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Deer! and Bear?  作者: ムルモーマ
二年後。
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幸運の逆転

 雨は1日中降り続いた。

 それのおかげで、一番最後の難関であるメルトライの国境に沿って作られている道は、驚くほど呆気なく通り過ぎる事が出来た。

 雨の中でも健気に役目を果たしている松明は少なく、貴重な油を使ったランプも大してない。いつも通りの真っ暗闇に近い状況で、見張りの人数も大して多くなかった。

 爆弾も使わずに通り抜ける事が出来た程だった。

 男はそんな警戒態勢に呆れつつも、とうとうメルトライへ近付いている事に喜びを感じていた。

 後はもう少し歩いて、夏であれば身一つで何とか登れる山を越すだけだ。

 ……今頃、メルトライはどうなっているのだろうか。

 奪った少しの領土は、怒った3国によって全て奪い返されているかもしれない。兵士達を見ると、その可能性は少ないだろうが、既に攻め込まれている可能性もある。

 この、王を殺すという任務を帰国という形で終えたとしても、十分な休養が取れるとは限らないのだ。

 けれども、生まれ育った国に帰るという事だけで、安堵は出来る。

 今、男にとって一番欲しいのは、その緊張からの解放だった。

 

 山の麓で暗闇が失せ始めるまでの休息を取った後、最後の山登りに望む事にした。

 この国に入った時から続いている程良い緊張によって、はっきりと疲れを感じる事は無かったが、体は酷く疲労している事に男は気付いていた。

 当然と言えば当然だろう。一歩間違えれば死んでいた事もあり、運に助けられた事もある状況に長い間縛られていたのだから。

 しかし、その疲労はまだ表に出す訳にはいかない。その緊張に縛られている状況で、最後までやり遂げなければいけない。

 今も、兵士はこの山の中に居るかもしれないのだから。可能性がある以上、油断してはならない。

 戦争と同じだ。

 極力跡を残さないように男は道なき道をゆっくりと登って行く。片腕が使えない状況で、険しい道を通る事はなるべく避けたかった。

 その為、自ずと登るルートは絞られているが、兵士に遭っていない事は幸運だ。犬も居ない。

 ……いや、平地でのうのうと暮らしていた犬は、手足の長い人でさえ四肢を使わないと満足に登る事が出来ない山では使い物にならないのかもしれない。

 それは確かだろう、と男は納得する。

 平坦な何もない短距離を全速力で走るのと、雪道をなるべく速く移動するのは、異なる努力が必要だ。それと似たようなものだろう。


 国境は正確には定められていないが、奪った土地以外の部分は山脈の稜線が国境という事になっている。

 要するに、山の頂上を越えれば帰った事にはなる。しかし、まだメルトライが3国の王を殺したとは一応明示はされていない。もう、既にばれてはしまっているが、それをメルトライ側は知らないだろう。

 国境を抜けたからと言って、すぐさま迎えが来る訳でもない。

 ウォルストレン側の兵士が国境を越えても潜んでいる可能性も、拭い去れない。

 ……俺が帰ったと思えるのは仲間やオプシディに会い、そして、しっかりとした治療を受けて、泥の様に眠れる時だろう。

 後少しで頂上だった。森林限界を越えて、緑は疎らになっていて、視界を妨げるものも少なかった。

 しかし、そんな所でも兵士は一人たりとも居なかった。そこでは風の音がただ聞こえるだけだった。

 何かおかしい、と男は思った。

 弓兵位居ても良いんじゃないか? こんな変な国が何度も戦争を仕掛けてきているんだ。山の中での戦闘に慣れた人間が居ても良い筈だ。

 登って行く最中に遭わなかったとしても、この開けた場所で誰も居ないのは、流石におかしい。

 こんな夏の長い草だらけの山の中を証拠も残さずに登る事は不可能だし、追手が来る感覚がしなかったのもおかしいと言えばおかしい。片腕を骨折している俺に追いつける位の輩も絶対に居る。

 犬だってそうだ。流石に1匹位、山登りに慣れている犬が居ても良いんじゃないか。

 疑念は少し考えれば、数えきれない程浮かんできた。

 そして1つ、とんでもなく嫌な事を思い出した。

 リドムの片足を動かなくさせたスパイの話だ。追って来た鹿の魔獣によって、自殺を徹底的に出来なくさせられたらしい。

 詳しくは知らない。ただ、徹底的となると自分で考えても寒気がした。鹿は当然、大した道具は使えない。ロープで体を縛るなんて事は出来ないだろう。なら、自殺出来るような状態でなくするしかない。

 顎を砕き、動けないように四肢を折る。折るだけでは駄目かもしれないので、更に何かをする。そして、多分指も折っただろう。

 嫌な汗が一気に噴き出してきた。

 奴が考えていた事は違ったのか? いや、俺の考えが間違っていたのか? それとも、奴は自分が助かる為に演じたのか?

 男は、リドムを心底恨んだ。こんな所でこうなるならば、あの場所で殺しておけば良かった。

 男が出した、違和感に対する結論は、男自身を絶望に突き落とすものだった。

 鹿の魔獣、フリクト・シルリェトは既にここに居るとしか考えられない。自らの手で俺を痛めつけ、殺す為に周りの兵も全て始末して、この状況を作った。

 単なる推論じゃないか、と自分に言い聞かせようとしたが、無駄だった。結論は確信に既に変わっていた。

 震える手で大きな弩を出そうとして、止めた。

 頭の中でどうシュミレーションしようが、勝てる気がしなかった。逃げられる気もしなかった。ここで死ぬ事しか可能性が無いように思えた。

 心臓の音が強く、速く、激しく聞こえた。呼吸が荒くなる。

 足は自ずと駆け足になり、すぐに転んでしまった。後ろで、疎らな緑を掻き分ける音が聞こえた。

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