暑いな
ここ辺りの気候は、大まかな法則性がある。夏が涼しければ涼しい程、冬は暖かく、逆に夏が暑ければ暑い程、冬は厳しく寒くなる。どちらにが起こるにせよ、農作物に被害が出る事は確実だった。
そして、今年の夏は歴史的に名を刻む程に暑かった。
川の水量はみるみる内に減少し、井戸水も縄を長くしなければ掬えない程に少なくなっていた。雨も余り降らず、農作物は夏の初めには萎れ、農家達は必至に川から水を撒いていた。
唯一不幸中の幸いだったのは、昨年が豊作であり、蓄えはある程度はある、という事だった。暑さで死ぬ人は出ても、飢えで死ぬ人は出ないだろう。
そんな中、リドムとフリクトは来たる冬の戦争に向けて訓練を重ねていた。夏が暑ければ暑い程、冬は厳しく寒くなる。今年、メルトライから戦争が仕掛けられる事はほぼ確実だった。
そうすると、メルトライは3年連続で戦争を仕掛ける事になるが、そもそもメルトライに関しては余り情報が無い。
兵力がどの位あるのか、指揮官は有能なのか。そもそも戦争すらも吹雪の中で雲に包まれたような感じで行われており、敵がしっかりと姿を現す事自体が少ない。
戦争の中で情報を集めようとしても、それは難しい事だった。フォルトルース、ウォルストレン、ラインスプルの3国に幾度となく戦争は仕掛けられて来たが、それでも情報は驚くほど少なかった。
未だにどの国も有効な戦略を立てられていない程に。
山の中で、リドムはフリクトに乗って弓を構えている。風が強く吹き、視界も木々や長草に紛れてすこぶる悪い。
じっと、一人と一頭は何かを待っていた。すぐ近くから枯れかけた小川の水の音が聞こえている。さわさわと、草が揺れている。リドムの額からは汗が流れ落ちていた。薄着で風が体を撫でていてくれても、日蔭であっても、今年の酷暑には敵わなかった。特にフリクトは酷暑の中、山と借家を行き来する事をすぐに面倒になり、山に籠るようになってしまっていた。ただ、そんな中でも唐辛子だけは食べ続けていたが。
何故、こんな山の中で弓の訓練をしているのか。それは上からフリクトがフォルトルースに居た頃と同じような命令が与えられたからだった。唯一、吹雪の中でも機動性を損なう事無く足場を常に安定させられているリドムは、弓を扱うのにはうってつけだった。
それから基本的な弓の訓練を積んだ後は、毎日この山に通っている。
がさがさ、と音がした。リドムは軽く音の方向を見る。それが動物が動く音なのか、風の気紛れなのか、それを瞬時に見極めなければいけない。
吹雪のような強風の中でも比較的安定性を持って飛ばせる特殊な矢は、数多く持てない。だからこそ、至難な状況でも百発百中という理想に限りなく近づけなければいけない。器用貧乏なリドムにとってそれはかなり大変な事だった。
今もリドムはそれが、動物が動く音なのかはっきりとした決断が下せずにいた。
……息をゆっくりと吐いた。
山に来る前に弓の達人に型を修正され、それが体に馴染むまで何百本も射って来た。
考えるな。当てるんじゃなく、当たるんだ。思い込みで良い。それだけで矢は当たるようになる。そんな精神論を刷り込まれ、何故かその通りに出来るようになった頃には矢は当たるようになっていた。
ただ、疲れ果てる事を何度繰り返しても、弓の達人から付きっきりで訓練を受けても、特別上手くなった訳ではなかった。普通にかなり上手くなっただけ。
自分には、何かに特化した才能は無いんだ。そう卑下した思いを心底持ちつつも、それでもリドムは真面目に取り組んでいる。
リドムは弓を引き絞る。姿が見える事は無いが、動きは見えている。絶対に動物だ。焦る必要はない。じっくりと狙いを定め、そして射る。それだけだ。
そして、矢を放った。
短い悲鳴が上がり、リドムは息を吐いた。今日は、5回矢を放ち、4回命中している。しかし、まだだ。ここで百発百中でなければ、吹雪の中当たる筈がない。
草を掻き分けて悲鳴の主を見つけた。当たった獲物は兎で、まだ微かながら生きていた。すぐに殺してやり、手短に血抜きをしてから、フリクトの鞍に引っ掛けた。
……夏が終わるまで、いや、メルトライが来る直前まで、これを続けるのだろう。その頃には当たるようになっているだろうか。いや、無理だろう。長年続けている猟師は百発百中には近いが、そうなっている人は無い。
要は時間だ。それが圧倒的に足りない。だけれど、やらなくてはならない。
使命感がリドムを押していた。
夕方になり、涼しくなってきたのは嬉しかったが、視界は更に悪くなってきた。しかし、これからが本番だった。
殆ど視覚が使えない状況。吹雪なら音ももっと聞こえにくいのだろうが、今が最も実戦に近い状況だった。
そして、夜行性の動物が少しずつ動き出す時間帯でもある。
自分を信じろ。教わった事を纏めると、要するにそれが弓に対する一番の姿勢だ。困難な状況であっても、自分を信じ切る事が出来れば矢は必ず当たる。視界が効かなくても、自分の五感を信じ、体を信じれば獲物は必ず仕留められる。
小川を流れる僅かな水を飲んでから、リドムはまたフリクトに跨った。
視界が完全に効かなくなってから獲物を仕留めるまでは帰らない。それは人並み以上に上達する為に、リドムが自分にただ1つ定めた事だった。
これから毎日投稿とはいかないと思いますが、再開します。




