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クレハ

 数秒間、お互い声が出ない。

驚いた顔で見つめあう。

しかし女の方が先に我に返った。

「誰だ?!お前!」

女は怒鳴りながら自分の服の元に駆け寄り、小剣を片手に持つ。

マサトも我に返った。

「済まぬ。怪しい者ではない」

「じっと他人の沐浴を眺めていて、怪しい者ではないと?!」

女が怒りに満ちた声でマサトを睨みつける。

「本当に済まなかった。ついあまりに美しいので見惚れていたのだ」

マサトは嘘偽りなく答える。

「美しい?オレがか?」

女が笑いながら視線を向ける。声は笑っているが目は笑っていない。

「ああ・・・」

「お前・・・ロウのところの者だな?」

ロウの名が出る。ということはこの女性は違う部族の者なのだろう。

女は服で前を隠しながら小剣の構えを解かない。

「そうだ。怪しい者ではないからその剣を下ろして服を来てくれ」

マサトは少し視線を逸らして女に訴える。

女は後退りながら警戒を解こうとしない。

「俺の名はマサトと言う。ロウのところの客人だ!危害は加えたりせぬ!」

さらに大声で叫ぶ。

女はその名を聞いて凍りつく。

「マ・・・・・サ・・・・・ト・・・・・??」

マサトは女の豹変ぶりに少し驚く。

「ああ、そうだ。だから剣を下ろして早く服を・・」

言いかけた瞬間に女が剣を落とす。

警戒を解いてくれたのだろうか?

「早く服を・・・」

視線を逸らしながら再度訴える。

「あ、ああ・・・」

女は急いで自分の服を着る。白いチュニックをすっぽり被って小剣を鞘に収めた。

その顔をまじまじと見る。本当にどこか自分によく似ている。

女もそう思っていたのだろう。マサトの顔を見つめながら自分がどうして

マサトの名で動揺したのかを考えていた。

「オレの名はクレハだ。ラ=ガ=クレハ。『獣の民』の者だ」

獣の民・・どこかの部族の名なのだろう。同じ蛮族でもいろんな部族があると聞く。

「さて、もう行かねばならぬ。マサトとやら、また機会があれば会おう」

そう言い残して泉の茂みの方へ消える。

後ろ姿を見送って、マサトは少し考えていた。

世の中には自分に良く似た人間は生きているものだと思っていたが

まさかそれが異性だとは思ってもいなかった。

(また会える機会があるといいが・・・)

なんとなく再び話をしてみたい、と思っていた。



 オアシスから帰ると幕舎の明かりは消されていて、レンとアルテイアはもう

お互いの布団に入っていた。

そんなに長い時間が経っていたのだろうか?

マサトはなんとなく2人に悪いことをしたような気持ちになってベッドに腰掛ける。

先程の出来事を思い出していた。

自分に良く似た他部族の女性。

なんとなくまた逢いたいと思った感情。

アルテイアへの想いとフェルへの想い。

複雑な感情が湧きたってくる。

そっとアルテイアを見る。

赤く長い髪が白いシーツに映える。

その赤い髪を見るとこの人を守らねばならないと強く思う。

この哀しい運命を背負った人を。


マサトはアルテイアを起こさないように注意深くアルテイアの横に潜り込む。

不意に唇を重ねられた。

「ん・・・ん・・・!」

唇が離れてアルテイアの瞳に見つめられる。

「・・・遅かったですね・・・」

アルテイアは寂しそうに呟く。

「ああ・・ごめん」

何も言えずに謝るマサト。

「・・レンは眠ってました・・?」

「うん。寝息を立ててすっかり眠ってるようだったけど」

再び唇が重ねられる。

「・・・待ってたんです・・・」

再び寂しそうに呟く。

頭を撫で、髪の隙間を滑らせていく。

「・・ごめん・・」


マサトの指を感じながら、甘えたいという欲求が耐え難かった。

日々大きくなっていく欲望を抑えなければならないという気持ちと抑えられないもどかしさ。

人間の欲望がいかに危険なものか、そのときのアルテイアは知る由もない。



 朝日と共に目覚める。

だいぶ疲れがとれたのだろう、身体もいくばくか軽くなっていた。

朝から女たちは忙しそうに動き回る。

マサトの幕舎でもアルテイアとレンが忙しそうに動き回っていた。

「今日は狩猟についていってもらうって」

レンがロウの言伝を伝える。

「そっか・・少しは役に立たないとな」

「でも今日は見ててもらうだけだって♪」

「そっか・・・それは残念だな」

「ふふ。私は少し安心ですけどね」

アルテイアが優しい笑顔を浮かべる。少し吹っ切れたのだろうか、昨日までの少し暗いような

表情ではない。

「まぁ・・出来ることから頑張るよ」

少しは役に立たなければ・・・

「ね、ね、そういえばさ!」

レンが一段と明るい顔で口を挟む。

「昨日の夜、交合った?」

目が点になる2人。

「起きたら、声が聞こえてくるんだもん」

真っ赤になる2人。

「あ、気にしないでいいよ?レンは大丈夫だし」

何が大丈夫だというのだろう。2人はますます赤くなるだけだった。



 ロウとマサト、それから護衛をしているキャクルは一際高い丘の上にいる。

北にある「魔の森」の近く。そこで狩猟は行われた。

狩猟と言うが、獲物を森の中から落し穴に追い込んでいく陥穽猟。

何人もの男たちが森の中から獲物を次々追い込んでいた。


「取りすぎてはならぬからな」

ロウは笑いながらマサトに説明する。

大地の恵みは必要なときに必要な分だけ。

そうしなければ本当に必要なときに手に入れることができなくなるとロウは言った。

マサトは感心する。この民は大地を畏れ、大地を敬い、大地と共に生きている。

「蛮族」という言い方は間違っているだろう。

むしろ欲望高い人間が多い町の方が蛮族の地と呼ぶのに相応しいのかも知れない。


「・・で、昨夜、他部族の者に出会ったと?」

昨夜の出来事を伝えた途端、ロウの顔から笑みが消える。

「獣の民が近くに来ているのか・・・」

ロウは何か考えているようだ。

「何か問題でもあるのか?」

マサトが尋ねる。

「いや、問題があるわけではない。ただ違う民同士が出会うと大概諍いが起きる。

 それを心配しているのだ」

狩猟での獲物も生活で使う水も独り占めする訳にはいかないが、場所によっては

それが争いの元になる。そのことを言っているのだろう。

「我らはある種兄弟だからな。仲良くしていけるのなら、それが一番なのさ」

ロウはそう言って遠くを見る。

この荒涼とした大地に住むのだ。諍いは1度や2度でなかっただろう。

だからこそこの蛮族王は他部族を慮っているのだ。

(ラムセス2世に似ている・・)

民を思う気持ちは必ず王に必要なものだと思う。

そうして自分に身近な2人の王はそれを持っているのだとマサトは改めて感じていた。


 昨日よりほんの少し欠けた月が鮮やかに見える。

マサトはまたも夕涼みと称して、幕舎を出ていた。

向かう先は昨夜の女性の居たオアシス。

女性に一目惚れをしたとかそういうのではない。

ただ何となく興味を魅かれた。居なければそれはそれで構わない。

そう思いながらオアシスに向かう。

「さすがにいないか・・」

オアシスの泉の中には人っ子一人いない。

月が水の中で静かに輝いている。


マサトは少し周りを見渡して泉の淵に近づこうとする。

そうして、いきなり低木の茂みから黒い影が現れた。

昨夜の女性・・・ラ=ガ=クレハ。

「遅かったな」

待ち合わせていた訳ではないのに、クレハは文句を言う。

「・・済まない」

悪いことは何もしていないはずのマサトが素直に謝る。

「ふふ。面白いヤツだな、お前。オレに逢いに来たのか?」

笑みを浮かべるクレハ。

「ああ。クレハこそ、俺に逢いに来たのか?」

負けずに聞き返す。

「ああ、そうだな」

素直に頷くクレハ。

「なんとなくお前が来る気がして来てみた」

「そうか・・・」

改めてクレハを間近で見る。男と女だから、微妙な違いがあるのだろうが、

顔は良く似ている。兄妹と言えば恐らく通じるくらいに。

クレハもそれを感じているかも知れない。

「昨夜な、お前の名を聞いてなぜか懐かしい気持ちになった」

クレハは少し優しい顔になってマサトを見る。

「マサト、という名は初めて聞いたが、どうしてだろう・・遠い昔に聞いたような気がした」

「・・・・」

なんとなく言葉にならない。言葉が今は必要のない気がする。

どちらからともなく、泉の淵に腰掛ける。

不思議な感覚がする。どこかでこの女性と出逢ったことがある・・・

マサトは確信していた。

「なぁ・・・」

「どうした?」

「月、きれいだな」

「そうだな」

「どうしてだろうな・・お前といると本当に静かな気持ちでいられる」

「・・・そうだな・・・」

恋とか愛ではない。言葉を必要としないくらいクレハに同調しているというか。

心がこの女性と共振しているような・・・そんな感覚に陥る。

無言の時間が流れる。

「そろそろ行かなくては・・・」

マサトはクレハの瞳を見つめて言う。

「・・ああ、そうだな」

クレハも立ち上がってマサトを見つめた。

「また逢えるかな?」

「・・そうだな」

「では、行くか」

「ああ・・またな」

「うん・・・」

最後の少しか細くなった声はクレハらしくない声だった。

・・でも、どうしてクレハらしくないと解るのだろう?


少し不思議に思いながら、マサトは伴侶の待つ幕舎に帰って行った。












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