表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

呪われた証

幕者に戻り、アルテイアをベッドに寝かせる。

すっかり寝息をたてて眠っていた。

レンが水の入った杯を差し出す。

「ありがとう」

「ふふ。うん♪」

マサトは一気にあおる。しかしそれは水ではなかった。

「に、苦い・・」

「そんなに一気に飲むから」

レンが笑う。

「・・・なにこれ・・・?」

苦笑いしながらマサトは聞き返す。

「ひーみーつ~♪」

無邪気な笑顔でレンが答える。

「可愛がってもらわなくちゃだもん♪」

そう言って口づけをする。レンとの契りの儀式が始まったのである。


 契りの儀式翌朝、マサトは昨夜の出来事について深い反省をする。

レンは鼻歌を歌いながら家事をしているが、レンへの仕打ちはひどいものだった。

いくら部族秘伝の薬を盛られていたからといって、初めて男と交合おうという女性に

荒々しく何度も果ててしまっていたのだ。

起きて早々にレンに何度も謝るが、レンは意に介さない。

これも文化の違いなのだろうか。

(アルテイアが起きてなくて本当に良かった・・)

あんな獣のような姿を見せなくてつくづく良かったと思う。

またレンにとって初めての経験があんなもので良かったのか、とまた深い溜息をつく。

まだ眠っているアルテイアと家事を嬉々としてこなしているレンを見ながら

また深い溜息をついた。



「やはり『獣の民』は近くにいるようだ」

ロウの幕舎。何人かの『自由の民』の男たちがお互いの顔を見合わせる。

「そのうち、接触があるかも知れない。いざこざが起きるとは思わないが、早めに

 出立するほうがいいかも知れん」

ロウが男たちに宣言する。争いは起きないに越したことはない。男たちも黙って頷く。

左の半月の日に出立と決まる。右が欠け初めて2日だから、あと5日後。

なかなか忙しい日程になる。

明日か明後日には猟を行って、それから幕舎をたたみ移動できるように準備をする。

予定より少し早くなってしまったが、それも致し方ないとロウは思いつつ幕舎を出た。

隣の幕舎に向かう。

マサトの幕舎だった。


「・・という訳で明日か明後日には猟に行き、5日後に出発だ」

3人に説明する。

決められたことならば仕方ないとその言葉通りに受け取る。

アルテイアは少しだけほっとする。

昨日は不覚にも酔ってすっかり寝入ってしまった。

その間に2人の間に何があったのか・・想像は出来るが、そのたびに苦しい思いになる。

レンの上機嫌な姿も心を痛ませていた。

嫉妬や独り占めしたいという黒い欲望が湧きあがる。

そういう自分に戸惑い、葛藤する。

レンにあてがわれた日が1日でも少なくなることに少し慰められる。

少なくともそういう切ない思いをすることがないのだから。


 その日の夕刻。

アルテイアはその日、1日考えていた。

レンに自分の背にある悪魔をどう見せるか。

いつかは見せねばならないだろう。そして目の前でマサトとの行為を行わなければならない。

少なくとも、レンはマサトのもう1人の伴侶である。

秘密を打ち明けねばならないだろう。

もし、レンがそのことで自分を遠ざけることがあれば悲しいことだけれど

それはそれで受け入れなければならない。

アルテイアは決意をしていた。今夜・・・そのときを待つだけだと。


3人はいつものように質素な食事を摂る。

少しだけアルテイアの物悲しい表情が気になったが深くは追及しなかった。

きっと夜のことを心配しているのだろう、と。

だからと言うわけではないが、今日は外の散歩はやめておこうと思う。

傍にいてあげることが今出来ることだから、それを実行するだけだ。


「レンのお父様とお母様は?」

アルテイアがレンに尋ねる。

そういえばレンの身寄りについて今まで聞いたことがない。

レンは笑顔のまま答えた。

「お父さんもお母さんも昔の大戦で死んじゃった。それからは長老と一緒にずっといたよ」

「・・そうなの・・・ごめんなさい。変なことを聞いてしまって」

「ううん。しょうがないもん。あまり気にしないで♪」

「・・ありがとう」

レンはまるで気にしていない様子ではにかむ。まるで仲の良い姉妹のように見えた。



 そうして夜を迎える。あたりは静けさを増していた。

いつものように身体を簡単に拭く。水が貴重なこの大地では風呂などというものは望むべくもない。

アルテイアとレンも自分の身体を濡れた布で拭いている。

アルテイアはどうするつもりなのだろう?

あの『呪われた証』をいつか見せなければならない。

そしてそれを見せるということは、自分との交合を見られるということだ。

どれもこれも困難なことのように思える。

そう思っていた矢先だった。

「レン・・・」

アルテイアがレンの名を呼ぶ。

「なぁに?」

レンが無邪気な顔でアルテイアの呼びかけに応えた。

アルテイアは1度だけ深呼吸。

「背中を拭いてくださるかしら?」

「うん♪」

白いチュニックをはだける。

露になるアルテイアの白い肌と背。

そこにはあの黒い紋様が描かれている。

「・・・う・・」

息を呑むレン。その黒い紋様が悪魔のそれと簡単に分かったはずだ。

「ごめんなさい・・レン。『呪われた証』をあなたに見せなければならないなんて・・・」

アルテイアは目を瞑ってレンに謝る。

「出来るなら、このことは誰にも秘密にしておいて欲しいの・・」

レンは驚いたのだろう。目を丸くしてアルテイアの背中を見つめる。

アルテイアは静かにレンの方を振り返った。

「レン・・・?」

レンは大粒の涙を瞳に浮かべながら、アルテイアに抱きついた。

「レン・・・」


アルテイアは少しだけ戸惑って、レンの様子を見る。

「かわいそう・・・アルテイア」

むせび泣きながら手に力をこめるレン。

同情してくれてるのだろうか。

王城でも同情してくれる人はいた。

でも、同情は必要ないと思っていた。

自分の人生を自分のために使おうなどとは思っていなかった。

だから全てを諦めていた。


けれども今はこの同情がうれしい。

愛するという喜びを知り、愛する人の傍にいて、分かち合える想い。

それを感じてからは自分は随分人間的になったのだろうと思う。

今はこの優しい少女の気持ちが純粋にうれしかった。




 『自由の民』の元へ来てまだ1週間も経っていない。

けれどもこの素朴な民族と共に過ごしていると、時が経つのは早いものだと認識する。

この地での最後の猟を見ながらふとマサトは思う。

どうしてメルビンはこの民を恐れたのだろう?

この民は優れた指導者の元で懸命に生きている。

南にある王城の肥沃な大地を戦で奪おうなどとは思ってもいないこの民を恐れる理由が

マサトには解らなかった。


猟は前にみた陥穽猟で、『自由の民』の男たちは少しの獲物を捕らえていく。

取り過ぎてはならない。それを愚直に守っている。

少し離れた高台で猟の様子を見守る。

猟は順調に進んでいるようだ。

「順調だな」

ロウも満足そうに笑みを浮かべる。

「前にも思ったのだが、取り立てて自分にすることがないように思うのだが?」

マサトは以前思った疑問を素直にロウにぶつけてみる。

この調子で猟が終わるのであれば、眺めているだけで自分のすべき事は何もない。

「まぁ、そうだな。お主の出番がない、ということは全ては順調に進んでいるということ

 だからな」

「どういうことだ?」

「もしお主の出番が来たならそれは他部族の者と戦うことになっているか、もしくは

 あの森の主が現れて何人かの命が危険にさらされているときだ。そういう機会は長として

 なって欲しくはないからな」

ロウが真顔で言う。

「順調過ぎるくらいが一番いいのさ」

他部族と争いになる、と言うのは何となく分かる。ただでさえ自然の恵みは多くない。

取り合いになればそれこそ命がけだろう。

しかし森の主、というのはどういうことなのだろう?

少し不思議そうな顔をしていたのだろう。ロウが話を続ける。

「あの森がどうして『魔の森』と呼ばれているか、知っているか?」

「いや・・・」

「あの森には人を喰らう悪魔が住んでおって人を寄せ付けない。あの悪魔がいなければとうに

 森を拓いてそこで暮らしていただろう。猟もあんな森の端でしなければならない所以は

 あの悪魔から出来るだけ遠くで行う必要があったからだ」

「悪魔?」

「ああ。オレたちはそう呼んでいる。人の丈の4倍はゆうにあるだろう巨大な身体と爪と牙を

 持ち、人間を襲い喰らう。恐るべき獣だ」

「そうか・・」

「とはいえ、『獣の部族』も我々のすぐ近くに来ているからな。彼らもこの辺りで猟をするだろう。

 争いを防ぐためには予定を早めて移動するに限るからな」

なるほど・・急に出発が決まったのはそういう理由からか。

マサトは1人納得する。本当にロウは争いごとが嫌いなのだろう。


「おっと噂をすれば・・」

ロウが遠くを見ながら異変に気づく。

何人かの男たちの塊がこちらに向かって来ていた。

明らかに『自由の民』ではない。

『獣の民』の男たちだった。















 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ