僕はそれを見れないけれど
何日も、銀鹿は老婆と過ごした。ただ、ひっそりと。
老婆は銀鹿に、雪の中に保存してあった食料を分けてくれた。銀鹿はそのお蔭で森に戻って何かを食べて過ごす必要も無くなった。
ただ、老婆は銀鹿にそうした事をしていても、それ以外は食べて、後は殆ど暖炉に向うだけだった。銀鹿も何となく、老婆と同じようにして火を見つめていた。銀鹿にとって、火を見る事は楽しかった。今まで火を見た事が無かったからだった。それに、何故か飽きなかった。
雪は何日経っても降り止まなかった。強くは降っていないが、音も無く雪は降り続いていた。降り止まなくても、食料が雪の中に保存してあるのを知った上では何の問題も無いが。
食い溜めをして冬を寝て過ごす熊と似ている、と銀鹿は思っていた。
その日、老婆は塩漬けにしてあった肉を食べながら、唐突に喋り始めた。
当然、銀鹿にはその内容は理解出来ない。だけれど、銀鹿はそれに耳を傾けていた。この動物は、声が一番の意志疎通の為のものだ。
ここに来るまで、何度も追い払われたが、その時にそれを知った。透明な壁の先に居るその動物達は、声で何かを伝え合っていた。自分に対し叫んでいたソレも、体よりも声に一番感情が詰まっていた。
その声を理解する事が出来れば、自分についても知る事が出来るかもしれない。銀鹿はそう思った。
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銀鹿の名前は、フォルトルースの古代語から来ていた。意味を持つ名前だった。だが、どうしてそういう名前を付けたのか、リドムはその日まで全く分からなかった。
秋は過ぎ、季節は冬になっていた。
銀鹿は何をしようとしているのか。予想は付いているが、銀鹿がそのリドムの予想に答える事は無かった。
何日も雪が降り続いていた。そんな日も、騎士としての務めは果たさなくてはいけない。
雪を掻き分けて道を作り、町でも除雪作業に務めたり、偶に屋根に積もった雪を落としたりもする。当然、訓練や警備もある。
基礎体力はかなりあるとは言え、疲れる日々が続いていた。
いい加減一回晴れてくれないか。リドムがそう思った次の日には、快晴が広がっていた。久々の、良い目覚めだった。
外を見ると、白い雪が太陽光に反射してかなり眩しかった。
防寒着を着て、細剣を差し、ドアを開ける。毎日の日課は素振りでは無くなった。雪の中で平然と寝ている銀鹿の食料を買いに行くのだ。
保存が出来る冬の今は買い溜めしても良いのだが、朝起きてまずは何かやる、という事が体に染みついている。
階段を下り、鼾を聞き、朝食を予想し、ドアを開ける。そして、リドムは目を奪われた。
リドムは思わず呟いていた。分からなかった事が、今、やっと分かった。
「白銀の鏡……」
それが、銀鹿、フリクト・シルリェトの名前の意味だった。
いつも、フリクトの体は太陽光を反射している。だが、雪と一体となって太陽光を反射している様は、ただ単に美しかった。雪が、フリクトの体を映えさせていた。
フリクトが動くと、毛の一本一本がさらりと動き、反射の度合いも変わっていく。それは正に、鏡のようだった。
名付けた人も、きっとこの光景を見て名付けたのだろう。ぴったりの名前だ。リドムは心からそう思った。
フリクトが近付いてきた。いつものように、籠を口に咥えて。
「……ああ。行こうか」
リドムは気の抜けた声で言った。
フリクトも、自分に見とれているリドムを見て、その日の事を思い出していた。
長い雪が終わり、久々に太陽が顔を出して、銀鹿も外に出た日。
老婆も、自分に見とれていた。そして、その瞬間、自分の名前は決まったのだ。自分を受け入れてくれて、様々な事を教えてくれた彼女に、名前を付けて貰えた。
自分が何かも分からなかったし、何にも関われなかった自分を変えてくれた。その人に名前を付けて貰えたなら、それは嬉しくない筈が無かったし、一生大切にしようと思った。
銀鹿の名前は、自身にとってはフリクト・シルリェト、それのみだった。




