食べ物は手放さない
町に着けば、馬ならば厩舎に繋ぐか、それとも乗ったまま警備をするか、を選ぶ。
詰所に到着すると、自分が来た事の証明を規定の紙にサインしておく。それをしておかないと、給料が減る。
次第に今日の警備の担当が集まって来た。不思議な事に、遠くに住んでいる人程早く来る傾向がある。
仲間とかに聞くと、「近いから、まだ大丈夫と安心するのさ」という答が大体だった。
稀に、変な答が返って来る事もあったが。
家族を持ち、町に住んでいる同期や、先輩、後輩も少しずつやって来ていた。
喋るのは楽しいが、同じ質問をされるのはうんざりだった。この件を今日は何度繰り返すのだろうか。
警備の時間になり、全員ペアになって散開していく。今日は、先輩であるドラク・イトラとペアを組む事になった。
身長はリドムと一緒位のやや高めだが、体格は細めのリドムと違い、がっちりしている。
性格はその見た目通り、大柄で人が良い。
今日は、馬を連れずに行くみたいだ。
「お前、こいつを連れて行くのか?」
「残念ながら、俺に決定権はありません」
そう言うと、呆れた目で見られた。多分、ドラクさんもこの銀鹿とはやっていけないだろう。
隣で座って待っている銀鹿に話し掛ける。
「馬と一緒に居るのは嫌か?」
銀鹿は頷く。
「なら、一緒に歩くとするか」
リドムは歩く気分だったので、そうするしかなかった。
角の性で横幅が馬の2倍程あるが、通行人を邪魔せず歩く事が出来るだろうか。
それが心配だった。
「決まりました」
リドムがドラクに振り向いて言うと、ドラクは不満気に言った。
「お前に決定権が無いとは、どういう事だ?」
「馬が人間と同じ知能を持っていたとしたら、どうなると思います? 全ての命令には従わないでしょうし、好き勝手に走ったりもするでしょう。
こいつとは互いに妥協し合って、関係が成り立ってるんです」
ドラクは、その確信めいた口調を変に感じた。
「確かに、それは分かった。……1つ確認するが、お前はこの銀鹿と今日の朝に出会ったばっかりなんだよな?」
「はい」
「あのさ、何でそんな確信したように言えるんだ?」
リドムは少し考えてから言った。
「こいつと俺は、似ているのかもしれませんね」
ライルに言われた事だが、この朝にあった出来事を振り返ってみると、銀鹿も自分と同じマイペースな感じがした。
「なるほど」
ドラクも、何となくと言った感じだが、納得したようだった。
「じゃあ、行くぞ」
銀鹿を挟んで2人は歩いていたが、今朝と同じく注目の的となってしまった。
人に囲まれている中、ドラクがリドムに小声で話す。
「こういう、他に注目が集まって来る時こそ、盗みとかは起きやすい。
俺はこの外に居る。何かあったら呼ぶからな。その時はすぐに来い」
「分かりました」
がたいの良い騎士が見回っている時点で、泥棒を出来る度胸のある奴がこんな田舎に居るとは思えないが。
そうは思いつつも、万が一何かあってしくじったら、ぶん殴られるのは確かだったので、周りの人よりも店の出入り口に注意を払っておく。
かと言って、リドムは自分の財布が盗られる危険を考えない馬鹿ではなかったので、財布にも用心はしておいた。
銀鹿は貰ったパンを、籠を咥えたまま呑気に食べていた。
それと、籠の中の野菜はいつの間にか少しだけ減っていた。ただ、魔獣から物を盗るような危険知らずまではここに居ないだろう、と思った。
「今日は人一倍疲れた気がする……」
正午の鐘が鳴り、大体の人が昼飯に行き、閑散とした所でリドムはドラクに言った。
「俺もだ」
特に何も起こらなかったのが幸いという所だろうか。
昼飯が終わるまでが、午前の警備の時間だ。後、少しの時間だろうけれど、2人は動く気も余り無かった。
銀鹿はそんな2人など気にせず、貰った食べ物をもさもさと食べ続けている。
「ま、こいつに関する興味もその内薄れるだろ」
「そうですね」
そうなれば、注目もされず、いつも通りの警備に戻る。銀鹿にとっては、食べ物が貰えなくなって困る事だろうけれど。
ただ、リドムはそれが銀鹿の食費の増大に繋がる事に気付き、少し複雑な気分になった。
「ああ、これから訓練か……」
かなりげんなりした気分になる。今日は楽しようとリドムは決意した。
「ドラクさんは午後から何かあるんですか?」
「今日はもう、何も無いが明日から郊外の見回りだ」
「それは……ご苦労様です」
郊外の見回りと言えば、ここでは雑木林の中、町の近くにある森の中を見回る事だった。
元々1日掛かりでやる見回りであり、辛いのに加え、夏から秋に掛けては虫が沢山発生していたりするので、嫌な仕事の上位に入る。
くたくたになった後の飯、酒が美味いという利点はあるが。
その後も町の中を見回り、飯の時間の終わりを告げる鐘が鳴る時間を、町からではどこからでも見える高い時計塔で見計らう。
大体の騎士がそうしているので、鐘が鳴ると同時に、その大体の騎士が詰所に戻って来る。
訓練は数刻後からだ。
「食いにでも行くか?」
「そうしますか」
その時だった。
「ドロボーッ!」
遠くから聞こえた声に、騎士だけでは無く、そこに居た全員が止まった。
誰もが馬から降りていてすぐには走り始められない。それを見て、リドムは既にしゃがんでいた銀鹿にさっと乗り、いち早く音の方向へ走り始めた。
全員がリドムをぽかんと見ていた。銀鹿が、食べ物が入っている籠をそのまま咥えていたのが、シュールだった。
一足遅れて、他の騎士達も走り始めた。