痛みは全てをぼやかしてしまうと思える
早朝、まだ暗闇が殆どを支配している間。動物が起き始めるのと同様に、リドムも浅く短い睡眠から目を覚ました。
ただ、動物のように環境の変化を敏感に感じて起きた訳ではなかった。
「うぁ……」
起きたと同時に、思わず口に出してしまう程に神経が切れた膝の辺りが痛んでいた。まさか、とリドムは思う。
風邪もすぐに治ったように、足の傷もすぐに塞がったように、不眠で動かなくなった足までが元に戻るのか?
得体の知れない何かが体の中で動いている。俺を何か違うものに変えようとしている。
それはきっと良い方向へ進むのだろうけれど、俺はどうなってしまうんだ? 動かなくなった足が再び動いたなんて事が起きたら、もう、俺は人間ではない気がする。
こうなった原因には、1つだけ心当たりがあった。ただ、リドムはそれを他人に言うのを避けていた。
瓦礫に埋もれていた時、少しだけ流れ出たフリクトの血をリドムは舐めたのだ。即ち、殺されない限り、無限の寿命を持つとされる魔獣の生血を飲んだ。
たったそれだけの行為で、リドムはこうなっている。信じ難い事だったが、リドムには他に思い当たる事が無いのだ。
そして、その事は誰かに相談したかったが、したとすればその瞬間、フリクトのみならず、全ての魔獣は自由な存在では無くなってしまう。全ての人間から、秘薬として狙われてしまう。
単純に、魔獣の事を思ってそうはなって欲しくなかった。
激痛は隠しきれそうにもなかった。安静にしていれば痛まないというものでもなかった。
連続して何かが体の中を蠢いているような感覚と共に、足が痛むのだ。安静にしていても体の中が安静になっていなければ、意味は無いんだろうな、とリドムは思っていた。
「クソッ」
悪態を吐いても変わらない。毛布代わりの分厚い布を噛み締めても、違う痛みを体に与えても、脚の痛みが逸れる事は無かった。
起きよう。何をしたって変わらないなら、起きて違う事に意識を逸らすしかない。それも無駄に終わるかもしれないけど、起きないでこうしているよりはきっとマシだ。
体に巻き付けていた布を解くと、刺す様な寒さが襲って来た。冬がとうとうやって来つつあるのだろう。
木まで這い寄ってからゆっくりと片足で立ち上がった。付けっぱなしにしてある足の固定器具を留め、木に立て掛けてあった杖を取る。
隣に置いてあった弓と矢筒を拾い上げて、手袋も嵌める。脚が痛んで集中なんて出来ない今、弓を射る気はそんなに無いが、習慣として起きている時には大体の時間はもう、嵌めているのが普通だった。
何人かが起きたが、無視して歩いて行った。気に掛ける余裕も余り無かった。
見張りと二言位喋ってから、ゆっくりとリドムは歩き続けた。フリクトの睡眠時間は精々一、二刻だ。多分、既に起きてこの近くに居るだろう。
歩いてみると、体そのものはやはり快調だった。痛みの性もあるのだろうが、眠気も全くない。
「痛えなぁ……」
思考がどうしても痛みに行ってしまう。今日は何も出来ない気がした。フリクトに乗って揺られるだけの日になればいいのだが。
リドムは漫然とした思考のまま、歩き続けた。フリクトが来ないのが少し不思議だったが、すぐにその思考も隅に追いやられた。俺は飼い主じゃあない。表面上俺が雇っているだけで、関係としては対等だ。
そんな、いつも思っている事だけしか考えられなかった。
落ち葉を踏んでいるとリスが走っていくのが見えた。弓で狙っても今は仕留められる気はしなかった。誰かが仕留めれば肉を食えるが、リスでは量も少ないな。今日も味気ないもさもさした携帯食料かな。
戦争をしている最中より、食べているものは質素でつまらない。早く帰りたいとも少し思った。
ウサギや小鳥も置き始めているのを見ながら歩いていると、木々が疎らになっている、秘密の集会が出来るような場所に出た。子供が好みそうな場所だ。切り株も丁度良い場所にある。
ただ、リドムは何か違和感を感じた。目の前の落ち葉が妙に荒れていて、隠れていた腐葉土が至る所で顔を出していた。大人数がここで争ったような、そんな形跡があったのに気付いた。
念の為、杖を腰に戻し、弓に矢を番える。周りを念入りに確認してから、その場所に近付いて行った。
そこには足跡が大量にあった。
……大半が人間のものだったが、1つだけ見慣れた足跡があった。大きめな、鹿の足跡。
それは、フリクトの足跡だった。




