陳腐な台詞だが、終わりは始まりでもある
翌日の昼、全員の酔いが覚めつつあり、出発の準備が大体完了した頃。出発の前にリドムはグラムにもフリクトの事を聞いてみたが、見ていません、という予想通りの答が返って来た。
「何があったんですか?」
聞かれて、リドムは少し考えた後に、普通に会話するように言った。
「あいつは同じ魔獣に感化されて、戦争から去った」
グラムは少し驚いた後に、聞いた。
「貴方にも何も伝えずに、ですか?」
「ああ。唐突に去って行った」
口をあんぐりと開けている人というものを、久々に見た気がする。
リドムは微笑してから寒空を見上げて、呟くように言った。
「魔獣は自由だって事を、本質的に分かってなかったんだろうな」
腑に落ちない点は沢山あるが、リドムはそれについて考える事も放棄していた。
もしかしたら、帰ったら居るかもしれない。唐突にどこかで現れるかもしれない。自分が戦争に出なくなったら、要するに騎士を辞めたら、現れてくれるかもしれない。
根拠の無い希望に縋って、それだけを頼りにしたくは無かったのだ。それならば、諦めた方が気が楽だった。
「夏から、色々とありがとう」
行かなくてはならない。もう、行く時間だ。リドムは軽く礼をしてから、借りる馬の方へ歩いて行った。
馬に揺られて二日。その夕方。
リドムは約半年振りに町へ帰って来た。無事に帰って来たんだな、と生き残った皆は実感していた。
雪は、ここではもう余り残っていなかった。風はここでもまだ寒いが、本格的に春が訪れ始めている。
馬から降りて、町の中へ歩いて行く。町の中心では、祭の準備が行われている。準備をしている町人達の顔も明るい。冬を無事に何事も無く越せた事を、その表情が物語っていた。
祭はきっと、自分達騎士に合わせて事務的な事も終える明日辺りに開くのだろう。
そして、もうその頃には俺は、騎士ではない。
実質的にはかなり早い隠居、という形になるだろうか。
「猟師か……悪くはない」
訓練もなければ、形式的な事もやらずに済む。時間にもそんなに縛られない。
ゆっくりと、暮らせる。
そこまで思ってから、リドムは自分が不幸のどん底にいると思っている事に気付いた。もっと悲しい人は沢山居るだろうに。
まあ、そんな自分は表に出さなければ良いだけだ。……今は少し難しいが。
リドムは軽く空を見上げて、ふっと息を吐いて笑った。溜息も未だに吐くが、人に見せるようなものではない。人前でも、暗い事を思う時が増え、それでもそうした思考に耽っている事を余り人には知られたくはなかった。
気付かれたとしても、溜息よりはマシだろう。そう思っていると、隣を歩いていたライルに言われた。
「余計に見苦しいぞ」
「……そうか」
そして、その夜遅く、リドムは騎士を辞めた。
領主カルロ、そして指を数本と片方の耳を失ったフェライと話すのはやはり緊張したが、足が動かない事とフリクトが去ってしまった事を言うと、意外な程にすんなりと許諾してくれた。
自分が思っていたほどに、特別扱いはされていなかったようだ。……いや、単にもう使えないからか。
フリクトが居なければ、単なる騎士であって、それに足も動かなければそれでもない。
そうリドムは納得して、長い事使い込んできた騎士の制服と細剣を返上した。
もう、着る事も、剣を握る事も無いだろう。本当に足が動く様になり、それがばれなければ。
下着の上からコートを羽織り、リドムは外に出た。誰もがもう、寝ている時間だ。星々だけが明るく、後は殆ど何も見えない。
松明に火を点け、杖を突いてリドムは借家に向って歩き始めた。
あそこも、出る事になるだろう。十年以上は住んできた場所だった。名残惜しい気もしたが、元々あそこは独身の騎士が楽しんで住む為に作られた場所だ。騎士を辞めた自分が住む場所ではない。
しかし、山は登るだけが楽しいのではない。下るのもまた、楽しい。
これから、違った生活が待っているだろう。少しだけ、わくわくとしていた。
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日が当たり、目が覚めた。
まだ朝は寒く、毛布から体を起こすと体が震えた。
新たな家が決まるか、建てるまで、まだここで過ごす事になるだろうが、名残惜しさを既に感じていた。半年振りに帰って来たが、ここに留まるのはもう、短い。
靴を履き、枕の隣に置いてある足の留め具を手に取って嵌める。祭も終わり、戦争に行った騎士達も十分な休息を取った。
次第に、誰もが元の生活に戻ろうとしていた。
杖を取り、リドムは立った。夜、ほとんど眠れないような日は未だにあるものの、どうしようもない足の痛みは起きなくなっていた。
足は、微妙に動かせるようになっていた。
ドアを開け、こつこつと杖の音を響かせながら薄暗い廊下を歩く。小間使いに挨拶を返し、階段を下る。
すると、いつもより大きい鼾が聞こえて来た。昨日は飲み過ぎたのだろう。二日酔いでいつものように、呆れられるように怒られる様が目に浮かぶ。
もう、それを実際に目にはしないが。
食堂に出ると、厨房から匂いが漂ってくる。肉の良い匂いだった。今日の朝飯は珍しく豪勢な物に違いない。ただ、朝から豪勢なものとは、少し気が引ける。
激しく動かない今の身としては、胃がもたれてもそんなに支障は無いけれど。
そう思いながらもリドムは歩みを止めず、玄関に向い、ドアを開けた。
「……ん?」
石畳の隣の芝生が妙に荒れていた。それは、誰かが芝生を掻き毟ったような跡だった。
「誰だ? こんな事をするのは」
そう思い、リドムはそれに近付く。
注意深く見てみると、それが細かな文章の形をしている事に気付いた。
――山で待つ――
ただ、そう書かれていた。




