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レン

 ロウの幕舎を出ると辺りはもう暗くなっていた。


「幕舎はこれを使ってもらおう」

ロウに先導され、マサトとアルテイアは2人の住むことになる幕舎に入る。

「あまり広くはないがな。必要なものは極力揃えてある」

とはいえ遊牧民である。いつでも移動可能なように質素な作りと簡単な道具しかなかった。

「ベッドは1つで足りるだろう。従者であるレンもこの幕舎に住まわせることになるが

 それも了承してもらおう。レン、後は頼んだぞ」

そう言い残して、ロウは自分の幕舎に帰って行った。

まだ幼い顔立ちの残る少女・・レンが幕舎に入って来た。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

手にいっぱいの毛布。この毛布で自分の寝床を作るのだろう。



 しきたりの違いとはいえ、マサトとアルテイアは本当に大変なところに来てしまったと痛感する。

狩猟はまだ構わないが、少女と寝泊りを共にし、なおかつ妾まで持てという。

愛する人を独占できない立場を甘んじて受けろと言われたアルテイア。

悲しいが仕方がない。逃げ出す訳には行かないのだ。

「今日は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」

レンがお辞儀をしながら礼を言う。

この人たちがいなければ無事では済まなかっただろう。

「いや、無事で良かった」

マサトが明るい調子で応える。優しい笑顔を携えていた。


アルテイアはそんなマサトの表情を見て

この最愛の人が他の女を抱くという目の前が真っ暗になるような絶望を想像していた。

(独占欲・・・)

自分がこんなにも欲望的だとは思いもしなかった。

呪われた運命を受け入れてからは自分の望むような未来を諦めていたのに

最愛の人と結ばれてからは欲望に支配されている自分がいる。

(人間の欲望というものなのだろう・・・)

気を強く持たねばならない。重大な責務を全うしなくてはならないと強く思う。

遣りきれない思いを胸にマサトの手をそっと握り締めた。


「明日は長老が部族のしきたりについて話をします。お昼から」

長老・・ロウとの会見のときにそばについていた老人。

名をラ=グ=ギルと名乗っていた。

気難しそうな顔はなんとなく父ジェス=アールティアスと似ている。

「なるほど・・部族のしきたりはたくさんあるのかな?」

「そんなに多くは」

レンがはにかみながら応える。可愛らしい笑顔だ。

マサトはアルテイアを見る。長旅で疲れたのだろう、顔色が優れないように見える。

「レン。妻が疲れているようだ。今日はもう休みたいのだがいいだろうか?」

「うん。もちろんです」

笑顔でそう言いながらレンという少女は驚きの行動に出る。

いきなりするすると着ているチュニックを脱ぎ始めた。

「わ!」

マサトは驚いて短く声を上げる。アルテイアは目を丸くしていた。

「どうされました?」

レンはすっかり下着姿になる。

胸を覆う布着と腰を覆う下穿き以外を脱ぎ捨ててしまった。

きょとんとして顔を赤らめるマサトを見る。

「い、いや・・いきなり脱ぎ始めたから・・・」

マサトは目のやり場に困りながらレンに応える。

「お休みになるということでしたので・・・」

レンはまだ要領を得ないという顔をしている。

恐らく男の前で下着姿になる、ということに羞恥がないのだろう。

ここではそれが当たり前なのかもしれない。

アルテイアはますます自分の欲と戦わなければならないことを悟る。

この強い独占欲が嫉妬の炎を生んでしまうことは容易く想像できる。

その嫉妬という人間的な黒い感情と戦わなければならない自分を

悲しく感じていた。



「では、お休みなさいませ」

レンは毛布で作った自分の寝床に潜る。

カンテラの火を落とし、幕舎の中は闇に包まれていた。

2人は用意されたベッドに入る。さすがに王城に居たときとは比べるまでもなく

2人で寝るスペースとしては狭いがたくさんの布を敷き詰めているのだろう、

寝心地は悪くなさそうだ。


アルテイアがマサトの腕枕の中で呟く。

「本当に・・来てしまいましたね」

その声は心無しか暗い。長旅の所為もあるだろう。

「うん・・疲れただろう?今日はゆっくり休もう」

マサトはアルテイアを案じて優しい言葉をかける。

「わたし・・・」

アルテイアは言いかけて止める。

甘えたい衝動に駆られていた。

独占欲と嫉妬、涌き上がる欲望を抑えられない自分に自己嫌悪する。

「無理はしないで・・もう寝よう?」

優しい言葉をかけてくれるマサト。

その右手がアルテイアの赤く長い髪の間を滑っていくたび堪らなくなる。

「・・・うん・・・」

自制して、了承する。欲望に打ち勝たなければならないと自分に言い聞かせて

アルテイアは愛する人の腕の中で深い闇に落ちていった。



 翌日の朝。

やはり疲れが溜まっていたのだろう、2人はだいぶ寝過ごしてしまっていた。

まどろみから目覚めるとアルテイアはまだ腕の中ですぅすぅ寝息を立てている。

起こさないように慎重に立ち上がって朝の準備をしているレンに声をかけた。

「おはよう」

「おはようございます」

レンは笑顔で返しながらその手を休めず準備をしている。

さすがに今は幅広いチュニックを着ていた。

昨日の半裸姿を思い出して少し赤くなる。

「何か手伝うことはあるかな?」

「いえ、大丈夫です」

再びレンが笑顔で返す。

「奥方さまはだいぶお疲れのご様子ですね」

「長旅だったからね。慣れていない旅だったし・・僕の方が早起きなのは珍しい」

「そうなんですか。大丈夫でしょうか?」

「顔色があまり良くないが、まぁ大丈夫だろう」

レンは少しほっとしたような表情を見せる。優しい子なのだろう。


「それでは水を汲みに行ってきますね」

レンが水桶を2つ担いで幕舎を出ようとする。

昨日の待ち合わせのオアシスまではそんなに遠い訳ではないが

少女が水桶を2つ担いで来るには距離があるように思う。

「あ、待って!僕も手伝おう」

そう言って水桶の1つをレンから奪う。

「あ、いいですよ。いつものことですから」

「いや、何か手伝わないと申し訳ない」

「いえ、大丈夫ですよ」

「水場にまた狼がいるといけないしね」

マサトが小剣を携えながら笑顔でレンに同意を促す。

小考してレンは同意した。

「そうですね・・ではお願いします」

「了解!」

「では行きましょう」

2人は1つずつ水桶を持って幕舎を出る。

陽が少し高くなっていた。


2人が幕舎を出て間も無くアルテイアが目覚める。

横にいるはずの最愛の人がいない。

(寝過ごしてしまったかも・・)

一人ぼうっとした頭で考える。

部屋を見渡すとレンと言う名の少女もいなかった。

ずきりと心が痛む。とり残された訳ではないだろうが、最愛の人が少女と一緒にどこかに

行ってるのだろうと思うだけで胸が張り裂けるような痛みに襲われる。

王城のときはあまり感じることのなかった心の痛み。

傍に居てくれているという安心感と自分は『呪われた証』を持っているのだという思いが

そういう欲望を抑えてくれていたのかも知れない。

(だめ・・・こんなのでは)

マサトの伴侶として責務を果たさねばならない。

そう再び言い聞かせるアルテイアだった。


「あ、おはよう」

マサトが幕舎に戻るとアルテイアは起きていた。

「お帰りなさい・・どこに行ってたの?」

「水を汲みに。ほら昨日のオアシスまで」

「おはようございます」

レンも明るい声で目覚めたアルテイアに声をかける。

「おはようございます」

努めて明るい返事をしようとする。

2人はアルテイアの葛藤に気づかないまま水桶を幕舎の隅に置く。


3人の遅い食事が始まる。

王城に比べれば極めて質素な食事。

「お口に合いますでしょうか・・?」

おそるおそる尋ねるレン。食文化が違うから決して美味しいという訳ではないが

食べられないほどではない。

「ああ、美味しいよ」

マサトは笑顔で応えた。

「良かったです」

レンが安堵の表情をする。

マサトは食事の手を止めているアルテイアを見る。

昨日からこんな感じで小考しているような様子をたびたびしていた。

「アルテイア・・?」

名を呼ばれて我に返るアルテイア。

「どこか調子でも・・」

「あ、ううん・・部族のしきたりって何があるのだろうと思って・・」

昨日のロウの話を思い出すマサト。しきたりとは言え了承できぬこともあるかもしれない。

「そうだね・・そればかりは聞いてみないと分からないけれど

 出来る範囲のことは頑張ろうと思う」

「そんなにないですよ」

レンが微笑みながら口を挟んでくる。心配はいらない、という口調だった。

「そうですか・・」

少し顔を曇らせたアルテイアだったが、その心の奥を見透かされないように笑顔になる。

3人の遅い食事が終了した。


「さて・・長老の元へ向かうとしようか」

「うん」

レンが先導して長老の幕舎に向かう3人。

少しだけマサトとアルテイアは緊張していた。

(何を要求されるのだろう・・・)

それだけがアルテイアには心配だった。

















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