプロトロンコアを……更にはフランスに奪われたイタリアのコアを授けられているはずだ。観戦者たちもそれを知ってか知らずか、軽薄な調子の歓声とともにまばらな拍手が沸きあがった。熱狂には程遠いが、ギャラリーの大半がややひねくれた10代とあっては致し方ない。
「浅倉のダチ……名前は?」
「え?」廉次は久遠に振り返った。「お、おれは国元。国元廉次です」
「国元な。よし、夏休みが終わる前に健太がガッコに帰れるよう、おれらも努力するから……ちょっと待っててくれや。な?」
「ああ……わ、分かりました……」久遠の公僕らしからぬざっくばらんな言いように廉次はすっかり面食らっていて、さきほど詰め寄ったときの勢いはなくなっていた。
浅倉が間違いなく帰れるよう約束してくれ、と迫ってもどうにもならない……隊長が言外に言ったことは分かったが、なんとももどかしくすっきりしない話だ。だが適当な与太話で廉次を丸め込んだり弁解する様子はない。なんとなくだが、悪い人ではない気がした。
「ロボが飛んだぞ!」誰かが叫んだ。
廉次たちが振り返ると、低く轟く得体の知れない音とともにエルフガインが上昇していた。ロケットも噴射していないのに浮き上がっている。摩訶不思議という点ではUFOに匹敵する光景だった。一万トン近い鉄のかたまりがあんなふうに浮き上がるはずはない……のだが、ロボットが軽々と飛び上がるシーンはアニメでさんざん観ているから、妙な既視感があるのだ。
浅倉が行く。
なぜか礼子先生や髙荷や可愛い女の子まで一緒に。
(その説明してもらうんだから無事帰ってこいよな)
セラフィムウイング……高度36000キロメートル上空に浮かぶ軌道要塞〈ライデン1型〉から照射される人工重力エネルギーによってエルフガインは飛翔した。外部の力によって移動しているためエルフガインのシステムはなかば待機モードに移行しており、応急メンテナンスシステムがフル稼働中だった。
健太は誰にともなく言った。
「さっき、おれ超能力みたいなの体験したんだけど、あれなんだったんだ?」
すると実奈の笑い声が聞こえた。「うふふふ、さっきのすごかったねえ。実奈の超感覚をシェアしてあげたんだよ」
「おいおい、簡単に言ってるけどそれってどういう……」
「なんとなく分かってんじゃない?エルフガインの操縦システムで実奈たち全員リンクしてるでしょ?脳神経の一部を共有してるからエルフガインを人間みたいに自在に動かせるわけ」
「その説明は前に聞いたな。おれがどう動かしたいかイメージすると、それをシステムドライヴァーのみんなが制御システムに伝えてくれるんだっけ」
「そうなんだけど、リンクは双方向だから、実奈たちの神経系情報もお兄ちゃんに伝わるわけ……だから真琴お姉ちゃんの合気道なんかが使えるようになったんだよ。操縦経験が増えればシンクロ率はだんだん上がっていくから、そろそろ実奈のESPもお兄ちゃんの頭に投影できるんじゃないかって思ったの」
「それで試してみたってか。おかげで助かった……」
「エヘン!」
「頭が良くなったり英語が喋れたりはできないんかな?」
「それは無理。あくまで感覚的なものだけだから」
「健太くん……」礼子が改まった口調で言い添えた。「カンニングはダメよ」
「そ、そんな先生人聞きの悪い!俺はあくまでテレパシー使えるならいいなって、そんだけの話ですから、あくまでも……」
「テレパシーとかは基本的に難しいの。だって人の脳ってそれぞれがオリジナルのOSで動いてるコンピューターみたいなものだから、共通言語がないわけ。会話しようとしても聞こえるのはノイズみたいなのだけだよ。生まれたときから一緒に育った双子とかなら可能性は高いけどね」
「ぼんやりなに考えてるか伝わっても会話までは無理ってことかあ……残念だな」
それにしても……健太は首をひねった。みーにゃんの説明だとさっき健太が経験したこととちょっと食い違ってるような。みんなしっかり姿まで現して語りかけてきたのだが。
ひょっとして、健太が経験したこととみんなが経験したことは違ってたのか……。
「ちっとも残念じゃないね」マリアが辛辣に言い切った「健太がなに考えてるかいちいち伝わってきたらキモイもん。ね、真琴?」
「え?いや、あの、えっと……」
「LとRの発音くらいはできるようになってるかもよ?」
「健太、バカな話してるときに悪いけどさ、フォーメーションモードを一時的に切ってよ。みんな休まないと」
「休むって、髙荷たち身体は寝たまんまなんだろ?」
「脳味噌にかかってる負担を減らすんだよ。あんたも少し休みな。九州まで一時間……自動操縦に任せてもいいだろ?」
「分かったよ」健太は言われたとおりシステムを停止させた。「あー……髙荷さ」
「なによ?」
「エルフガインをコマンドから強奪したときのパイロット……」
「ああ、うん……御堂先輩。会ったよ」
「あの人に例のこと尋ねたのか?」
「うん」マリアはそれだけ言って口をつぐんだ。健太が待っているとふたたび話し始めた。「詳しいことはまだ教えられないってさ……ちょっとはぐらかされちゃったかな」
素っ気ない口調で、軽い苛立ちがこもっていた。
「それだけ?ずいぶん勿体ぶるなあ」
「そのうち分かるはずだって……あたしたちが勝ち続ければね」
「おれたちが勝ち続ければ……か」
「おにーちゃん!」
「え?なに」
「それより休んどいてよ。次の対戦相手はドイツだよ。手強そうでしょ?」
「ドイツかあ……」確かに強そうだ。「自衛隊のヴァイパーマシンは、そいつに襲われて立ち往生してるんだな」
「健太くん、詳しいはなしはむこうでね……」
「はい、先生」
「健太さん、お休みなさい」
「まこちゃんもな」
健太はメインモニターの隅に表示された時計のデジタル表示にちらりと目をやった。午後10時半。超健全なキャンプ生活では消灯時間だった。あれが終わったと思うと奇妙な感じだ。シートのヘッドレストに頭をもたせかけると、健太は目を瞑った。
中国大陸は真夜中。衛星から大陸を見渡せば、文明の明かりの異様な少なさに気付くだろう。
その寝静まった大陸の片隅で、巨大ロボット同士の戦いが続いていた。
自衛隊側は人口密集地帯を避け、なるべく交戦も避けて日本海に面したところにたどり着こうとしていた。
だが相手は冷酷無比にその動きを読んでいた。
二体に分離したF―ガインはヰ式24型を巧みに追い込み、人口密集地帯に追い込むか交戦を余儀なくさせようとした。
(まったくもってヨーロッパ人らしい、冷徹かつ合理的かつ人道に反したやり口だわ)
江川一尉は思った。やつらは現代戦争初心者の自衛隊相手に、「戦争はこうやってやるんだ」と教育しているつもりなのかもしれない。より砕けた調子で言うなら「ホレホレ、おまえらあまちゃんはまともに戦えるのかな?あーん?」と言っているのだ。
とは言え、江川たちはまだ相手の国籍さえ知らなかった。軍用ネットワークが意図的にシャットアウトされていたためだ。本国は二日前を最後にいっさいの連絡を絶った。理由は不明だがひどく忌まわしいことが起こったのはたしかだ。
おかげで特機小隊内の士気は落ち込むいっぽうだ。
無関係な中国人を犠牲にすることでこのチェスが有利になるのなら……ともすればそんな思考に傾きかける自分自身の危うさを認識するたびに、彼女は深淵を覗き込む境地になった。自衛隊員として叩き込まれたマゾ的共和精神がなんとかブレーキになってはいたが、そのうち頭の中に変な汁が分泌してきそうだった。
本国からあるはずの連絡がいつまで経ってもなく、中国沿岸まで迎えに来るはずの部隊も音沙汰無し。
(放置された!)
言葉では言わずとも、自衛隊特機小隊の誰もが戦慄とともにそう悟っていた。自衛隊という職業に就いたものすべてがつねに心の隅に引っかけていた銃後の心配が、最悪のかたちで現実化したのだ。
60年代安保以来、いつだって政府の信頼感はあやふやだったが、今こうして梯子を外されてみると、その絶望感と恐怖は想像を絶していた。こんなのはいくら給料をもらったって足りない。人間らしい仕事の範疇を越えていた。
それでも小隊間の感情的激発はまだなかった。みんな「向こうはなにかちょっとしたトラブルで連絡できないだけだ」と自分に言い聞かせて、ぎりぎりの表面張力を保っている。耐えがたきを耐えも、こうなると本当にマゾの領域だった。
よせばいいのに、隊長をはじめ全員がヰ式24型と運命を友にしようと決断した。江川とシステムドライヴァーふたりさえいれば済むのに、ほかの6人も台湾陸軍と一緒に撤退するを良しとしなかった。それでかれらはコクピット裏の狭い居住スペースに収まっていた。浦沢一尉は病人なのに同行すると言い張り、ベッドにくくりつけられていた。
(みんなバカだ)それでも同行者がいてくれるから、なんとかがんばろうという気になっている。バカだけどもうちょっとやせ我慢してみる……誰かをぶん殴るのはあとの楽しみに取っておく。特機小隊を大陸に送り込んだ誰かさんの胸ぐらを掴んでしたたかに張り倒してやる。
いつか近い将来そうする、という決意だけが、江川一尉を突き動かし続けた。
北九州。二ヶ月前、対馬に侵攻する直前に立ち寄った港湾を健太たちはふたたび訪れていた。そのコンクリートのだだっ広い場所は前回にもましてエルフガインの基地化していた。三日前に埼玉のエルフガインコマンドからエルフガインを強奪してから、この場所に待機していたのだという。
何台もの特大クレーンが稼働していた。拘束を免れ、久遠に着いて行くことを選んだコマンドの職員に加え、健太の祖父が招集をかけた土木作業員が、機体のコンディションをできるだけ最善の状態にするため作業していた。
健太たちは作業現場から半㎞遠のいたプレハブ待機所にいた。プレハブの隣に置かれた特大のキャンピングカーでひと風呂浴びた健太は、断固とした態度の真琴に引き留められ、肩の治療を施された。
「ちゃんと縫わないとダメですよ!」ガーゼを取った真琴はそう宣言して、驚いたことに、ポーチから小さな治療キットを取り出して銃創を縫合しはじめた。じんじん痺れるような痛みだとは思っていたが、ちらりと見た健太は傷口のひどい有様に見なきゃよかったと後悔した。かすっただけとは言え、銃弾に肉をえぐられたのだ。
「うっわー」実奈も思いきり顔をしかめた。
とは言え、思わぬ役得と言うべきか……女は傷ついた男に優しくしてくれる、というのをどこかの物語で知ってはいたが、それが事実だったと実感することとなった。礼子先生までがかつてないほど真剣に健太を心配してくれ、なにかと世話を焼いてくれた。
手当を終えた健太は実奈が作ってくれたカップ麺(キャンプではついぞ食べられなかった待望の品だ!)をスープまで平らげた。実奈はなぜか健太の好みを知っていて(例のテレパシーなのか?)、尋ねもせずに『辛味噌チーズラーメン特盛りカップ』を用意してくれたのだ。ひどく満ち足りた気分でソファーにもたれかかり、そのままうとうとし始めた。
しばらくしてふとぼんやり眼をさますと、真琴と実奈が健太の肩にそれぞれもたれ掛かって眠っていた。実奈の小さな手が肩の包帯に添えられていて、温かかった。指の付け根にえくぼが浮いていて、健太は実奈がどれほど幼いかあらためて思い知った。
ちゃんと治療してもらうとはっきりと痛みが引いていた。
(わが人生最良の時パート2だ……)
両腕を女の子たちのあいだからそーっと持ち上げ、ソファーの背もたれにおいた。肩を抱き寄せる衝動に駆られたがさすがに我慢した。髪の臭いをくんかくんかするくらいならいいんじゃね?健太がその欲求と戦っていると、「う……ン」実奈がもそもそと身をよじり、健太の胸に顔を寄せた。
(やっぱ無理)
礼子先生が毛布を抱えてやってきた。両手に花の健太を見て表情を和ませ、毛布を掛けてくれた。
「どうも、先生」健太は囁いた。
「モテモテでいいわね、健太くん」
健太はしかつめらしく頷いた。「わが可愛い妹たちよ、という感じです……」
「そーね」礼子は向かいのソファーに座った。「髙荷さんが、電話で久遠隊長とお話ししていたわ。あちらは中国に直接向かったみたいなの……先行部隊と一緒に、偵察しなきゃならないとか」
休む暇もなくか……。専門的なことは健太には分からなかったが、タクティカルオービットリンクの望遠鏡で宇宙から眺めただけでは足りないらしい。
髙荷マリアが戸口に現れ、健太に言った。
「健太。たぶん一時間以内に出撃だよ。合体したままセラフィムウイングで中国にひとっ飛び。超音速で一時間半の距離よ。それまでにはタクティカルオービットリンクと軍用ネットワークも完全復帰してるから、エルフガインの武器も全部使える」
「よっしゃ。それじゃ、30分後にコクピットで待機と行くか」
マリアが頷いた。「そうだね」そう言ってドアを閉めて行ってしまった。
礼子先生が言った。「健太くんと髙荷さん、ずいぶん普通にお喋りできるようになったんじゃない?」
「え?なんすかそれ……」健太はやや戸惑った。「あいつの態度変わってないでしょ?」
「そんなことないと思うけどなぁ」先生は揃えた膝に肘を乗せて頬杖をつき、健太を見て微笑んでいた。「最近髙荷さん、ずいぶん柔らかいと思うよ?」
「そうかなあ……」ほんの少し前にもボケ呼ばわりされたばかりなのだが、いまそんな話するもんかな……しかし女性というのは男とは根本的に頭のギアが違ってる。それはここ数ヵ月間で思い知った実感であった。健太は内心頭を掻きつつも、もしそれが本当なら、悪い話じゃないと思った。
江川一尉は山間の河川ぞいにひらけた狭い平地にヰ式24型を伏せさせた。
センサーは敵が停止したことを告げていた。120㎞以上距離を置いたまま接近をやめている。相手は超長距離レーザービーム攻撃が可能だ。100㎞以上離れた場所から大出力レーザーを照射してくる。江川たちは相手がまた攻撃態勢に入ったのかと警戒して、遮蔽物の陰に身を隠したのだった。
隊長が江川の肩越しにメインモニターを注視していた。偵察のため飛ばしたドローン二機からもたらされたモノクロ映像が映っていた。F―ガインは北の方角に機体を向けている。つまり背を向けていた。
「レーザー攻撃はしてこないのか……」隊長が囁いた。江川と交代でヰ式24型の操縦を続けたおかげでやや消耗して、声も弱々しい。「江川くん、どう思う?」
「すべてのセンサーを駆使しているから機体全体を向けているんじゃありませんか?ようするに……」
「まさか……新しい敵が?」
「探知したのかもしれませんね」
隊長はゆっくり頷いた。「出現した方角から単純に考えるのなら、その新顔は、ロシアだな……」
「隊長、厄介な事態ですけれど、ある意味チャンスでは?F―ガインが新しい敵に気を取られているあいだに距離を稼げるでしょう」
「かもしれんが、向こうもわれわれの存在は承知しているはずだ。まっすぐ接近してくるならな」
「とうぜん知っているでしょうね……二日以上中国じゅうで鬼ごっこしていたんですから」その鬼ごっこは偵察衛星を保持している国家すべてが見ていたのだ。
「それでもわれわれには逃げの一手しかないが……よし、敵が増えるとして、ロシアだと仮定する。ウクライナとチェコを相手に「ゲーム」で勝利しているヴァイパーマシンだ。スペックは不明だが、少なくとも島本博士の設計を剽窃したロボットではない……」
「たしかサイズはエルフガインよりひとまわり大きくて、移動能力は時速150キロ程度……戦車に毛が生えた程度のはずです。われわれなら振り切れます!」
「ならば、まず敵が現れるか待とう。誰であれF―ガインが別の敵と交戦状態になりそうなら、その隙に後退だ」
それほど待つ必要はなかった。
数分後には新しい敵ロボットの巨体が地平線上に出現した。赤外線映像なので真っ黒な空と、少しだけ温度の高い白色の地面の境目に、白熱したシルエットが浮かび上がっていた。
ドローンが接近するにつれてその姿が克明になってゆく。
「こいつはたまげたな……全高100メートルのゴリラだ」隊長が呟いた。
たしかにゴリラそのものだった。ずんぐりした胴体は前傾して、巨大な二本の腕を地面に着いている。後ろ足は短い。
技術的側面から考察するなら、はなから二足歩行実現をあきらめ、次善策に走ったかたちと思われた。この合理精神はまさしくロシア的と言えた。
「威圧感はたいしたものですけど、腕があんなでは攻撃力はたいしたことないかもしれませんよ」
「どうかな……武器を扱うのは難しそうだが、ゴリラは強いんだ」
江川がその言葉にプッと吹き出すと、隊長もニヤリとした。「……まあ、戦闘力うんぬんはこの際どうでもいいだろ、われわれは立ち去るのみだ」
「そうでしたね……あの二体が交戦してくれたら、すぐ」
思わぬ新顔出現のおかげで一縷の希望が芽生えた……江川は高揚を押さえられなかった。
F―ガインに動きが生じた。なにか地面に落ちているものを拾うような感じで姿勢を低くしていた。背中に背負った大きなバックパックがせり上がっている。度重なる交戦のあいだに、江川たちはそのバックパックが大出力レーザー発信器だと分かっていた。やはりF―ガインはロシアのヴァイパーマシンと交戦するつもりのようだ。
願わくば二体のヴァイパーマシンが膠着状態になりますように……江川は内心念じた。あのレーザーでロシアロボが瞬殺されてしまったら、元の木阿弥だ。
だが……事態は江川たちが思いもよらない、最悪の方向に転がった。
Fーガインがレーザー照射体勢に入ったまさにその瞬間、ロシアロボが巨大な前足を持ち上げた。その腕部装甲がパラボラアンテナ状に開いた。
パラボラの表面がチカチカと瞬いた……するとドローンのモニターが一斉にダウンした。
「なんだ!?なにが起こった!?」隊長が叫んだ。
「ドローン全機ダウン!信号途絶しました……」江川はメインモニターをヰ式24型のメインカメラに切り替えた。距離が空いているため、ズームしても敵の姿はぼんやりしたシルエットに過ぎない。
Fーガインはレーザー照射体勢のまま固まっていた。予期していたレーザーのまばゆい明滅光はいつまでたっても生じない。
「様子が変です……」江川はモニター画面を切り替えながら言った。ロシアロボはふたたび動き出していた。Fーガインに向かってまっすぐ……攻撃を警戒する様子もなく接近していた。
「Fーガインはなんで動かない?」
「分かりません……」江川が答えた。「あのパラボラからなにか照射されたとたん、ドローンからの映像が切れましたが」
隊長が切迫した声で言った。「江川一尉、移動するぞ」
「了解!」
カザフスタン、バイコヌール。三機のヴァイパーマシンが対峙する山東省から4500㎞離れたこの土地全体がロシアの宇宙開発前線基地だった。そしてロシアの〈ゲーム〉戦略を統括する司令部もロシア空軍戦略宇宙軍団総司令部の一角に設けられていた。
暗い室内に詰めた30名ほどの軍人が、正面の特大モニターに映し出された中国の日本海沿岸に面した地図を眺め続けていた。差し渡しおよそ300㎞の土地を拡大表示している。地図上に3つの赤い点が灯っていた。そのうちひとつが点滅している。
「ドイツ連邦のパンツァーカンプグロブロボターイクス、沈黙しました」コンソールに着いた女性オペレーターがそう告げると、室内に「オオ……」とどよめきがおこった。
「マラヂェッツ、タワリシチ」緑色の軍服に将軍の肩章をつけた男性がそう言うと、隣の白衣姿が頷いた。「ボルショイスパシーバ、将軍」
「〈シルクカットシステム〉は完璧に動作した」将軍は続けた。「あとはもう一体、ヤポンのアルージイ・ロボが現れれば、われわれの大勝となる」
「将軍、〈マシーニィ・レボリューツィア〉より通信、ポリョロフ少佐が指示を仰いでいます……」
将軍は頷いた。「ドイツのロボは、少なくとも数時間は行動不能だ。ヤポンのロボを追い込め。ただし〈シルクカット〉は土壇場まで使用するなと少佐に伝えるんだ。われわれの最大の得物はヤポンの〈エルフガイン〉である。奴が救援に駆けつける公算は高い……奴を倒せば、われわれロシアは大量のバイパストリプロトロンコアを奪取できるのだ」
「ドイツが2個、ヤポンが8個のコアを保有……これでわがロシアが一気に世界の半数のコアを握れるわけですね」
その言葉に将軍は鼻を鳴らした。「極東のケチな島国ごときが8個も保有しているなど、分不相応も甚だしいというものだ!……だが、そう、皮算用はよそう。そう長く待つこともなかろう――」
「閣下、ウラジオストォクの極東監視レーダーサイトより報告、日本、九州より大型飛行物体が離陸とのことです!:現在哨戒機が追跡中」
「さっそくやってくるか……」
現実主義者であるロシア人……とくに政府機関の中枢に位置する人間にとって苦難の半年だった。かれらはUFOも本気で信じてはいないし、巨大ロボットの戦争などとうてい受け入れがたいことだ。だから〈ゲーム〉が始まった当初、その担当に飛ばされたものは一様に腐っていた。このあたりは日本と同じ状況と言えた。
そして日本の官僚組織と同様に、彼らもようやく〈ゲーム〉のリアリティを実感しはじめたところだった。イスラエルの惨劇は彼らの耳にも届いていた。「主審」と称する異星人とやらは、この戦いを本気で強要している。
ロシア科学技術アカデミアの研究者グループが開発した新技術……バイパストリプロトロンコアと反応炉の相互作用を一時的に遮断して電力供給不能にする装置、〈シルクカット〉によって、ロシアに思いがけない勝機が生まれた。閑職(と考えられていた部署)に島流しされ意気消沈していた将軍にとっても、起死回生の機会であった。部局内の士気は上がり、ウォトカくさい息を吐くものはいなくなった。
どんなかたちにせよ、近い将来、母なる祖国がアメリカ帝国と雌雄を決することになる……そして世界の覇者が決定されるのだ。
煩わしい中国人も沈黙して、残る邪魔者はヤポンだけだ。部下には予断を控えよと言ったものの、将軍自身はほぼ勝利を確信していた。
ヰ式24型が立ち上がると同時にロシアのゴリラロボも旋回して、ヰ式24型に向かってまっすぐ両腕のパラボラを向けた。
ごく微弱な電磁波がヰ式24型の装甲板を舐めた――
その瞬間、コクピット内のシステムがすべてダウンした。電灯も消え、江川一尉はハッと息を呑んだ。
「どうしたっ!?」隊長が暗闇の中で叫んだ。
「分かりません。全システムダウン」
コクピット内の明かりが戻った。予備電力に切り替わったらしい。だが予備電力では巨大なマシンを動かすにはとても足らない。リセットされたモニター画面に「system Initialization」の文字が瞬いていた。カメラシステムだけは生き残っていて、前方の景色が映っていた。
「バイパストリプロトロン反応炉の火が消えています……行動不能です!」
「なんということだ」
「どうします?隊長……」
わずかに間をおいて、隊長は意を決した。「江川一尉、シートを交代する」
「隊長!」
「きみたち全員ただちに降車だ!ヰ式から待避後、なるべく距離を取り、本部と接触するように」
「隊長……それは」
「これは命令だ江川一尉!」
「ヰ式を放棄するのですか!?再起動を試みたほうが……」
「反応炉を再起動させるには大電力が必要だ。よって復旧の見込みはない。分かっているだろう?早く!このマシンから降りるだけでも大変なんだ」
「隊長は……残るおつもりなんですか……?」
「自爆スイッチはひとりでじゅうぶんだからな」
「自爆なんて意味ないですよ!反応炉を破壊したってコアの欠片が破壊されるか分からないんですよ!?」
「議論している暇はないんだ!急げよ!」
そのとき……この二日間ずっと沈黙していた無線機が、息を吹き返した。ザーという短いノイズののち、スピーカーから日本語が流れ出すと、隊長も江川一尉もひるんだかのように身をすくめた。
『こちらエルフガインコマンド、久遠一尉です、特機小隊、応答願います……こちら――』
江川一尉は応答スイッチに飛びついた。「こちら自衛隊特機小隊!江川一尉です!」
ややあって無線のひずんだ音でも分かる安堵の声が答えた。
『江川くんですか?小隊は無事ですか?』
「全員健在です!しかしこちらは、こちらは今……」
隊長が江川一尉の肩に手を置いて後を引き継いだ。
「久遠一尉、今は挨拶している暇はない。こちらは行動不能だ。ヰ式24型はロシア製ヴァイパーマシンの電磁波攻撃により動力を失った。小隊はマシンを放棄する。2国の敵性ロボットが100㎞以内に迫っているが、一機はわれわれと同様行動不能に陥っているようだ。そちらはどこにいるのだ?」
『われわれは大陸上陸後300㎞あまり進んでいます。おそらく150㎞圏内に近づいているはず』
隊長が息を呑んだ。「……大陸に侵入しているのか!?まさか、エルフガインも……?」
『現在そちらの位置を割り出し中で、間もなく急行します』
「いかん!ロシアのヴァイパーマシンはバイパストリプロトロン反応炉を遮断する新技術を投入しているんだ!エルフガインも行動不能にされてしまう!」
だが警告は遅すぎた。
ヰ式24型の装甲を通してさえ聞こえるほどの咆吼がコクピットを揺るがし、ジャンプロケットの噴煙をもうもうと吐き出して、全高80メートルの巨体がヰ式24型と敵ロボットのあいだに立ちふさがった。
次回、第二部完!




