その1
この小説は東方Projectシリーズの二次創作小説です。シリーズ第4作ですので、未読の方は東方傀儡異聞、東方傀儡異聞2、東方傀儡異聞3を先に読まれることをおすすめします。シリーズのURLは以下のとおりです。
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一
「……停まってる」
最初に反応したのは咲夜だった。起き上がって霊夢のそばに駆け寄ると、魔理沙を押しのけるようにして霊夢を横たえ、あらためて脈拍がないのを確かめると、気道を確保してから胸の中心に両手を重ねるように押し当て、上下に動かし始めた。
「永遠亭に連絡を!」
咲夜が怒鳴る。
「心停止から3分以上経つと、死ぬ可能性がハネ上がります!」
「移動させる」
紫が静かに言った次の瞬間、霊夢と咲夜、そしてその側にいた魔理沙は永遠亭の門前にいた。
座り込んだまま呆けたように咲夜の作業を見ている魔理沙に、咲夜はマッサージを続けながら強い口調で言う。
「八意永琳を探して、わたしたちが門の前で霊夢の蘇生をしていると言いなさい。あとは彼女の指示にしたがって」
「わ、分かった!」
魔理沙は永遠亭の門を飛び越えて中に入ると、大声で叫び始めた。
「永琳、どこにいる! 霊夢が、霊夢が死にそうなんだ! 永琳!」
咲夜はいったんマッサージを止め、霊夢の気道を確保して人工呼吸を行う。だが、霊夢の呼吸は停まったままだった。
「…………」
咲夜は焦りの表情を浮かべる。が、気をとり直したようにふたたび心臓マッサージをはじめる。
門が開き、永琳と道具箱のようなものを抱えた鈴仙が走り出てきた。そのあとから魔理沙がよたよたとついてくる。永琳は霊夢のそばに膝を折ると、呼吸と脈拍を確かめ、鈴仙に言う。
「エピネフリン1ミリ。静注します」
「はい」
鈴仙は素早い手つきでアンプルから薬液を注射器に吸い込み、永琳に渡す。永琳は、それを受け取ると霊夢の腕を消毒して注射する。
そして咲夜に「代わりましょう」と言って自ら心臓マッサージをはじめた。
咲夜は霊夢から離れると、地面に両手をつき、大きく喘いだ。顔中が汗だらけになっていた。
「ありがとう。中断しないことが大切だから。心停止からどのくらい経った?」
「二分ぐらいは経っているかと……」
「そう。まだ十分に望みはあるわ」
空間に裂け目が開き、紫と藍が姿を現した。永琳はマッサージを続けながら言う。
「除細動器という機械を使うことができるといいんだけど、ここにはそういう設備はないの」
魔理沙が紫を見る。
「外界にはあるんじゃないのか?」
紫は一瞬ためらったあと、うなずく。
「……あるわ」
「もってきてくれよ! 頼む! わたしにできることなら、なんでもする。でも、外界との出入りはお前にしかできないんだろう。妖怪が人を助けるのはダメってことはないだろ?」
「だが、外界に直接境界を開くのは……」
言いかけた藍を、手を上げて紫は黙らせた。
永琳はマッサージを続けながら紫を見上げる。
「あなたにとって博麗の巫女の命を救うことにどれだけの意義があるかは分からないけど、時間がない。決断が早いほど、良い結果につながると思うわよ」
「藍、万が一のことがあると困るから……中で『待機』しておいて」
「……かしこまりました」
紫と藍はふたたび開かれた境界へと入り、姿を消した。
☆★
「AED、どこにありますか?」
「えっ」
駅前の階段付近を巡回していたガードマンは、突然あらわれた金髪の少女にめんくらった。
「急いでるんです。教えてください、AEDがある場所を」
「AEDって……ああ、あの救急用の機械か。急病人かい? どこにいるんだい、病人は?」
「いいからっ!」
少女は急に声を荒げた。
「AEDが置いてある場所を教えなさい。それだけでいいの! あとはわたしが自分でやるから!」
その剣幕にガードマンは思わず後ずさりながら答える。
「こ、ここの駅にはないよ。たしか、市役所に……」
するとその瞬間、少女の姿はふっと消え失せた。
「えっ!」
ガードマンはあわてて周りを見回すが、少女はすでに影も形もない。
☆★
金髪の少女は並木に囲まれた敷地に姿を現した。銀色のポールに支えられた常夜灯が三階建てのビルの白い壁と駐車場のアスファルトを照らし出している。
少女は正面玄関の両開きのガラス扉に近づき、何かを探すように周りを見回す。が、突然、足を振り上げてガラス扉を蹴り始めた。二度、三度と蹴るうちにガラスにヒビが入り始めた。
突然、ブザーが鳴り始め、警備員が走り出てきた。
「おいっ、そこで何してる!」
「AEDはどこにあるの!」
振り向きもせず少女は叫ぶ。
「なっ……」
「Automated External Defibrillator! 自動体外式除細動器!」
早口だが完璧な発音と滑舌で怒鳴る。
「心肺蘇生が必要な子がいるの! 教えなさい! 時間がないんだから、早く!」
「げ、玄関を入ってすぐ右側に……」
警備員が指差したガラス扉越しの先に、AEDの赤い文字が記された金属製のケースが見えた。
少女はいきなり割れかけのガラス扉に体当りする。
「やめろ! 怪我するぞ!」
「うるさい!」
二度目の体当たりでガラス扉に穴が開き、少女は傷だらけのまま中に入って、AEDを設置ケースから取り出す。ケースは警報音を鳴らし始める。
「間違いないわね……」
確認を終えたあと、ちらりと警備員たちを見やる。
「悪いけど、夢だと思って忘れてね」
そう言うと、金髪の少女の姿は彼らの目の前で闇に沈み込むように消え失せた。
**********
『…………?』
還るんだ。私がいたところにね。でも、きみと別れるわけじゃない。
『……!』
きみは私のもうひとつの家のようなものだ。だから、きみが呼べばいつでも私は来る。やっと分かった、自分が何者なのか。
『…………? 教えてよ』
私はね……きみと彼の……
**********
「がはっ!」
自分の咳の音が頭の中に響き、霊夢は目を覚ました。
「やった!」
「ごほっ、ごほっ……」
「霊夢、聞こえる? わたしの声が分かる?」
霊夢はかすかにうなずくように頭を動かし、身体を起こそうとした。
「ああ、まだ無理しないで」
霊夢は薄目を開ける。
口元に容器のようなものが当てられ、周りにはいくつかの顔が見えた。
「……ここは?」
かすれたささやくような声しか出ない。
「永遠亭。正確には、門の前だけど。あなたの心臓は何分間か停まってたのよ。鈴仙、担架を持ってきて」
「はい」
「いまは安静にしていて。治療が必要だから。後遺症が出ないようにしなきゃならないからね」
と、誰かの驚いたような声が響いた。
「どうしたの?」
永琳は顔を上げてそちらを向く。
そこには、ぼろぼろになった服をまとった紫が立っていた。その身体は明らかに数分前よりもさらに『縮んで』でいた。
「持ってきたけど、間に合わなかったみたいね?」
と紫。
「いい意味でね」
永琳はかすかに笑みを浮かべる。
「でも、それは計測器としても使えるし、今後に備える手段としては重要なアイテムになるから、預けてもらうと助かるわね」
「月の技術って、この手のものは発達してないの?」
紫はAEDを永琳に手渡す。
「月人には必要のないものだから……」
「なるほどね」
紫はがくん、と身体を揺らして地面に座り込んだ。
「あ……」
「だいじょうぶ。自分の余力とかは考えて行動してるから。こんな状態になったのも、いざというときに力を使えないと困るから、物理的な手段に頼ったからです」
「良ければ、あとであなた用の体力回復剤を処方してあげるわ」
「遠慮しておきます。ちょっと寄るところもあるしね……」
やがて、鈴仙と兎たちが担架をもってきて、霊夢を永遠亭内部へと運び込んでいった。運ばれる途中で霊夢はまた意識を失ってしまったようだったが、問題はないと永琳は言った。
「あとはわたしたちに任せて」
咲夜と魔理沙に向かって安心させるように言う。
「とくにメイドさん、あなたは本当にお疲れさま。この巫女さんをあの世から呼び戻したいちばんの功労者だわ」
「いえ……たいしたことはしていません。やれることをやっただけです」
咲夜が力のない口調で返すと、永琳は首を振る。
「あなたは、おそらく人の世界で生死の分かれ目を何度も経験しているんでしょう。だから必要な場面で、適切なことができた。わたしがその場にいたとして、あなたのように迅速に行動できたかどうか……いろいろと考えさせられたわ」
「…………」
魔理沙は複雑な表情で咲夜を見る。
「ま、もちろん境界の妖怪さんのおかげでもあるわ。これだけ短時間で蘇生処置ができたのは現場からここまで運んだ貴女の能力によるところが大きいもの」
「無駄に働いた気もしますけど……いいでしょう。霊夢が生き返ったんだから」
紫が気だるそうな動きで立ち上がる。いつの間にか傷だらけだった身体も元に戻っていた。
「それじゃ、どうします? わたしは戻りますが。残ってる連中とまだ話がありますしね」
「……だいじょうぶなのか、紫」
魔理沙がすこし心配そうな顔で問う。
「あなたにまで気遣われるとはね。まあ、妖怪は人間と違って物理的にはしぶといものよ。つくりが違うから」
「わたしは戻ります」
と咲夜。
「わたしも戻る。あいつらに言いたいこともあるしな」
魔理沙は顔を引き締める。
「そう」
紫は無造作に空間を切り裂く。
「まだまだ一件落着とまではいかないわね。さあ、どうぞ」
咲夜と魔理沙は紫に促されて裂け目の中に姿を消し、紫自身も永琳に小さくうなずきかけると裂け目ごと空間へ溶けた。
「ずいぶん『彼』には振り回されたわねえ……でも、これで終わりかしら?」
永琳は小さくひとりごちると、永遠亭の建物の中へと戻っていった。