正しさの大小にも正しさは無い
最も腑に落ちなかった点は、どうしてそんなにあっさりと自分を切り捨てられたのか、という事だった。
フリクトは、自分を身の危険を冒してまで助けてくれた。そんな気の合う人間を孤独に苛まれる魔獣があっさりと切り捨てるだろうか。
戦争には参加したくなく、これは分からないが、目的も果たされたとは言え。
リドムは愛馬スタックに久々に乗り、走っていた。
多分フリクトは夜中に、借家の前に来ていたのだ。これを伝える為に。
まさかとは思うが、誰かが狙っている可能性もあると考えて、念の為に弓矢も持って来てある。毒も添えて。残った爆弾もあった。
ただ、本当に念の為に準備しただけで、絶対にフリクトだろうとリドムは思っていた。
フリクトは、元から自分と別れるつもりは無く、戦争に参加したくなくなったから、さっさと自分だけで帰ってしまったのだろう。足が動かない俺がフリクトに乗れなかったら戦争に参加出来ず、命もある程度は安全である事も見越して。
そうとしか思えなかった。
……一体、フリクトはあの男にどれだけ感化されたのだろう。
いや、フリクト自身と熊との違いを気付かされてか。今までもそうだったように、想像は想像にしかならず、結論には到底至らない。ただ、これだけは確かだ。フリクトが自分から離れる事も厭わず、すぐに帰ってしまう程に感化されたという事は。
まあ、何にせよ魔獣は自由だ。周りの人間は迷惑しただろうけど、戦争から逃げるのも、……俺から離れるのも自由だ。
人間の法に縛られる事も大してなく、弱肉強食の自然からも逸脱している。だからこそ、孤独を感じるのだろうが。
ぬかるみだらけの道が終わり、山の近くに来た。
スタックから降りて、放しておく。繋いで置かずとも、口笛を吹けば数分で駆けつけてくれる賢い馬だ。現役引退も一般的にはそろそろなのだが、もう激しく走らせる事も無い。語弊があるかもしれないが、走れなくなるか、死ぬまで現役で走って貰おう。
リドムはスタックがのんびりとそこらの草を食み始めるのを見てから、山の中へ歩いて行った。
道と言える道の限界の場所に、昨年の夏爆破された小屋があった。
そこに着いてみると、新しい小屋が既に建てられていた。古ぼけた、ぼろく、それでいて趣のある様な色は無かったが、前よりも頑丈そうで、雨が漏れるような皹だらけの屋根でもなかった。
覗いてみると、中央には依然変わらずとして灰が積もった火起こし場があり、周りには獣の毛皮が干されている。
「変わらないな」
そう呟いてから、リドムは外に出た。中にフリクトは居なかった。
しかし、フリクトが居る証拠はあった。春になって抜け落ちただろう、巨大で立派な見覚えのある角が、壁に立て掛けられていた。
「……少し、待ってみるか」
小屋の前で座ると、腹が鳴った。豪華だったであろう朝飯もほったらかして来たのは、流石に急ぎ過ぎたかもしれない、と思った。
空を見ると、雲がうららかに過ぎ去っていくのが見えた。春風が心地良く吹いている。
少し寒い、春の早朝。今の時期が一番心地良い。眠りの季節に向う秋ではなく、目覚めの季節である事も、心地良さに加わっている。
ああ。腹が満たされていれば、これ以上に良い気分は無いだろう。
そうしていると、がさり、と音がした。その方を見ると、銀色の毛皮が見えた。
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夕焼けが過ぎていく中、リドムとフリクトは夕日を見て座っていた。
リドムは騎士を辞め、山の近くに家を建ててひっそりと暮らしている。足が万全に動くようになったのを隠す為でもあり、ここに居る事自体を隠さなければいけない、戦争に参加しない事を貫くフリクトの近くで暮らす為でもあった。
リドムは騎士に戻るつもりも全く無かった。フリクトが生きているとばれ、自分が健全である事も知られたら、たまったものではない。魔獣は自由だ、と言われていても難癖付けたり、色々手を掛けて参加させようとするだろう。
それだけは嫌だった。
夕日をぼんやりと見ていると、フリクトがリドムの方を見た。
「どうした?」
そう聞くと、何でもない、と言うようにフリクトは首を振ってまた、前を見た。
何も起こらない、平凡な日常。それが始まる中、リドムは、事は丸く収まったのだろうと思った。
「そろそろ、帰るな」
そう言ってから、リドムは山を下り始めた。
僕は、絶対的な正しさなんて無い事を知った。
鹿にも、熊にも、馬にも、どの動物にも、それぞれの正しさがあって、誰もがそれを押し付け合って生きている。人間にもそれが言える事を、僕は知った。
個人個人、国同士にも正しさはあって、それは僕が介入するようなものではない。魔獣の熊、オプシディが望んでいるような大きな正しさが無いと。
単に好奇心だけで殺し合いに参加するのは、みっともない事だったと僕は思った。
僕はただ、孤独が嫌で人間と生きている。オプシディも、メルトライが豊かだったら同じだっただろう。きっと。
僕は人間の正しさも獣の正しさも持たない。僕は、宙ぶらりんだ。
――魔獣は自由だ。
何度も、誰からも聞いた事。それが、人間から見る魔獣らしさなんだろう。そして、獣が僕を見る目も、きっとそれだろう。襲われず、仲間にされず。
そして、自由だからこそ、僕は正しさを決められる。それは生き方であって、僕の根幹となる。
例えば、オプシディにとってそれは、自らの孤独を癒す為に相棒、そして相棒となる可能性がある人間達に尽くす事だった。
僕は、隣に座っているリドムを見た。
「どうした?」
そして、それが分かってからリドムに魅かれた理由も分かった。
リドムも、僕と同じように大きな正しさを持っていなかった。ただ、今までの僕と同じように、小さな喜びの為に生きていた。神にも祈らず、国の為にも戦わず、自分の為に、自分の周りの人々の為に戦い、生きていた。
それを知って、僕は思う。
絶対に、大きな正しさを持つ必要は無いのだろうと。
そして、僕はその内、僕だけの正しさを持つだろう。そうして、それを貫いて死ぬまで生きるんだろう。
それが、本当の意味で生きるという事だ。
「そろそろ帰るな」
そう言ってから、リドムは立って木々の中へ去って行った。
山麓まで付いていく事にした。
ここまで見て下さった方々、ありがとうございました。
最初は純粋にほのぼのしたのを書こうかな、と思っていたんですが、
まあ、こんな方向に纏まりました。
リドムとフリクトに話をかなり絞ったり(伏線張るの忘れたり)して、変な展開の所もあったりしたと思います。
それでも読んで下さった方々には本当に感謝します。ありがとうございました。
その内細かい点を修正して投稿し直すか何かすると思います。
後、感想、評価を頂けると狂喜します。




