寒くはないけど冷たかった
歩いていると、その動物の痕跡みたいなものが沢山出て来た。
木や石を組み立てられて出来た、住処みたいなもの。正確な円の形をしたものが取り付けられている何か。氷のように透明な板。
雪以外の何もかもが、森には無い物だった。銀鹿はきょろきょろと辺りを見回しながら、そのまま歩いて行く。
恐怖というものは無かった。銀鹿は独りでも、森の中では誰よりも強いと分かっていた。アレが森の動物とは逸脱した存在だとしても、あのひょろ長い体に自分に勝る力があるとは思えなかった。それに、兎を殺した物を使ってきたとしても、自分にはどうという事は無いだろうとも思っていた。
あるのは、好奇心だけだった。
その動物の住処らしきものは沢山あるが、それから出ている動物は居ないというのがどうにも奇妙だった。
毛皮を持っていないから外に出たら寒そうなのは分かるけれど、食べ物は必要だろう。昼、いや、夜になったら出て来るんじゃないか。
ただ、そう分かっていても待つのは嫌だった。好奇心がかなり昂っていた。
銀鹿は何も考えずに、住処の一つに向って歩いて行く。窓越しに見える住処の中に、家族と思われるその動物達が居た。
近付いてくる自分に気付き、何か慌てふためいているように思えた。それを見て、銀鹿は何となく分かった。自分はこの種の動物にとっても、異質な存在なのだと。
落胆したが、それでもこの異質な動物は、自分について何か知っているかもしれない。自分と意志疎通が出来るかもしれない。
希望を持って、銀鹿は近付いて行った。そうすると、一匹が何か爪のように鋭そうな先端を持つ細長いものを持って、外に出て来た。
怯えていたが、自分に対して精一杯の敵意を向けている。銀鹿は、そのような状態の動物を見た事があった。肉食獣に対して、子を守る為に命を賭して抵抗をする親とそっくりだった。
ソレは、細長いものを振り回しながら近付いてくる。
流石にその先端が刺さったら痛そうだ。かと言って、銀鹿は何も攻撃する事は無かった。自分について何かを知っているなら引き下がれないが、敵対してしまったら何も得れなくなるだろうと分かっていた。
ただ、とにかく叫びながら細長いものを振り回して来るその一匹とは、すぐには意志疎通をする事は出来ないだろうとも思った。
まだ、この種の動物は他にも沢山居るみたいだし、ここはいいか。
銀鹿は諦めて、その住処から去って行った。
時間が経つに連れ、銀鹿は絶望しつつあった。幾つもの住処を回っても、同じような事の連続だった。
結局、この種の動物も自分を拒絶するだけなのか。それでも、諦めきれずに銀鹿は違う住処に近付き続けた。
夜が近く、雪は激しくなりつつあった。
その動物が作った物にも目が慣れて来た。銀鹿は、どう見ても古ぼけた住処に半ば諦めつつも近付いて行った。
透明な壁から中を覗くと、そこには老いを見せつつある雌だけが居た。火の近くで温まりながら、視線もずっと火に注がれている。
老婆は銀鹿に気付かなかった。透明な壁に幾ら近付こうとも、視線は火から動く事は無かった。そのまま覗いていると、角がその透明な壁に当たり、音を立てた。
老婆が銀鹿の方を向いた。ただ、反応が、銀鹿が見て来たものと全く違った。今まで近付いた住処の大体の中のソレらは、銀鹿に対し恐怖や怯えを見せていたのだが、この古ぼけた住処の中に居る老婆は銀鹿に対して少し驚きを見せただけで、すぐに視線は火に戻り、銀鹿の方をもう一度振り向く事は無かった。
どうでも良い。そう言われているようだった。
初めて拒絶されなかったが、受け入れられた訳でもなく、銀鹿は戸惑いながらも老いたソレを見続けた。
夜になり、老婆が外に出て来て、銀鹿の方へ何も持たずにやってきた。老婆の口が開き何かを言った。銀鹿にはそれが何を意味しているか全く分からなかったが、その老婆がした行動で何となく分かった気がした。
体に付いていた雪を叩き落とされ、角を掴まれて、住処の中に連れ込まれた。銀鹿はその老婆の行動に戸惑っていると、老婆は火を消して、繊維で出来た物にくるまってすぐに寝てしまった。
何となく、銀鹿には受け入れられたような気がした。
そして、座って目を閉じた。




