気が抜けているよ
「さてと、と」
今から毎日の日課をするか、それともこの銀鹿について色々他の奴に聞いてみるか。
男はのんびり、そんな事を考えていた。
そうしていると、開いていたドアの奥から声が聞こえて来た。
「何だ? そいつ」
男が覗いてみると、そこに居たのは男の次にここに居る年月が多い独身男、ライルだった。小柄なのを良く気にしているが、それのお蔭か、偵察をする事が多い。
「魔獣だ。俺に仕える事になった」
「はぁ?」
「なあ、魔獣について何か知ってるか?」
銀鹿もライルも、互いをじろじろ見ている。品定め、と言えば一番似合っているだろうか。
「その前に、こうなった経緯を教えてくれよ」
ライルは、銀鹿の頭を撫でながら男の方を向いて言った。
「ドアを開けたら、こいつが居た。雇ってくれと、首から提げている木の板に書いてあったから、雇ってみた。それだけだ」
ライルは、男の簡素な説明に溜息を吐きながら、木の板を見た。
「こいつ、どこから来たんだろうな。これ以前にも、人間と関わって暮らしていたようだが。
なあ、お前、どこから来たんだ?」
銀鹿は、首を西の方へ向けた。西の遠くには、草も余り生えていない岩だらけの荒山が広がっている。
鉱石が取れる訳でもなく、勿論観光スポットのようなものでもない。
それに、遠くから見ても隠れる場所が少ないので、何かの隠れ家としても使えない、言わば、不毛の地だった。
「あの荒山を越えて来たのか?」
頷いて、肯定した。
「なるほど、そういう点においては馬より役に立つな」
ライルがそう言い終えた時には、鼻で押し倒されていた。
「全面的に馬より上なんだろ」
男がそう言うと、銀鹿は男の方を向こうとし、大きな角が男の脇腹に当たった。
「膂力も強いな」
軽く振り向こうとしただけだろうが、男はバランスを崩しかけていた。
ライルが立ち上がって、砂埃をはたく。
銀鹿は男に向いて、また手を舐めていた。
「多分、嬉しい時にこうする」
男が、無表情のままライルに言い、ライルは溜息を吐いてから言った。
「お前とそいつ、似合ってるよ」
何となく気が抜けている所が、と付け加えるのは止しておいた。
銀鹿の頭を撫でながら、男は思い出したように言う。
「そうだ、お前、名前はあるのか?」
銀鹿は頷いたが、肝心の聞く手段が無い。
「木の板には書かれてなかったぞ」
ライルがそう言い、男が悩んでいると、銀鹿がぐい、と頭を近付けて来た。
「ん?」
「こっちから自己紹介をしておこうか」
「ああ、そうか。俺はリドム。リドム・クアッツ。
で、小柄なあいつが、ライル。ライル・パンパ。覚えたか?」
小柄って言うな、と聞こえたが男、リドムは無視して銀鹿を見た。何か、うずうずして、銀鹿を急かしているように見える。
答を聞くのにそういう仕草はしない男だけどな、とライルは不思議に思った。
銀鹿は、頷くのを見ると、リドムはすぐに言った。
「じゃあ、こいつの名前をどう聞くかは後にして、俺は取り敢えず日課をやる。何かそわそわしてきた」
そう言うと、リドムはすぐに立ち上がり、さっさと庭の方へ歩き始めた。ライルと銀鹿に背を向けて。
ライルと銀鹿はその後ろ姿を見て、ぽかんとする。
「驚くほどマイペースだろ?」
ライルがそう聞くと、銀鹿は肯定した。
既にリドムは剣の鞘を抜き、素振りを始めていた。