まだ1日も経ってないのに
その後、全ての試合が終わった後に全員がまた集まり、フェライが締めの言葉を言って、今日の訓練は終わった。締めの言葉の中でフェライは、自分が負けた事もさらりと言い、それを踏まえた上で銀鹿は貴重な戦力と認めた。
夜が近かった。町の灯りが点き始めたのが見えた。
リドムは銀鹿の防具や、自分の鎧や武器を全て戻してから、細剣を取り、さっさと帰る事にした。
今日は、かなり疲れた。特に、精神的に。
銀鹿が咥えている籠の中には、まだ食料が大量に残っている。リドムが市場に寄らなくても良いかと尋ねると、頷いてくれた。
田園の中を、銀鹿とリドムは歩いている。
地平線の彼方へ沈もうとしている太陽の反対側には、リドムと銀鹿の影が細長く伸びていた。その先からは、暗闇が迫っている。
足元さえも見えない夜が迫っていても、早く帰る気は余り無かった。騎乗して走って帰る事自体が疲れた体では余りしたくない事であったし、この一人と一頭という環境の中で、リドムは銀鹿に聞きたい事があった。
「この国ウォルストレンと親しい、西にある隣国フォルトルースがさ、昨年にメルトライと戦争を起こしていたんだ」
籠の中の食べ物を口に入れていた銀鹿の耳が立った。
「別にな、俺もその戦争について詳しいって訳でもない。普通の町人と全く変わらない程度の知識しか持っていない。
メルトライは、天候が味方してくれる年に戦争を仕掛けて来る。それも、冬だけに。西のフォルトルース、このウォルストレン、東のラインスプル、全てが戦争を仕掛けられた事がある。
ま、メルトライは大地に恵まれていないから、こっちの恵まれている大地を欲しているのは分かるし、資源も少ないメルトライがこっちの国に勝つ為には、天候でも味方にして短期決戦をするしかないのも知っている。過去に、少しだが、土地を奪われた事もある。
お前にとっちゃ、そんな事情はどうでも良いだろうけどな」
銀鹿は何の反応も示さなかったが、リドムは話し続けた。
「朝に俺が見つけたお前の脇腹の傷は、どう見ても自然なものじゃない。大型獣を殺す為に作られたような、禍々しい形をした槍の痕だ。それに、毛皮に隠れて外からは見えないとしても、まだ真新しい。
鞍を付ける時もそんなに抵抗の素振りを見せなかったし、昼の一件でも、俺が望む前に乗れる準備をしてくれていた。更に試合では、俺の指示に忠実に従ってくれたし、守ってもくれた。
どう見ても、お前は同じような経験をしてきたようにしか、俺には思えん。
それに、だ。俺が作戦を話している間に、お前は少し遅れて返事をしたよな。俺が思うに、それは考える時間じゃなくて、“メルトライ”という単語に反応していたから、じゃないのか?
更に、お前は狩りという単語には反応しなかった。森を守る為、とかそういう目的で動いて、人間から傷を付けられた訳でもないだろう?」
銀鹿は答えなかった。
「……お前、昨年の戦争に参加していたんじゃないか? どちら側として参加していたか、どうしてそんな危険を態々冒しているのか、そんなのは分からんが」
何も、最初に耳を立てた以外には、銀鹿は反応しなかった。リドムが喋っているだけで、一人と一頭はそのまま歩き続けている。
「そして、だ…………ああ。分かったよ」
リドムが更に続けようとすると、銀鹿は耳を伏せた。これ以上は聞かないという、明確な意思表示だった。
ただ、その意思表示で、リドムは自分の予想が大体当たっている事を確信した。そして、これから言おうとしていた予想も、当たっている可能性は高い。
きっと、メルトライとの戦争に、銀鹿はもう一度参加したい、と思っている。理由は分からないが、多分そう思っている。
だから、銀鹿は戦争が終わり、暫くはメルトライからの攻撃が無いフォルトルースから出て、このウォルストレンにやってきた。
そして、パートナー探しを始めた。多分、森の中とかの見つかり辛い場所で、こっそりと沢山の騎士を選別してきたのだろう。フォルトルースの国境からここはかなり離れている。
自分も見られていたのだろう。そして、何らかの理由で自分が選ばれた。
勿論、予想が当たっていれば、だが。
言いたい事を全て言った訳では無いが、ある程度は言えて、リドムはすっきりとした気分になっていた。
既に日は半分以上が地平線の彼方へ消えており、影と暗闇の区別も曖昧になりつつあった。
「よし、さっさと行くか」
リドムは銀鹿に乗った。
脇腹を軽く蹴ると、銀鹿は咥えていた唐辛子を噛み潰し、走り出した。




