好奇心は身を滅ぼすらしい
翌朝から、リドムだけが騎乗した状態で旅路が始まった。これから先は、寒さの性で馬は連れて行けない。何も無しで極寒に耐えられるのは、フリクトだけだった。
誰の荷物はそんなには多くなかった。最も肝心な食料は戦争が行われるであろう場所に既にある程度はあるし、後からも来る予定だった。多くの食料を持つ必要はない。
また、今回戦争に召集された騎士の中には、素性が少しでも怪しい者は入っていない。ラインスプルの失敗をそっくりそのまま繰り返す事は無いだろう。ただ、そう出来なかった場合に関しても何かをしてくる可能性はある。
自爆覚悟で体に爆弾を巻き付けていきなり突っ込んで来る、手薄になった町で内側から混乱を起こす、他にも様々な事が考えられる。
一応、考えられる事に関しては全て対策を取ってあるが、それらを全て掻い潜って裏を突かれる事も考えられる。
腕の良い騎士達が集まっていても、誰一人としてこの旅路の中でさえも油断は出来なかった。
リドムが静養をしていた避暑地は、戦場となる場所までは後3日あれば着く場所にあった。そして、1日が過ぎようとしている。
夕方、歩みを止めて各々は適当に携帯食料と水を飲み始める。
夜は、火を起こさないと獣が寄って来る。かと言って火を起こせば、火以外に光源が無い夜では、敵に場所が見つかってしまう。どちらにせよ夜は危険だったが、代替策は取ってあった。
大概の獣は人間より嗅覚が遥かに優れている。獣にとって嫌な臭いがする物を休息する場所の近くに置いておけば万事解決だった。勿論、それでも見張りは立てるが。
フリクトにその事をリドムが言うと、少し不満を漏らすような仕草を見せてから、その嫌な物が置かれる前にどこかへ去って行った。
その匂い袋の存在には気付いていただろうけれど、流石に臭いが充満する中には居たくないのだろう。
フリクトが道から外れて木々の間へ隠れていくのを見て、数人がそのまま帰って来ないのではないかと不安気にそれを見つめたが、フリクトが戦争に参加したがっている事を知っているリドムやライル、フェライは気にする事は無く、聞かれても、「帰ってきますよ」とそっけなく答えるだけだった。
何故言いきれる、と聞かれると、リドムは答えた。
「あいつには、戦争に出たい意志があるんです」
しかし、どうして戦争に出たいのかまではリドムは教えなかった。聞かれても、はぐらかすだけだった。
真夜中、リドムは分厚い布に身を包んだまま目を覚ましていた。フリクトという移動手段を失っている夜、リドムに機動性は無い。当然見張りをする事も無かった。
……まただ。
あの襲撃を受けた日以降、全く眠れない日が時々あった。寝れたとしても、ほんの数刻。普通なら次の日は寝不足で体がだるくなるだろう。けれど、逆だった。
眠れなかった日の次の日は、決まって体の調子はすこぶる良かった。
避暑地に隠れる直前の事だ。自分に処置をしてくれた医者が、外で他の人達に説明しているのが聞こえてしまった。最悪、彼は死んでしまうかもしれない。
確かに、弱った状態で大怪我をすれば、その確率はとんでもなく大きい。リドムは理解しつつも絶望していた。
その夜、リドムは眠れなかった。ただ、その原因は心因性のものではないとリドムは何となく分かっていた。何故か、ただ眠れない。まるで眠っていないのが普通のような、そんな感じがした。
そしてその次の日、リドムの風邪はかなり快復していた。起き上げる事すら辛かった筈なのに、ただの鼻水が少し出る位の風邪を引いている程度の感覚しか残っていなかった。避暑地に向う為に馬車に乗って揺られて移動しても、体調が悪くなる事は無かった。
そして避暑地に来てからも、その不眠が起きる度に、格段に体は回復した。夏が終わる頃には既に弓の訓練を再開出来る程になっていた。
何かが、自分の中で起き始めている。
リドムはそんな気がしてならなかった。
自然と瞼も閉じない。この眠れない退屈な時間、リドムはフリクトについての事を幾度となく整理してきた。
本名、フリクト・シルリェト。生まれは多分、フォルトルースの森の中で、気付いたら存在していたらしい。
どの位森の中に居たか分からないが、人間というおかしな動物を見て、興味を持って森から出る。その後、一番最初に一緒に暮らした老婆に名を貰い、老婆の死後はある程度の期間人間社会の中をぶらついていた。その後、フリクト曰く気紛れで騎士の生活に入り、ハリクル・トルレと生活を共にし、メルトライとの戦争に参加した。
気紛れ、というのが本当なのかどうか。本当は最初から目的を持って戦争に参加したかったのでは?
仮説は幾らでも立てられるが、確証は無いし、フリクトにそれを確かめようとしたって無駄だ。言いたくない事は聞けない。
で、その後熊の魔獣と対峙しようとした時、これは俺の想像だが、唐辛子の何かを鼻か何かに食らって一時的に発狂。脇腹にあった怪我も、多分その時にメルトライの兵士に傷つけられたのだろう。そして、ハリクル・トルレとも離れてしまった。唐辛子を食っているのも、少しでもそれを克服しようとしているからではないか、と俺は思う。
その後、戦線に復帰する事無くどこかへ去ってしまった。これは、フォルトルースの方から来た情報でも分かっている。
……フリクトは、何と言えばいいのだろうか、自分で思っていても恥ずかしいような感じだが、俺を大切にしてくれている。体を張って俺を助けてくれた程に。きっと、フリクト自身に合う人間のハリクル・トルレを失ってしまったショックはかなり大きかったのだろう。
一応気になる点としては、1つ。ある程度の死者は見つからずに、死体がきちんと葬られる事無く土に還ってしまうように、ハリクル・トルレの死体も見つかっていない事だ。
とは言っても、きっと死んでいるだろう。
熊の魔獣を見て、生存している騎士はかなり少ないと聞いているし。
そして、その後にしていた事はそんなに詳しく聞いていないが、フォルトルースからこの四分の三年後に、自分の性に合うような騎士、即ち俺を見つけ、雇われる。
……フリクトの年齢は不明だ。森に居た期間と、ぶらついていた期間がどの位長いかによって、俺よりも若いか年上なのかは変わって来る。
それによって少し考え方も変わって来る気もするが。
それで、だ。
フリクトは、フォルトルースからこのウォルストレンまで来るのに、走って来た訳ではないだろう。
自分に合いそうな騎士を探しながら来たとしたら、四分の三年の大半を使って来た筈だ。
ならば、フリクトはメルトライには行っていない可能性がかなり高い。フリクトが言った復讐をすると言うならば、気が付いた直後にでもメルトライに行って暴れ回っていてもおかしくない。
フリクトの戦争に対する態度、それと直感的な事も含め、だからこそ、俺はフリクトが復讐の為に戦争に参加しようと言ったのは嘘臭いと思っている。
言えない理由があるのか、単に言いたくないだけなのか。どちらにせよ、本当の事が知れない以上、結論としては、俺が乗るフリクト・シルリェトという鹿の魔獣は、ギャンブル性を持つという事だ。
そして、俺は本当の事を知りたいから、そのギャンブルに挑むと言う訳だ。




