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Deer! and Bear?  作者: ムルモーマ
色褪せない過去
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二者択一、ねぇ

 市場に行くと、中央にある掲示板に、上質な張り紙があった。一目で重要な知らせだと分かる。

 町の皆がそれを凝視していた。文字が読めない人も居るので、内容を伝える人から話し声が聞こえて来る。なので、文字が見える位置に行く前に、大まかな内容は既に分かってしまった。

 ――メルトライが、東の国ラインスプルに戦争を仕掛けた。――

 文字の量は多かったが、主な事はそれだけだった。それを知った途端に、銀鹿フリクトはそわそわし始めた。

「……やっぱり、戦争に行きたいんだな?」

 リドムがそう言っても、フリクトは頷こうとはしない。本当に、こいつの目的は何なのだろう。戦争に行きたいと思っているのは本当だろうに。

「取り敢えず、読んでみよう。お前も文字を読めるんだろ?」

 人を掻き分けて、リドムとフリクトはその掲示板の前に立った。ただ、その紙は事実を告げているだけで、何の命令も書かれていなかった。

「俺が、援軍として東に行く事は不可能だ」

 リドムは、フリクトにそう言った。この戦争に参加したくとも、自分の元に居ては到底無理だという事だった。

 ただ、それを言っても、フリクトは少し項垂れたような素振りしか見せなかった。

 一体、何の為にこの魔獣は戦争に参加しようとしているのだろう。リドムはフリクトと出会ってからずっと色々と考えて来たが、どれもフリクトに関する情報が無い以上、想像の範疇を越える事は無かった。

 取り敢えず、考える前に掲示板の前からおさらばする事にした。騎士に向って面には言えないみたいだが、邪魔そうに町人達が自分の事を見ていた。


 その後、八百屋に寄っていつも通りにフリクトに野菜を選ばせる。この頃は豆も偶に食うが、今日は野菜の気分らしい。

 フリクトは毎日のように唐辛子を少しずつ食っているが、今日は何故かいつもよりかなり多く唐辛子を籠に入れていた。

 八百屋の主人が言っていたのを思い出す。

「珍しいねぇ。普通、獣ってのは辛いものは苦手な筈だけど。畑の周りにその粉末を撒いておけば、誰も近寄らなくなる位にね」

 魔獣も基本的な事は普通の動物と同じだ。フリクトは葱の類を食う事も無いし、ましてや肉も食う事は無い。

 知能、寿命、筋力、体の色。今現在分かっている事で変わっている事と言えばそれ位で、リドムは、フリクトは実は唐辛子が苦手だと思っている。好きであるならば、もっと毎日のように食べている筈だ。

 何故、好きでもない唐辛子を毎日のように食べているのか。そして、何故、今日は唐辛子を多く入れているのか。戦争が始まったと分かったその日に。

「……決めつけるのは、まだ早い」

 リドムはそう、独りごちた。フリクトにも気付かれない程の小声で。


 その日、実際フリクトは唐辛子を多く食べていた。走っている最中、リドムが屋根に上って雪かきをしている最中、間食のようにそれを食べていた。しかし、大量に買ったその唐辛子はどう見ても一日分では無い。辛いもの好きの人間でさえ、一日にこの量は多いだろうという位に買っていたのだから。

 そしていつも通りに昼が過ぎ、早い夜が近付いて来る。

 暗闇になる前に、リドムは借家に帰る。フリクトが咥えている籠の中にある唐辛子はまだまだ十分にあった。いつもは、一日分の食料しかその中には入っていない。唐辛子も朝には1つも残っていない。籠の中に何かが残っていた事は、短い期間だとは言え、今まで無かった。

 やはり、か。リドムはフリクトがしようとしている事に確信が出来た。

 自分だけで、リドムとは離れて戦争に向うつもりだ。ただ、それをリドムが口に出す事は無かった。リドムは自分が付いていく義理は無いと感じていた。泥棒を捕まえる事も出来たし、給料も跳ね上がったが、それに似合うだけの事をフリクトにやってきた。食べたい物は全て買った。毛繕いもした。良くある我儘にも全て付き合った。

 あくまで一人と一頭の関係の根底にあるのは、利害だった。

 しかし、だ。根底にあるのがそれとは言え、良く仲が良いとも言われたように、友好関係というものもあったとリドムは思う。そして、リドムはフリクトが何の為に戦争に参加したいのか、それにかなり興味があった。人間に近い、もしくは同等の知能を持つ魔獣が、何を考えているのか。

 詰まる所、リドムはその興味を満たすかどうかを迷っていた。

 借家に着き、リドムが降りると、フリクトは風の通らない場所に歩いて行った。リドムはフリクトに怪しまれないように、いつも通りのように、フリクトが歩いて行くのを見てから借家の中に入った。野生の勘の鋭さは残っているだろうから、怪しまれないようにしている事自体もばれているかもしれないが。

 ドアを閉め、ほんのりと温かい室内で雪をはたく。フリクトは、今日でここを去るのだ。確実に。

 暖炉のある娯楽室へ歩きながら、考える。今日、ずっと考え続けてきた事だ。行くか、行かないか。行かなければ、ぽっかりと穴が空いた気分を味わいつつも極普通の日常を過ごす事になる。行けば、危険もあり、騎士としてもやっていけなくなるだろう。行くには、誰にも言わずに行く事、無断である事が最低条件だからだ。しかし、フリクトが何を望んでいるのか、それが分かる。きっと、それで自分は満足出来るのだろう。魔獣という特異な生物を理解出来る事で。

 ……やはり、リドムはマイペースだった。自分がここから居なくなって起こる影響など、微塵も考えていなかった。

 

 そして、夜が来た。

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