唐突な事には何かが付き纏う
この北の土地にも、春が来た。
雪解けが始まろうとしている中、埋もれていた死体が出て来るようになったのと同じ頃に戦争は終わり、人質と引き換えにメルトライはウォルストレンから多少の土地を奪った。
人質となった人間は土地を奪われた際に返されたが、もう騎士としてはやっていけないだろう。負けて人質にされたというレッテルを張られても、気にしないような人間なら別だが。
詳細に分かるのは後々の事になるが、やはり、天候は例年と比べるとかなり荒れていた。きっとまた、多くの騎士も死んだだろう。
メルトライ側の死者は分からないが。
そして、騎士は少しずつ、帰り始めた。暖かくなるにつれて平穏が戻って来て、帰る事が出来た。
杖を使って歩く事には、もう慣れていた。
ただ、そう長くは杖に頼らないだろうともリドムは思った。動かない筈の足は、ぴくぴくと痙攣する事があった。
無かった筈の感覚も少しずつ、戻り始めている。誰にもまだ言っていないが、治ってしまったらそれはそれで困るな、とリドムは思った。
一番狙われると想定されたこの場所でも、帰り支度が少しずつ始まっていた。想定とは違い、別の場所の領地が一番過酷に攻められて奪われてしまったのもあって、この場所の被害はやはり想定よりも少なかった。
とは言え、天候が厳しい事も考えると例年並の死傷者が出ていたのだが。
リドムにとっては親しいライルが生き残っていれば、それで良かったので、その事に関しては特に何も思わなかった。
「なあ、リドム」
「何だ?」
「これから、お前、どうするんだ?」
確かに、それも問題だった。自分の足がまた動くようになるとは、誰も考えていない。
「……猟師にでもなるかな。弓さえ扱えれば何とかなるだろうし」
「……そうか」
足が動くようになっても、余り人前で歩ける事は見せない方が良いだろう。足がもう動かないという前提で生きていくとなると、普通に歩けないリドムは、極寒のこの地でも移動出来るフリクトという足が無い以上、メルトライとの戦争でも役に立てない。
それは要するに、騎士としてはもう生きられない、という事だった。
はぁ、とリドムは溜息を吐いた。いつの間にか、癖になっていた事だ。
ライルが聞いた。
「フリクトは、どこに行ったんだろうな」
「……さあ」
そっけなく返したが、わざとらしい身振りが含まれていた。
リドムも、魔獣に好かれるような性格で、常人よりは強く、頭が良いという点以外はそれでも、普通の人間だった。予知能力者でもなければ、相手の挙動から何をしたいか詳細に分かるような勘の良さも持ち合わせていない。フリクトがどこに行ったか、など分かる訳が無かった。
そして、最も気の合う相棒がいきなり消えてしまって、普通で居られるような人間でもなかった。
戦争が終わった今、隠していたその暗い感情が表に出始めていた。
全てが終わって、そして、全てが元に戻る、か。フリクトは去り、足は治りつつあり、戦争も終わった。
……俺にとっての、人生の山場は過ぎたのだろう。後は、下るだけだ。
すっきりした気分でもなかった。ただ、真っ青な晴天とは別に、晴れる事のない冬の曇り空のような気分だった。
終わる、という事は良い形で終わるという事もあるが、悪い形で終わるという事も内包している。そうならない事を願っても、そうなってしまったのだ。
ライルに聞いた。
「帰りの準備は出来ているのか?」
「リドムこそ、それらを置いて行くつもりか?」
フリクトに付けていた鞍と鐙が、隣の質素な机に置いてあった。
スタックに付けていた馬用のだが、形はもう、フリクトの背にしっくりと填まっていた。
「まさか。忘れようとは思わない」
ライルは、それを聞いて何とも言えない表情をした。
忘れる気にはなれなかったし、忘れる事も出来ないだろう。
特別な事もなく、馬を預けておいた避暑地に戻って来た。
風は強いが、突き刺すような寒さはもう無かった。
無事、生還して役目を果たした騎士達はその日だけ特別に、高貴な館に泊まる事になっている。ここの慣例でもあった。
リドムはやはり、秋と同じ、グラムが管理する館に泊まる事になった。
夜飯も柔らかな肉や年代ものの酒が振る舞われた。それは、暗い気持ちを吹き飛ばす程の美味しい料理であったが、その時間はすぐに過ぎてしまう。
酒に合う様々なつまみが出され、仲間達がここが高貴な館である事も忘れ、汚く、そして楽しく騒いでその夜を過ごす。
流石に、リドムは騒ぐ気にはなれなかった。フリクトの事もあったし、リドムは大した間最前線に立っていた訳でもない。冬が本格的に厳しくなる前に、死に掛けたとはいえ、リドムは戦線から退いた。
そう言った事から、ほぼ空になった酒樽に座り、リドムは部屋の隅で一人で酒をちょびちょびと飲んでいた。誰が誘っても、リドムはそこから動こうとはしなかった。
リドムがした事の功績は誰もがもう認めていたのだが、彼自身はそう思っていないみたいだ、と殆どの人はそう思い、けなした事を後悔した。
ただ、そんな事も今は思う必要が無い。今は楽しめば良い。
リドムは忘れられて、その内ある人が気付いた時、リドムは寝ていた。
涙の跡が見えたのは気の性だろうか。きっと、気の性だろう。リドムとフリクトの親しさを知らなかったその人は、そう思った。




