第10話 『敵は金髪 後編』 ★
エルフガインはすでに合体完了した状態で、山の中腹の大きく開いたハッチからせり上がった。敵がすでに間近で待機しているため合体する必要はないと判断されたためだが、多くの国民と、島本博士は不満だった。
「敵の眼前で合体してみせるのが肝なんでしょうが」
「リスクを考えましょうよ……」
久遠がなだめようしてもさつきは不満たらたらだ。
前々からうっすら感づいていたが……
島本さつき博士は、わりとおたくのようだ。
(だいたい「バベルガイン」てなんだよ)
コマンドに出向した三年前にエルフガインの存在をはじめて知らされたときもそうだったが、公式文書に載せるのはいささか腰が引ける固有名詞のオンパレードに久遠は頭を抱えた。……博士は、エルフガインの名付け親は浅倉健太だと言ったが、エルフガイン固定武装のアレ過ぎるネーミングセンスはどうだ?
『セラフィムウイング(※資料丙参照)使用により上昇したエルフガインは同午後2時20分、エルフガインサンダー(※資料丁参照)一発を放ち目標米国侵攻部隊を粉砕』なんて報告書を提出された陸将が鼻で笑うさまが見えるようだ。それがこんどはバベルガインだと!?
博士は7体のロボットを設計したと言っていた。
恐ろしくてほかの5体の名称を訊く気にはなれなかった。
しかしまあ、イタリア人の前でエルフガインの合体を披露してみせられないのは久遠も残念だった。派手な技の繰り出し方と言い、敵に与える心理的な脅威はなかなか侮れない……なんてばかばかしい戦いだろうと敵の戦意を殺いでいるだけかも知れないが。
久遠は首を振ってとりとめのない思考を振り払った。
もっとも心配すべきは相手の性能だ。
浅倉博士と島本博士が作り出したエルフガインの兄弟機。つまりエルフガインははじめて同等のスペックを持つ敵と対峙するのだ。複雑な合体機構を有していないため、バベルガインのパワー/ウエイトレシオはエルフガインに勝っている。反面実戦を経験して改良を重ねたエルフガインも設計初期段階より強力になっていた。まさに五分五分の戦いだ。
「健太たちに知らせますか?」
「悩みどころね」さつきは親指の爪を唇に当てて考え込んでいる。「知らないほうがのびのび戦えるかも知れないけれど、あのデザインを見たらあの子たちもたちまち疑念を抱くでしょうから……あなたの判断でお願い」
「分かりました」
すでにイタリア人は今朝の声明で自国のロボを〈ギガンテソルダート〉と紹介していた。それが本当はバベルガインというマシンなのだといま主張しても、関係各方面に無用な混乱を招くだけだ。なぜ浅倉博士の設計が海を渡ったのだという疑問もとうぜん沸きあがるだろう。
久遠は素早く決断した。裏切り者をいましばらく油断させておくためにも、いま騒ぎ立てることはすまい。当面健太と、天城女史だけには知らせることにした。
その頃エルフガインのコクピットに収まった健太がどうしていたかというと――
目前に迫った戦いそっちのけで物思いに耽っていたのである。
もう千回目になるだろうか。きのうのキスの場面を幾度となく頭の中で再生しては、どうしたらもっと上手にできたかシミュレートしていたのだ。
(まあ、あんなところだよ……)落ち度は思いつかない。
だが……あの魔法にかかったような時間をもう少し維持できていれば、あるいは……健太は首を振った。
(いかんいかん!なに考えてる俺)
中学生とあんなことをいたす想像しているとは、見下げ果てた奴だなおまえは。
しかし、おそらく四月以来はじめて、半日以上礼子のことを綺麗さっぱり忘れていたが、健太はそのことに気付いてさえいない。
だが健太はそれなりに経験を積んだパイロットだ。脳の一部はそんなときでもエルフガインのチェックを欠かしていなかった。
「全システム異常なし……と」
健太は180度モニターを眺め渡して報告した。索敵システムが早くも15㎞離れた敵の姿を捕捉している。ズームなしでもメインモニターにもはっきり見えた。エネミー06,あるいは「ギガンテソルダート」……なんであれ、マリーア・ストラディバリ嬢の乗るあの機体を倒さねばならない。
(そう言えば……)
健太はふと思いだした。マリーアは、エルフガインのパイロットが健太だとは知らない。あのつかの間の邂逅の場で告げそびれたのだ。言うべきだっただろうか……。なぜかやましい気分になり、健太は舌打ちした。大人の事情で嘘をついたような感じに陥ってしまったのが忌々しかった。
気持ちを切り替えるつもりでモニターのカバー範囲を切り替えた。
メインモニターがグーグルアースのような俯瞰図になった。画面の中央に写っているのはエルフガイン自身だ。先月打ち上げ、三日がかりで日本上空36000㎞に居座った(宇宙要塞)ライデン1型 のカメラが捉えたライブビューイングだ。タクティカルオービットリンクと称される新型軍事ネットワーク。日本全土を傘の下に収める一元監視システムだ。日本じゅうの軍事的活動から主だったインフラの動きまで一目瞭然だった。大阪に旗が立っている。その旗は首都機能が一時的に疎開していることを示していた。
いま現在その監視システムはフル回転で働いていた。なんせ心配の種はたくさんある。米軍のケンタウロスロボに、正体不明の味方ロボ、それらがいつ現れるか知れないのだ。
(面倒くさい状況になってきたぜ)というのは久遠一尉の言いぐさだが、そんな健太をますます混乱させる一報が届いた。
「え?イタリアのあのロボが?俺の母さんが設計したって?」
『そうだ。設計を盗まれ、イタリアで製造されたのだ。いままでのエネミーとは比べものにならない性能だぞ』
「マジかよ……!」
エルフガインに対峙した敵ロボットを見た。セブンイレブ・・もといイタリアのナショナルカラーであるホワイトに明るいグリーンとレッドのストライプで彩られたボディは、一見しただけではエルフガインとはかなり印象が異なる。
『とはいえその性能はエルフガインと互角……気ィ抜くんじゃねえぞ。そうすれば経験の差でおまえが勝つ』
「了解……」 健太は神妙に答えた。
『戦闘開始まで5分。エルフガイン全システム、フォーメーションモードに移行』
エルフガインが例の派手なポーズを決めると同時に、ドーンという地響きに似た衝撃が地面と空気を揺るがし、校舎の三階廊下の窓に張り付いていた国元廉次は思わず飛び退いた。
校舎は無人状態で、ひと気のない廊下にリノリウムを踏むキュッという音がうつろにこだました。学校のあるニュータウンはいちおう安全距離地域とされていたものの、戦いのアリーナたる関東平野を一望する斜面に張り付いた住宅地は、いかにも無防備に思える。とうぜん学校は休校になり、多くの住民が避難先に待避していた。だが廉次のように特等観覧席を求めてこの辺りをうろついている者も少なからずいた。
たっぷり5㎞あまり距離を置いているのに、見物する廉次に背を向けた巨大ロボは禍々しい殺気を放っているように思えた……七割ほどは廉次の願望だったかも知れないが。
「とにかく、すげえ……」
持っていたスマホのカメラを向けてシャッターを押した。親父のデジタルムービーを持ってくるべきだった。長い動画を撮影できたのに。
(浅倉の野郎、せっかく誘ってやったのにのらりくらりと理由並べてばっくれやがって。こんないい眺めを)
やがて枠越しでは我慢できなくなり、廉次は辺りを所在なく見回した。そのうちに屋上に出られないかと思い立ち、階段に向かった。おそらく屋上に出るドアの鍵はかけられっぱなしだろうが……。
しかし階段を上がりきって狭い踊り場にひとつだけ設けられた防火扉のノブを掴んでまわしてみると、ドアは思いがけず外側に開いた。廉次は驚きつつはじめて昇った屋上を眺めまわした。ドアが開いているからには先客がいるのだろう。廉次はそれが先生のひとりなのではないかと思い当たり、ぎくりと歩を止めた。
しかし、だれも見あたらない。
廉次は境界フェンスの金網に顔をくっつけそうなほど近寄り、エルフガインの後ろ姿を認めるとスマホを構えた。そろそろ戦いが始まるはず……。
「きみ」
うしろから声をかけられ、廉次はびくっと肩を飛び上がらせた。スマホを取り落としそうになり慌てて掴み直した。振り返って声の主を捜して頭を巡らせた。ふと四角いコンクリート製の機械室に目を向けると、その屋根の縁に女性が座っていた。廉次に向かって軽く手を上げた。
女性は屋根の縁に座り込んで両足をぶらぶらさせている。
(おお!なんかこのシチュェーションてなんかよさげじゃね?)学校の屋上で謎の美女に遭遇……アニメの第1話のようなシチュエーションに無邪気に喜び、廉次は駆け寄って女性を見上げた。廉次の好みよりだいぶ年上だが美人のようだ。長いストレートの髪で、レーシングスーツに似た妙な格好だ。どう見てもこの高校の先生ではない。
「おねーさんも見物に来たの?」
「まあね」女性は物静かな笑みを廉次に向け言った。「きみ、ここは危ないよ。避難したほうがいい」
「そっちだって危ないじゃん」
「まあそうだけど余計なお世話よ」
廉次は機械室を見回したがはしごは見あたらない。おねーさんはどうやって屋根に昇ったのだ?
「おねーさんマスコミの人?」
「違う。それにおねーさんて言うのはやめてくれない?」
「それじゃ……」
「わたしは御堂さくらという。きみはここの生徒?」
「うん。おれ国元廉次ッス」
「廉次くんか。この学校に浅倉っていう子がいるだろ。知ってるかな?」
「浅倉?浅倉健太ならおれ同じクラスだけど」
「そうなんだ」
御堂さくらと名乗った女性はそう言ったきり口をつぐんだ。おかげでなぜ浅倉の名前が出てくるのか聞きたくても聞けない雰囲気になってしまった。
廉次はムキになって機械室の屋根に登る方策を探った。窓の縁に足をかけて雨水のパイプを掴んで体を引っ張り上げりゃ……。実際にはイメージしてたより難儀だったが、廉次はやり遂げた。運動不足の体をむち打って死ぬ気で屋根に這い上がると、なにか大冒険をやり遂げた気がした。年上の女性ができたことをやり遂げられなかったら面目丸つぶれである。年頃の廉次にとっては大けがするより大事なことだった。屋根に登り切って四つん這いでハアハアしている廉次を、御堂さくらがあきれ顔で見ていた。
「死にそうだぞ?大丈夫?」
「どってことないすよ、ハハ……」廉次はよろめきながらなんとか立ち上がり、胡散臭そうに見つめているさくらのとなりに断りもなく座り込んだ。
「がんばったようだから特等席に座っていいよ」呆れた皮肉っぽい声で事後承諾した。..
廉次はハンカチで顔の汗を拭い、尻ポケットから取り出したスマホをカメラモードにした。
「ホントだ、よく見えるや」
天城塔子は久しぶりに名古屋の防衛省ビルに軟禁されていた。できれば関東に残りたかったが、対馬奪還から対中国戦に至るまでやや派手に立ち回りすぎたため、しばらく大人しくすることにしたのだ。塔子はやや自嘲気味な笑みを口の端に浮かべた。33歳で陸自実戦部隊で頭角を現し女傑などとうたわれたのに、いまはこうしてくだらない処世術に身をやつしている。
浅倉澄佳博士は他人の顔色など気にも留めなかったというのに……。
会議室に集まった文官と自衛艦総勢12名は、みな一様に憮然としていた。
理由はさまざまだ。
自衛隊装備が役に立たない戦闘がまた始まり不機嫌な者もいれば、首相が大阪まで逃げたと考えている官僚もいる。現政権はまたしても弱腰ぶりを発露したわけで、これで内閣はお終いなのではないかと考える者も少なくない。未知の戦いがすぐ側といってよい埼玉県で始まるのだから、政府機能の移動は合理的判断ではある。だが官房長官は首相に背いてなんとか東京に踏み留まった……皇室が京都への疎開を拒否した以上、それが筋というものだろう……。心情的にそう考える者は少なからずいるはず。
最優先機密の暗号メールが塔子の携帯に着信した。塔子はメインモニターを見ながらさりげなくメールの文面に目を通した。
(なんてこと……)
久遠一尉からもたらされた報告に塔子は嘆息した。またしても大きなスキャンダルに発展しそうな機密漏洩が持ち上がってしまった。
(くそっ……!)
たとえ今回の戦いに勝利できたとしても、波乱が待ち受けていそうだった。
「だれか、チャンネル8を大写しにしてくれ」
官僚の誰かがそう言い、間もなくメインモニターの側面にマルチ表示されていた民放のひとつが拡大した。塔子は顔を上げてその画面を見た。背後で誰かが舌打ちした。
画面には小湊総一郎が映っていた。画面のインポーズには「埼玉 浦和駅前より生中継」と書かれていた。
「音を大きく」
「――わたくし小湊総一郎は、この事態を今日一日、埼玉の皆様と分かち合うつもりであります。一歩も引くつもりはありません。この馬鹿げた「ゲーム」と称する戦いに反対するためにも、わたくしはそうする必要があるのです」
「くそっ選挙演説のつもりかね……」誰かが皮肉を吐いた。
清廉潔白、スキャンダルに縁がなく実直が売りの小湊総一郎は、官僚には嫌われている。親譲りの頑固な指導力も持ち合わせていると言われ、もし彼が重要なポストに就けば、日本の政は官僚にとってあまり面白くなくなるだろう、と見なされているためだ。単純な信念を宗とする自衛隊幹部のような人間にとっては必ずしもそうではない点もまた、彼が嫌われる理由だ。民衆からのウケの良さは言うまでもない。
現政権が維持され官僚主導が存続することが彼らの理想だ。塔子は内心苦笑せざるをえなかった。ここに集った文官たちはドゥームズデイレポートをどう思っているのだろう?あのレポートは官僚政治を目の敵にしているのに?浅倉澄佳が始めたこの戦いの行き着く先に彼らの居場所はないのだ。そして小湊政権が仮に実現したとしたら、その場合もかれらは生き方を変え、スパルタ式勤勉さを発揮しなければならなくなるだろう。
とはいえ、塔子もまた小湊総一郎を嫌っている。最初は漠然と胡散臭いと思っただけだが、父親から受け継いだアメリカに倣え式の保守的傾向が、やがてアンチバイパストリプロトロン活動という深淵に取って代わった時点で完全に相容れぬ敵となった。あの男は恐るべき選民主義者であり、ごく限られた人間が助かれさえすれば地球は燃えても構わないと考えている。
(先月のアンチバイパストリプロトロン組織騒動も難なく乗り切って、傷ひとつ追わなかった……政治家としての生命力も侮れない……)
塔子も密かに舌打ちした。身辺が危ぶめば簡単に尻尾を切る冷酷さも持ち合わせている。若槻礼子をたらし込もうとした男……小湊総一郎の大学時代の後輩は、2週間前自宅で変死体となって発見され、じゅうぶんな調査もなされず自殺として片付けられた。小湊一族に手を上げようという警察関係者はいない……。
「始まったぞ」
塔子は物思いから覚めて画面に目を向けた。エルフガインが動き始めたようだ。二体の巨大ロボットはおたがいを値踏みするように距離を測っているように見えた。
「塔子ちゃんは埼玉にいたいんじゃないの?」経産省の男が声をかけてきた。
塔子は軽く笑みを浮かべて会釈した。「まあ、今日はなりを潜めることにしました」
ここに集まった次官は塔子より年上だがみな30代だ。各省庁トップに近い若きエリートたちだった。世間が思うほど打算的ではなく、頭は良くそれなりの野心も胸に秘めているのだろう。だがこの国の現代エリートらしく将来があやふやな時代になると弱い。敷かれたレールに慣れきり、自ら道を切り開こうという気概はなかなか奮い起こせない。いまこの会議室にいても彼らの内心の不安を肌で感じた。「ゲーム」が始まった当初は武官であり女である塔子のことなど歯牙にもかけなかったのに、いまはことあるごとに話しかけ、塔子しか知らない事柄が存在するかどうか探りを入れてくる。
(育ちの良い坊ちゃんたち……)
塔子も女だから、ついつい秤にかけてしまう。エリートくんたちに対して、久遠のような男はどうか?あるいは松坂三佐。ふたりともあまり地位や名誉を気にかけず、やるべきことを淡々とこなす……だが邪魔者には容赦しない。事実、俺の前に立っているそこのおまえ、どけ、という態度を過去に取っている。平時にはおそらく目立たずダメ人間でさえあったかも知れないが、こと有事となると張り切る男たち。有能だが扱いづらい。時代遅れなマチズモの体現者でおそらく愛読書はD・フランシスかヘミングウェイといったところか。
そして松坂三佐の息子、浅倉健太は?
平凡な子だけどいっぽうでは4カ国を相手に勝利したファイターだ。国を4つ平定した英雄が歴史上どれだけいるだろう?世が世なら王として君臨してハーレムも築き放題といったところだ。実際塔子もさつきも健太が増長、もしくはやさぐれることを心配しており、それで塔子はしばしば健太と面談の機会を設けて態度の変化を観察したのだが、いまのところ本人はそうした成果を鼻にかける様子もない……そのへんはお父さんに似ている。
「ドンパチが始まらないねえ……」
「おたがい様子見のようだ」
健太はただちに突撃するつもりでいた。しかしフットペダルを踏み込もうとした瞬間である――。
「おい、健太」
「おわっ!」突然耳元に声をかけられ、健太はぎくりと飛び上がった。「なななななんだ!だれだ!?」
「そんなにたまげんなよ。あたしだよ」
「髙荷!?」健太は180度モニターの片隅を見た。いつもは「02」と表示されているだけのサブウインドウに、髙荷マリアをやや上の方から捉えた画像が写っていた。しかし彼女はシートに深く身を預けて目をつぶっている。
「なんだよ?起きてるのか寝てるのか――」
「体は寝てるけど頭は起きてるからね。とりあえず意識の一部は」
「博士が約束してたアレか?システムドライヴァーもエルフガイン起動時に覚醒できるようにするっていう……」
「そうだよ。今回から実用化してるの……まああたしが考えていたのとはちょっと違ってたけどさ……」
「またしても事前連絡無しかよ!……そんじゃ、つまり先生たちも起きてるってことなんか?」
「あたり~!」実奈の声が聞こえると同時にもうひとつのサブウインドウが開いた。実奈もまた安らかな寝顔でシートに身を預けていた。よく見ると体も頭もパッド付きの骨組みでがっちり固定されているようだ。
「今回からお兄ちゃんのこと見てるから、がんばってね~」
「わたしも見守ってますから、健太さん、がんばってくださいね」
「健太くん、先生も見守ってるから……」
「了解……」なにやら複雑な気分で健太は答えた。自分だけの時間と空間だと思っていたエルフガインのコクピットも、これでお終いか……。
「それじゃお兄ちゃん、さっそく技の名前叫ぼうよ!実奈も一緒に叫ぶからさあ!」
「遊びじゃないんだぞ!」健太は意識して厳しい声で釘を刺した。だが続けて付け加えた。「……でも一緒に叫ぶのは構わないけど」
「笑わないから遠慮なくやりな!やっつけろ!」
「分かったよ!……行くぞっ!ツインソード!」
「ついーんそーどぉ!」実奈が嬉々として追従した。
『ツインソード・アクティベート』
エルフガインが両腕を勢いよく振りかざすと、その袖口から差し渡し40メートルもある剣が出現した。その剣先を胸のまえで交差させ構える姿を見て、マリーア・ストラディバリは息を呑んだ。
「さすがジャポネーゼのロボだわ!派手な大見得ね……」
『マリーア少尉、あんなのは見かけ倒しだ。気にせず、計画通りやれ!』
「シ、コマンダンテ」
バベルガイン――ギガンテソルダートはピラミッド状に積み上がったコンテナの内部に腕を差し入れ、剣を取り出した。剣を持った片腕を前に突き出し、もうかたほうを腰だめにして古典的な構えのポーズを取った。
エルフガインが徐々に速度を上げながら距離を詰めてくる。マリーアは落ち着いて剣先をピタリと相手に突きつけた。
(迷いがある)きわめて精密なダイレクトコントロールインターフェイスを備えているだけに、エルフガインの動きには搭乗者の気持ちが直に反映されてしまう。突進を決意した一瞬、わずかな気の迷いが垣間見えたのだ。
(歴戦の勇者だ思っていたけれど、思ったよりぎこちないのね……)
巨大ロボは15㎞をあっという間に走りきってギガンテソルダートの攻撃範囲に飛び込んできた――(右か?左――)
マリーアはとっさにトラックボールを操作して左側に避け、エルフガインの突進を間一髪で交わした。エルフガインのソードが宙を切った。
(相手は右利きか)
エルフガインはマリーアに背中を曝している。が、その腰に装備された羽根のような装甲板が持ち上がり、マリーアのほうを向いていた。マリーアは冷や水を浴びせられたようなショックを受け、慌てて飛び退いた。あの腰の両側に装備されているのが強力なレールガンだと思いだしたのだ。その砲塔が火を噴き、超高速の砲弾が機体をかすめた。
(油断も隙もない!)
報告書によればエルフガインはハリネズミのように飛び道具を装備している……固定火力ではとても敵わない。しかも先日打ち上げられた巨大な宇宙要塞とリンクしていて、遠隔攻撃さえ可能だという。
(でも……!)
マリーアは素早く武器を選択した。ギガンテソルダートが腰に吊していたハンドガンを左手に握り、こちらに向き直ろうとしているエルフガインに向けて立て続けに発砲した。150㎜弾がエルフガインの肩に命中して爆裂した。
エルフガインが体勢を崩した。
(いまよ!)
マリーアはフットペダルを目一杯踏み込んで、ギガンテソルダートを突進させた。全長50メートル、600トンの特殊鋼実体剣を振り上げて斬りかかる。
だがエルフガインは地面に突いた片手を軸にして素早く向き直り、ツインソードを頭上に交差させて攻撃を受け止めた。衝突する重金属の軋んだ音が鳴り響いた。
二体の巨人が動き始めると、たちまち辺りはもうもうたる粉塵が立ち昇り、視界がかすんでいった。ド・ドン、ダン、といった腹の底に響く音が間断なく響き渡っていた。関東平野全体が微振動に揺すられているようだった。10㎞以上離れた学校の屋上にまで土の匂いが漂ってきた。なんとなく金属的な刺激臭も混ざっていて、廉次は鼻に皺を寄せた。
(戦場の匂いって奴か)廉次は手前勝手な悦に入った。
隣に座った謎の美人お姉さんは戦闘が始まるとひと言も喋らなくなり、廉次はいささか居たたまれなくなっていた。邪魔だからあっち行ってとはいわれないが、もともとお喋りなたちなので沈黙は気詰まりでしかたない。
手持ち無沙汰をもてあまし、廉次はスマホを操作してエルフガインの戦闘に関するいろいろな噂をネットから拾い上げた。謎の美女は廉次のその作業をちらりと見てなにか言いそうになったが、結局なにも言わなかった。ひとの気分に敏感なオタクなので彼女が不快に思っていることは分かったが、どうせいちゅうねん!廉次は強情を張ってスマホをいじり続けた。動画サイトにはリアルタイム中継画面もいくつかアップされ始めている。どこから撮影しているのか、組み合っている二体のロボットにものすごく近い。
「イタリア軍はどうしてるか、分かる?」
「えっ!?」廉次はびっくりしてお姉さん――御堂さくらに向き直った。「イタリア軍?」
さくらは頷いた。「ギガンテソルダートの周辺に展開している敵だよ。どうしてるかそれで分かる?」
「ええと……ちょいまち」
廉次は慌てて検索した。
「えー……ツイッターにいくつか……自衛隊もイタリアの戦闘車両も右往左往してるってさ……エルフガインたちに踏みつぶされないようにって」
「なるほど。ありがと」
「イタリア軍もなにかしてくるかもしんないって?」
「それはそうでしょ。戦争だもの」
「マジッスか……」
「要所制圧は戦争の基本だろう?まあ埼玉のまわりは陸自の半数が包囲しているから、イタリア人が持ち込んだ戦力ではなにができるものやら……」
あきらかに野次馬の一般人の言葉ではない。
「おね……御堂さん、何者なんだ……?」
「それは秘密よ」
つばぜり合いはすぐに終わった。腕部関節のトルクは互角。いくら競り合っても埒があかないと判断したマリーアは、背面ジェットでエルフガインから素早く飛び退いた。エルフガインは片膝を突いたまま右腕のソードを収納して地面に手のひらを押しつけた。
(何をしようとしている――?)着地したギガンテソルダートのコクピットで、マリーアは相手の妙な挙動に当惑した。
「ウェイブカッターッ!」
地面に押しつけられたエルフガインの手のひらから超振動が発生した。そのエネルギーは一瞬にして地面をグズグズに切り裂き、ギガンテソルダートに向かって数千トンの土砂を爆発的に巻き上げた。大地の亀裂が足元まで走り、巨体の態勢が崩れた。
「ニンジャの技――!?」
マリーアはふたたびふたたびジェットを噴かして飛び退こうとした……しかしその瞬間、土砂が猛烈な勢いでギガンテソルダートを包み込んだ。視界が茶色一色に染まると同時に接近警報が鳴り響いた。
「マリーア!ビスティアフォーマだ!」
「シ!ビスティアフォーマ!」
粉塵に遮られたギガンテソルダートのコクピットメインスクリーンに、ひとっ飛びに襲いかかってくるエルフガインの姿が垣間見えた。
ギガンテソルダートは素早く身を屈め、手足を大地について四つん這いになった。背中のブースターパックが左右に展開して巨大な翼を形作った。腕が伸び、両足は逆に短く縮んですねの装甲が太股までせり上がった。頭部が90度上を向いて、同時に首筋の装甲板が頭部を囲むようにせり上がって太い首を形作った。
最後にブースターパックの裏側に隠れていた背骨がスライドして、尻尾になった。変型は1秒あまりのあいだに終わった。
巨大なグリフォンに生まれ変わったギガンテソルダートは獣の素早さでエルフガインの攻撃をかわした。エルフガインのツインソードは一瞬まえまで敵がいた地面に深々と突き刺さった。
「くそっ!」
まんまと奇襲に成功したと思ったのに、敵が思いがけない変型を遂げて逃げおおせてしまった。土砂の中に垣間見えたギガンテソルダートはまるで別のメカに代わっていた。トラか、あるいはグリフォンのようだった。
「健太!敵は早いよ!」初めての対ロボット戦闘にやや緊張した髙荷マリアの声音が響いた。
「そうだろうな」
健太はサブスクリーンに表示されたレーダー画面を注視した。時速750㎞……とんでもない早さでエルフガインから遠ざかりつつある。
恐ろしい光景だった。
全高80メートルのイタリア製ロボットが粉塵に消え、ふたたび現れたその姿は翼を生やした四つ足の獣形態に変化していた。宙高く躍り上がった巨大グリフォンは信じがたい速度で国営公園の広い敷地を駆け抜け、安全地域と思われていた熊谷市街手前の河川敷に迫ってきた。
河原の両側に陣取って睨みあいを続けていた陸上自衛隊とイタリア軍はともに驚愕した。
「たっ待避―!」
市街地を背にしていた自衛隊機械化部隊の車両群は、街を守護しているという立場上大幅な後退もままならず、巨大グリフォンが悪夢的なスピードで接近してくる胸が悪くなる光景になかば目を奪われながら、土手の奥に車体を後退させ始めた……あの怪物が川の手前で停まってくれることを願いながらだ。
さすがに応戦せよという命令はない。
対岸に陣取っていたイタリア軍はさらに悲惨だった。
かれらは停止した装甲車の傍らにキャンプを張り、けしからんことにバーベキューパーティーの最中だった。試合を観戦しながら遅めのランチをしゃれ込んでいたのだ。双眼鏡で様子を探っていた自衛隊現地指揮官が心の底から呆れたことに、木箱にテリークロスを敷いてワインを取り出し、大鍋でパスタまでゆで始めていた。第二次世界大戦、北アフリカ戦線のイタリア軍に関する伝説を直接垣間見た格好だった。
だが豪華なランチもすべてパーになった。イタリア人たちは自衛隊よりもさらに慌てふためき、食材を放り出して逃げ出した。
イタリア陸軍の兵隊は呑気だったが、ギガンテソルダートのパイロットは優秀だった。無人地帯――日本政府によって設定された戦闘域のぎりぎりで機体を停止すると、歩を緩めて巨体を翻した。
4足歩行のバランスを保つためなのか、端から端まで150メートルに達する翼をつねに羽ばたかせている。その雄大な動きが大気を掻き回す音はバタバタという鳥の羽ばたき程度では済まず、轟々という得体の知れない咆吼となってあたり一帯に響き渡った。翼の付け根に装備された二基のエンジンポッドもタービンを回転させ、夏の大気に乱流を生み出していた。そして巨大な四肢がアスファルトを踏み砕き、無人の家屋や木を蹴散らしてさらなる騒音のカオスを作り出した。総じてまったく鳴り止まない雷のようであり、1㎞以内にいたらろくに会話もできないほど騒々しい。
ギガンテソルダートが、動物園のライオンそっくりなゆったりとした歩みでエルフガインに対峙していた。全高80メートルのロボの中にいるにもかかわらず、不思議なことに無防備で放し飼いの大型犬と遭遇してしまったような危機感を感じた。健太とエルフガインはそれほどまでに一体化しているのだった。
(落ち着け)健太は自らに言い聞かせた。もともと大きな犬は嫌いだった。しかし実際には人間が操縦しているマシンにすぎない……。
ギガンテソルダートがまっすぐ突進してきた。
「キャノンブラスト!」
エルフガインの背面と腰に装備された4門のレールガンが素早く旋回した。だが敵はその動きを察知してジグザグに向きを変え始めた。照準が定まらない。
逆に、ギガンテソルダートが背中に背負った特大のバルカン砲が火を噴いた。1秒間に5発の75㎜砲弾が放たれ、エルフガインの装甲を叩いた。
「きゃあ!」礼子先生のあられもない悲鳴が耳朶を打ち、健太は慌てて火線から飛び退いた。
やはりいままでの敵より上手のようだ。つけいる隙がなかなか見つからない。
ギガンテソルダートは全力疾走しながら、なにやらでたらめに発砲している……すぐに弾けて赤みがかった煙幕をまき散らしていた。チャフディスペンサーの一種のようだ。レーダーが攪乱されている。
「スゲえ……」
廉次はいつの間にか立ち上がっていた。二体の巨大ロボは互角か、エルフガインがやや押されているように見えた。イタリアのロボットが変型した際にはネット全体にどよめきが走ったように思えた。廉次も同様だ。相手は変型機構を備えている!
「変型」。それは「合体」と並ぶロボットのステータス……日本の男児であればだれでも承知のことである。合体ロボより変型ロボのほうが合理的で強い、という意見も多々ある。それはアニメ作品に対する議論ではあったが、いまこうして実際に(・・・)一定の答えがもたらされようとしているのだ。
粉塵から巨大なグリフォンが躍り出たその瞬間、畏怖と複雑な嫉妬で廉次の胸に熱いものがこみ上げてきた。
歴史的瞬間、といえた。
その場に立ち会えることに廉次は喜びを感じていた。
突然脇から腕を引っ張られ、廉次はバランスを崩してへたりこんだ。
「な、なにすんだよ!」
「身を低くして!」御堂さくらが鋭く囁いた。
「なに?」
さくらは学校の正門のほうを指さした。装甲車が列をなして坂を登ってくる。それが自衛隊車両ではなくイタリア軍のものだと気付いて、廉次は冷や水を浴びせられたように身をすくめた。
「あいつら敵じゃないか!なにしに来たんだ?」
「この学校の裏の山中にある施設に用があるんでしょう……」
「施設って……エルフガインの地下基地を襲うつもりなのかよ」
さくらはその問いには答えず、考え込んでいるようだ。
「宝探しか……」
「は?」
「奥多摩の貯蔵施設がダミーだとバレたから……」
どこからかプツンとマイクがオンする音が聞こえ、次いでサイレンが鳴り響き始めた。 「な、なんだこんどは?」
「これは空襲警報でしょ?訓練で習わなかった?」
「そうだっけ?……ていうか空襲!?まずいじゃん!」
御堂さくらは空を仰いだ。晴天で、雲は遙か富士の方向にわずかに浮いているだけだ。
「落ち着いて。爆撃機の編隊が来襲するわけではなさそうよ。おそらくジャッジシステムがなにか小隊不明機を探知したんでしょう」
なにもかもが一度に持ち上がって、エルフガインコマンド発令室も慌ただしさを増していた。
「慌てるな!南下してくる敵装甲機械化部隊は囮だ。懐深く潜り込んでくるまで攻撃は控えろ。本隊は別にいる。おそらく特殊部隊だろう」
久遠一尉は受話器を耳に押し当てて基地防衛部隊に指示を飛ばしていた。
「やつらの目的はバイパストリプロトロンコアの捜索だと思われる。……ああ、この基地にあると踏んだんだろう。同時に、できるだけエルフガインコマンドを破壊しようとするはずだ。制圧目的か分からんが……そうだな、最悪を想定してくれ。A2搬入口のランプに一個小隊を配置して、敵が現れたら応戦開始だ。よろしく」
「久遠一尉!」
「なんだ?」
「群馬上空のA―WACSより報告、ドップラーレーダーにわずかながら感ありとのことです。横田のF―2を向かわせています」
久遠は顔をしかめ、島本さつきを見た。
「ステルス機?」さつきが言った。
「そのようです」
「イタリアとは考えられないわね。あの国にステルステクノロジーは無い……」
「はい。米軍かあるいは……」
「爆撃機かしら?」
「違うでしょう。今の段階で単機かそれに近い機数で散発的な攻撃を加える意味がありません。核攻撃するつもりなら別ですが……」
「そんな雑な攻撃を仕掛ける意味もないと思うけれど」
とはいえ、突拍子もない新兵器が投入されたのかも知れないし、敵がつねに合理的な判断を下すとは限らない。「ゲーム」と称するこの戦争では、新しい兵器テクノロジーが投入され続けていた。国によっては10年20年の技術格差が生じている。つまりはその結果、既存の軍事常識では計れない、だれにも予測が付かない戦いが起こるのである。
群馬上空を飛行している物体も、未来的な何かなのかも知れない。
「やつら、本当にバイパストリプロトロンコアがここにあると考えていると思います?」
「ひとつひとつ調べてみようって魂胆でしょ?奥多摩でなければここ、そうでなければ……」
「静止軌道上、ライデン1型に載せて打ち上げてしまった、そう考えると……?」
「そうよ。直接コアを奪取すれば戦いは終わると考えているのね。なぜか」
博士はメインモニターに向き直った。エルフガインは高速で走り回る敵と一進一退の攻防を続けている。久遠は博士の横顔をちらりと見て、すぐに目を逸らした。じつのところコアの貯蔵場所は日本国内でもトップレベルの秘匿情報であり、久遠自身も知らされていない。島本博士に「どこにあるんですか?」と気楽に尋ねただけでも好ましからざる人物扱いされかねない。
ひょっとしたら、島本博士も知らないのかもしれない。
いかにステルス機といえども、晴天の空で飛んでいる姿を隠せるわけではない――少なくともいままではそうだった。
だがF―2編隊がA―WACSからもたらされた位置情報に従いアンノウンの推定進路をいくら辿っても、敵の姿は見あたらない。
「ソード12,ネガティヴコンタクト」
パイロットから落ち着いた声で報告がもたらされた。厚木ジャッジでは困惑が増していた。
「誤報か?」
「いえ、オービットリンクでもセンサーに何か引っかかりました」
「まさかな……」指揮官の頭に光学迷彩、という言葉が浮かび、首を振ってその言葉を振り払った。米軍が真剣に開発中というのはなにかで見たが、実用化したという話は聞かない。
だがだれも知らないからこそ秘密兵器なのだが……。
「くそ……」
指揮官はしぶしぶと受話器を取り、エルフガインコマンドとの直通回線を開いた。ばかばかしい考えでもあのびっくり箱に報告すればなんとかなるのではないか、という思いも心の隅にあった。
まったくこの戦いは常軌を逸している。
「お兄ちゃん、どっちかって言うと実奈たち押され気味な気がする」
「さすがだみーにゃん!良く気付いた」
「打開策はないの?」
「ちょっと思いつかないな……みーにゃんはなにか良い考えないか?」
「ビームローラーっての、ちょっと使ってみなよ」
「なに?……」健太はただちに武器アイコンをスクロールさせ、おびただしいリストの中から実奈が言った「ビームローラー」を選び出した。「これか……よっしゃ、使ってみるぞ。ビィィィーム!」
実奈がほとんど同時に叫んでいた。「ろぉーらーッ!」
エルフガインが両腕を左右に拡げた。
動きを止め、大の字で立ち尽くした敵の姿にマリーアは思った。「チャンス!」
エルフガインの袖の辺りから紫色のプラズマが生じ、その光が高速回転しながら大きな光の輪を形作った。
またしてもニンジャじみたワザなのか!?マリーアは突撃を中断させ、ギガンテソルダートの向きを変えた。
「しまった!」接近しすぎだ。背後を振り返ると、エルフガインがボーリングの球を投げるように腕を振っていた。すると袖に留まっていた光の輪がエルフガインから離れ、信じがたいことにこちらにまっすぐ転がってきた。
「まさか!」
日本人はバイパストリプロトロンエネルギー研究の最先端を行っている。つまり電力や爆発的推進力といった単純な利用法だけではなく、「第二段階」と呼ばれる特殊な利用法を開発している。さすがセンセイ――浅倉博士の国だけある。
それはともかく
二本の光輪がギガンテソルダートに迫ってくる。マリーアは進路を変えた。しかしエルフガインが腕を振り上げると、まるでマリオネットかヨーヨーを操るように光輪が向きを変えた。
「なんだってのよ……この……!」
光輪がギガンテソルダートを捉えた。
凝縮したエネルギーの鋸が装甲を切り裂き、高熱が内部のシステムを焼いた。
「うわあああ!」
破壊されるギガンテソルダートの回路に過電流が走り、火花が飛び散って四肢が激しく痙攣した。サスペンションシステムもエラーしたため、マリーアの乗るコクピットも激しく揺すぶられた。メインモニターが明滅してダメージリポートのアイコンがいくつも灯った。
光輪が消失したときにはギガンテソルダートは完全に停止して、ボディーのあちこちから黒煙が立ち昇らせていた。
「やったか!?」
『まだよ、健太くん。仕様書通りに作られているならバベルガインはまだ破壊されていない』
「でも博士、かなりダメージを負ってるみたいだけど」
『故障率40パーセントというところね……機動性は格段に落ちたようだけれど油断しないこと。焦って仕留めないで』
「了解!」
健太はエルフガインをゆっくり前進させてギガンテソルダートとの距離を詰めた。
落ち着いて対処せよといわれても、あのロボットがエルフガインと同じ機構を完コビしているとすると、自動回復システムも備えているはずなのだ。健太は一度見せてもらったが、エルフガインの内部には全長3メートル、太さ15センチくらいあるヘビ型ロボットが這いずり回っている。そのロボットたちが頭部に備えた工具で手早くダメージコントロールを施してしまうのだ。
健太が見ているうちにも黒煙が収まり、ギガンテソルダートがぎこちなく動き始めていた。
後ろ足で立ち上がり、ゆっくり人型に戻ってゆく。
エルフガインの行く手に、ギガンテソルダートが変型した際に捨てた大剣が地面に突き刺さっていた。健太はそれを地面から引き抜いた。
「健太くん、何をしようとしているの?」礼子が困惑した声で話しかけてきた。
「心配ないよ、先生」
健太は無線システムを広域にセットした。
「ギガンテソルダートのパイロット、聞こえるか?」
軍用無線機がノイズの中から通信派を傍受して自動的に周波数を探った。日本語で呼びかけてくる相手にマリーアはハッとした。
『ギガンテソルダートのパイロット……マリーア、聞こえるか?』
「聞こえています。戦闘中だわ。こんなふうにお喋りするのは適切ではないと思う」
『マリーア、俺だ。浅倉健太』
「……健太?」
『そうだ、言いそびれてたけど、俺がエルフガインのパイロットなんだ……』
マリーアはヘッドレストに重々しく頭をもたせかけた。
「そうだったんだ……あなたが」
『ああ。あのとき告げられなくて、なんとなく引っかかっていた。決着をつける前に言っておきたかったんだ』
マリーアは疲れた笑みを浮かべ、頭を振った。
「そう……気にすることないのに、わざわざ名乗り上げるとは……あなた人が良いのね。……でも嫌いじゃないかも」
エルフガインが大剣を放ってよこし、ギガンテソルダートの足元の地面に突き刺さった。
マリーアはその大剣の柄を掴むと、地面から引き抜いた。
「正々堂々、最後の戦いということね……」マリーアは独りごちた。すでに無線は切られていた。なかなかどうして、あれが日本の男児というものか。
戦いが終わったらデーとしてあげてもいいかも……。
二体の巨大ロボットがふたたび対峙した。
「健太、いまのはなかなか格好良かったよ」健太の耳元でマリアが言った。
「ちゃ、茶化すない!いまから真剣勝負なんだから、気ィ引き締めろよ」
「分かったよ」
「どうやら最後の対決って雰囲気だぞ……」
廉次は剣を構えて向き合った二体の巨大ロボを食い入るように見つめた。ふと、その傍らで御堂さくらが立ち上がる気配を感じて振り返った。
「出番だ」
「へ?」
「きみも危なくなったら待避してよ……それじゃ」
「それじゃって、どこか行っちゃうの?」
御堂さくらは黙って背を向けると、機械室の縁に向かって駆けだした。
「ちょっと!そっちは……」
それ以上廉次が叫ぶ間もなく、さくらはなにもない宙に向かってジャンプした。
やっちまった!目の前で人が飛び降りたショックに廉次は立ち上がった。最悪の結果を予期しておそるおそる機械室の屋根を横切ると、得体の知れない振動がどこからか沸きあがった。
「ななななんだ!?」
学校のグラウンドに何かがいる。
光の具合がなにかおかしなことになっていた。グラウンドとその向こうのネットが揺らめき、ぼやけた像が徐々に個体を形作り始めた。
片膝を突いた御堂さくらがふたたび現れ、廉次の5メートルほどまえをどんどん上昇してゆく。なにか巨大な機械……機械の手のひらに載っていた。廉次がぽかんと見とれているあいだにさくらはどんどん上昇してすぐに見えなくなった。巨大ロボットが立ち上がっているのだ。
(あんな奴がずっと背後のグラウンドにうずくまってたのか……!?)
それはひと月前、種子島に現れたあのロボットだった。
現地で撮影された映像はごくわずかだったが、ニュースで繰り返し取り上げられ、ネットでできうるかぎり細部検証されたのでひとめで分かった。なんせ「謎のロボット」が出現したのである。宇宙全体に謎のエネルギーが満ちているなんて話よりずっと夢中になり、廉次もひたすら情報を掻き集めたのだ。
それが、いま目の前に出現していた。
しかもパイロットはあの美人なお姉さんに違いない!
「スゲえ……!」思いがけない超展開の連続に廉次はただただ唖然とした。巨大な関節機構が轟音を響かせ、「謎のロボット」が4階建ての校舎と廉次の頭を難なくまたぎ越え、校門前のアスファルト舗装を粉砕しながら大いなる一歩を踏み出した。
それだけであたり一帯は躁病的な喧噪で満ちあふれた。騒音と振動に襲われながら廉次はその場にうずくまって、わけもなく笑い出していた。
健太が最後の突撃を決意してフットペダルに力を込めようとしたそのとき、メインモニター頭上にアラート警報が瞬いた。
「健太!真上!上空3000メートルにアンノウン!」間髪入れずにマリアが叫んだ。
「なんだよ!新しい敵!?」
マリーアもまた頭上を振り仰いだ。
「まさか……!」
巨大なブーメラン様の黒いシルエットが蒼空を遮っていた。
マリーアはその航空機を知っていた。
「なによ!あんたが現れるなんて聞いてないわよ……!?」
その航空機は米空軍のステルス爆撃機B―2に似ていたが、翼長は5倍以上に達していた。似ていたのはかたちだけだ……B―2はホバリングなどできない。しかしその機体はエルフガインとギガンテソルダートの頭上に留まっていた。
その機体の腹からなにかが分離した。
島本さつきと久遠もまた、予期せぬ展開に為すすべもなくメインモニターを見守り続けた。
「博士、あの巨人機の胴体下面からなにかが投下されました」
「拡大できる?」
画面が何度か切り替わり、やがて落下してくる物体に焦点が結んだ。
それはロボットだった。つや消しの濃紺一色に塗られた巨大ロボ。
久遠の傍らでさつきが「ちっ」と舌打ちした。
「ヴァイパーマシン……しかも……」久遠はさつきを見た。
さつきは頷いた。
「その通り、またしても浅倉博士の遺産だわ」
「エルフガインの兄弟……ッスか」
「あれはCガイン」さつきは頭痛を抑えるように鼻梁を揉んだ。「……通称コルトガインよ」
新たに姿を現した巨大ロボは、猛烈な着陸ロケットを噴かしてギガンテソルダートの背後に着地した。
ギガンテソルダートがその機体に向き直り、大剣の切っ先を向けた。
「ルイ・ジェロ―ル、あなたの出る幕ではない!」
健太もまた妙な成り行きに戸惑っていた。
「あいつらなにしてるんだ?」
「健太くん」
「はい、先生」
「イタリアのロボットのパイロットがもう一体のパイロットと無線で交信している……フランス語のようだわ」
「フランス語?まさかあの新しいロボ、フランス軍なのか?」
「でもあのイタリア娘の援軍にしては様子が変じゃない?」マリアが考えを述べた。
「そうだよなあ……剣を向けちゃって、現れて早々仲間割れか?」
『マリーア……そんなに嫌うことないだろ?』
マリーアの耳元に若い男の声が囁いた。
「わたしの名前を気安く呼ばないで!それにいまさらのこのこやってきて支援のつもり?お呼びじゃないのよ。さっさと帰りなさい!」
『なに、ぼくはちょっとえらい人の言づてを告げに来ただけさ……』
「なにを……」
濃紺の巨大ロボ、コルトガインの姿がぼやけた。同時にレーダーセンサーも機体のロストを告げた。
「貴様!」
健太たちが見ているあいだに突然、濃紺のロボが姿を消し、ギガンテソルダートが剣を構え直した。
「なにが起こってんだよ……」
濃紺ロボがふたたび姿を現したときには、ギガンテソルダートの背後に完全に回り込んでいた。
巨大な鎌を、ギガンテソルダートに向かって横一文字に振り切ろうとしていた。
「よせっ!」健太は思わず絶叫した。
だが陽光を浴びて凶悪に煌めく刃はギガンテソルダートの背中に叩き込まれ、砕けた装甲板と機械をまき散らしながら胸から飛び出した……。
『……イタリアとフランスの軍事同盟は決裂だ。それだけ伝えたかったのさ』
破壊されるギガンテソルダートの体内で、激しく揺すぶられるマリーアの耳にそれだけが聞こえた。
暗転。
「なんてことしやがる……!」
健太はフットペダルを叩き込んで新たな敵に突進した。
濃紺ロボは、動作停止してマリオネットのようにうなだれたギガンテソルダートの頭を掴み、エルフガインに向けて盾のように掲げた。その胴体前面にはまだ痛々しく鎌が突きだしている。
「くっ……!」
健太は突進にブレーキをかけざるをえなかった。
濃紺ロボの姿がさきほどと同様にフッと消えた。
「健太くん動きを止めてはダメ!」さつきの叫びが耳元に響いた。
「しまっ……!」
ギガンテソルダートが地面にくずおれた。
エルフガインが何者かに横から押しのけられた。金属の衝突する耳を聾する大音響と衝撃が一体となって健太を揺すぶった。
(やられた……!)
激震に遠のきかけた意識の片隅で健太は思った。
エルフガインコマンド発令室に詰めていた全員が沈黙してメインモニターを見続けていた。
またしても新しいロボットが出現したのだ。
「あれは……種子島に現れたやつだ……」
種子島に上陸した米海兵隊のヴァイパーマシンを阻止した謎の「支援ロボ」。どうやら味方のようだ、という以外にはなにも分かっていない。たったそれだけでは信頼するわけにもいかず、久遠や自衛隊にとっては少なからず頭痛の種となっていた。驚くべきことにあらゆる早期警戒網をかいくぐって、エルフガインコマンドの膝元にずっと潜んでいたらしい。
そのロボットがエルフガインを押しのけた。そしてフランス製と思われる濃紺ロボ……コルトガインの不意打ち攻撃を、交差した腕で受け止めていたのだ。
力任せに押しのけられたエルフガインは派手につんのめったが、ジャイロブースターの働きで駒のように機体を回転させ、転倒を免れていた。
『健太くん!』
切迫した島本博士の声に健太は頭を振った。
「ハイ……はい。だいじょぶ」
ぼんやりした頭でメインモニターを見やると、信じられないことに二体の巨大ロボットが組み合っているではないか。
「なんだ……?いったいなにがどうなってんの……」
「健太お兄ちゃん!」実奈が言った。
「おう、みーにゃん無事か?」
「お兄ちゃん、あのロボット、種子島で実奈を助けてくれたやつだよ!」
「え?マジでか……」
『そうだ健太。味方らしいが、確かじゃない。まだ気を抜くんじゃないぞ』久遠が言った。
「了解……」
組み合った二体のロボットの頭上に光が差した。
「主審」の多面体UFOが出現した。
地面に力なく横たわったギガンテソルダートの腹から、バイパストリプロトロンコアの欠片が現れた。その欠片が上昇して、ブルーに輝く球体に吸収された。イタリアのコアだ。しかし間もなくその所有者はフランスに代わり、審判は下された。
無線機からフランス語が聞こえた。
「あの濃紺の機体に乗ってるやつか?」
「そうみたいね」礼子が言った。「勝負は次回に預けると言ってるわ……」
コルトガインと謎の支援ロボがおたがいに身を引いた。
コアを掴んだコルトガインのからだから白い蒸気が噴き出し、三つに分離した。
分離したパーツがそれぞれ航空機に変型して瞬く間に上昇してゆく。
(たまげたな)
健太は三機のフランス製ヴァイパーマシンが巨大ブーメラン機と一緒に飛び去るのを見つめた。(こんどは三機合体メカだ……)
三日後。
高校生活が再開して、朝のホームルームを控えた慌ただしい教室の中で、健太はぼんやり机について考え込んでいた。敗北はしなかったが勝ちもしなかった。健太にとっては初めての経験であった。感覚的には敗北に等しかった。それで三日たった今でもくよくよ考えている。
イタリアはフランスに裏切られ、バイパストリプロトロンコアをまんまとかすめ取っていった。
(きたねえ手使いやがって……)
行き場を失ったイタリア軍は日本に投降したかたちだ。
できるなら本国に帰りたい。イタリア軍指揮官の要望に日本政府は善処すると応えた。彼らにとっては帰還こそ苦難の道だ。イタリアはフランスに占領されたのだ。
マリーア・ストラディバリは生存していた。
その知らせに健太はホッとした。
始業の鐘が鳴り、礼子先生が教壇に上がった。起立―例―着席。
「おはよう、えー……明日から夏休みですが、私たちのクラスにまた新しいお友達が加わることになります……」
こんな時期に転校生?ざわつく生徒たちに静かにするよう言うと、礼子先生は続けた。
「それじゃあ、入って」
金髪の白人少女が弾むような足取りで現れた。教壇の傍らでくるりと前に向き直った。
「ええ……と、短期留学生としてイタリアからいらっしゃった……」
「マリーア・ストラディバリでーす!」
生徒全員がぽかんとしている。
健太もまた同様だ。
「おいおい、あの子って確か……」
「あのロボットのパイロットじゃ……」
「みなさん静かに」
「浅倉健太!」
マリーアが嬉しそうに健太の名を言って片手を振っている……。
クラスの全員が健太に注目した。
「や、やあ……元気?」静まりかえった教室で、健太の声が不自然に響いた。
「わたしはぴんぴんしているわ!ありがとう!」
マリーアがまっすぐ健太に駆け寄り、屈み込んで頬に接吻した。
女子が「きゃっ!」とどこか嬉しそうな悲鳴を上げた。
どよめき。
マリーアは戸惑いまわりを見回した。
「あら、なにかヘンなことしちゃった?」
「ま・マリーアさん。日本ではあまりそういうことはしないの……」
「そうでしたわね、先生、ごめんなさい」そう言いながら健太のすぐ脇に空いていた机に腰を下ろしてしまった。
健太は呆然と固まっていた。廉次が振り返って健太の肩を強く揺すった。
「てめーッ!なんでマリーアちゃんと知り合いなんだよ!しかも……しかもほっぺにチューまで……」
「えーと……」
「あら、だってわたしたち親密な仲ですもの」
健太は声もなくマリーアを振り返った。
「親密……?」廉次はよろりと立ち上がった。「親密ってどーいう意味なんすかっ!」
マリーアが健太の肩に身を寄せて続けた。
「健太はエルフガインのパイロットでしょ?先日の熱い戦いを経験したらもう他人とは思えないわ」
ふたたび教室が静まりかえった。
「最悪」健太は呟いた。




