あの大地震
数千年前、ラル・ワールドが出来た頃の話だ。
ラル・ワールドに風が吹かなくなった理由の一つに、ある魔術師が関わっていると言われている。というより、風がなくなったほとんどの原因がその魔術師にあった。
その魔術師の名は「クラニス・レイン」
クラニスは、ラル・ワールド創生者の一人であり、同時に世界に数えるほどしかいないという、風を操る魔術師でもあった。
ではなぜ、クラニスはラル・ワールドから風を無くそうとしたのだろうか?
それは約千年経った今では、誰も知る由はない。
ただ、ラル・ワールドの風を無くした者、その者こそが、その「クラニス・レイン」だという事実は今でも変わらない。
それが本当かどうかはともかくだ。
*
ある日のことだ。
モルガに小さな地震が起きた。
それは、よく注意を払えば感じることのできるものだったが、それでも村人数人は、‘不吉の予兆‘として気味悪がっていた。
村の外の草原が地震によって揺れている。
それは人々に、風が吹いたことを錯覚させたが、そんなはずはなかった。
小さな地震が起きた頃、レンは丘の上にいた。
無論、あるはずもない風を感じていたのである。
風に意識を集中していたのか、レンは地震が起きたことに気づいてはいなかった。
丘の上の草原も揺れている。それにレンは気づかない。
いや、彼にとっては、常に風で揺れているような感覚なのだろう。
もちろん、風は吹かないから草原は揺れない。
*
その日の深夜だ。とんでもない不吉が起こった。
とんでもなく大きな地震が、モルガ村周辺を襲う。
それは、レンがいつも行っている丘の上にもやってきたのである。
時間帯は深夜2時、いつも丘の上にいるレンさえもが、寝ている時間だ。
村の中では、ただ一人、ジェライドだけが起きている。
彼は地震が起きたことを察知するなり、表に出て、安全を確保した。
「くそ、やっぱりさっきの小地震は、この大地震の予兆、前触れだったんだ。村のみんなを起こさないと...でも、本当に大きな地震だ。皆を起こしている間に、村が壊滅するかもしれない」
何やらブツブツとジェライドが呟いた後、彼はある一つの決意をした。
本当に安全を確保するために、村の外へ出ることだ。
「村の皆には悪いが、俺は外へ出させてもらう」
そう言って彼は、村の外へ出た。
外では草原が、さっきの地震の時よりもはるかに大きく揺れている。
これももちろん風ではない。地震による揺れによる反動である。
「すまない、みんな」
村の入り口からは、必死に逃げようとするジェライドの背中のみが見える。
*
その翌朝のことだ。
村は...ほぼすべての建築物が破壊され、見るも無残な状態だ。
もともと、村にある建築物は、丈夫なもので作られてはいない。
ほとんどが木製のもので、大きな衝撃を受けると脆くも崩れ去る。
「皆、大丈夫か!?」
朝一番に起き、村人を集めた村一番の若頭ゼブは、まずは村人の安否を確認する。
「何人か被害者が出たみたいだな...。だが仕方ない、あれだけの大地震だったんだ。しかも深夜...気づかない者がいても仕方なかった。現に、我々ほぼ全員があの深夜の地震は気が付かなかった」
ゼブは悲壮感漂う様子だ。無理もない。自分が深夜に起きて、村人たちを起こせばよかった話だ。
「何人死んだんだ?」
村人のロブスが不満そうな顔でそう言った。
「ここに集まっているのは、たった13人だ。この村の総人口は約50人。他の全員は、みんな死んだっていうのか!?」
「残念ながら...」
ゼブはロブスから目をそらした。
「倒壊の被害を受けた奴らは、皆少なからず無残な状態にある。しかし、運よくその倒壊から避けることが出来たのが、この13人なんだ。誇らしいことじゃないか」
「何を馬鹿な...」
ゼブとロブスの口論が続く中、残った13人のうちの一人、レンが口を挟んだ。
「死んでしまった人のことは悲しく思うよ。でも、死んでしまったものは仕方ない。もう生き返らないんだよ。その事実を受け入れないと、僕らは前に進めない」
「確かにレンの言うとおりだ」
そこにレイジュがさらに口を挟む。
「いつもは風だ風だ言うようなレンに同意すんのは気に食わねぇけどよぉ、現に村がこの状態なんだ。もうどうすることもできない。とにかく政府に頼んでこの惨状を...」
「政府はだめだ!」
ゼブが我を失ったような大声で言った。
「この村は、政府の合理の元で成り立っていない。まぁほとんどの村がそうなんだが...それを政府も黙秘している。だが、こんな状況になって、政府がこの村にまともな処置をとるか?俺はとるとは思えない。必ず放っていかれる。なぜなら政府の監視対象じゃないんだ、この村は...」
じゃあどうすれば...と村人の数人は言う。
「もうどうすることも...」
ゼブは半ばあきらめたような表情で、俯いて黙ったままだった。
*
(そうだ、風だ!)
レンは村を駆け出し、あの丘の上へ行こうとした。
「おい、レン!?」
レイジュはそのあとを追った。
「あの丘さえあれば、俺はまだ...死んでない」
村からあの丘まで約1km。無我夢中に走り、減速はしない。
着いた途端に息を切らし、上を見上げる。
「やっぱり空は青いなぁ」
そんな関係のないことにも気をめぐらしながら、レンは丘を登ろうとする。
「待ってくれよ、レン...」
その後ろを追いかけていたレイジュが、レンに追いつき、丘の前へときた。
「こ、これは...?」
それは別に、あの大地震が起こったのだから、珍しいことでもなかったが
レンにとってはありえないことであり、同時に全てを否定された感覚を感じた。
「丘が...崩れてる...?」
それは丘の上に登れないことを示していた。丘があったはずの場所は無残にも、何もないような状態に変貌していた。
「ウソだろ...何もないなんて...」
この光景に、レイジュも少なからず唖然していた。
いつもは丘の上に登るレンをバカにしていたレイジュだが
流石にそれが崩れたとなると、驚くしかなかった。
いや、レイジュもレンの生きがいが丘の上で感じる風しかないと分かっていたのだ。無理もない。
本当に驚いて絶句していた。レンもレイジュも
レンはその場に倒れこみ、そして気を失った。
「おい、レン!?しっかりしろ!おい!」
そのレンを起こそうと、レイジュは必死にレンの体を揺するが、ビクともしない。
本当にレンには風しかなかったのだ...