強い人は強い
メルトライが魔獣の熊を使っていると噂され始めたのは6年前。フリクトがハリクル・トルレと戦争に臨んだ前の、ウォルストレンとの戦争の時だった。リドムはその時の戦争には参加しておらず、その噂を聞いたのはかなり後の事だったが。
ただ、魔獣の熊が使われていると噂されて6年が経った今でさえ、その熊が何色なのか、また、どう戦っているのかも殆ど分かっていない。
唯一確定的に分かっている事と言えば、冬も寝ずに活動しているから、それは極地に住む種類の、最大級の熊だと言える事だけだった。
たったそれだけの情報だったが、目撃者はきちんと居るらしい。しかし、それにせよその目撃者の数も、熊が4回も戦争に参加しているとしたら、少な過ぎる数だった。
冬は予想通り、例年よりもかなり激しく降っていた。平地では、板を履いても強風で進む事すら難しく、恒例のように滑って移動する事はほぼ不可能だった。
なのでその長い板の代わりに、ここに住む人達が良く使う、丸く大きい板を履いて、ざくざくと歩いていた。
リドムも、背負っていた板を替えた。
今の所、負傷者も死者も例年に比べればやや少ない。その要因はまだ状況が整理されていないので、はっきりとは分かっていないが、リドムが遠距離から矢を射って、近距離戦を少しだけでも少なくしているからだったのかもしれない。
そんな、特に進展も後退も無く、お偉いさんが人質に取られる事も無く、今は好調に防衛が済んでいる。それにまだ、熊も、まだ目撃されていない。目撃されていないだけであって、こっそりと何人かは既に殺されているかもしれない、と言う憶測はあったが、それもどこの戦場でもはっきりと死傷者の数字に現れてはいなかった。
それが、冬の初めが終わる頃だった。
そしてまたその日、リドムは戦争の直前の日のように不眠になり、脚が痛んでいた。
フリクトの嗅覚によって少しは補われているものの、ただでさえ強風と悪い視界で命中率は悪いと言うのに、脚の痛みまで加わってしまったら、一人当たり何本も矢を使ってしまう。
殆どたった一人が使う為だ。毎日支給される矢も毒も少ないと言うのに、こんな状態ではいつも通りに役に立てない。
かと言って、休む訳にもいかず、その日もリドムはフリクトに乗って、数人の仲間と共に前線に立った。
一番気を付けなければいけないのは、雑木林の中だ。
隠れられる場所が雪の中だけである、ただの平地と比べて圧倒的に増し、安定した足場がある木の上から、弓で攻撃を仕掛ける事も出来る。
かと言って、そこを見回らなければ、準備をされて何をされるか分かった物では無い。こっそりと集まられ、夜の内に、いきなり集団で攻められる事も有り得る。
過去には、雑木林と平地の境目の場所の木の上で巨大な弩を作り上げられてしまい、そこに拠点を作られてしまった事さえあった。
各自が散開し、三人のグループでゆっくりと周りに敵が居ないか確認していく。
リドム、ライル、フェライは、同じグループだった。
一人が後ろを、一人が木の上を、一人が前を見張って歩いて行く。非常に気が張る時間だ。誰一人として気が抜けない。
意識が痛みに行ってしまい、注意不足になりがちなのをフリクトが補って見回りながら、歩いて行く。
治らないなら、痛まないでくれ。そんな願いは届く事なく、足は痛み続けていた。警戒は半ば、既にフリクトに任せていた。今、弓に矢を番え、即座に射れるようにしていても、敵に気付くのは一瞬遅れてしまうだろう。
そんな時だった。フェライが呟いた。
「東北東、枝分かれが激しい木の陰に見えた。俺とライルで仕留める。リドムは俺とライルを援護しつつ、周りを見張っていろ」
そう言った後に、フェライはライルにも指示を出してさっさと行ってしまった。ライルも別方向からその敵に向って歩み始めた。
「ちょっとマズいんだけどな。今の俺」
そう言って、リドムはフリクトに周りの警戒をさせ、リドム自身は二人の警戒に専念した。
一応、念の為に、弓を持つ手に手製の爆弾を持っておいた。
ライルはある程度まで近付くと、素早く木に登って、背に掛けていた弓とたった数本の矢に装備を替えた。木の上ならば、足場は安定している。
敵は気付いているのかまだ、良く分かっていない。後を振り向きもせず、ただ寄り掛かっているように見えた。
囮とも思えるが、その時は直接襲うフェライを、ライルとリドムがそれぞれ弓で援護する事になる。
フェライはゆっくりと、両手に手斧を持って近付いていた。背にはハルバードも掛けていた。
奇襲を受けても、フェライ隊長なら大丈夫だろう。リドムもライルも、そう思っていた。




