大酒呑みには鎖を
月日が過ぎた。メルトライはラインスプルの指揮官数人を人質に取る事に成功し、その指揮官達が位の高い貴族であったのも大きな要因で、かなり大きく領地を取る事に成功した。
リドムとフリクトは、もうそんな事は気にせずに、いつも通りに毎日を過ごしていた。変わった事と言えば、夜はフリクトも借家の中で過ごすようになった事だろうか。
また、フリクトはあの日から自分の事を伝えようと決めた。文字盤を使い、一文字一文字を足や鼻で指して伝える方法なので、春になった今もそれは続いていた。ほぼ毎日その事は続けていたのだが、今日はやらない。
今日は、冬が完全に過ぎた事を祝う祭りだった。
フリクトも長い年月を掛けて様々な場所を歩いて来て、祭には参加した事もある。ただ、目的は食べ物と酒だけで、踊りとかには殆ど興味が無いのだが。
ふぅ、とリドムは岩段に腰を掛けた。隣に持って来た物を丁寧に置いた。隣にはライルが居て、リドムが持って来たソレに呆れていた。
「それも、フリクトの為の物か?」
「魔獣は酔いにくいそうだ。フェライ隊長が言ってた」
リドムが持ってきた物は、大樽に入った酒だった。どう見ても大金を使ったようにしか思えないが、リドムは今、懐が温か過ぎる。どうせ、どの位掛かったと言っても、大した出費じゃないと返されるのがオチだ。
冬のある日から更に関係が良くなったように見える一人と一頭を見て、ライルは少し羨ましく思った。
樽の下部にはコックが付いていて、捻ると酒が出て来る。普通、その下には零れた酒を受け止める皿のようなものがあるのだが、今回はその必要はないみたいだ。
コックを捻ると、フリクトは口をそれから離す事は無かった。喉がずっと動いている。
「ただ、フェライ隊長はこうも言った。もし、酔って暴れたりしたら、最悪な事態にもなり得る。良いものを持ってくるから、少し待ってろ。って」
「……酒を飲ませるのは、来るまで待っていた方が良いんじゃないか?」
「あ、そうか」
リドムは、済まんな、と言ってからコックを閉じた。フリクトは酒が止まったのに気付くと、籠を持って、普通の足取りでまた祭りの方へ向かって行った。まだ酔ってはないようだ。
今も、最初程では無いが、町人達からフリクトは野菜等を貰っている。いつも通り、今回もお零れを貰うのだろう。
音楽が聞こえる。弦の音、笛の音、管の音、太鼓の音。真中では焚火が大きく焚かれており、その周りで人が踊っている。
笑い声が聞こえ、歌が聞こえる。
「……幸せ、だよなぁ」
メルトライは、農業が出来ない土地の割合が多過ぎるらしい。今、この場所では冬は完璧に過ぎ去ったが、メルトライではまだ冬なのだろう。
メルトライに接している三国も、当然それを知っている。偶に戦争を仕掛けられ、それで被害を被っているものの、奪い返したってまたやって来る。メルトライ自体を併合すれば良いのかもしれないが、何にも使えない土地と、それに割が合わない人数が増えるだけで、戦争の相手をしている方が被害が少ない。一番良い策は土地を分け与える事なのかもしれないが、それはお偉いさん方が許さない。
メルトライでは、こんな光景は見られないのだろう。
「ああ」
ライルは、その意味も理解した上で返した。メルトライとの関係は、ずっと昔から変わっていない。詰まる所、この三国は不器用なのだ。
二人でぼうっとしていると、フェライがやって来た。手には頑丈そうな鎖が複数ある。
「飲ませる時には、これを使ってからにしろ。それと、ここの領主も来ている。来ると思うが、丁寧に対応しろよ」
「はっ」
リドムにその鎖を手渡してから、すぐにフェライは去って行った。
「……これ、罪人用だろ」
ライルが手渡されたそれを見て、言った。
「けれど、複数用意したのも頷ける」
フリクトがどの位の力を持っているのか、まだ、リドムも含めて誰も知らない。農耕用の馬二頭が牽くような荷台をフリクトだけで牽いた事があったが。
それが本気でないなら、罪人用の鎖一つでは破壊して暴れ回る事も十分可能だろう。
フリクトが戻って来た。籠の中身は沢山詰まっていて今にも中身は零れそうだが、それが零れる事は無かった。
「さて、済まんが、お前が酒を飲むのに条件が付いた。これを付けろ、だとさ」
そう言って、リドムは鎖を見せた。フリクトはその鎖の多さを見ると、首を振った。
「そうか。なら、これはどうする? 持って帰るか? それとも戻すか? それ以外か?」
そう言いながら、リドムは籠の中の物を順々に取り出した。言った時に取り出した物を選んで答えろ、と言っている訳だ。
フリクトは持って帰る事を選択した。
「……くれぐれも、俺の部屋では酔っ払わないでくれ」
フリクトは答えなかった。




