その位なら楽々と
まず、最初に挑んできたのは今朝、銀鹿に投げ飛ばされた張本人のトルチョだった。兜越しでも、怒っているように思える。
どうせ、どうしてあなたが選ばれたんだ、どうして俺が選ばれなかったんだとか、思っているに違いない。
一番最初に自分に勝負を挑んだのも、そんな感情に任せてねじ込んだのだろう。
トルチョは、典型的な細剣使い。しかし、腕前はリドムより高い。
ただ、リドムにとってはそれだけだ。
平原で2人は対峙していた。他の幾つかの場所でも模擬戦闘は行われているが、特に注目が集まっているのはやはり、ここだ。
トルチョは平均的な馬よりやや大きい黒馬に乗っている。それに対し、銀鹿の背丈は普通の馬より微妙に低い。高さとしては、少し不利だ。
騒めきがする中、銅鑼が鳴り、途端にトルチョが突っ込んで来た。
「まだ走るな」
声での指示も可能な今、手綱代わりの角を握っている必要も無い。リドムは、明確な指示を簡単に出来るという点が、一番のアドバンテージではないかと、今更に思った。
リドムは鎖分銅を頭上で回し、じっと飛び込んで来るのを待った。
馬が十分に加速出来るまでの距離も2人の間には無く、リドムが行動に移すまでの、その時間はほんの僅か。
リドムが分銅を投げた。馬の走る速さとは比にならない速度で分銅が飛んで行く。トルチョにとっては馬に乗って向っているのだから、当然馬の速さが加算されて、リドムが見ているよりも速く飛んで来る。
しかし、トルチョはその高速で飛んで来る分銅を細剣で弾く事が出来た。分銅の軌道はあらぬ方向へ逸れていく。その代償として細剣は微妙に曲がってしまうが、すぐにそれは捨て、同時に片手で予備の細剣を引き抜いた。
だが、もう遅かった。
リドムは分銅を投げた時点で鎖から手を放し、銀鹿を走らせていた。トルチョが分銅を弾いた時にはリドムは細剣を引き抜き、構えに入っていた。
それに対し、高速で飛んで来る分銅を弾くのに意識を取られたトルチョは、引き抜くだけで精一杯だった。
馬と銀鹿が交錯する。トルチョは細剣では意味が無いと分かっていても、引き抜いた直後では薙ぐしか出来ず、リドムの突きも防げなかった。
そして、胸当てに強烈な突きが入り、余韻がまだ残っている銅鑼が、再び打ち鳴らされた。
さっさと次の組に場所を譲って、リドムは観る方の立場に戻る。トルチョと話をする気分にはなれなかった。
兜を脱ぎ、一息吐いて銀鹿から降りると、隣に友であるミルトが居た。中性的な顔立ちで、趣味は寝る事、と言っていた事があるのが、一番リドムにとって印象に残っている。
「トルチョにはこいつの真価を見せる事も無いってか?」
リドムは苦笑しながら、銀鹿の頭を撫でつつ返した。
「いや、まだ銀鹿に乗る身として、どうすれば一番良いのか分かってないだけだよ」
「なんだ。そういや、名前は無いのか? 銀鹿ってのは、名前じゃないだろ?」
「ああ。でも、知る方法も無い。首に掛けている木の板にも書かれていないし。銀鹿が文字を読めるなら、調べる方法はあるけれど。
お前、文字は読めるか?」
銀鹿は頷いた。
「じゃあ、明日には分かってると思う」
「分かった。そうだ、お前、明日は訓練に参加するのか?」
「残念ながら、明日は狩りの予定しかない」
そう言いつつ、リドムはちらりと銀鹿の方を見てみた。狩り、という言葉には反応していない。
「何だ。ま、その内聞かせて貰うよ」
「ああ」
ミルトは銀鹿の背を一撫でしてから去って行った。
いつもは一戦しかやらないのに、今日に限っては何度も戦う事になっている。給与が倍になるという欲求に負けた人がそれ程多いという事だ。
肉体的な疲労はそれ位では気にならないが、辛いのは、魔獣を使っている以上負ける訳が無いという周りのプレッシャーだった。
しかし、数戦したものの、リドムはまだ銀鹿を普通の馬と同じように扱って、それで勝っている。どれもリドムより年下だったとは言え、腕が立つ人ばかりだ。
ただ、それでリドムは強いとは言いきれないのだが。
そして、夜が近付いてきた。天然の光は、星明りしかなくなる。日が沈んだら、殆ど真っ暗になってしまう。
夕焼けの中、後は二戦となった。どちらも年上との戦いだ。確実に言えるのは、年下よりも小細工が効きにくいという事。
小細工を主とする戦法のリドムの実力だけでは、勝つのは難しいと言える。
「お前が本気で馬とぶつかったら、馬が再起不能になるよな」
銀鹿は頷く。
これはあくまで訓練であり、戦争としての戦いではない。馬が騎馬としての役を果たせなくなるような怪我を負わせる事や、騎士としての職務が出来なくなるような事も、事故以外ではあってはならない。
それはつまり、銀鹿は本来の能力を殆ど発揮出来ない。角で馬を持ち上げる事や転ばせる事が出来ても、その暗黙の了解の為に、訓練としてはしてはいけない事に入る。
リドムがその事を明確に気付いたのは、既に何戦か終えた後だった。誰もが分かっているのかもしれないが、しっかりと言葉で伝えられる程に気付いている人は何人居るのだろうか。
そして、その暗黙の了解を態々口にしたフェライ隊長が、それに気付いていない筈が無かった。リドムには、自分が試されているとしか思えなかった。
しかし、皆がその事を明確に分かっているとしても負ける訳にはいかない。負けたら、この先色々と肩身が狭い生活を送る事になってしまうだろう。
確実に勝たなくてはいけない。
リドムは悩み、そして、一つ思い浮かんだ。
「お前、俺を乗せた状態で、高く跳べるか? せめて、俺の腰辺りまで」
銀鹿は、同じように頷いてくれた。
「よし。何とかなるかもしれん」
月はありません。




