そういう意味でも、か
対峙しているリドムの年上である騎士は、どちらも特にそれと言った面識も無く、リドムは名前も憶えていない。
持っているのはリドムが持っているハンマーと同じ位の長さの槍、それと盾だった。見た感じでは、それと腰の細剣以外には武器を持っているようには思えない。騎馬戦においては、最も普通な戦法だ。
小細工は何も通じない騎手だ。
リドムは背中からハンマーを引き抜き、構えた。それに加え、肩に掛けていた投げナイフを幾つか取った。
「鳴ったら全力で走ってくれ。そして、合図をしたら跳んでくれ」
銅鑼が鳴る。両者が一気に突っ込んでいく。
リドムは持っていたナイフを馬の顔面に向って投げた。馬も防具を付けていて、ナイフも刃引きされているから傷つく事は余り無い。
しかし、目前にいきなり物が飛んできたら、大概の馬は驚いてしまう。例外も居るだろうが、相手が乗っている馬は例外には入らない普通の馬であり、走り始めたばかりの勢いは衰えてしまった。
慣性で騎手が少しだけ前のめりになる。瞬間、銀鹿は跳んだ。
誰もが言葉を失った。重い人間を乗せて、銀鹿は馬の頭の高さまで跳んだのだ。身体能力がとびきり高く、重い物を背負っていない馬にしか出来ないような芸当を、銀鹿は易々とやってのけている。そして、その上でリドムがハンマーを振り被り、騎手の頭に目掛けて叩き下ろせんとしていた。
リドムはハンマーを叩き下ろしながら、吠えた。騎手には長い槍を咄嗟に戻す時間も与えられず、盾を頭上に持っていくのが精一杯だった。
ハンマーと盾が衝突する。ハンマーには安全の為、幾重にも柔らかい布が巻かれているが、全体重を乗せて空高くから振り下ろされたのだ。重く、鈍い音が盾に響き、更には骨が折れる音が聞こえた。
銀鹿は着地し、すぐに相手に向き直る。まだ、終わっていない。銅鑼は鳴っていない。
単なる腕の骨折ではまだ、戦闘不能とは言えない。
相手も、一瞬遅れて向き直ろうとしていた。盾を付けている左腕がだらりと落ちている。リドムは腕に巻き付けていた鎖分銅を相手が向き直る前に投げ飛ばした。そして、それはしっかりと首に巻きついた。
鐙をしっかりと踏みしめ、両腕で鎖を掴み、リドムは銀鹿に言った。
「走れ」
やっと、銀鹿の能力を発揮出来る時が来た。
リドムの腕力に加え、銀鹿の力によって引っ張られた鎖は、強引に騎手を落馬させた。
そして、銅鑼が鳴らされた。
「もー疲れた」
また違う友人にそう愚痴を零していると、すぐに呼び声が掛かった。げんなりとした表情を友人に見せると、友人は苦笑しつつも、「頑張れ」と返してくれた。
とにかく、これが最後だ。また、知らない先輩が相手だった筈だ。そう思いながら、リドムは歩いて闘技場に向っていく。
「……ん?」
何故か、闘技場に居たのは、見知った顔だった。訓練の時は、必ずと言う程に見ている人。
絶対に戦う人はこの人では無かった筈だ。
その人と戦う自分に注目が集まって来る。それに気付いた、白馬に乗っている小柄な人が、自分の方を向いた。
「さっさとやるぞ」
やはり、フェライ隊長だった。
「何故……?」
「隊長命令に逆らうか?」
「……分かりました」
偶に、こうやって他の人の試合に割り込む事はあったものの、まさか今、それをやるとは。
リドムは隊長の装備を見て、愕然とした。手に持っている武器はハルバード。背負っているのは数本の手斧。そして、腰に細剣。
……対策をされている。
投げナイフだろうと、鎖分銅だろうと、ハルバードの長い柄と広い斧頭によって、馬にも当てられずに弾かれてしまうだろう。
ハルバードの大振りを躱したとしても、待っているのは手斧か細剣の猛撃。更に、手斧は投げられる。
冷や汗が流れた。
「早くしろ」
「はい」
仕方なく、リドムは隊長の反対側に歩き始める。小さい声で、銀鹿に聞いた。
「手斧は角で受け止められるか?」
銀鹿は頷かなかった。
「……出来ないのか?」
それは否定された。
「したくないのか?」
銀鹿は頷いた。角が傷付くのが嫌なのだろうか。生え変わるものだろうに。
しかし、文句を垂れる暇も、もう無い。既に規定の位置が近付いて来ていた。
「ああ、もう。何かやってやるから、頼む。手斧が来たら、受け止めてくれ」
そう言うと、手を舐められた。
まんまと嵌められたのではないか、とリドムは思った。
騎乗し、リドムは鎖分銅を持った。ハルバードの欠点は、槍よりも素早さに欠けるという点だ。それに、もし突きを繰り出されたとしても、槍よりは容易に防ぐ事が出来る。
槍と同じように突進して来たとしても、対応が出来る……筈だ。
隊長の得意武器は、身長にそぐわない長物全般である事を鑑みると、リドムは不安だった。
「準備は良いか?」
「はい」
そして、銅鑼が鳴らされた。
しん、と辺りが静まり返る。リドムは頭上で鎖分銅を回し始めた。ただ、それだけで、隊長もハルバードを構えたまま動こうとはしない。 銅鑼の残響が消えた。だが、どちらも動かず、リドムは同じように鎖分銅を頭上で回している音だけが鳴り響いている。
「回り込んでくれ」
このままでは、こっちの体力が消耗されるだけと考えた。銀鹿がそれに従おうとして足を上げた瞬間、隊長が突っ込んで来た。
一瞬、頭が混乱してしまうが、リドムは何とか指示を出す事が出来た。
「……っ、ギリギリまで待ってから横っ飛びしてくれ」
普通の馬には多分出来ない事だろう。ハルバードの射程圏外までの横っ飛びという事は。
ハルバードが振り下ろされようとしたと同時に、銀鹿は指示通りに横に跳んだ。目前をハルバードが通り過ぎ、地面に突き刺さる。刃引きされていても、腕なんぞなら切り落とされてしまうような鋭い振り下ろしだった。
しかし、当たらなければ意味は無い。それに、振り下ろされた時に隙も出来た。
リドムは前と同じように鎖分銅を投げ、首に巻き付けた。
……上手く、行き過ぎている。こんな隊長は弱い人じゃない。
そんな違和感が頭をよぎったが、リドムは同じように、「走れ」と指示を出した。同時に隊長の体が浮いた。
だが、リドムはまだ鎖を引っ張っていない。鎖は弛んでいた。何が起こっているのか、リドムは一瞬理解が遅れた。
隊長はいつの間にか鐙から足を外し、馬の背を蹴って自分の方へ跳んでいた。浮いたのではなく、跳んでいたのだ。それも両手に手斧を持って。
負けた、と思った。自分に何かをさせてくれる時間も与えられていない。手斧を振り下ろされて、負ける。
リドムは背中から落ちて行く感覚を味わった。ただ、それは負けを確信したから味わう感覚ではなく、単なる重力の感覚だった。
「え?」
また、リドムは理解が遅れる。
銀鹿が後ろ脚で立ち上がっていた。リドムの兜を叩き割ろうとしていた手斧が、銀鹿の角に受け止められる。
リドムは落ちまいとして、咄嗟にその角を掴む。突如の事に隊長が体を崩し、着地に失敗した。
そして、銀鹿も前脚を降ろした。それも、隊長の頭のすぐ側に勢い良く。
その踏みつけを頭に食らっていたら、脳みそが弾け飛んでいたような衝撃があった。それを見た隊長は、一息吐いてから、吹っ切れたように言った。
「負けたな」
銅鑼は鳴らなかった。




