伴侶と宴
『自由の民』の元へ来て5日目。
今日はマサトの妾を決める日だった。
しきたりとは言え気が重い。けれども受け入れざるを得ないとマサトとアルテイアは思っている。
長老の元へ向かう2人。
長老ラ=グ=ギルはいつもより上機嫌のように見える。
「さて・・マサトよ。今日はお主のもう1人の伴侶を選ぶ日じゃ」
「はい・・・」
マサトは諦めたような表情でギルに返事をする。
アルテイアは目を閉じて成り行きを見守っている。
心の中で本当に申し訳ない気持ちになるマサト。
自分が望んだ訳ではないのだけれど・・・
「誰か・・」
ギルが言い掛けたとき、1人の少女が幕舎に入ってくる。
「はい!わたし、立候補する!マサトのこともアルテイアのことも大好きだし!」
笑顔で宣言するレン。
「お主はまだ若すぎる。18になったばかりではないか」
「でも18ならいいんでしょう?」
屈託の無い笑顔。マサトもアルテイアも複雑な表情をする。
「ならんならん!お前は事がどういうことか分かっておらぬのじゃろう?」
「そんなことないもん!この間見たし」
いきなりなんてことを言うのだろう。マサトとアルテイアは恥ずかしさで赤くなる。
しかし『自由の民』の者たちは誰も動じていなかった。
「いいんじゃないか?レンがそう言うなら、そうさせてやればいい」
今度はロウが幕舎に入るなりギルに向かって言う。
「む・・・ロウまで・・しかしまだ子供じゃぞ?」
「18になったんだよな?レン?」
「うん!1月前に!」
「なら大丈夫だ。長老、誰もが異郷の民の伴侶になることは望まぬだろう。レンが適任だと
思うがどうだろう?」
「む・・確かにそう言われたらそうじゃが・・・」
ギルは致し方ないという表情をして考え込む。
異郷の民と交わるのは部族の血が濃くなり過ぎるのを防ぐため。
血が濃くなりすぎれば必ず虚弱な子供になり、早死にしやすい。
それを防ぐために他部族や異郷の血を入れるのだ。
だからと言って、誰しもが望んで異郷の子供を身ごもりたいとは思わない。
ましてや異郷の伴侶を携えているのだ。
「致し方ない・・レン、大丈夫か?お主」
「うん!今だってアルテイアと2人で家事してるし、マサトのこと大好きだもん」
「わかったわかった。では伴侶はレンに致す。マサト、アルテイア、異存はないな?」
「・・分かりました」
元より2人に異存はない。ただ相手が子供のようなレンというのが1つの問題で、
さらにアルテイアにはあの『呪われた証』がある。それが最大の問題だった。
夜。ささやかな宴が催される。
焚き火の明かりを中心にして車座に『自由の民』のほぼ全員が会している。
その中の一角にはアルテイア、マサト、レン、ギル、ロウが順に座っていた。
宴の場だ。アルテイアはその心中とは裏腹に笑顔に終始している。
「今日は飲むが良いぞ。祝いの席だからな」
レンがマサトにお酌をする。子供にしか見えなかったが、化粧をしていると立派な成人
に見える。
「はい、どうぞ。旦那さま♪」
レンにとっては初めての結婚である。いくら定められたこととはいえ、
レンは嬉しそうにしている。
マサトにとってはかなり複雑な心境であった。
アルテイアはもっとだろう。
場は酒が進み、和やかな雰囲気から乱痴気騒ぎに変わっていく。
脱いで踊りだす者、けんかをし始める者、酒に酔って瞑れている者・・・
また『自由の民』の酒は結構強い酒が多いらしい。
マサトは決して強いとは言えないから、少し酔ってしまった自分を強く自覚してしまった。
フラフラと立ち上がる。
「大丈夫?」
アルテイアが声をかける。この人の酔った姿は見たことがない。
だから少し心配していた。
「ああ・・大丈夫だ。少し夜風に当たってくる」
マサトはまだフラフラした足取りで歩き出す。
(・・・大丈夫かしら・・?)
元々心配症なところのあるアルテイアだ。この地に来てから心が痛むことの連続で
安心出来るのは2人の夜だけ。
しばらくしてからマサトの歩いて行った方向に向かう。
(今日はレンに取られてしまうから・・・)
少し悲しい思いをしながらマサトを探す。幕舎に戻る前に少しだけでも傍に居たいと
願っていた。
まっすぐ追いかけていたはずなのに、マサトの姿はない。
赤く長い髪が夜風に揺れる。
その赤い髪を靡かせながら、アルテイアは必死になって探していた。
(幕舎に帰ったのかしら・・・?)
追いかけても間に合わなかった自分が少し悲しかった。
ずっと傍にいたいという欲求が日々強くなっていく自分が自分を追い詰めていくような
気持ちになる。
(こんなんじゃ・・)
宴に帰る道を1人戻っていく。
マサトはオアシスに向かっていた。
今日も来ているかも知れない。
ただ、何となくそう思った。
「こら!遅いじゃないか!」
今日はだいぶ待ったのだろう。昨日より怒っているように見える。
「ああ、すまない。今日は宴だったからな・・」
マサトは謝りながら言い訳をする。
「ほう、飲めるのか?城人は酒に弱いと聞くが・・・」
クレハは意外だ、という声でマサトに聞く。
「まぁ・・強くはないな。俺自身は。だが町にも強い人間は大勢いるぞ?」
ノール公領にいたときの飲み比べを思い出す。
ゴルムとの飲み比べは自分でもどうして勝てたのか未だに不思議に思う。
フェルを想っての行動だったからだろうが。
「ほう・・いつか一緒に飲んでみたいものだな」
クレハが笑みを浮かべながら言う。微笑むと可愛らしいんだな、とふと思う。
「どうした?オレの顔に何かついているか?
「・・・目と鼻と口が」
どこかで言った台詞。
「くく。面白いヤツ」
微笑みが明るくなる。
「そら、行くぞ!」
クレハがマサトの手を取って引っ張る。
泉の淵に座ろうと言うのだろう。
昨夜の場所に2人は腰を下ろして月を眺める。
「こうして・・ここでお前と過ごしているととても優しい気持ちになれるんだ・・・」
クレハは静かに言う。本当はもっと活発な女性なのだろう。
「どうしてだろうな?街人と共に過ごしたいなどと思ったこともないのに」
「さぁな・・・珍しいからじゃないか?」
「ふふ。そうかも知れないな」
そう言ったきり、2人は押し黙る。
けれどもその沈黙の時間は決して苦痛ではない。
むしろ自然体でいられた。
時間が穏やかに過ぎていく。
「そろそろ戻らねば、皆に心配をかけてしまう」
宴の最中だということを思い出す。
アルテイアやレンが心配している頃だろう。
「そうだな」
「ああ・・また逢えるといいな」
素直な感情を口にする。
「そうだな・・また、逢いに・・・」
そう言ってクレハは少し自分らしくない自分に気づく。
この異郷の若者との居心地の良い時間を大切にしたいと思っていた。
「遅かったね!どこに行ってたの?」
レンが尋ねる。アルテイアは泣きそうな顔になっていた。
「すまんすまん。少し迷ってしまった」
心配をかけまいと適当なことを言うマサト。
「今日は大切な日なんだから!」
レンが少しだけ膨れっ面をする。そう、今日の主賓は誰でもないレンなのだから。
レンがマサトに酒を告ぐ。
「はい、どーぞ♪」
あまり強くないというのに・・・
マサトは諦めた感で杯に口をつける。
「アルテイアも飲む~?」
レンは笑顔でアルテイアに酒の入った水差しを突き出す。
そういえば、アルテイアが飲んだところは見たことがない。
マサトは少し興味を惹いて成り行きを見守った。
「いいえ・・わたしは・・・」
泣きそうな顔のままレンに答える。飲めないのだろう。
「いいからいいから♪」
そうしてレンはアルテイアの杯になみなみに酒を注いだ。
「さ、召し上がれ♪」
酔っているのだろうか?いつにも増してレンが明るい。
「じゃあ少しだけ・・」
そう言って口をつけるアルテイア。一口含んで飲み込んだ。
「っ!お水を・・・」
「あはは♪きつかった?」
「辛い・・・」
「結構強いお酒だからね♪」
「・・そうなんだ・・」
もしかしたらもう既に酔っているのかもしれない。
白い肌がかなり赤くなっていた。
そんなアルテイアも可愛いんだな、とマサトは思う。
レンはそんなお酒でも自分からぐびぐび飲んでいく。
これではどっちが子供なのか分からない。
見ればアルテイアはうつらうつらし始めていた。
「そろそろ幕舎に戻ろうと思う。いいだろうか?」
ロウにアルテイアのことを目配せで伝える。
「おお。潰れてしまったのか?レンと帰って介抱してやるがいいぞ。それからレンを
可愛がってやってくれ」
最後の台詞は余計だと思ったが、素直に礼を言ってアルテイアを抱える。
アルテイアはもう半分眠っているようだった。
「大丈夫?」
レンが心配そうに声をかける。まさかこんなに弱いとは思ってなかったのだろう。
「大丈夫じゃないかな。こんなになったのは初めて見たけど・・」
「マサトは強いんだね!」
「そうでもないよ。途中で休憩してたからね」
そう言って、オアシスでの出来事を思い出す。
向かうとはは結構フラフラだったが、帰るときにはすっかり酔いが醒めていた。