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その3



     三



 夜が明けてから慧音とともに妹紅が寺子屋に戻ると、入口の近くに魔理沙が立っていた。


 ひどく疲れたような顔をしていた。


「……どうした? 霊夢たちに何かあったのか?」


 妹紅が不安そうな表情で訊くと、魔理沙は小さく息を吐いた。


「まあ、いろいろとな……とりあえず、気を鎮めて聞いてくれよ」


「なんだ、いったい……」


「チビがな、いなくなった」


「何?」


「器が……あの人形が壊されたんだ」


 魔理沙の話を聞いているうちに妹紅のにぎりしめられた拳が震えはじめた。


「それじゃ、あいつは……チビは殺されたようなものじゃないか!」


「妹紅様……」


 慧音が思わず、妹紅の腕を引く。


「そうさ!」


 魔理沙も声を荒げる。


「わたしだって、腸が煮えくり返る思いさ。だけど、いちばん傷ついたのは霊夢だ。心だけじゃない、心臓が停まってあの世に行きかけたんだ!」


「……!」


 妹紅ははっとしたように、口をつぐむ。


「……レミリアはフランをどうこうしたいというなら、まず自分が相手をすると言ったが、どっちにしても霊夢を差し置いてわたしが紅魔館に突っ込んでいくわけにもいかない。それに、正直、あの姉妹を叩きのめして、それで何がどうなるもんでもない……」


「…………」


「とにかく、いまは霊夢はまだ永遠亭にいる。この先は、あいつが回復してからの話だ」


「……分かった」


 妹紅は苦渋の表情を浮かべる。


「ただ、紫が言ってた。器がなくなったからといって魂が消えたわけではない、と。それが本当かどうかは分からないが……まだ希望はある、とわたしは思ってるぜ」


 魔理沙は帽子のつばに手をかけて眼を隠すように引き下げる。


「あいつはこの世のどこかにいる。必ずな」



     ☆★



 新年が静かに明け、永遠亭も夜明けを迎えた。


 薄暗い病室の扉が開き、ウサギ耳をつけた銀髪の少女が入ってくる。仕切りのカーテンをすこしだけ開いてベッドを覗きこんだ。


「起きてらしたんですか?」


 ベッドの上に起き上がっていた霊夢が顔を向ける。


「ああ……おはよう。というか、今日は元旦ね。明けましておめでとう」


「明けましておめでとうございます」


 鈴仙が礼儀正しくお辞儀をすると、頭のウサ耳もそれにしたがって前方に垂れる。その耳の間にはピンクの帽子が固定されていた。


「ところで、それって娯楽的ななにかを提供しようということなの?」


「へっ?」


 鈴仙は間の抜けた感じの声を出す。


「その服……何かこう、西洋のおとぎ話に出てくるひとみたいに見えるから」


「ええと、これはいちおう病院の看護師が着る正式な制服だと聞いているんですが」


 薄ピンクのワンピースにフリルつきのエプロンを重ねたその姿は、かなり時代がかっている感じではあった。


「変でしょうか?」


「いや、可愛いけどね。そのウサ耳との組み合わせがそういう雰囲気を醸し出してるのかもしれないし」


「ちなみに、この服の調達先は香霖堂だよ」


 いつのまにかベッドのそばに来ていたてゐが笑いをこらえるような顔つきで言う。


「ああ……そうか。あのひと最近、妙な方向に趣味が偏ってきてるものね」


「まあ、病院ってのは陰気な感じがするもんだから、これぐらいの色気をまき散らすモノがいてちょうどいいぐらいだと思うけどね」


「何よその言い方は」


 鈴仙は憤然とした表情になる。


「まるでわたしが発情でもしてるようじゃないの。わたしだってね、けっこう恥ずかしいのよこれは。裾もやけに短いし」


「でもまあ、明るい感じがするのは確かよ」


 霊夢は微笑んだ。


「永琳もここがどう変化していくべきか、考えているのかもね」


「変化ですか……」


「里との関わり方を考えると、あなたの役目ってかなり大事なんじゃない? 言ってみれば、永遠亭の『顔』だものね」


「もしかして、里に行くときもこの格好でっていうことでしょうか……」


「当然だねえ」


 てゐがくっくっと笑う。


「目立った格好してれば、それだけ宣伝にもなるしね。置き薬のお客も増えるってもんさ。だいたいあんたは堅苦しい感じがなかなか抜けないからねえ、服ぐらいはくだけてたほうがいいよ」


 すると霊夢がぽつりと言う。


「わたしも、すこし考えなきゃね……」


「あんたも服を変えるってかい?」


 てゐの問いに、霊夢は苦笑を返す。


「服はともかく、中身を変えていかなきゃならないような気がするの」


「……まあ、いまはとりあえず、元の調子に戻すことが先だろうね。ほら鈴仙、ちゃんと仕事しなよ」


「分かってるわよ。それじゃ、血圧と体温を測りますから、腕を伸ばしてくださいね……」


「…………」


(もう変化は起きてるって、自分じゃ分からないのかもねえ)


 血圧計を装着される霊夢の横顔を、てゐは見つめる。


(それがどういう賽の目を出すか……この件はまだまだ簡単には片付かないね)



     ☆★



 元旦の昼も近くなりつつある頃、守矢神社の拝殿内で、妖怪と二柱の神が対座していた。


「それにしても、あんたが神社に初詣というのはどういう風の吹き回しかな?」


「こちらに向かって風が吹いていたんですよ、たまたま。むしろ、風を使って呼び出していただいたのでは?」


「風神といえどもそんな力はないと思うが……しかしまあ、二斗樽と神饌を奉じて訪ねてきた客をないがしろにもできないからな」


 すでに盃を重ねていたこともあり、八坂神奈子の頬は薄く赤らんでいた。


「だが、そろそろ本題に入ってもいい頃合いだろう」


「そうですね……」


 紫は座布団の上で居住まいを正した。


「実は、ヒトの魂について話をしたいと思って参りました」


「ほう」


「わたしは妖怪ですから、ヒトの魂については知らないことが多いのです。神霊が顕現した存在であるあなたがたなら、お詳しいかと思いまして」


 すると、神奈子の脇に足を投げ出して座っていた洩矢諏訪子が眼を伏せたままで言う。


「あれかな? こないだの冬至の夜の件とのからみかな?」


「まあ、それもあります」


 紫は神妙にうなずく。


「何が起きたかはだいたいご存知ですか?」


 すると諏訪子は自分の金色の前髪をいじりつつ答える。


「わたしらが聞いてるのは、博麗の巫女と紅魔館の悪魔が戦ったこと……そしてそのあと、いつも巫女の側についていた例の人形が、悪魔の妹の手で壊された。巫女が倒れて生死の境をさまよい、なんとか命をとりとめた。そんなところだねぇ」


「だいたいそんなところです。そこでうかがいたいのですが……おふたかたは去年、霊夢と『彼』の訪問を受けたと聞ききました」


「来たねぇ」


 と諏訪子。


「そうだな、来た」


 神奈子は人の顔ほどもある大盃に自ら瓶子を傾けて酒を注ぐ。


「そのとき、『彼』がどのような存在だと感じましたか?」


「なるほど……そういう方向か。魂の話というのは」


 盃を取り上げてその端に口をつけると、ぐっと盃を傾けて飲む。


 飲み干してから、神奈子は息を吐いて言う。


「わたしは、はじめは見知らぬ神からのワケミタマかと思ったんだが」


「ワケミタマ? 分魂ですか」


「うん。まあワケミタマというのは、現代風に言えばエネルギーの移転だ。自然と生き物の関わりをどのようにとらえるかという話だからな。ただ、『彼』の場合は、わたしたちが知っている、自然の中からあたりまえな形で生まれたものとはすこし違う感じだったな」


「そうだねぇ」


 諏訪子が小さく頷く。


「すくなくとも、単にヒトだった者の魂が宿ったもの、という風には視えなかったね」


「言い換えれば、わたしたちがとらえきれる存在じゃないという感じだ……例えるなら、あんたみたいなものに近いのかもしれない」


「……妖怪に近いと?」


「いや。お前さんはそこいらの妖怪とはまったく別格の存在だろう? 境界の操作なんてことは、わたしがとらえている物事の有りようにあてはめることはできない。ヒトの世界で言うところの、超能力の印象に近い」


「神の世界をさらに超えた力だと? いささか買いかぶりでは」


「超えているというか……別物なんだ。なんだっけ、いま風の言葉でそういう言い回しなかったか、諏訪子?」


「『次元』が違う?」


「うん、それだな。異次元なんだ」


「そもそもこの幻想郷という場所自体が、わたしらからみてもかなり横紙破りなところだしねぇ……」


「失礼します」


 引き戸が開いて巫女装束の早苗が瓶子を載せた三方を持って入ってきた。


「そういえば、早苗が面白いことを言ってたな」


 神奈子の言葉に、


「なんのことですか?」


 早苗は首をかしげつつ、神奈子の前の空になったを瓶子を下げる。


「ほら、前に空想小説の設定がどうとかって話をしてたじゃないか。あのときだ……博麗の巫女が外の世界に出かけたっていう話があったときだ」


「ああ……平行世界の話ですか。同じ魂が二つ存在するなら、そういう考え方もあるっていう」


「平行世界……もしそういうものがあるなら、そことの境界を操作してみたいものですけど」


 紫が言うと、神奈子が面白そうに言う。


「ということは、平行世界の存在には否定的なのか?」


「正直に言うと、わたしにはそういう世界は認識できません。もし仮にあったとしても、境界がないんでしょう」


「なるほど。境界があるならその操作はできるが、はじめから境界がないものには手を出せないか」


 すると早苗がやや口をとがらせて言う。


「でも、この幻想郷は外ではあり得ないことがあり、起き得ることは、起きる場所でしょう? だったら、他の平行世界との接続なんて案外簡単に起きるんじゃないんですか?。だって、平行世界にも幻想郷があるかもしれないんですから」


「そうねえ……それは否定出来ませんね」


 紫は苦笑する。


「なにしろ、わたしたちがこういう形で存在していることも、その証だものね」


「世界一幸運な場所というわけだね」


 と諏訪子。


「そうなると、案外、幻想郷にとって都合のいい現象を引き寄せるなんて性質もあったりするのかも」


「考えようによっては怖ろしいな。この幻想郷自身が自己保存の意思をもってしまったりしたら、果たして外界との共存が可能なのか……とかな」


 神奈子が考えこむような顔つきになる。


「しかしまあ、話を戻そう。この世界のありようについてはともかく、お前さんとしてはあの魂が消滅せずに存在しているとして、その行き先はどこなのか、それを考えたかったわけだろう?」


「ええ。その通りです」


「器を失った魂が、まっさきに移動する先は別の器じゃないか?」


「別の器……」


「そう。それも、以前に入ったことがある器ならば、可能性はより高くなるな」


 神奈子は新しい瓶子から盃に酒を注ぐ。


「……なるほど」


 紫の目つきがわずかに変化した。


「憑坐はモノとは限りませんものね」


「そうだ。まあ、あくまでも可能性だ。しかし、気になるなら確かめておく必要はあるだろうな」


「…………」


「ひとつだけ、わたしのほうからも訊ねたい。『彼』は、お前さんにとって……いま、どういう存在なんだ? 救うべき者か? それとも敵か? あるいは、それ以外の何かなのか?」


 紫は眼を上げて、守矢の主神の顔を見る。


「それは……おそらくわたし次第という気がします。敵だと考えると、本当に敵になってしまうかもしれない。だから、そう考えないように行動しようと思っています」


「厄介な相手だな」


「本当にね」


 紫はくすりと笑う。


「厄介な人です」



その4につづく

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