仕方ないか
馬は派手に転び、ミルトは鞍に足を掛けたままだった。そして、横に倒れる馬から咄嗟には脱出出来ず、片足が下敷きになった。どちらも、すぐに満足に走るのは不可能だろう。
悲鳴が重なった。それはフリクトにとってはうるさいものでしかなかったが、周りに民家が無い事だけは少しほっとした。
声を聴きつけられ、事情もしらない人達にこの光景を見られたら面倒だからだ。
フリクトはすぐにミルトに近付いた。自殺でもされたら困る。まず最初に頭を押さえ、仰向けにさせてから顎を踏み砕いた。嫌な感触がしたが、止めようとは思わない。
出来るだけ痛めつけてやりたいのは山々だったが、リドムがまだ生き埋めになっている事を思い出した。動けなくしたら、すぐに助けに行かなければいけないだろう。
そうしてフリクトはまた、前足を振り上げた。ミルトの顔も、声にならない声も、見る事は無かった。
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暑い日と寒い日が気紛れに訪れる秋の日。ほぼ確実に起こるメルトライとの戦争に騎士達が出発する直前に、収穫祭の時期が来た。
今年は死者も多く、まず最初に鎮魂の儀式が行われた。
生前に彼ら彼女らが好きだった物を寄せ集め、町の中央で一斉に焼かれた。食べ物、酒、遊具等の雑多な物が焦げる臭いが辺りに漂い、その中、人々は何も言わずに煙を見上げていた。
火が完全に消えるまで、それは続いた。
そして収穫祭が始まった。人々は鬱憤を晴らす為にすぐに騒ぎ始めた。休息があるからこそ、頑張れる。
この夏、1日降り続けた豪雨で全く作物が収穫出来ないという事だけは逃れられた。それでも例年と比べたらかなりの不作で、収穫祭に出す料理の量等にそれは如実に現れていた。
暫くして、人々が歩く中に騎士が混じり始めた。殆ど男、少しだけ女。騎士達は普通の人々と同じように身長、体格、顔は様々だが、着ている服と一緒で彼らに後ろ向きの表情は見えない。
如何なる時でもそういう感情を見せない事自体が凄い事だと、人々はそこで知った。
1人が言った。
「リドムさんは……やっぱり居ないのか」
あの大雨の日、1人の騎士に紛れ込んでいたスパイが捕まった。リドムが休憩場所にしていた小屋を爆破した後、リドムの相棒とも言って良い魔獣の怒りを買い、喋れず、歩けず、腕も動かせない状態になっている所を発見された。もう、普通に動く事は無理な程だった。魔獣は自殺さえも許さなかったのだ。
ただ、肝心の狙われたリドムがどうなったかを知る人は居らず、鹿の魔獣、フリクトもそれからこの町人の目に入る事は無かった。
何人かの騎士達は何か知っているようだったが、誰もそれについて口を開く事は無く、無言で首を振るだけだった。そんな反応をされ、そして爆破された小屋の惨状は酷いものでもあり、リドムは死んでしまったのでは、とも噂されていた。そして、フリクトもどこかへ去ってしまった、と。
現に、リドムが住んでいた借家の小間使い達は、その日以来リドムを見ていない。何の情報も無く、リドムはフリクトと共に消えてしまった。
もう1人が言う。
「スパイに狙われない為に、匿われたんじゃないの?」
「そういう可能性もあるだろうけどさ……、今日位は出て来たっていいじゃんかよ」
「それもそうだけどねぇ。万が一って事を考えて、って事じゃない?」
「かなぁ……」
「ま、憶測に過ぎない事を考えたってね、暇つぶしにしかならんよ。何食べる?」
「……果物の砂糖漬け」
話題にされているリドムとフリクトの事を聞くと、真相を知っている騎士達は、何かを食べながらも揃って口を閉じた。それは後悔であり、同情であり、人によってはほんの僅かな羨望でもあった。
町の中央では、新たな火が燃えていた。だが、臭いはしなかった。




