程遠い話
城下町の外は黒で覆いつくされていた。灯りとなるものは、離れた城下町に見える火と、空に浮かぶ星々の微かな光だけだった。
馬もそんな暗闇の中は流石に走れず、男は馬から降り、周りの地形の大雑把な記憶を頼りに歩き続けた。もうすぐ灯りとして、自分を追う兵達の松明が追加される。
しかし、道のりは比較にならない程違うが、町から出るよりはここから帰る方が遥かに楽だ。魔獣を使われなければの話だが。
……他の皆は全員逃げられただろうか。
逃げられていたらいいなとも思いつつ、直感が否、と告げていた。
どんなに個人の技量が高くとも、成功するか失敗するか、その背後に潜んでいる運という要素については、切り離す事が出来ない。
自分だって運に助けられて逃げきれているのかもしれないのだ。運が悪くても逃げ切れたかもしれないが、もしかしたら逃げきれなかったかもしれない。
全員が、その気紛れな神様に今日、あの時、気に入られたなんて事は無いだろう。
虫が煩く騒いでいる蒸し暑い夜だが、体が冷える思いがした。
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この国、ウォルストレンの王が死んだという話を聞き、リドムも例に漏れなく驚いた。実行犯は複数居るみたいだが、二人しか発見出来ず、両方とも捕えられる前に隠し持っていた爆弾で盛大に自爆したという事だった。
どういう組織がやったのだろうか、という問いに対しては、大半はメルトライがやったのだろうという考えを持っており、リドムもそれに漏れてはいなかった。
ただ、事の大きさに対し、一般人の日常が変わる事は無かった。地方に居る殆どの人々が王の顔すらも見た事が無く、尊敬も侮蔑も抱かない、名が知れているだけの偉い他人としてしか見ていなかったからだった。
しかし、更にその事を聞いて王の葬儀も終わったであろう頃、その数倍の驚きが来た。
同時期に、他の2国の王も大体同様の方法で殺されたらしい。
メルトライがそれをやったとしても、何故そんな事をやったのかは、誰も分からなかった。
リドムは町からの帰路、老いた自分の馬、スタックに乗り、ゆっくりと自宅である山の麓の小屋に帰っていた。
そして、あの時の事を思い出していた。2年経った今でも鮮明に覚えていた。思い返してみれば、生きて帰って来れた事も奇跡に近かったのだ。
魔獣の熊の相棒が言っていた話。自分達は飢餓に毎年苦しんでいるのに、お前等は助けようともしてくれない、だから戦争をするしかなかった。結論だけ言えばそう言う事を俺に吐き捨てた。
フリクトはそれに感化されて、騎士の相棒になる事を止めた。戦争にも、その次の日から参加せずに、さっさと自分だけ帰った。
そして、確かあの男はこうも言った。
『今、こうやって小競り合いを何度も仕掛けても、お前等は侵略しようともせずに、国として併合もされず、俺達はただ飢える日々を過ごすだけ』
……侵略されて欲しいとでも言うのか?
それで、併合されて民が助かるとでも言いたいのか? そんなに上手く事が運ぶ訳がない。
有り得ない。
手掛かりは一応あると言っても、騎士であったリドムにもはっきりとした目的は分からなかった。
今も騎士である友に聞こうとは思わない。そう言う事とは縁を切ったのだ。今は騎士ではなく、片足が動かないふりをしていて、魔獣とも付き合いがある、見た目は普通の猟師だ。
まあ、俺にはもう関係のない事だ。騎士に復帰出来る体にはなっているが、それも、フリクトという魔獣がここに居る事も、どちらも明かすつもりはない。
もしばれたとしても、戻るつもりもない。今の生活も気に入っているからな。
馬を走らせる事なく、ただゆっくりと歩かせて小屋へと着いた。
そしてすぐに、異変に気付いた。
こんな、1日に殆ど誰も通らない所に小屋を建てていると、すぐに泥棒が入る。リドムは幾重にもかけて罠を小屋の周りに仕掛けていた。
動物に仕掛ける結構凄惨な罠もその中にはある。
一見、どれも作動してはおらず、何も変哲の無いように思えたが、周りの芝生が踏み荒らされたような、そんな形跡が微かにあった。
リドムは音を立てないようにゆっくりとスタックから降り、左足に嵌めていた、今は形だけの補助器具を外して2種類の山刀を手に取った。
1つは動物の皮を剥ぎ取ったりする為に使うものなので、切れ味は良いが刀身は短い。鋭いナイフと同じようなものだ。もう1つは枝を切ったりするもので、切れ味はそんなに良くないが、刀身は長い、真逆のものだ。人に向けて使う、武器というものではないが、それしか無いのだから仕方がない。
……きっと、自分の存在にも相手は気付いているだろう。
持っている武器は山刀だけ。飛び道具を相手が持っていたら厄介だが、泥棒に入るような輩に負ける気はしない。
緊張しながら、リドムは自宅である小屋へと歩いて行った。




