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Deer! and Bear?  作者: ムルモーマ
暑さと寒さに苛まれて
37/65

魔獣でも、これは耐えられないだろう

 背筋が凍る、というのをフリクトは初めて体感した。

 フリクトは今まで、自分自身の命が本当に危なくなる経験はした事が無かった。

 怒りも忘れ、とにかくその場から逃げる事に徹していた。そのおかげで、リドムは容赦なく、フリクトを連れ去ろうとしたのたうち回っている人達に矢を浴びせる事が出来た。脚の痛みがあっても、体自体に当てる事はそんなに難しい事ではなかった。

 ただ、リドムは少しだけ心配事があった。それは自分の事でもあり、フリクトの事でもあった。

 リドムが射った矢に付いていた手製の爆弾は、殺傷能力も無く、ただ、粉を撒き散らすだけのものだった。しかし、煙幕とも違う。

 その問題の粉は、唐辛子など比にならない程に強い辛さを持つ香辛料だった。南国のみで取れるそれは、現地では拷問用としても使われた事がある程であった。目に入れば失明の危険性があり、鼻に入れば人間の鈍い嗅覚でさえ、数日は全く意味を為さなくなる。口に入れば、辛さではなく、痛みが舌を支配する。

 爆弾として広範囲に粉は飛び散り、密度は薄くなるが、その効果は唐辛子の粉末を投げつけるよりも絶大だった。現にフリクトは恐怖を感じ、角に人間を刺したままとにかく遠くへ逃げている。食らってしまった人間は全員が悲鳴を上げてのたうち回っている。

 ……リドムは出来れば、フリクトにはこの手製の爆弾の事を秘密にしておきたかった。魔獣の熊に遭った時の事を考えると、もし、フリクトがその熊に目的があったとしても、対策は持っておきたかった。リドムだって、死にたくは無いのだ。

 ただ、使えばフリクトとの関係は絶対に悪化するという事だけは分かっていた。


 その粉末一粒が毛皮に触れた瞬間、本能的にフリクトは走り出していた。心臓が全力で走っている時よりも高鳴り、死さえも感じた。

 思考が途切れていたのは気の性ではないだろう。気付いたら、かなり遠くまで走っていた。それも、人間を角に刺したまま。通りで重い訳だ。

 流れ出ていた血は角を伝い、額に到達していた。

 フリクトはその人間を落として角を抜く。弱々しく声を出していた人間の腹から血が流れ出て、今にも死にそうになっていた。

 思い出した怒りを込めて、フリクトは頭を踏み潰した。

 足が汚くなり、少し後悔してから来た道を戻る。

 その粉末が風に流れて来ていないか確かめながら、恐る恐るゆっくりとフリクトは歩みを進めた。

 そして、リドムがした事は、フリクトに確信を与えていた。

 ……人間の中でもリドムは賢い方だ。僕に対する様々な可能性をもう、殆どは検討し終えているんだろう。僕がリドムに言った、目的が復讐、というのが嘘だとはもう既にばれている。

 リドムの考えの中には、自分の目的が魔獣の熊と会う事、そして、敵であるその熊と出来れば色々な事を聞いてみて、一緒に過ごしてみたいという事も入っているんだろう。

 けれど、リドムにとって敵である以上、リドムは対策を取らなくてはいけない。リドムは熊と出会う事を許してくれるだろうけど、死にたくないのは同じだ。

 そして、熊が鹿に敵わないように、きっと魔獣の熊も魔獣の鹿には敵わないと、リドムも分かっていると思う。だから、あんな怖い物をリドムは持っていた。

 ……ただ、僕の願いが叶うにせよ、叶わないにせよ、僕は全てが丸く収まる結末を迎える事は出来ない。

 熊の魔獣はメルトライに協力している。それは、ウォルストレンの敵という事だ。それに熊はラインスプルの騎士も、フォルトルースの騎士も、沢山殺しているだろう。心変わりしたとしても、この三国に迎え入れられる事は無い。

 もし、僕の願いが叶ったとしたら、僕はリドムと別れなくてはいけない。叶わなかったとしたら、魔獣の熊はあれを食らって、暴れた挙句に何も出来なくなるだろう。

 ……僕は、僕にとって一番良い結末を迎える事は出来ない。全てが丸く収まる事も無い。

 覚悟はしてきた。戦争に参加する為には、騎士という人間と繋がらなくてはいけない。どっちに転がるのか分からないから、自分と性に合い、そして戦争に参加出来る実力を持った騎士、リドムを選んだ。

 けれど、本当に覚悟は出来ていたんだろうか。

 今更になって不安になっているのを、僕は隠しきれずにいる。

 フリクトの中の怒りはもう、消え失せていた。ただ、その痕跡が角と足に残っているだけだった。

 ……リドムが待っている。行こう。

 フリクトは慎重に走り出した。


 風が吹き、粉末はどこかへ消えて行った。しかし、誰も逃げる事は出来ていなかった。

 粉を直接顔面に受けなくとも、その効果は現れていたのだ。それに、それでも逃げようとした者は、リドムの弓矢によって真先に射られた。矢には毒が塗ってあったのもあり、動けても数分で動く事さえ出来なくなった。

 そして既に全員に矢が刺さっていた。急所に当たり、もう死んでいるのも居た。

 リドムは、何とか一人も逃さずに終える事が出来たと、ほっと息を吐いた。正直な所、何人かは逃してしまうのではないかと少し不安になっていた。

「……さて」

 遠くからフリクトがやって来るのが見えた。

 何て言えば良いのか。考えてみたものの、中々良い答は見つからなかった。


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