序章 -風を感じる-
「心地よい風が吹いている...」
場所は丘の上、一人の少年が、わざとらしくそう呟いた。
しかし、その場所に風などは吹いていなかった。淡々と照り付けられている太陽の下、人々は存在している。
そんなことも関係なく、少年はこう呟くのだった。
「心地よい風が吹いている...銀色の風だ」
*
この世界、「ラル・ワールド」には‘風‘が吹かない。
つまり、常に‘凪‘の状態にあることを、人々は既に認知していた。
自然に流れる、心地よい風を、人々は体感したことが無いのである。
しかし、小さな村、「モルガ」に住む一人の少年、レンは、そのことを理解していない。
いや、それどころか彼は、いつも「常に風を感じている」と、言い張るのである。
村人たちは、いつもそんなあり得ないことを言う彼を、罵倒していた。
「やい、レン!また丘の上に登って、何をしようっていうんだ。まさかまだ、風が吹いてるとか、言い張るんじゃないだろうな?」
レンの3つ年上であるレイジュは、丘の上に登る支度をしていたレンにそう言って馬鹿にした。
「違うんだよレイジュ、風が俺を呼んでるんだ。だから俺は行かなくちゃならない」
ワクワクした目をしながら、レンはそう言った。
「フン、勝手にしろ、崖の上から落ちても知らねぇぞ」
レイジュはそう言い捨てて、そそくさと去って行った。場所はレイの家の中である。
*
丘の上に登ったレンは思った。
「どうして皆ここに来ないのだろう。ここにはこんなにも心地よい風が吹いているというのに」
息をめいいっぱい吸い込んで、めいいっぱい吐く。
自然な空気とともに、自然な風が踊っている。
風は、ここにある。見えないけれども、確かにここにある。
「銀色の風が吹いている...銀色の風が...」
風は確かにそこにある。
レンは時間も忘れて、丘の上で風を体感していた。
誰しもが存在しないと思っている、風を...。