ドアは開けたら閉めるもの
特に何と言った特徴も無い普通の机。その上にはインクと羽ペンが1つずつあるだけ。
質素な本棚。本と言えば、辞典が少しのみしか入っておらず、上に酒瓶が数本あるのみだ。それも余り高級そうには見えない。
全く細工を施されていない簡素で小さなランプ、部屋の片隅で控えめに鎮座しているクローゼット。
その部屋にあるそれ以外の物と言えば、これまた安そうな質素なベッドだけだった。
そこではやや老けた、バランスの良い筋肉を持った男が一振りの剣を隣に置いて、物音1つ立てずに寝ていた。
早朝。南向きにある窓から光が差し込み、男に当たった。
同時に、男は目を覚ました。
すぐにその質素だがふかふかのベッドから降り、寝間着のまま剣を持って、男は部屋から出る。
「おはようございます」
「おはよう」
小間使いに挨拶を返し、男はやや暗い廊下を歩いて階段を降りる。
欠伸もせず、起きた直後から目つきははっきりとしていた。
男は騎士だった。
とは言っても位は低く、住んでいるこの大きな館も他にも沢山の騎士が住んでいる。
要するに、ここは所謂借家であった。毎日のように馬鹿騒ぎをする事も出来、そういう点においては自らの家を持っている人達よりは楽しく生活出来る。
だが男がそうした騒ぎの中に入る事はもう、余り無かった。昔はよくやったのだが、その当時この借家に住んでいた仲間達の殆どは結婚をして静かな場所に移ったり、新しく家を建てたりして暮らしていた。
どうにも男はそういう運に恵まれていなかったらしい。他の人が言う、運命の出会い、一目惚れというものが全く無かったのだ。
それにそういう事に関しては積極的でもなく、ただ待っている内に適齢期は既に過ぎ去ってしまっていた。
別に男はそれでも良かったし、普通は何かと言う両親も既に流行病でどちらも他界している。
そんな事なので、男が最も親しく出来る仲間はここには居らず、馬鹿騒ぎをしてもそんなには楽しくない。
そう言った理由から、大概の日は飯を食ったら寝るというとても健康的な生活をしていた。
階段を降りた隣にある扉から大きな鼾が聞こえる。毎日この鼾を聞くのも男にとっては日課になっていた。
今となっては鼾の大きさで、酒瓶を抱いて寝ているかどうかも分かる。今日は二日酔いを起こしてはいないだろう。
歩いて行くと食事の支度の音が聞こえる。包丁の音、炎の音、器の音、靴の音等々。
出て来る料理が違っても、毎日のように聞くそれが同じように聞こえるのを男は不思議に思っていた。
広い、使い古された感じが何とも良い雰囲気を出している食堂の隣に台所がある。直接食堂からは見えないが、台所から漏れ出る匂いから、男は今日の献立を想像する。
多分、卵系のものだろう。そう確信してから、男は食堂を通り過ぎた。
食堂を通り過ぎるとすぐに玄関の前に出る。男はそのまま流れる手つきでドアを開けた。
そして、硬直した。
いつもなら石畳の先に、田園風景が広がっているだけの光景だ。だが、今日は違った。
石畳の上で、大きな銀色の鹿がいかにも不機嫌そうな顔をして眠っていた。そして、ドアが開いた音で起きたのだろうか、鹿は目を覚まして男の方を見た。
男は巻き戻しをするように、ドアを閉じた。
修正しました。カンマが多過ぎたので。