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その2



     二



 夜の雪原に、何かを囲むように集まっている者たちの影が伸びている。


 月明かりに照らされた彼らの顔はみな青白い。


 紅魔館の主たる面々、魔理沙、アリス、そして八雲紫。


 紫は永遠亭での経過を説明していた。


「……そんなわけで、霊夢は無事に生き返りました」


「意識は戻ったの?」


 アリスは魔理沙に問いかける。


「一瞬戻ったが、また気を失った。だが、身体の方は問題ないと永琳は言ってた」


「そう……良かった」


 アリスの両眼は赤くなり、頬には涙の跡がまだ残っていた。胸元にはチビ霊夢が着けていた服を強く抱きしめている。


 少しほっとしたような表情をするレミリアに、紫は冷ややかな口調で告げる。


「とりあえずあなたがたを拘束する理由はなくなったのですが……妹さんには少々お尋ねしたいことがあります。やったことの是非は別として、動機というか、そこに至った経緯が知りたいので」


 するとレミリアの側に立っていたフランが顔を上げて答える。


「動機は簡単です。あれはお姉様にとって害になる者だから排除した。それだけですね」


「…………」


 帽子を目深にかぶった魔理沙の口元から、かすかに歯が軋む音が洩れる。が、何も言わない。


「さきほども言いましたが、あの人形は『周りの者を生かすための死』です。もともと自分というものがない。過去もないし未来もない。いわば停ったままの時を生きているよなものです。だから、利他的な行動をしても何ら苦痛はない。自分が犠牲を払っているとも感じない。それは博麗の巫女にも当てはまる性質ですが……巫女の場合は幻想郷全体の総意にもとずいた犠牲で、それがあたりまえだということになってるから、誰も影響を受けない。ところが、あの人形はそうじゃない。特定の、自分に近い者に強い影響を与えてしまっている。そこが問題なんです」


「その近い者にあなたのお姉様も含まれていたと?」


「まあ、そうなりますかね」


「ではもし、このまま『彼』がここに存在し続けたらどうなっていたと思う?」


「幻想郷を支配する者……いや、支配とは違いますね。君臨する者になっていたかも。『君臨すれども統治せず』って、言うじゃないですか。妖怪どもが自制するようになるんですよ。なぜなら、妖怪は精神的な力に弱いからです。利他的な心は、邪を鎮め、魔を屈服させる。巫女だけなら、そんなことにはなりませんけどね。見かけ上は自分勝手に振舞ってるように見えていたから、妖怪は負い目を感じずに済んでいたんです」


「……なるほどね」


「そこらをいちばん正確に予測していたのは八雲紫、他ならぬあなた自身じゃないんですか?」


 フランの問いかけに紫は細い眉を上げ、それからかすかに笑みを洩らす。


「わたしには未来を視ることはできませんわ」


 すると魔理沙がぼそりと言う。


「フラン、お前、まるで自分こそが正義だと言いたいようだが、チビを殺した正当な理由にはならないぜ? 周りの妖怪が影響を受けようがどう行動しようが、そんなことはチビの責任じゃない」


「…………」


 フランは表情を動かさずに黙っている。


 すると、紫が一歩前に進み出た。


「ひとつ言っておきますが、チビ霊夢さんの魂は消えたわけじゃありませんよ。彼はどこかへ移動しただけです」


 すると、それまで黙っていたパチュリーが静かな声で紫に問う。


「……なぜ、それが分かる?」


 紫は顔を魔法使いに向ける。


「それは、あの瞬間に、『境界らしきもの』が開いたから。あれは間違いなく、どこか別の場所へ通じる道だった。ただ、物理的に移動できるような『通路』ではなかったけれど」


「あなたが開いたものではないのね」


「ええ」


 うつむき気味だったレミリアが顔を上げて言う。


「正直、ここで起きたことはあなたたちにとっては愉快じゃないことだったかもしれないけれど、今後わたしたちをどうとり扱うかは好きなようにしてもらえばいいわ。言い訳もしないかわりに謝罪もしない。罰を与えたいなら、腕づくで来なさい。いつでも相手はするわ。ただし、この件でわたし以外の者に手を出すのは許さない。それは、わたしを倒してからにしなさい」


「……スペルカードルールでか?」


 魔理沙が問う。


「どうしても、というのであれば他のルールもありよ」


 レミリアは不敵に笑う。


「でも、それならまず罰を与えに来る相手としてあなたより優先権をもつ人がいるでしょ」


「それはそうだな」


 魔理沙はうなずき、それから紫を振り返る。


「そっちの話はもういいのか?」


「そうですね。ただ、一言だけ申し添えておきましょうか」


 紫は金色の髪をゆったりとかき上げ、紅魔館の主人を見つめて言う。


「同じ土俵で他者にわざわざ罰を与えるという行為は、けっこう利他的なことなんですよ。そんなことができる人は、いまの幻想郷では簡単には見つからないないかもしれませんね」



     **********



 金型用モデルの再調整がようやく一区切りついたところで、PCの画面上に通話ソフトの呼び出しダイアログが現れた。私のIDに掛けてくるのは彼女しかいない。


 私はディスプレイの後ろから簡易スタンドマイクを引き出して、ダイアログ上の応答ボタンを押す。


『こんばんは』


 まるですぐそばにいるかのように、彼女の声が画面の前に響く。


「お久しぶりだね。どうだい、調子は」


『うーん、それがあんまり好調とは言いがたいのよねえ』


「だろうね。少し疲れてる感じだ」


 忠実すぎる音響性能は、彼女の声が含む情緒的なものまでも映しだしてしまう。


『いや正直、画像通信機能とか使ってなくて良かったってしみじみ思うわ。いまのわたしの顔は見せられない感じかも』


「……なにか大変なことでもあったのかい」


『たいしたことじゃないといえば、たいしたことじゃないんだけどね。ただ、これまでいろいろ溜まってきたところにとどめがきたからねえ……でも』


「でも?」


『あなたのその声を聞いてるだけで疲れがとれてくるから』


「それは……まあ、お役に立てて嬉しいよ」


 彼女はどういうわけか私の声がお気に入りで、このPC通話ソフトでかけてくるのも電話より音質がいいからだとのことだ。もちろん、遠距離だということもあるのだろうが。


『ところで、お正月は暇でしょう』


「正月は、というよりも年中暇といえば暇なんだが」


『でも、暇じゃないといえば暇じゃないんでしょ。三が日のどこかを一日開けてもらえる?』


「いいよ。じゃあ3日とか」


『3日ね。じゃあ、当日にまた連絡するから』


「分かった」


『癒されに行くんだからね。そこんところよろしく。それじゃ』


 わりとあっさり通話が終了する。顔を合わせてからゆっくりと話したいということなのだろう。


 自分が癒し系だと思ったことは一度もないが、世の中ではお互いにその癒しの役割を回しっこしているようなものかもしれない。


 目の前の画面を専有している3Dモデルの少女を眺めながら思う。


 では私の場合は、癒しを授けてくれるのは誰なのだろうか?


 幻想の少女か? いや、彼女は幻想じゃない。


 私は彼女の名前を知っていたのだから。



     **********



「霊夢……!」


「魔理沙」


 霊夢は、身体を起こそうとして止められる。


「ここは?」


「永遠亭の病室だ。お前は心臓が止まって、あの世へ行きかけたんだ」


「ああ……そうか。そうね」


 梁がむき出しになっている天井と板の間の間を木目の浮き出た板壁が支え、ベッドの足元の側と魔理沙たちが立っている側は薄茶色のカーテンが囲んでいる。


 霊夢は、壁の一方の窓に眼を向けた。外の竹林の上に見える空がわずかに白んでいる。


「もしかして……あなた、ずっとここにいたの」


「ずっとってほどじゃないさ」


 魔理沙はかすかに笑みを浮かべる。


「アリスと交代でな」


 すると、カーテンを隔てた隣に人の気配が生まれた。


 カーテンの隙間がそっと動き、アリスの顔が現れ、小声で訊ねる。


「霊夢、気がついたの?」


「ああ。向こうに鈴仙がいるはずだから、知らせてきてくれるか?」


「ええ」


 アリスは静かな足取りでベッドから離れ、ドアを開けて廊下に出ていった。


「いろいろと……迷惑かけたわね」


「……霊夢、直前のことは覚えてるか?」


「分かってる。大丈夫よ。わたし、チビと話をしたから」


「チビと!?」


「うん。ここから、いなくなるわけじゃないって言ってた。わたしは『家』だからって」


「あいつがそう言ったのか?」


「気のせいだって言われればそれまでかもしれない。でも、あれはあの人の言葉だったと思う。わたしじゃ、そういう言い方は思いつかないから。『家』だなんてね。恥ずかしすぎるわ」


「…………」


「いつか、こういう日が来るってことは分かっていたの。ただ、こういう形になるとは思ってなかったけどね。そういうものよ」


 霊夢はそこでなぜか笑みを浮かべる。


「昔ね……似たようなことがあった気がするの。すごくわたしにとっては大事なことだったはずなんだけど、忘れてたんだ。そのときも、同じような言葉を聞いたのかも……魔理沙?」


「…………」


「なんであなたが泣くのよ。ああ、でもちょっと思い出した。あなた、昔は泣き虫だったんじゃない?」


「……かもな」


「わたしの代わりに泣いてくれてるのかな、って思ったことがあったわ。どういうときだったか忘れたけど。たぶん、似たようなことがあったのかもね。そのときには言えなかったけど、いまのわたしなら言えるわ」


 霊夢は腕を伸ばして、手のひらで魔理沙の片頬を撫でる。


「ありがとう、魔理沙。でも、もう泣かないで。わたしは大丈夫だから」


「……お前は」


 魔理沙はかすかに声を震わせる。


「いつも言ってたよ。『わたしは大丈夫』ってな」


「どうしてあなたが泣くのか、分からなかったのよ。でも、いまは分かるようになった。あの人のおかげでね」


 魔理沙の涙を指で拭いながら、霊夢は微笑んだ。



その3につづく

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