隠れて逃げる
引き金を引くと同時に、男は姿を窓から隠し、次に固定していた弩も素早く窓から完全に見えない位置に動かした。
花火の音に混じり、爆音が何重にも重なってさほど遠くない所から響いて来た。死んだかどうかを確かめるのは、まだここに残っている仲間がやる事だ。自分達、爆弾を発射する係のやる事ではない。
それに死んだかどうかはさほど重要な事でもない。変化が起こればそれで良いのだから。
何度も練習した動きで、王を殺したかもしれない弩を手早く分解し、袋に詰める。最悪、機構の肝心な部分さえ持ち帰るか、壊して始末するかをすれば良いが、この場所からは持ち出さなければいけないのは絶対だ。
花火の音は止み、悲鳴と怒声、そして人々が一斉にどこかへと逃げようとする音が聞こえる。
外はもう暗闇に近いが、発射された所を見られた可能性はある。これからが正念場だ。
兵士がどこまで自分達を追って来るのかは分からないが、逃げ切らなければいけない。
分解した弩や、様々な物を入った袋を背中に掛け、腰や足にナイフが数本入っているのを確認する。
窓の外を、少しだけ見ると、誰かが自分の方を指さしているのが見えた。しかも、近くには兵士が居た。
「くそっ」
面倒な事になった。この宿はすぐにでも兵が駈け込んで来るだろう。
男は逃げる人々に混じって逃げられればそれが一番楽だと思っていたが、それは叶わないようだ。
最後に水を少し飲み、男はドアに耳を当て、廊下にはざわついている人しか居ない事を確認してからドアを開けた。
するとすぐに、隣の客が喋りかけて来た。
「なあ、何があったんだと思う?」
男は心底少し驚いたが、冷静に答えた。
「花火が誤爆でもしてしまったんじゃないか? 俺はちょっと様子でも見ようかな」
そう言って、普通の客のようにドアに鍵を閉めて屋上に向った。袋に関して何も疑問に思われなかったのは幸いだったと、男は思った。
屋上に出て、まず、自分と同じ屋上に居る弓兵がどの位居るかを確認する。
暗闇の中でも、当てる奴は当てる。特に王の警護をやっている奴等なんて、選りすぐりだろう。下手に目立った時点で射られる可能性は高い。
自分を当てられる距離に居た弓兵は数人居たが、同時についさっき自分が吐いた嘘のように屋上に上がって様子を見ようとしていた人がちらほらと居た。
そいつらへ目が行って、俺への注意も少しは薄れてくれればいいが。
ほぼ、外は暗闇だ。その中を男は慎重に且つ速く歩き始め、屋上を伝って移動し始めた。
少し時間が経った。
悲鳴は未だに止まず、どこかでは自分達の起こした爆発とは無関係に火事まで起きているようだった。
更にそれとは別に火も至る所で焚かれ、ぼんやりと城下町は明るくなっていた。
弓兵の矢が届く位置にはもう居ないが、別の問題が既に浮上していた。遠く後ろから声が聞こえ、振り向いてみると、自分が居た宿の屋上に兵士が数人居るのが見えた。
もう、自分の顔も割れているだろう。男は身を伏せ、兵士達の動向を少し見続けた。
何か光源を持っていたら困る。持っていなければ良いが。
しかし、その願望はすぐに断たれた。兵士達は松明に火を点け始めた。
男は舌打ちをして、裏路地へと降りる事に決めた。屋上を伝っていてはすぐに見つかってしまうだろう。
今居る建物では住人が起きているようで、一か所だけ窓から光が漏れていた。それが幸いし、早く屋上から裏路地へと降りる事が出来た。身のこなしがとても軽い男でも、流石に真っ暗闇の中を降りるのは時間が掛かってしまう事だった。
無事に着地してから、男はすぐにナイフを取り出し、耳を澄ませて歩き始めた。
まだまだ、町から出るには程遠い。派手な行動はしたくはないが、いつまでそうしていられるか。
耳を澄ましても、自分の心音は大して聞こえず、周りの喧騒の方が遥かに大きかった。
男は偶にある僅かな光源を頼りに、あるいは真っ暗闇の中を自分の感覚を信じて、町の外に向って歩き続けた。その内路地裏から出なければいけない時も来るが、まだまだ先だ。その時は派手に暴れなければいけないかもしれないが。
誰かが路地裏を正面から歩いて来る音が聞こえ、男は舌打ちを鳴らしそうになった。光源も遠くから見える。物事はそう簡単には上手く運ばないのは分かっていたが、面倒なのには変わりはない。
やり過ごせそうな場所も周りには無く、殺すか気絶させるしかない。特に兵士だったなら、どちらをやるにせよ、自分がここに居たという証拠は出てしまう訳だ。そもそも、こんな異常事態の中怪しい路地裏を歩き回る人間で兵士以外だとしたら、自分を不審者だと思わせたい馬鹿しか考えられないが。
人を殺すのにはもう、慣れていた。剣で殺し、ナイフで殺し、素手で殺し、弓で殺し、罠に嵌めて殺し。時たま、どうも思わなくなった自分に対してどうかと思う事もあるが、男はもう戻れない事だけは知っていた。
袋から、暗殺に使った弩とは違う小型の弩を取り出し、同じく入っていた矢を番えた。使い慣れた軽い麻痺毒も塗ってある。
数刻の間だけ動けなくなる程度の、ほんの軽い毒だ。
ふと、思い出す事があった。だが、男はそれを頭の片隅に追いやった。今は関係ない。
男は弩を片手で構え、歩いて来る誰かが兵士である事を確認してから、引き金を引いた。
弩から矢は静かに飛び、それは兵士の脳天に刺さった。毒は意味を為さず、松明はすぐに消された。
「……急がないとな」
矢を回収し、男は上に誰も居ない事を確認してから、ぽつりと男は呟いた。




