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終末ロボ エルフガイン  作者: さからいようし
ゲーム 第2ラウンド
11/37

第11話 『夏休み直前!肝試しでなぜかダンジョン探索』

なんというかいわゆる「水着回」?

 「え―――――っ!?」


 健太のささやかな秘密が暴かれたとたん、髙荷マリアと私立防衛大学出向組以外の、クラス全員が叫んだ。


 「エルフガインの、パイロット……?」

 廉次はやや傷ついた表情で健太を凝視している。

 「まあ、そうなんだ、じつは」

 マリーアが遅まきながら言った。

 「ひょっとして、秘密だった……?わたしったらまずいこと言っちゃったかしら……」

 健太は悲哀の籠もった笑みをイタリア娘に向けた。

 「べつに秘密じゃないんだけどさ……セキュリティー上の都合とかなんとかで……」

 クラス全員が勝手気ままにお喋りを始め、礼子先生がその喧噪に負けじと叫んだ。

 「みんな!静かにしなさい!座って!」

 だが礼子先生のその一声で、察しの良い生徒は悟った。

 先生は知っていたんだ!

 ということは、浅倉健太は本当に……。


 ようやく静かになったときには1時限目が始まっていた。

 妙に改まった沈黙が教室を支配していた。健太は努めて無視した。とにかく、背後に座っている髙荷マリアのほうは見ないようにしていた。

 期末試験も終わり、あさってから夏休みともなれば授業らしい授業は行われない。長ったらしい半日がだらだらと過ぎ、休み時間を迎えるたびに大騒ぎが再開する始末だ。だれも彼もが話しかけてきてろくにトイレにも行けない。クラスのほぼ全員が健太とマリーアを囲んで質問攻めになった。

 「てめ―!嘘つきやがってひでェ奴!」

 「う、嘘なんかついてないだろ!言わなかっただけだ!だれも尋ねなかったから……」

 「てゆうかぁ、ホントにホントなわけぇ?浅倉があのロボットを動かしてたなんて、ちょっと信じらんないよ?」

 「俺自身だって信じられないけどよ!でも5月からずっと乗ってたんだよ!」

 「えっ?でもテレビで別の人が紹介されてなかった?あれ嘘?」

 「まるっきり嘘じゃないけど、ちょっと事情が複雑で……」

 さいわいと言うべきか、廉次が適切な疑問を次々と遠慮なく投げつけてくれたおかげで弁解の機会を与えられたかたちになり、健太は変な孤立感を味あわずに済んでいた。廉次はさほど腹を立てているようにも見えなかったが、健太が思っていたような理由によるものではなかった……それはあとで知った。


 午前中で学校は終わったものの、それで解放されたわけではなかった。学食でいつもの調理パンをゲットしたとたんにまたもや廉次に捕まり、そのまま漫研の活動場所に連れて行かれた。もうちょい話を聞かせやがれ、ということだ。その程度は付き合う義理がある気がした。マリアはさっさと帰宅していて、結局健太の「秘密漏洩」をどう思っているのかうかがい知ることはできなかった。二階堂亮三一味もどこかに消えている。



 武蔵野ロッジに帰宅して久遠一尉に今朝の話を報告した。エルフガインコマンドはその話をすでに把握していた。

 「おう、マリアと真琴ちゃんの兄貴から報告があったからな、知ってるよ」

 「ひょっとしてさあ、マリーア・ストラディバリがうちのクラスに転校するのも知ってたんじゃねえの?」

 受話器の向こうから人の悪い含み笑いが聞こえた。

 「たまげたか?」

 「ぶったまげたよ!」

 「わりいな、だが大勢に知らせたって良いことないし」

 「はいはい!」

 「まあ良い機会だよ。どうせじきにバレることだったんだ。早いほうが良い」

 「めんどくさいことにならなきゃね……」

 「それもさっさと済ましたほうが良いのさ。しばらく煩わしい目に遭うかもしれんけど、マスコミはすぐに飽きる。世間様の興味もな。それまではちょっと我慢だな」

 「我慢するよ。どうせバレたのおれだけだし」

 「そう腐るな。マリーア嬢の転校な、彼女のたっての希望なんだぜ。おまえがいる学校に行きたいってよ」

 「へ・へえ……そうなの」まんまと釣られた、と思いながらも改まった口調で尋ねてしまった。久遠一尉はやや勝ち誇った口調で続けた。

 「そうともよ。イタリアが混迷してるからしばらく帰ってくるなって親父さんから言われたんだそうな。そんで、日本政府が彼女をもてあましたあげく見せ物小屋のパンダみたいになる前に、天城さんが保護した恰好なんだが……少なくとも夏のあいだは厄介になるらしいよ。おあつらえ向きにここには立派な宿泊施設も揃ってるし、ちょうど良かろう」

 「立派なって……まさか!?」


 そのまさかであった。ベランダに出てみると、正面玄関のほうが慌ただしかった。配送トラックが二台、庭の車回しに停まっていて、配達の兄ちゃんたちが家具を運んでいる。

 健太が眺めているうちに隣部屋の実奈ちゃんもベランダに出てきた。

 「みーにゃん」

 「ハイ、お兄ちゃん、まただれかお引っ越しなのかな?」

 「ああ、聞いてないのか。先日戦ったイタリアロボットのパイロット、マリーアさんが今日からここに住み込みらしいよ」

 「あらまあ!あの金髪のお姉ちゃん?下に来てるかな?見に行ってみようよ」

 「そうだな、挨拶しないと」


 玄関フロアに降りてみると、思ったより賑やかなことになっていた。まこちゃんとその兄、杉林信とワン・シャオミー、そして天城塔子女史がマリーア・ストラディバリ嬢を囲んでいた。なぜか、髙荷マリアまでが加わっていた。

 「ハロー、健太!」

 マリーアがパッと笑顔を浮かべて、階段を下りてくる健太に手を振った。

 「えー、いらっしゃい」きのうの敵と交わす挨拶としては奇妙な言葉だ。髙荷マリアが憮然とした表情で健太を見上げているため、朗らかに客をもてなす態度も取りづらい。

 天城女史が茶色のA4サイズ封筒をマリーアに渡した。

 「この中に必要書類は入ってるから目を通しておいて、特別逗留許可証のプラスチックカードはなくさないように……パスポートと一緒にして、できるだけいつも持ち歩くようにして。それから、とりあえず使い捨て携帯を明日までに届けさせるわ」

 「はい、天城さん、いろいろとありがとう」

 天城女史はマリーアと握手すると、健太に視線を移してこっちに来てというように首を倒した。健太はふたりで一団の輪から離れた。塔子が健太に身を寄せ、やや声を潜めて話し始めた。

 「あんたの正体ばれちゃったんですってねえ」

 「まあその、学校でばらされただけですけど……」

 「ざーんねん、もう誰かかツイッターで拡散し始めてるみたいよ……ご丁寧に画像付きでね」

 「マジッスか……?」

 「こんな時の世間……というかネット民の反応は五分五分ってところだわ。とかくソースがどうとか、裏付けのない話はすぐに信用されない。わたしたちはさりげなくネットの書き込みに介入して「あなたがエルフガインのパイロットという話はガセだ」と信じ込ませようとしている。うまく「半信半疑」くらいに着地させようとしているの」

 健太は首を傾げた。

 「よく分からないんすけど、噂の段階で火消ししたほうがいいんじゃないの……?」

 「躍起になって否定するとかえって信憑性を抱かせてしまうし、どうせ事実なんですもの。あやふやな状態を維持して陳腐化させたほうが、波風立たないのよ。いつの間にか既成事実化して、人々の関心が薄れるぐらいが理想なの」

 「分かったような意味不明なような……」

 塔子は苦笑した。

 「じつはわたしもよ。心理作戦化の秀才が言ってることって黒魔術みたいなものだから。いつもうまくいくとは限らないし」塔子はそう言いながら健太の肩に手を置いた。

 「とにかく、マリーアさんを見ていてあげて。それから、できるだけテレビ局に捕まらないように気をつけて……でも、どうしてもというときはつまらない嘘をつかないで事実を言うこと。それで誰かが困ることはないから」

 「了解しました」

 「それじゃあね、マリーアさんと髙荷さんまで一緒で、楽しい夏休みを過ごしてね」

 「ちょっと待ったぁ!」

 「え?なに」

 「髙荷も一緒ってどういう……」

 「ああ、彼女の実家がね、群馬に疎開することに決めて、しかたないので髙荷さんも武蔵野ロッジに移ることになったの」

 「マァジですか」

 塔子は不思議そうに首を傾げた。「そうよ。なにか問題?」

 「ああと、いや、ノープロブレム……」

 「そう、それじゃいいわね」


 塔子と話しているあいだにほかの皆、とくに女性陣は楽しそうに盛り上がっていた。

 「あ、お兄ちゃん話し終わった?」

 「うん、どうした?」

 「みんなで話してたんだ。外のプール、放置されてるでしょ?掃除して使えるようにしよって」

 「それであんたの登場だ」マリアが付け加えた。

 「おれ?」健太は自分を指さした。

 「そう、あんたが掃除係」

 「えー?……」健太は素早く首を巡らせて亮三と杉林を捜したが、やや離れたところでなにやら真剣に話し合っている。くそっ!逃げやがった!

 「健太さん、わたしたちも手伝いますから……」心優しきまこちゃんがフォローしてくれたが、健太が掃除することは決定事項のようだ。

 健太は溜息とともに頷いた。「やるよ」

 マリーアが付け加えた。

 「健太、プールが綺麗になったらわたしたちみんなプールサイドで日光浴よ。もちろん水着で。あなたもご一緒に」

 「えっ……?」その宣言に髙荷マリアとまこちゃんがそれぞれ違う理由で顔色を変えた。

 健太は背筋を伸ばした。

 「さっそく取りかかるよ」

 


 おかげで午後はプール掃除に費やされた。なんだかんだ言っても真琴や実奈も(楽しげにはしゃぎながらだが)一緒にプールの底をブラシで磨いてくれた。マリアとマリーアは部屋を整えなければならないので不在だったが、礼子先生がときどきやって来て飲み物を用意してくれたり、さらったゴミを収集所に運んだ。

 水を張って塩素を放り込み、準備は整った。差し渡し10メートル、水深1.5メートルしかない半円形だからせいぜい浮き輪にぷかぷか浮いて水遊びが可能な程度だが、プールサイドも磨いてパラソルやらビーチチェアやらを並べると、庭が明るく生き返ったように見えた。

 鮮やかなブルーに煌めく透明な水面を見下ろしながら、マリーアは満足げ言った。

 「それでは、明日の午後」小悪魔的な含み笑いを浮かべていた。

 健太は期待に胸を膨らませた。


エルフガインコマンドの地下ラウンジ。クリームホワイトで統一された広大な施設は天井も高く、壁は窓を模した大きなガラスで、リゾート地や明るい感じの政府公報が映っている。どことなく大型ショッピングモールのフードコートを思わせるが、300人が一度に食事できるにもかかわらず、テーブルは観葉植物を載せた衝立で区切られゆとりのある配置だ。

 「話が突然だったから歓迎会の用意もできなくて……ごめんなさいね」

 礼子先生がマリーア嬢に言っていた。

 「いいえお構いなく。わたしもお客さんの立場ではありませんもの」

 「マリーアお姉ちゃん、ほんと日本語上手~!」

 「ありがとうみーにゃん」マリーアは笑みを浮かべてテーブルを見回した。テーブルの端に健太と向かい合って座っている真琴に軽く会釈した。

 「エルフガインのパイロットのみなさんがこんな面子だったなんて、意外だわ」

 真琴はやや距離を置いた態度だ。彼女はエルフガイン搭乗者の中でいちばん軍人に近いメンタルだから、つい最近まで敵だった相手と馴れあうのが難しいのだろう。それにちょっとシャイなのでマリーアのラテン系のノリには押され気味だ。

 そんな真琴をはじめとして、ほかのメンバーはそれぞれまちまちな態度でマリーアと接していた。すでに友達同然にお喋りしているのは礼子と実奈、それにワン・シャオミーだ。髙荷マリアはやはり一歩引いた態度だが、真琴がとくに敵愾心を抱いているわけではないのに対して、こちらは明確に胡散臭げな表情を浮かべていた。

 それというのも……健太は溜息をついた。昼間の教室で誰かが面白がって「マリア!」と大声で呼びかけ、髙荷とマリーアが同時に「なに?」と振り返ったからだ。

 結果は大爆笑である。

そのとき、名前を同じくするふたりのあいだに一瞬だけ火花が散るのを、健太は見逃さなかった。

 (マジこええ~)

 とはいえそんな思いがけない東西美少女対決を、健太もどこか他人事で楽しんでいたのはたしかであった。

みんなお喋りに花を咲かせながら、テーブルの表面に浮かぶマルチ画面のメニューをのんびりスクロールさせて夕食を選んでいる。

 (あと5分は決まりそうにないな)

 健太は女の会話に入り込む気にならず、メニューはすでに決めていたので、ドリンクバーにひとっ飛びして人数分のお冷やを配ったりしていた。メニューを選ぶとテーブル中央にセットされたポケットブザーに入力され、料理ができあがるとブザーが鳴って、セルフ方式で自分のメニューを取りに行くわけだ。サラダとスープ、おかわり用のライスはビュッフェ形式でドリンクバーのとなりに用意されている。

 メニューは世相を反映しており、ビーフはほとんど無い。鶏肉と魚料理が主で、最近うどんとパスタが加わった。カナダとの国交が回復して小麦はようやく値段が下がり始めたのだ。その代わり日本でただ一品目大量に備蓄されている米関係は充実していた。ピラフにチャーハン、ビーフンに多彩なおにぎりが揃っていた。10年前を覚えている世代にとってはやや物足りないらしいが、食料制限はいまのところ回避できていた……そうした事態に陥りつつある先進国も少なからずあるらしいのだが。

 「あーあ残念、イタリアに勝てたらチーズが増えたのに~」実奈が遠慮ない意見を述べた。

 マリーアは笑った。「チーズが不足しているの?」

 「乳製品はじゅうぶんとは言えないわね。マリーアさんには日本滞在中ちょっと不満かもしれないわ」

 マリーアは首を横に振った。「わたし日本のお料理を堪能するつもり!ラーメンとかナットーとかサシミとかぜんぶ試してみるつもりよ。それから……」メニューをスクロールさせた。やがて目当ての料理を見つけるとゆび指して叫んだ。

 「これこれ!「ナポリタン」!これを食べてみなくては」

 健太が尋ねた。「それ、イタリア人がかならず「NO!」ていうんじゃなかったっけ?日本人はどうかしてるってさ……」

 「そうよ!トマトが不足しているわけじゃないでしょうに、なんでパスタをケチャップまみれにするのか不可解だわ」

 「それが考案されたころ日本にトマトソースは流行ってなかったと思う。トマトケチャップで味付けしたって変わりなかろうと思われてたんだ……たぶん」

 「ふうん……まあケチをつける前に食べてみないとね」楽しげにこたえた。

「日本のピザも試してみなよ」マリアが言った。

 「そうね是非!あのとんでもないトッピングが本当なのか、ネットで眺めるたびに思ってたのよ。ね、本当にピザにマヨネーズかけて食べるの?」

 「そうだよ!おいしいんだから!それに照り焼きチキンとかカレーソースとか……」

 「うっわー、楽しみ!」おっかなびっくりな表情を浮かべるマリーアにみんな笑った。


 時間をかけた夕食が終わろうかというころ、久遠一尉がふらりと立ち寄って皆に挨拶した。

 「よお、みんな一緒なんだ。若槻先生も、こんばんわ。ストラディバリさんはなにか不自由あるかい?」

 「ありがとう、すてきな宿泊先まで用意してくださって感謝しています。なにも不自由してません」

 「そうか、良かった」久遠は頷いた。「明日の夕方に島本博士が会いたいと言っているが、都合はいいかね?」

 「分かりました。お伺いします。……それと、MIAの件ですが……」

 「ああ、捜索はしているんだが、いまのところ発見できていないんだ」久遠は頭を搔いた。「ここはだだっ広い施設だし、まだ多少片付けが残っていてね……」

 マリーアは顔を曇らせた。「わたしたちが攻め込んだせいですよね……」

 「まあね。戦争だから多少は……さいわい死者は出ていないが」

 「撃たれたかたはいるでしょう?」

 「きみが気に病むことではない。おれたちはみんな兵隊だ。おたがい上の言いつけに従ったまでで、危険はある程度承知のうえだ。きみは行方知れずのアラン・フェルミ二等兵の心配をしてくれ」

 「はい……」マリーアは深々とお辞儀した。

 久遠が手を振って歩き去ると、健太が尋ねた。

 「なあ、MIAってどういうことなんだ?」

 「先日の戦いで……わたしたちの特殊部隊がここに潜入しようとしたの、知ってるでしょう?わたしが敗北してみんな降伏したけど、ひとり行方知れずなの。地下深く潜っているあいだに隊からはぐれたらしくて、つまり戦闘中行方不明(ミツシングインアクシヨン)認定なのよ……」

 「それで捜索してもらいたいわけか」

 礼子が尋ねた。

 「知り合いなの?」

 マリーアは頷いた。

 「同じプロジェクトで知り合って……彼はもともとミラノ工科大学の研究者で、バイパストリプロトロン研究に詳しかったから部隊に引き抜かれただけなんです。軍事教練なんてほんのちょっとしか受けてないんです。それがこんなことになってしまって……」

 「それじゃさ、実奈たちで捜そうよ」

 思いがけない言葉に全員が実奈に注目した。

 「みーにゃん、なに言ってんだ……」

 「捜せそう?」真琴が訊いた。

 「捜せるかも。ねえマリーアお姉ちゃん、写真かなにかある?」

 「え?そ、そうね……」マリーアはポケットを探って真っ赤なスマホを取り出した。指先でタップして画像を呼び出した。「これでもいい?」

 実奈は体を乗り出してスマホを受け取り、しばらく見つめた。

 「ふんふん……」

 マリーアはその様子を見て健太に問いかけるように首を傾げた。

 「みーにゃんは、なんと言ったらいいか……エスパーなんだ」ほかに説明しようがなくてそれだけ言った。

 「えすぱあ?」

 「つまりなんだ、超能力?」

 「なるほど」マリーアは目を丸くして実奈を見つめた。「へえー……」

 「アラン・フェルミくん」実奈がスマホを手にしたまま目を瞑り、呪文を唱えるかのように名前を言った。やがて――

 「下のほう」と、言った。

 「下」健太が繰り返した。

 「うん、下。ちょっと遠いかも……」

 「かれ、いるの?無事で……」マリーアが尋ねた。実奈がスマホを返しながら自信なさげに頷いた。「確かじゃないんだよね……残留思念みたいなものを感じただけかもしれないし……」

 「ということはつまり……」健太は顔をしかめた。のこのこ探しに出かけてご遺体と対面する可能性もあるわけだ。実奈ちゃんや礼子先生は引き留めたいところだが、なにか良い方法を思いつく間もなく実奈が立ち上がった。

 「それじゃ、さっそく出発!」

 「いまから?」礼子が腕時計を見ながら言った。「いま八時だけど……」

 「ちょっとお散歩!エルフガインコマンドの案内をかねて」

 「しかたない、行くか」健太もしぶしぶながら同意した。

 「ねえちょっと待って、みんなで行かなきゃダメなの?」マリアが念を押した。

 「希望者だけで……」健太は言いかけたが実奈に遮られた。

 「そうだよ!さあみんな立って!さっさと行く」実奈に急かされて全員が立ち上がった。いったん頭に浮かんだ物事はただちに証明しなければ気が済まない、という性分なのだろう。いちばん年下がやる気満々なので、礼子先生も付き添わねばならないと決断してしまったようだ。浮かない顔で立ち上がった。


 ラウンジ中央の広い下り階段を下りると、すぐにエルフガインコマンドの超巨大な地下作業スペースに出る。幅500メートル、奥行き200メートル、高さ150メートルという途方もない地下空間を一望に見渡せる展望台のような場所で、職員はそこからエレベーターやタラップでそれぞれの作業場に向かうわけだ。

 「すっごーい!」マリーアは転落防止柵から身を乗り出すように眺めまわしていた。「あーあ、こんな秘密基地を持ってる相手に敵うわけなかったのよね……あら!わたしの愛機がエルフガインのとなりに並べてあるじゃない!」

 「ああ」

 戦闘終了後、大破したギガンテソルダートはここに運び込まれたのだ。運搬作業の大半はエルフガインが行った。ロボットの足元にはやはり大きなブルーシートが敷かれ、武器や破壊された際に散らばった部品が回収され、並べられている。

 巨大ロボが二体並ぶとさらに壮観であった。

 「ギガンテソルダートを修復するのかしら?」

 「久遠一尉によると、自衛隊の偉い人からの要請で修理するらしいよ。島本博士は大反対したそうなんだけど、結局押し切られたそうな」

 「ふうん……」マリーアはなにか考え込むように頷いた。「わたしも修理はムダな気がするな」

 「どうして?二体になれば戦力倍増になると判断されたんだろ……それは理にかなってると思うけど」

 「ものすごい金食い虫なんだと聞いてるの。あれを製造しただけでイタリアの財政はガタガタになったはずだわ。運用コストも洒落にならない……」

 「なるほど、コストか……」そういえば、久遠一尉が一度の出撃とメンテナンスだけで軽く150億円がふっ飛ぶと言っていた。しかもその額には職員3000人ぶんの人件費は含まれていない。

 まあその一度の出撃で戦争の勝敗が決定されるなら、考えようによっては格安だ、とも言っていたが。

 「それにパイロットはどうするの?だれでも操縦できるってものではないのよ。知ってるでしょけど」

 「そっか」

 マリーアは突然ニヤリと笑みを浮かべた。「……でも、あのフランス野郎と戦わせてくれるなら、わたしが乗ってあげてもいいわね」

 「汚い手で裏切られた仕返しってことか?」

 「そうよ、とうぜん」

 それはともかく。

 健太は壁際に並んだロッカーに吊された作業用の上着を取り出した。

 「ほら、これ」

 礼子が難燃性のナイロンジャケットを裏返しながら尋ねた。

 「厚いのね。着なくてはダメ?」もうすぐ8月なのでもっともな疑問だ。

 「そういう決まりなんですよ。下のほうは空調ばっちりで寒いしね」健太は黄色いヘルメットも取り出して渡した。

みんなが用意を調えたので、鉄板の床と金網の囲いだけのエレベーターに乗り込んで下に向かった。

 ゆっくり降下するあいだに礼子が尋ねた。

 「ねえ、マリーアさん。無線で話しているのを少し聞いてしまったのだけれど、あなたとあのフランスロボットのパイロットはお知り合いなのかしら?」

 「やだ、知り合いなんて!」マリーアは手をひらひらさせて否定した。「あいつとは一度顔合わせしただけですわ。あの……ルイ・ジェロ―ルという男は変質者なんです。なにか殺人罪で服役していたところを、パイロットの資質を見込まれて徴兵されたんです」

 「えー?ヘンタイッぽいの……?」実奈が気味悪そうに尋ねた。マリーアは何度も頷いた。

 「凄いハンサムでね……まだ二十歳そこそこかしら。両親を含む6人を殺して服役していた。異常性癖の持ち主。それなのに特別恩赦で自由の身になったのよ!ひどい話だわ」

 「気味悪い奴だな」マリアも感想を述べた。

 礼子が不安げな顔で言った。「そんなふうに相手を知りながら戦うのってどうなのかしら……」

 「良い面も悪い面もあります……フランスのその人は、かなり手強いと思いますよ。なるべくいろいろと知っておいたほうが役に立つかも」真琴がじつにらしいことを言った。

 エレベーターがガシャンと音を立てて停まり、地下作業スペース最下レベルに到着した。強化コンクリート製の地面はつねに湿っている。静電気防止のためだろう。気温17℃。

 「もっと下よ」実奈が地面を指さして言った。

 「これ以上下れるの?」

 「おれ、階段を見たことあるよ……こっちだ」健太は北側の壁のほうを指さした。

 一同は健太を先頭に歩き始めた。



 エルフガインコマンド発令所の2レベル階下にある島本博士の執務室。机の背後は一面ガラス張りで、作業スペース全体を見渡せた。青い制服を着た痩せた男がその窓際に立ち外の景色を眺めていた。さつきがドアを開けて部屋に足を踏み入れると、男が振り向いた。 「辻井さん、お待たせしました」

 「島本博士。ご無沙汰しています」

 辻井は陸上自衛隊陸将補。身長180センチ、まだ50歳そこそこだが、みじかく刈り込んだ頭髪は長年の心労のためかすっかり灰色だ。

 「お座りになって……コーヒーかお茶は?」

 辻井陸将補は首を振った。テーブルを挟んで座ると言った。「済まないがさっそく用件に入らせてもらうよ」

 「お忙しいのね」さつきはソファーに身を預けて足を組んだ。「イタリアのロボット修復の件、ざっと見積もりは算出しておきました」白衣のポケットからフラッシュメモリーを取り出し、テーブルに置いた。

 「すまんね」フラッシュメモリーを拾い上げて胸ポケットにしまいながら言った。「きみが光学ステルスを備えた新しい敵への対応で手一杯なのは承知だが、わたしも上から急かされている身だ。今日中に報告できるなら助かるよ」

 さつきはなんでもない、というように手を振った。「もうすっかり決定事項ですの?わたしの意見は取りあってもらえなかったようですね」

 「うむ、きみの考えが筋が通ってるのは認めるが……われわれ制服組の一部と政府の一部がね、手前の玩具を欲しがっているんだよ。もう抑えは効かない」

 「お金のムダよ」

 辻井は頷いた。

 「しかもパイロットはそちらで都合すると張り切っている」

 「何度か自衛官をヴァイパーに乗せたろう?それでお偉方はロボットのメインパイロットだってなんとかなると思い込んでしまったのだ。いちばん優秀だった御堂さくらくんを失ったばかりなのだがな……」

 「ねえ、手に負えなくなったらわたしだって協力するけれど……?」

 「残念ながらきみに助力を仰ぐつもりはないようだよ。大学のロボット専門家を大勢集めて対処しようとしている……かつてきみと浅倉博士の足元にも及ばなかった人ばかりだが、さいわい丁寧な設計仕様書がある。イタリア人ができたんだからなんとかなるはずだ……」

 「餓鬼じゃあるまいし」

 「きみや浅倉くんの影響を受けてない手駒がほしいのさ」辻井は口調を改めて続けた。「明日、政府と自衛隊の合同観察団がここに派遣される……」

 さつきは露骨に顔をしかめた。

 「かれらはギガンテソルダート、あるいはバ……」咳払いした。「――バベルガインの作業が完了するまで居座るそうだ。早いところ作業を済ませて引き渡したほうがいいようだな」

 「そうします……」さつきはいまいちど溜息をついた。ふたりは立ち上がった。

 「バベルガインを再起動させるには反応炉を入れ替えなければならない。イタリア人が律儀にまるコピしてくれたおかげで、部品の六割はエルフガインの流用でなんとかなるけれど、一部パーツ、とくに破損の著しい外部装甲はどうにもならない。それはそちらでなんとかするつもり?」

 「なんとかする。みんな、極秘兵器の設計図が丸ごと盗まれ海外に流出したということをうやむやにしたくて必死だ。なんとしてもイタリアのロボを再利用して自己正当化したいのだ」やれやれというふうに首を振った。

 「ひどい話だわ」

 「ついでにかれらはなるべく外見を変えたいそうだ……」人の悪い笑みを浮かべて続けた。「それに呼称も」


 辻井陸将補を送り出したさつきは執務机にどかっと座り込んだ。

 「くそっ……」みじかく独りごちた。指先で机をコツコツと叩いた。

 エルフガインコマンドの排斥――「制服組の一部と政府の一部」が画策していることはそれだ。かれらは戦争のイニシアチブがさつきたちに握られていると思い込んでいる。

 (馬鹿な連中だ……このままエルフガインが勝ち続けたらわたしが政治的影響力を持ちすぎるとでも思っているのだ)

 さつきはそんなものに興味はない。「ゲーム」をさっさと終わらせて平穏な学究生活に戻ることだけが願いなのだ。久遠くんはそれを理解していたから、アピールはそれでじゅうぶんと思っていたのだが……お偉いさんたちには理解できなかったらしい。

 予算や人員を二体のロボに分ける余裕は、ない。かれらは自分たちの首を絞めるようなことをしているのだ。ちゃんと数をかぞえられる連中は辻井陸将補のようにさつきに同情的だが、上からの方針ともなればかれらも従うしかない。

 (問題は、そうした誤った政府方針を誘導しているのがだれか、ということだわ)

 優柔不断な首脳部が無邪気に選択肢を増やそうとしているならまだ救いがある。しかし、それがアンチバイストリプロトロンカンパニー……ABCの仕業だとしたら……

 (いや、間違いなくそうだ!)

 さつきは立ち上がった。

 政治の風向き次第では、エルフガインコマンドのお取り潰しを強行しようという動きになりかねなかった。

 対策を施さねばならない。



 地下に通ずる階段をようやく見つけた健太一行は、金属製のラッタルを三階ぶんも降っていた。階段を降りきるとコンクリート打ちっ放しの湿った地下通路に出た。剥き出しの金属枠に囲われた電灯が天井に等間隔に並んでいるだけで、薄暗い。どこからか機械的な唸りが響いてくる。

 「メンテナンス用の通路みたいだ」

 30メートルほど奥に進むと鉄のドアに突き当たった。「行き止まり?」礼子先生が期待を込めて尋ねた……が、ノブをひねるとあっさりドアが開いた。

 またしても階段。

 しかしこんどはみじかい。いくらかひらけた場所だが、床の大半は得体の知れない機械類やパイプで埋まっていた。階段を下りるとそうした機械類のわずかな隙間に渡されたキャットウォークが続いていた。ジグザグな通路を進んでゆくうちに方向感覚が狂い始めた。とにかく、かすかに見える反対側の壁を目指して歩き続けた。

 金網の通路を踏むカタカタという足音がうつろに響いた。

 「肝試しみたい」実奈が楽しげに言った。

 「冗談やめてよ!」マリアが抗議した。

 「どちらかというとダンジョンね」礼子が辺りを見回しながら呟いた。

 「先生、RPGとか遊ぶの?」

 「まあ、昔はけっこうゲームしたなあ……就職するちょっと前からすっかりやらなくなっちゃったけれど」

 「剣とか魔法の杖がいりますね」真琴が少し楽しそうな口調で言った。

 「ホグワーツかよ」マリアはそれも気に入らないようだ。

 「どっちかっつうと魔法の杖よか……スマートガンとM―41パルスライフルかな」健太が言った。「『エイリアン2』でこんなシーンなかった?」

 「やだ、怖い……」マリーアが健太の腕にすがりながら言った。

 その結果、改まった沈黙が訪れ、健太は背中に微妙な視線が突き刺さるのを感じた。

 「ちょっ、ストラディバリ……さん?」さりげなく身を引こうとすると、さらにすり寄ってくる。

 クールな二枚目なら……容姿はともかく健太が理想とする男性像に従うなら、「よせよ」と面倒くさそうにひとこと言ってマリーアを振り払っていたことであろう。が、哀しいかな、なかなかその手の男っぷりを発揮する勇気はない。

 「うふふっ!実奈も!」反対側の肩に実奈がすがりついてきた。完全に面白がっていた。

 「お、おい、ちょっとよよよよせ、せまいんだからさ……」今度ばかりは後ろを振り返った。礼子先生が眉をひそめ憮然とした表情を浮かべて健太を凝視していた。まこちゃんは苦笑していた。マリアは「あほくさ」と言わんばかりにそっぽを向いている。

 ドアを抜けて、だんだん狭くなる通路を抜け、ラッタルを何度か上下すると、ついに岩石剥き出しの通路に行き当たった。

 「通路というか……」健太が言うと、真琴があとを続けた。

 「廃坑、みたいです」

 もはや人の手で掘られたとは思えないギザギザの壁は、鍾乳洞といったほうがいいだろう。朽ちかけた木材の梁になんとか床を照らすだけの電灯がぶら下がっていた。床と言ってもごつごつした岩の上に渡された粗末な木板に過ぎない。

 さすがに健太も尋ねた。「実奈ちゃん、まだ行くのか?」

 「行くしかないよ」

 「いちおう電気が来てるんだから、ここもコマンドの一部なんだろうけど……」

 とはいえすでにエルフガインコマンドの施設は背後に遠ざかり、頭上にはなにもないはずだった。それとも健太が知らない秘密施設がまだあるのか……。方向感覚的には毛呂方面に向かっているようだが。

 「ちょっと傾斜してるから滑らないように……」

 「健太さん!」真琴が声を潜めて呼びかけてきた。「これ、見てください」

 床と岩の隙間に挟まった酸素ボンベみたいなものを指さしていた。

 「なんだ?消火器かな?」

 「そうみたいですけど表記がとても古いと思いませんか?」

 たしかに、すっかりさび付いて岩と同化しかけたボンベの表面にかすかに読み取れるラベルには、戦前の表記じみたカタカナ語がステンシルされていた。『呉々モ取リ扱イニ注意スベシ』

 「昭和18年て書いてある!」

 「え?それじゃこの辺りは……」礼子は周囲を見回した。「第二次大戦中の施設ということなの……?」

 真琴が頷いた。「おそらく……大昔の溶岩洞窟を利用した地下壕だったのでしょう。エルフガインコマンドはその施設をベースに拡張されたんじゃないでしょうか……」

 「そっか、でなきゃおれたち地元民に気付かれずに、あんな土木工事できたわけないもんな……」

 そこはかとないプレッシャーはたんに地中深く降下し続けてるだけではないのか……歴史的重圧がのしかかってくるようだった。何十年も前、健太の祖父が生まれる前に、埼玉のこんな地の底で兵隊が駆け回っていたのか。

 「でも、こんな場所をいまだに維持しているのはなんでだ?」

 「脱出用の秘密通路とか……?」真琴が言った。

 「おい、さっさと行こうよ。ここ寒い」マリアが先を促した。

 洞窟はそれほど長く続かなかった。

 行く手に赤い電灯に照らされた古ぼけた煉瓦造りの壁が現れた。背後で礼子先生が息を呑む気配を感じた。

 洞窟の中にそんなものがあると軽くホラー仕立てである。実奈以外はだれも進みたくなくなっていたが、なにか運命的な呪縛によって歩き続けている。煉瓦壁に穿たれたアーチ型の狭苦しくほこり臭い通路を抜けると、今度こそ邪悪な地下実験室に行き着くのではないかと思った。しかしさいわいにも、広々としたかまぼこ断面の通路に出た。

 今度の通路は差し渡し10メートル、高さは5メートルほどもある。壁はやはり煉瓦造りで、昔の地下鉄の駅のようだった。床は中央に向かってかすかに傾斜していて、鉄道の代わりに幅50センチほどの水路があった。匂いはなく、水も透き通っている。下水ではないようだ。

 期限の切れかけた弱々しい電灯のおかげで壁が揺らめいていた。広くてしっかりしていても洞窟よりましとも思えない。

 通路はわずかに曲がりながら闇の果てまで続いているように見えた。

 「まだ行く……?」

 「せっかくだからさあ、行ってみようよ!」

 「どっちに行く?」

 「下流。水が流れる方向!」実奈が即答した。頭が良い子ばかりだとムダなことに頭を悩ませなくてすむ。

 「しゃあない、いくか」

 (こうやってなし崩しに遭難するんじゃないか?)

 探索を再開しながら健太は密かに思った。なまじ人数が多いだけに危機感がなかなか沸かない。そろそろ小1時間も歩き続けていて、戻ることを考えると億劫になりかけていた。いつUターンを提案すべきか、健太はタイミングを見計らっていた。

 (飲み物ぐらい持ってくるんだった)

 それに……健太はさきほどから辺りを見回し気付いていた。(いずれ差し迫った問題にもぶち当たる……どこにもトイレがない)

 「アッ!」マリーアがなにか見つけたようだ。床に落ちていた包装紙らしきものを拾い上げた。

 「なに?」

 「見て、イタリア製の軍用口糧のパッケージだわ!」

 「おお」判読不能なイタリア語と不味そうなクラッカーの写真がプリントされた空き袋だ。「てことは、えー、アランて人、やっぱりこここまで降りてきてたんだな……」

 実奈が空き袋を受け取った。シャーロック・ホームズであればいつ捨てられたのか、捨てた人物のその時点の状態まで推測できるかもしれないが、健太たちは実奈の超感覚に頼るしかない。

 さらに15分ほど歩いた。広い通路は果てしなく続くように思えたが、100メートルにひとつくらいの割合で短い横道が穿たれ、その10メートルほど奥にドアがあった。ドアの奥は狭苦しいメンテナンス用通路で、太いパイプ類がぎっしり壁を覆っている。

 またしても1㎞あまり基地から遠のいてしまった。

 背後でひそひそ話している気配を感じて立ち止まると、マリアが言った。

 「あ、健太、ちょっとここで待ってな」

 「なんで……」礼子先生がすまなそうに笑みを浮かべているのを見て、健太は察した。「ああ、そう」

 「実奈も行く」

 「わたしも行こっかな……」マリーアも言った。 

 「おいおい、こういうふうに別行動取るのってさ、映画だとたいてい死亡フラグなんじゃね……?」

 「つまんないこと言ってんなよ!」マリアが噛みつくように言った。「なにが死亡フラグだ。ホラー映画で一番最初にぶっ殺されるのはイチャイチャしてるカップルだからね!」 健太は思わず真琴を見た。真琴も見返し、次いでサッと顔を逸らした。

 「お姉ちゃん、健太お兄ちゃんを守ってね~」実奈が冷やかしながら横道の奥に向かう。

 「さっさと行っちゃえよ!」

 女性4人がドアの奥に消え、健太と真琴だけが取り残された。真琴は2メートルほど離れて、足元を見つめている。

 「ま・まこちゃん、寒くない?」

 ちらりと上目遣いに健太を見て、小さく首を振った。

 「平気です」

 「髙荷のやつ、変なこと言いやがって」

 真琴がクスクス笑った。「最初に死亡フラグがどうとか言ったのは健太さんじゃないですか」

 「それはそうだな。……まこちゃんはぜんぜん怖がってないんだ」

 「オバケとかそういうのはあまり……」真琴は顔をうつむけて続けた。「でも、もう少し寄ってもいいですか?」

 「え?あ、うん」健太はおどけるように両腕を拡げた。「来なよ」

 真琴はそっぽを向いたまま、横歩きで健太に歩み寄った。健太のすぐ側だが触れあわないあたりで止まった。

 (な……なんか、おれら瑞々しい出来たばかりカップルって感じじゃね?)真琴の奥ゆかしさに健太は胸熱になった。(やべー、おれ勝手にのぼせちゃいそう……)



  俯いた真琴の横顔、サラサラしたおかっぱの前髪、半分隠れた可愛らしい耳のかたち、小さめだがすっきりした鼻、物静かに引き締められた唇……可愛い。可愛い……妹。真琴はいまのところ健太にとってそんな存在だ。

 真琴の兄、亮三さんの気持ちが健太にもだんだん分かってきた。こんな健気でしっかり者の妹がいたら健太だって厳重な金庫に仕舞いこんで、寄ってくる男子を全員射殺したいくらいに思うはずだ。

 遅まきながら先日、その場の勢いで真琴の初キスを奪ってしまったことに、健太は少なからぬ罪悪感を覚えていた。やっぱり相手が中学生だと、なにも考えずラブラブ状態突入というわけにはいかず、心理的にブレーキがかかっていた。

 いやそもそもまこちゃんは健太に気があるのか、ここに至っても確信は持てない。

 五月からずっと、男女の機微、恋愛といった、健太にとっては未知の領域が広がっている。答えはどこにも書かれておらず石橋を叩いて渡ろうかやめようかどうしよう?といった手探り状態が続いていた。まこと心乱され煩わしいことこの上ないが、反面、いったん識ってしまうとそれ無しの人生はひどく空虚なのだ。

 もうちょっと馬鹿になって我を通せばいいんじゃ?。女はそんな男のエゴ、我が儘に引っ張ってもらいたいのだよ、ホントは分かってんだろ健太よ、ああ?

 根深いオスの本能の疼きが執拗に訴えかけてくる。

 そういうのはライトオタ高校生を自認していた健太としては、まるっきりそこらの女たらしじみた(唾棄すべき)考えかただったはずなのだが……健太は揺らいでいた。本能に根ざしているとすれば、ひょっとするとそれなりに傾聴に値するのじゃあるまいか?

 気がつけば健太も地面に目を落として沈黙していた。ふと顔を上げると、こちらを見ていた真琴が慌てて顔を逸らした。

 (やべっ)健太は顔を擦った。(おれ変な顔してたかな?)咳払いしてみたが、我ながら恐ろしく不自然に聞こえた。ことさら微妙な雰囲気を呼び込んだだけだった。

 「あ、あの……」真琴が口を開き駆けたとき、背後の奥でゴンという重い音が響き、通路に反響した。健太も真琴も思わず首をすくめた。

 「な、なんだ?」思わず声を潜めていた。

 緩やかに曲がっている通路の奥底が明るさを増している。

 「な、なにか……来ます」

 それも物音からして非常に大きな物体だ。

 「とりあえず逃げよう!」

 健太と真琴は並んで走り出した。

 礼子たちがトイレ休憩に向かった横穴と同じ短いトンネルが、100メートル先にもうひとつある。健太たちはそれを目指して一気に駆け抜けた。ちらりと背後を見ると、通路いっぱいに塞ぐような大きな機械がヘッドライトを煌々と照らして接近してきた。

 (あんなもんが通るのに注意書きぐらい用意しとけ!)頭の中で誰だか知らないがここの管理者に文句を言った。相手は時速20㎞程度だろう。

 (有人の乗り物か?)

 ヘッドライトがハイビームになって、機械のディティールが判別できない。運転席のようなものは少なくとも見あたらなかった。遠隔操作による自動操縦だろうか?しかし立ち止まったら相手が自動停止してくれるかどうか、試してみようとは思わなかった。

 逃げ切るのはそんなに難しいことではなく、健太たちは余裕を持って横穴に待避した。

 なにもこそこそする必要はない、とも思ったが、うっかりでも立ち入り禁止の場所に迷い込んで文句を言われるのも面倒だ。健太はトンネルの突き当たりのドアを開け、奥の様子を確認する間もなく飛び込んだ。

 また狭苦しいメンテナンス用通路を予期していたのだが、違った。そこは幅が狭い作業用の足場に過ぎず、健太は手すりに突き当たって前のめりに止まった。薄暗い場所で、続いてきた真琴が健太の背中にぶつかって息を呑んだ。その拍子に健太の上半身が手すりの上につんのめった。

 「おごっ!」

 「ごごめんなさい!」

 「いや……」眼下には水面が広がっていた。「な……なんだここ……」

 背後で例の乗り物が通過してゆく低い唸りが聞こえ、健太は息を殺した。停止する気配は感じられなかった。

 真琴は健太の背中にぴたりと寄り添っていた。

 「ずいぶん広い貯水池ですね……」

 「ああ」

 ドアの頭上に灯っている電灯のほかは微かにブルーの光が水面を照らしているだけで、ほぼまっ暗だ。しかし水面は何物にも区切られずどこまでも広がっていると感じられた。

 金属製の足場は壁に沿って渡され、50メートルほど奥のコンクリート製の壁で曲がっている。

 「下水処理施設じゃないな……綺麗な水だ」

 真琴も手すりから身を乗り出して下を眺めた。「ええ……匂いもないし透き通ってます」

 「そ、そろそろ戻らないとな」

 「そうですね……」同意しながらも、真琴は奥のほうをじっと見つめている。

 「なんだ?何かあった?」

 「水面がぼんやり青く光ってるでしょう?なにがあるのかと思って……」

 たしかにまっ暗な水面が何カ所か、底から青い光に照らされている。

 健太がまず思いついたのは原子炉の炉芯だった……まさか……。

 すぐさま考え直した。原子炉にうっかり入り込めるようになっているわけがない!だとしたらほかになにがある?その答えは真琴がもたらした。

 「ひょっとしてあれ……バイパストリプロトロンコアじゃありません?」

 「ああ!」妥当な考えのように思えた。「コアが沈めてあるのか……」

 二人は壁沿いの狭い通路を移動して、なるべく青い光に近寄ろうとした。コアの直径はおよそ5メートルの球形だ。何度かエルフガインの腕で受け止めているから、かたちだけは知っていた。だが直に眺めたことはない。

 「考えてみると、ゲットしたコアを運搬車のコンテナに入れたっけ……どこに運ぶのか深く考えてなかったけど、そのまま地下深いこの場所に運び込んでたんだ」

 「でも……わたしいちど電力利用されている最中のコアをNHKの番組で見ましたけど、専用の反応炉に埋め込まれていましたよ。水の中に沈めていたら……なんにも使えませんよねえ……」

 「ただ貯蔵しているだけってことか。でも俺が博士から聞いた話だと、コア2~3個で、日本10個ぶんの電力がまかなえるんだってよ」

 「なるほど、それじゃここには本当に、余ったコアをただ貯蔵しているだけなんですね」

真琴は光の数をかぞえた。「6個のコアが沈められてるようです」

 「おれたちが持ってるコアは全部で……8個だったよね」

 「あと2個……どこにあるんでしょうね」

 「極秘なんでしょ?それで、えーと、アランとかいう人も探しに来たんだ……」

 それで、ふたりはなんでこんな地下に自分たちがいるのか、あらためて思いだした。

 (畜生め……アランてヤツには悪いけど人捜しなんぞ放り出したいぜ。まこちゃんとお喋りしてたほうがずっと楽しいもん)


 通路に戻ると、実奈ちゃんたちはまだ戻っていなかった。

 「もう10分以上だ。いくらなんでも遅いんじゃ……」

 「わたし、ちょっと見てきますね」

 まこちゃんが礼子先生たちが消えたトンネルに向かった。軽やかに小さく跳ねるような足取りであった。その気になればまこちゃんは50メートル7.3秒で走れる(健太より早い)のだが、いまはじつに優雅なものだ。おんなのこおんなのこした後ろ姿と甘い残り香を堪能しながら健太もゆっくりあとを追った。ただしトンネルの入口まで。ひとりで行かせるのは少々不安だったものの、さすがにドアの奥に踏み込むのははばかられた。

 健太はトンネルの壁にもたれ、上着のポケットに両手を突っ込んで待った。 

 (まあ、心配なかろう……まこちゃん俺より強いんだし)


 さらに5分経過。


 (ぜったい何かあったよな)

 閉まったまま沈黙するドアをちらりと見た。(くっそーさすがに行き辛いぜ……あと3分だけ待ってみっか)

 とは言えなにもしないで突っ立っているだけは辛すぎる。(なぜか足音を忍ばせて)ドアににじり寄り、鋼鉄製の扉をノックした。ゴンゴン、うつろな響きだ。何度かノックを繰り返したがなんの応答もないので「おーい!」と呼びかけた。

 リアクションなし。

 (からかってんじゃないだろうな)そんな疑念も沸いてくる。実奈ちゃんあたりが面白がってなにか仕掛けてる可能性はある。

 (もしいたずらだったらおしりペンペンしてやる)

 意を決してドアノブに手をかけた。ノブを回してドアを押し開け、なぜか後ろめたくて背後に目をやると、視界の片隅にひとの姿がよぎった。健太はドアのほうに顔を戻し……

 ふたたび素早く背後に向き直った。

 (いま誰か居たよな!?)心拍数が跳ね上がった。たしかに見た、と思った。髪の短い女性が通り過ぎたのだ。健太は足音を殺して短いトンネルを戻り、広大な通路に頭を出して辺りを見回した。

 誰も居ない……。

 (くそッ)いっそだれか居てくれたほうが心休まるのに、ひとの姿はなかった。頭に血が上る。

 ギイ

 背後で鋼鉄のドアが軋む音が不自然に大きく響き、健太は文字通り飛び上がった。慌てて振り返ると、ちょうどドアがバタンと閉まったところだった。健太のうなじの毛が逆立ち、背筋が震えた。

 (勘弁してくれよ!)

 近寄りたくない……なのに足が勝手に動いてドアに向かっていた。さきほどの死亡フラグの話が脳裏をよぎった。(ぜったいやばいって!)分かっちゃいるのにやめられない。頭の中で悲鳴を上げながらドアをゆっくり押し開けた……。

 なにも飛び出してこない。モンスターもマチューテも貞子もなにもなし。

 口の中がからからだ。無理につばを飲み込んで、ドアの奥を見渡した。次いで意を決してドアを一気に押して中に飛び込んだ。

 思いがけないことに、奥はごく普通の廊下だった。明かりを落とした病院の廊下と言ったところだ。たまたま思い浮かんだ【病院】というイメージに健太はふたたびブルッと震えた。

 灰色がかかったリノリウムの床に踏み込むと、靴がキュッと鳴った。廊下は20メートルほどの奥行きで、突き当たりがT字に分岐しているようだ。廊下を囲む壁にドアは見あたらない。

 (なるほど……先生たち、ここの様子を見て、ひょっとしたらトイレがあると思ったんかな……?)

 コンクリート打ちっ放しの地下道に比べて人の営みを感じる作りだが……だからといってちっともホッとしない。

 廊下は定期的に磨かれ、ゴミや塵は積もっていない。足元の緑色の非常灯も現代的だ。

 だけど

 なぜこんな地下深くにこんな場所がある?

 そんでもって肝心の人間はどこだ?

 なにより先生たちはどこ行った?

 いかにも職員か警備員がひとりかふたり居そうなのに、誰も居ないのがかえって不自然だ。

 静まりかえったろうかを突き当たりまで進んだ。右手には両開きのドアがあった。ドアの上に「第二モニター室」と書かれていた。方向からしてそのモニター室の奥には、おそらくさきほど健太と真琴が見た地下貯水池があるはずだ。コアをモニターするための部屋かもしれない。念のためドアを押し開けようとしたが、鍵がかかっているようだ。

 しかたなく回れ右して反対側の廊下に向かった。歩きながら尻ポケットからスマホを取り出してみたが、しばらく前から圏外になっていた。ネットワークも繋がらない。時間は21時47分。まだ宵の口だが今すぐ武蔵野ロッジに帰っても到着は1時間後だ。風呂に入れるのは何時になるやら……。

 この廊下の片側には等間隔にドアが並んでいる。

 「処置室」「第1施術室」「経過観察室」照射室」……なにやら不穏な名前の部屋が並んでいた。ますます不気味だった。こんな地下奥深くで、こっそり何かの実験でもしていたのか……エルフガインコマンドの暗部を覗いてしまった、後ろめたい気分だ。いつしか歩みももたついていた。行く手にようやく馴染みのある標識がぶら下がっているのを見つけた。「←W.C」やはりトイレがあった。分けもなくホッとして洗面所の入口に駆け寄った。……しかし、人の気配はなかった。

 (マジで誰も居ない……のか?)

 女子トイレのドアを二度ノックした。応答なし。そっとドアを押してみると、電灯が点いていた薄闇になれていたので妙に明るく、健太は眼を瞬いた。

 「だれか~、居ないか~?」用を足してる最中であれば答えないとは思うが、とりあえず言ってみる。個室は四つ並んでいたが、どれも鍵はかかっていないようだ。念のため四つのドアすべてを開け、用具入れの扉も開けた。

 やっぱり誰も居ない。

 健太は疲れ切った溜息を漏らしながら女子トイレから出た。ほとんど無意識な動きで男子トイレのドアを開け、一連の決まり切った動きで用を足した。習慣とは恐ろしい。手を洗うまでまったく無警戒になっていた。おかげで顔を上げたとき鏡に映った自分の背後に人が立っていることに気付いたときには、変な悲鳴を上げて飛び上がった。

 「わっ!」ショックで総毛立ちながら振り返ると、その人が確かにいた。

 「か!」健太は1オクターブ跳ね上がった声で叫んだ。「母さん……!?」

 およそ2メートル離れて、健太の母親、浅倉澄佳が立っていた。きちんとセットされたショートの髪、タン色の光沢のあるシャツと茶色のスカートに、白衣。黒っぽい金属色の真珠のネックレス。健太の記憶にある姿そのままだった。

 静かな微笑を浮かべて健太を見つめている。

 「なんで……」混乱した頭でなにを問うべきか分からず、健太は言った。「どうして……」

 健太の母親が笑みを増し、右手の人差し指を上に向けた。

 「なにを……?」

 「健太!」

 入口から呼びかけられて振り返ると、髙荷マリアが立っていた。いままで見たことのない表情……安堵と心配が入り交じった顔つきだ。

 「なに独りごと言ってんだよ?」

 「なにって独りごとじゃねえし……」言いながらふたたび正面に向くと、母親の姿が消えていた。健太は息を呑んだ。

 「ホントに大丈夫なの?」

 「ああ……たぶん」

 「ひょっとしてさ……あんた、なにか見た?」

 健太はマリアを直視した。「ああ……髙荷も?」

 マリアは頷いた。「うん」

 「幽霊?」

 「違う!まだ生きてる人だけど……ここにいるはずないんだ」

 「ていうか、ほかのみんなはどうした?」

 「ああ……実奈が、エー……あたしと礼子先生がトイレにいるあいだに居なくなっちまったんだよ。マリーアも一緒にどっか行っちまった……。あたしと先生は途中まで一緒に捜してたんだけど、通路が別れてたから先生は右に向かって……」

 「そしていまに至る?」

 マリアはもういちど頷いた。健太からわずかに目を逸らし、改まった声で呟いた。「……独りになってしばらくしたら、あの人が現れたんだ」

 「だれが……?」

 「御堂さくら先輩。あたしたちの元隊長の……」言い辛そうだった。

 「ああ……それって俺の前の人?大怪我してやめざるをえなくなったって言う……」

 「うん」

 「おれたち、幻覚見たのか……」

 「そうなんだろうね。ねえ、ここやばいよ。早く戻ろうよ」

 「だな。トイレでお喋り続けんのも変だし」


 洗面所をあとにした健太たちは廊下のさらに奥に向かった。マリアの言うとおり、廊下はすぐに突き当たり、ふたたび左右に分岐していた。マリアが選んだ方向には部屋はなく、100メートルほど進むとエレベーターらしき扉に突き当たったという。限られた建物の中ではなく地下をくりぬいた構造のためか、ムダに四方八方に廊下が延びているようだ。エレベーターはボタンを押しても動いていないらしく、しかも下に向かうボタンしかなかったという。

 健太たちは礼子先生が向かった方向に進んだ。健太は半歩先を進み、周辺視野にマリアを収め続けた。ちょっと目を離した隙に相手を見失ってしまうような気がするからだが、だからといって並んで歩くほどふたりは仲良しでもない。

 さきほど、過去に経験した試しがないほどマリアと会話したわけだが、明らかに様子が違っていた……いつもの反抗的な態度が影を潜め、妙に素直なやりとりだった。だいたいいつもならずんずん先立って歩くのに、いまは健太の背後に従っていた。変だ。妙にしおらしいじゃないか?

 もとより、マリアが健太を毛嫌いしている理由は例の前任者、マリアの幻覚に登場したという御堂さくらという女性に親近感を覚えていたためだった。

 健太はその御堂という人に取って代わり、この三ヶ月あまり、自分なりにエルフガインのメインパイロットとして良くやったほうだと思っている。髙荷がどう思っているかは知らないが、ケチをつけられることはないんじゃないかとも思う。島本博士に寄れば、エルフガインに対する健太の親和性は100%……当たり前だ。そもそもエルフガインの操縦システムは健太に合わせて調律されたからだ。

 健太の次に高い同調率を示した御堂さくらでさえ、40%に過ぎなかったという。

 (そろそろ認めてくれて良さそうなもんだ)マリアのほうを向かないよう意識しつつ思った。エルフガインチームの中でマリアだけが唯一、健太を評価していない。

 (それとも、しぶしぶ認めてくれてたりして……?)

 ツンデレのデレ抜きからちょいとばかり風向きが変わってたりしたら……?

 健太は思わずマリアの横顔を見た。おそらくお父さん譲りの細面の美人だ。化粧気が無くほぼつねに仏頂面で目をすがめててもかなりハイレベルだった。

 「なんだよ?」いつものマリアに戻った口調だった。

 「いやべつに」健太は前方に向き直った。「この施設怪し過ぎだぜ。博士たち、人体実験でもやってたんと違う?」

 「さあ」

 「さっき、ものすごい広々とした地下貯水池を見つけたんだ。オリンピックプールの何倍もありそうなヤツ」

 「貯水池?」

 「ああ。底になにを沈めてあったと思う?バイパストリプロトロンコアだ。おれたちが戦ってゲットしたコアが6個」

 「ここに貯蔵してたの?奥多摩にあるのかと思ってた」

 「そう思ってないからイタリア人も探しに来たんじゃね?」

 「そう言やそうだね」

 こちら側の廊下にはドアがあった。「資料室」「待機室」「会議室」次々とドアを開けてみたが、礼子先生たちの姿はない。

 「バイパストリプロトロンの利用法はまだ解明中なのよ」珍しくマリアのほうから会話を再開した。

 「実奈から聞いたことだけど。単純に電力源として利用するのが第1段階、実奈が発明した反重力みたいなのは「第二段階」と呼ばれてる。まだまだ未知の利用法があるはずなんだけど、あんたのママが亡くなって研究は足踏みしてるんだって」

 「それって、おれたちが見た幻覚もコアのせいかもって思ってる?」

 「理屈は知らないけどさ……それ以外原因は思い当たらないし」

 「おれは母さんを見たんだ」

 マリアが立ち止まった。健太も立ち止まってマリアに向き直った。

 「そ、それってゆ、幽霊じゃん……!」

 「だからさ、俺も最初はびびったけど、コアの作用で見た幻覚というなら……」

 「そ、そうね……」

 健太たちはふたたび歩き始めたが、前方に開け放したままのドアが現れるとすぐに足を止めた。半開きのドアの奥には明かりが灯っていた。

 「健太……」

 「俺が見てみる」

 慎重にやりたいところだがマリアが見ている手前、なんでもないというふうにドアに近づき、無造作を装って大きく開け放した。


 部屋は10×10メートルほどの奥行きで家具もなにもない。中身の重さで崩れかけた段ボールがふたつ、床の片隅におかれていた。

 その傍らに礼子先生がうずくまっていた。

 「先生?」

 礼子が顔を上げ、健太を見た。

 「健太、くん……?」

 「ああ、先生、言っとくけど幻じゃないからね……」

 健太がそう告げたとたん、礼子が壁から弾かれたように立ち上がって健太に飛びついた。

 「ああ良かった!健太くん!」

 「ちょっ!先生落ち着いて」

 礼子が健太の首筋から顔を上げて背後のマリアと目が合い、「あ……」と呟いて身を離した。健太も決まり悪げな顔をマリアに向けた。マリアは片眉を上げ、いちど頷いて顔を逸らした。

 「先生、実奈ちゃんとマリーアは?」それから付け足した。「あとまこちゃんも……」

 「二階堂さんまで居なくなっちゃったの?」

 「残念ながら」

 「先生、マリーアさんが「アラン!」て叫ぶのを聞いて、そちらに向かったの。廊下の奥の暗闇にマリーアさんと実奈ちゃんの後ろ姿を見たような気がして追いかけたんだけど、いつの間にか別のものを追いかけてて……」礼子先生はまだ健太の胸に手を当てていて、身震いが微かに伝わってきた。それで健太の片手も礼子の腰に当てられていることに気付き、健太はそーっと引き離した。

 「無理に思いださなくていいよ」

 マリアが言った。「先生、まだ歩く元気ある?」

 「ええ、それは大丈夫。ちょっと怖かったけれどもう平気だから」

 「それじゃあ残りのみんなを捜して、とっとと帰ろう……」

 「もうその必要ないよ~」

 「うわっ!」

 突然の声にマリアが飛び退いた。健太も息を呑んだが、同時に礼子先生が健太の懐にぴったり張り付いたせいでもある。

 「ごめーん、驚いちゃった?」健太たちが廊下に出ると、実奈ちゃんがけろっとした顔で立っていた。

 「みーにゃん、無事だったか」

 「ど、どこまで行ってたの?先生心配したんだから……」

 「ごめんさい」実奈はかるくテヘペロして頭を下げた。猫みたいで可愛い。「実奈幻覚見てたみたいなの。それをテレパシーと勘違いしちゃったみたいで」

 「マリーアとまこちゃんは?無事なのか?」

 「うん、アラン・フェルミくんも見つけたよ。このさらに下の階層にいた」

 「さらに地下?」

 「うん、ここ凄いんだから!地下シェルター。エルフガインコマンドが壊滅しても大丈夫なんだって」

 「だれがそんなことを……」

 「ここに住んでる人が教えてくれたの」



 それから残りのみんなと合流を果たして、直通エレベーターに乗ってあっさり地上レベルまで戻り、礼子先生が運転するエルフガインコマンド専用車に7人がぎゅう詰め状態で数㎞離れた武蔵野ロッジに帰還するまでわずか1時間ほどだった。その日は夜も遅かったので解散して、各自自分の部屋に戻った。マリーアは久遠一尉に連絡してアラン・フェルミに付き添い、身柄を引き渡しに出かけねばならなかった。

 明日は夏休みまえ最後の登校だ……だが地下で見聞きしたことで頭がいっぱいで、現実のこととは思えない。

 武藤と名乗る40歳ほどの男性が健太たち一校を出迎えた。彼は地下シェルターに住み込みで、もう半年ほど地上に戻っていないと言った。

 「だって戦争が始まったんでしょう?」彼はそういった。

 「そりゃそうですけど、全面核戦争とかじゃないし……」

 武藤氏と同じような連中が300人ほど地下で暮らしているという。みんな怖がって地下に籠もりきりなのだ。不健康なことだと健太は思ったが、シェルターにはちょっとした地下都市が築かれていたのだ。いざとなれば自給自足で、五千人程度が何年も暮らせるという。その施設全体を維持するためにも人が必要だった。言うなれば適材適所の結果、武藤氏たちは地下に大喜びで住み続けている。島本博士から……と言うより浅倉博士から「いざという時のために」いろいろな指示を受け取っていた。健太が浅倉博士の息子だと知ると、武藤氏は少なからず感銘を受けたようだった。

 「ああ!それでは博士がお亡くなりになっても計画は続行しているんですなあ……安心しました」

 それがどういう意味なのか健太には分からなかったが、どう問い直せば答えてくれるのかも分からない。

 母さんは、あんな地下シェルターがいずれ必要になると考えていたのか?

 それはいったいどんな事態なのか。

 健太は夜更けまでくよくよ考え続けた。



 それから一学期最後の日が終わって、午後二時。

 約束通り、マリーア・ストラディバリ嬢は水着姿で武蔵野ロッジのプールサイドに現れた。しかも真っ赤なビキニだ。

 「わー!お姉ちゃん大胆!」大きな浮き輪を脇に抱えた実奈が言った。こちらはチューブトップでフリルの付いた水色のワンピース。

 この世の美しい光景がふたつ揃った。楽園とは相対的なものだ。昨夜を無事生き延びたご褒美だ。死は美の母という。美しいものはそれがいずれ消滅すると承知しているからこそ美しいと感じるのだという意味。この美しい時間はたぶん2時間くらいでお終いになるが、この記憶を永遠に留めたい。綺麗な女の子が水着で日光浴して、それを健太ひとりが独占できるのだ。マリーアはハイヒールを履いているので長い足も相まって、ファッションモデルのような歩き方だ。実奈のはやし声に片手で金髪を書き上げポーズをとった。

 たいへん結構!

 生まれてこのかた本物のビキニ姿の女性など見たことなかったから(少なくとも東松山の市民プールにはひとりも見あたらなかった)、感動もひとしおだ。しかも布面積は最小限となれば!

 実奈が運動もそこそこにプールに飛び込んだ。浮き輪におしりを突っ込んでぷかぷか浮いていた。

 健太はショートパンツにカーキ色のランニング、アニメ柄のアロハを羽織っていた。片手で銀の盆を運び、マリーアがゆったり寝転がっているビーチチェアのサイドテーブルに背の高いグラスを配った。

 「グラッチェ」

 「どう致しまして、チップはいらないよ」

 「なに言ってるの、チップは奮発しちゃうわよ、たっぷり」マリーアはポーチから小さな緑色の瓶を取り出しサイドテーブルに置いた。

 「はいこれ、日焼け止めローション、あとは、分かるわね?」

 「分かるよ」健太は小瓶を見て、ごくりと喉を鳴らした。「なんとなく」

 マリーアはうつ伏せになり、健太にビキニトップのヒモを解かせた。

 「やー!えっちー!」実奈が顔を覆った指の隙間から健太たちを見ながら叫んだ。

 健太はそちらにちらっと微笑みかけると、マリーアに尋ねた。「アラン・フェルミさんは、どうなった?」

 「二日ほど尋問を受けて、問題なければ自由の身だって。といってもわたしと同じくらいだけれど。勾留を解かれたらここに来るかもしれないわ」

 真っ白い背中にオイルをすり込んだ。改めて白人の白さに驚いてみる。映画やテレビに登場している連中は顔にドーランを塗っているのだ。

 「ふうん……」

 「わたしの身の回りのお世話してもらうかも。彼、すっかりナイト気取りなの」

 「でもあの人なんで地下に留まってたんだ?」

 帰りの道中、マリーアとアランはイタリア語で喋り続けていた。実際にはアランが一方的ににぎやかなイタリア語でまくし立て、マリーアは「シ、シ、」と相づちを打ってばかりだった。

 「彼、技術系の大学生だったでしょう?地下で迷子になって、あの奇妙な人たちに保護されて、丸一日お喋りしているうちにたいへん馬があったんですって。あなたたちの基地のテクノロジーについて意見を交換して……そのうち帰りたくなくなっちゃって、地下シェルターの施設を満喫していたそうよ……」最後のほうはなかば呆れ声だ。

 「呑気だけど悪い人じゃなさそうだ」

 「じつにイタリア的でしょ?アランくんは新兵訓練は落第寸前で、射撃の腕が良かったのが唯一の救いだったんですって。持久力がないからアルペンスキーみたいなのは無理そうだけど」

 「それでナイト務まるのか?」

 「パスタの茹でかたが上手で整理整頓好きだって。ほかになにが必要?」

 「じゅうぶんかもしれんな」

 マリーアはじっとしているのに、量感たっぷりのおしりがなぜか蠢動しているように見えた。だいたい素肌を覆うハガキ一枚ほどの布と、それが無い場合の観察者に与える印象の違いはなになのか、長年の条件付けでそう自己学習してしまっただけで、本当はビキニ有り/無しの差は存在しないのかもしれない。その理論に従うならマリーアはすっぽんぽんである。   

 「けっ健太さん」

 なかば哲学的瞑想に浸っていた健太はその声にハッと顔を上げた。

 紺のスクール水着に身を包み、上着を肩に羽織ったまこちゃんが、目を見開いていた。

 「や、やあ、まこちゃん」

 「ハァイ、真琴、なんてキュートな水着なの!」マリーアが頭をもたげて挨拶した。そんなに起き上がったらおっぱい見えちゃうよ!健太は内心の動揺を表に表さないよう努めて平静を装った。いったいそれまでどんな顔つきだったのか、まこちゃんはちょっと怯えている。

 「どうも」真琴は恥ずかしそうに身を縮め、胸のまえで両腕を交差させながら小走りで健太の視界から逃れた。

 「真琴、なにしてんだよ」髙荷マリアが堂々とした足取りで現れた。大人びたストライプの入った高校の水着姿だった。ダイブしてすぐに水中に滑り込んでしまったから、一瞬の印象だった。まこちゃんもそそくさと水の中に身を沈めてしまった。マリアが実奈の浮き輪をひっくり返して、しばらく賑やかなはしゃぎ声と水音が続いた。

 「あっ浅倉くん!なんてことしてるのよ!」

 礼子先生まで……。

 礼子先生は、白いビキニだった。

 (もう俺死んでもいいかも)

 「えーと……」

 「先生、わたしもうすぐ18だし、イタリアに戻ったら9月から大学ですもの。この程度問題ありませんでしょう?」

 「問題あると思うわ」先生はそう言いながらもうひとつのデッキチェアに座り、両足を組んだ。

 「先生早いお帰りですね」

 「こんな世の中だからいろいろね、明日また会議で学校行かなくちゃ」

 健太はダイニングルームにとって返して、パイナップルを添えたトロピカルドリンクのアルコール抜きを人数ぶん配った。

 「ありがとう健太くん」礼子は空を仰いだ。晴天、強烈な日差し。「今年は暑くなるみたい……日焼けしてしまうわ」

 「先生にはわたしがローション塗ってあげましょうか。それとも健太くんがいいですか?」

 「自分で塗ります!」

 「それじゃ健太は眺めるだけね、残念」

 ザブザブ音を立ててプールサイドに這い上がった実奈が、テーブルからグラスをひとつ取ってストローを使わずに半分ほど飲み干した。

 「せんせ~い、ここはシークレットガーデンなんだから、世の中の規範なんか忘れていいんだよ。もっと寛がなきゃ」

 「そ、そうは言っても……」

 「イタリアとかトップレスがフツーなんじゃないの?お姉ちゃん」

 「まーね」マリーアはボトムの結び目を指に絡ませると、ゆっくり解いた。「あるいはなにもなしというのも」

 (おわぁお!)

 「わっスッゴイ!先生も負けてられないよ!」

 「勝ち負けの話では……あっちょっと実奈ちゃんやめて!」実奈が背後から、オイルを塗した両手を礼子先生の脇の下に突っ込んでいた。なんと言う恵観! 

 「おにいちゃんには目の毒だから、目隠しね」

 「残念ね、健太」

 背後からいきなり布を被せられ、健太は慌てた。わずかな視界に捉えたのは赤い布……これって……。

 「あははは!お兄ちゃんヘンタイ仮面!」

 尻ポケットでスマホが唸っていた。

 わざわざ確認するまでもなく久遠一尉だ。健太はブラで目隠しされたまま電話に答えた。「はい?」

 「よう、夏休みだろ?明日からおまえら旅行だからな」

 「え?いきなりッスか?」

 「予期せぬ事態にも即応が宗だ。みんなにも伝えといてくれや」

 「分かったけどもう少し詳しく」

 やがて通話を終えると、健太は立ち上がった。

 「えーみんな、聞いてくれ」はしゃぎ声に負けじと声を張り上げた。

 「なんだ?」マリアが尋ねた。

 「明日から小笠原のなんとか言う島に出かけるってさ。数日泊まり込み」

 「合宿みたいなの?」

 「そだよ。各自旅行の用意してくれってさ」

 「やだ、小笠原って島でしょ?」

 「海だね!真琴お姉ちゃんも水着買わないと!」

 「え?買い直さないとイケナイの……?」

 なにやら健太にとって嬉しい展開のようだった。

 ますます期待とかいろいろ膨らむ。



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