とても行きたいけど
人間なら溜息を吐きたいような気持ちにフリクトはなっていた。毛皮か角か、狙っているものは分からないが、自分の身を狙う山賊から逃げ切ったと思ったら、変な服の人が沢山来たのが見えた。面倒な事が続いて起こるのは、勘弁して欲しかった。
フリクトには彼らが山賊でないかどうか、すぐに分かった。長い事様々な場所を歩いて来たが、騎士と言う戦う職業の人達だろう。変な服だけれど、身だしなみもきちんとしているし、山賊のようにごたごたした感じがしない。
馬の様に人を背に乗せるのには何となく抵抗があったのに加え、危険な目にも遭う事があると聞いた事があり、フリクトはまだ騎士に従事した事は無かった。
脇に逸れて、普通に歩いておこう。
そうして、フリクトは騎士達と行き違う。フォルトルースでは魔獣は自由な存在として一般的には認識されており、個体が幾ら強かろうが強制しては使い物にならない。なので、害でなければ何もしない、というのが普通の対処だった。騎士達も魔獣を物珍しそうに見て色々話すものの、その対処に従って声を掛けたりはしなかった。
騎士がフリクトを見て、仲間達と話している。その中の誰かが言った言葉がフリクトの耳に入った。
「そう言えば、メルトライで魔獣が一緒に戦っているって噂があるよな」
フリクトは立ち止り、振り返った。騎士達もそれを見つめるが、歩いて去っていく。
誰かが言っていた気がする。望むものを手に入れるには、それなりの代価を支払わないといけないよ、と。代価とはこの場合、騎士に従事する事と、戦う事だ。しかも、それは噂という余りにも不確定な情報。
それでも、フリクトはすぐに決心した。長年様々な場所を渡り歩き、様々な場所で色んな事をして、色んな物を食べて来た。けれど、魔獣に関しては全く情報が入る事は無かった。
今、老婆が死んでしまった直後のような体に突き刺さる孤独は感じていないが、まだ、孤独は感じている。
不確かとは言え、本当に欲しかった情報が入ったのだ。見逃さない手は無かった。
フリクトはすぐに騎士達の方へ走っていき、驚く騎士達の中で一番自分と合いそうな人に、首に掛けている板を見せた。
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脇腹の傷は、自分で確認する事は出来ない。痛みも消え、違和感も全く無くなってしまっていたから、無くなっていたのだろう、と思っていた。
まだ残っているのを知ったのは、リドムがそれを見つけた時だった。その傷を触られると、変な感じがした。
気付くと、その傷の嫌な思い出がありありと頭の中で再生されていた。
ああ。僕は、生きている。
思った事までありのままに、思い出していた。不思議な安堵と、どうしようもない不安、恐怖。
今思い返しても、同じ感覚がした。それは嫌な感覚でもあるのに、思い返すとほんの少しだけ、自分の中の孤独が薄れるような気がした。死を感じられたから、かもしれない。
けれど、孤独はまだ消えていない。様々な営みを見ている内に、獣同士、人間同士が作る関係が羨ましい事に気付いた。最初に従事した騎士ハリクル・トルレ、そして今従事している騎士リドム・クアッツ。二人とも、自分にあの老婆と同じような心地よさを与えてくれる。でも、やっぱりそれは、自分を魔獣として扱っているのだ。当然だとは分かっているが、同族としては見てくれない。
同じ、魔獣同士での関係が欲しかった。とにかく、欲しかった。
……行くべきか、行かないべきか。
フリクトは考える。待っていればメルトライはこの国にも戦争を仕掛けるだろう。リドムを放ってまで行った事の無い場所に行って、戦争に参加する。それまでにどの位の時間が掛かる?
行くまでの間で春になっているかもしれない。その頃には戦争は終わっている。
フリクトは、何も知らなかった。ここからラインスプルまでの距離、戦争の行われている場所、自分が一日で、人間が使う距離の単位でどの位走れるか。何を考えても、予想にもならない。ましてや、聞く事も出来ない。
頭がこんがらがって行く。思考が停止して、時間だけが過ぎていく。
今すぐにでも関係が欲しい。けど、可能性が低過ぎる。ここで待っていた方が賢明なのは分かってる。けれど、けれど、はちきれそうな何かが自分の理性を押していた。
気付くと、唐辛子が沢山入っている籠を咥えて立ち上がっていた。そして、新雪に足を突っ込みながら歩いていた。
その音が聞こえたのか、すぐにドアが開く音がして、リドムがやってきた。
「……行くのか?」
ただ一言、そう聞かれた。フリクトは、無意識の内に首を横に振っていた。
……ああ、僕は止めて欲しかったのかもしれない。行かない方が良い、行って欲しくないと、言葉でも、体でもそう言って欲しかったのかもしれない。……行っても、ほぼ確実に何にもならないと自分でも分かっていたけれど、行きたくてしょうがなかった。自分では抑えられないそれを、リドムに止めて欲しかった。
リドムは驚くような顔を見せてから、言った。
「……そうか。お前、寒くないのか? ……入るか?」
フリクトは頷いた。寂しさはあったが、少しだけ忘れられた。




