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Deer! and Bear?  作者: ムルモーマ
色褪せない過去
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唐辛子がなんてものが無ければ

 フリクトに、戦争の最中の記憶は余り無い。その出来事が起きるまで、印象に残っていたのはほんの少しの事だけだった。ハリクルが、極寒の中で指が(かじか)んでも正確に敵を射れるようにされた弓をで、地吹雪に吹き飛ばされない矢を、フリクトの鼻を頼りにしてずっと射っていた事。フリクト自身はハリクルの指示通りに雪を掻き分けて歩きながら、ひたすら敵の方を見ていた事。

 魔獣がこの戦地のどこかに居ると信じて、フリクトは厳しい毎日を過ごしていた。


 ハリクルと共に町に居た時は、人間の暦を覚えていた時期もあったが、フリクトは既にその感覚を失っていた。戦争に参加している騎士達も同じだっただろう。

 終わらない長い冬の間、メルトライは土地を求めて攻撃を仕掛けて来る。執拗で、狡猾に、そして隠密に。この冬の戦争は、本当に冬が終わらない限り、止まる事は無かった。昼であれ、夜であれ、快晴であれ、吹雪であれ、天候も昼夜も何一つ関係なく戦争は続いていた。

 そんな戦争の最中、普通の射手であったら、この地で射れる時間は限りなく短かっただろう。しかし、今はフリクトという犬以上に鼻が利く魔獣が味方してくれている。それのおかげで、戦争の続いている間はずっと弓を射る事が出来た。朧げにしか位置が分からない嗅覚を頼りにしてどの位の矢が当たったかは知らないが、矢には体の動きを鈍くさせる毒が塗ってある。

 助けなければ凍死してしまうという、かなり効率的に戦力を奪う武器であったので、当たった数が少なくても戦力の減少には繋がっているに違いなかった。

 味方側の死傷者が徐々に少なくなっているのがその証拠だった。


 ある日、仮設の休息地で火を囲んでいると、情報が来た。

 鎧を着た熊が出没し、何人もの人間を肉塊に変えてしまったと。

 フリクトだけが、それを聞いて喜んだ。とうとう、自分はどうしようも無い孤独から解放されると思った。ただ、一瞬だけだった。

 自分が魔獣に会いたくて騎士に雇われる事にしたというのは、ハリクルにも伝えていなかった。町で過ごしていた時も文字盤はあったが、その事だけは、気紛れだと誤魔化していた。

 だからすぐに、その魔獣をどうやって殺すかという話題に話が移行していくのを聞いても、フリクトはどうする事も出来なかった。しかし、伝えていても、きっと騎士達もフリクトの希望を叶える事は無かっただろう。

 その日は、戦争が始まってからある程度長い時間が経っていたが、熊はその情報が伝えられるかなり前から騎士を殺していた。メルトライの兵士達と同じように、はっきりと姿を見せる事なく、しかし兵士とは比にならない早さで次々と人間を狩っていた。そして、見つかった時には、その場に居た殆どの人間が肉塊に変えられてしまった。そんな危険な魔獣を殺す以外の方法で対処する事は出来なかった。

 そして、次の日。フリクトの記憶が飛んだ日が来た。


 魔獣には魔獣を。そんな結論が下されて、フリクトはほっとしていた。その日、魔獣と出会える可能性はかなり上がった。ただ、ほっとしていられたのも一番最近に目撃された場所に行くまでは、だった。

 血生臭さがフリクトの顔を(しか)めていた。近くにその熊の魔獣が居る事は確かだったが、至る所から来るその血生臭さは嗅覚を惑わして、敵の位置を掴ませずにいた。それに同じ魔獣とは言え、絶対に友好的に接してくれるとは限らない。突如襲われるのは勘弁だった。

 フリクトはここからは一旦逃げた方が良いと、ハリクルに身振りで伝えた。ハリクルもそれを感じ、ゆっくりと警戒しながら背を向けた。

 その瞬間だった。長いものが飛んできた。ハリクルはそれを弓で弾こうとしたが、完璧に軌道を逸らす事は出来ず、フリクトの脇腹にそれが刺さった。ハリクルは初めてフリクトの辛そうな呻き声を聞いた。痛みから来る身震いがハリクルにそのまま伝わってきていて、ハリクルにもその痛さが感じられるようだった。

 ハリクルはすぐにそれが来た方向を見ると、何者かが木の陰に隠れたのが見えた。ハリクルはあの距離から槍らしきものを投げ、そして命中させた事に一瞬だけ感心してしまっていた。

「走れるか?」

 フリクトは行動で示した。とにかく、ここから早急に逃げなければいけない。

 しかし、その時、違う方向からまた何かが来た。ハリクルは、今度はそれを弓で弾く事が出来たが、飛んできた物から飛び出て来た大量の粉末までは防ぐ事が出来なかった。

 赤い粉がフリクトの顔に多量に掛かった。それは、唐辛子の粉末だった。

 そして、そこからフリクトの記憶は途切れた。気付いた時には、敵も味方も居らず、背に乗っていたハリクルさえも居なかった。

 脇腹に刺さっていた槍は抜けていた。頑強な筋肉が槍が奥深くまで刺さるのを防いでくれていて、血も止まっていた。


 ……フリクトは、気付いた後にはもう、戦場には戻りたくなかった。傷はそれでも大きく、暫くは安静にしていた方が良さそうだった。そして、自分に心地良さを与えてくれる人は、自分の性でほぼ確実に死んでしまった。その喪失感はかなり大きかった。

 魔獣に会う気もその時はすっかり失せていた。

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