1ー(3) 高浜みなみの場合
「やぁ、初めまして」
突然、わたし以外誰もいないはずの部屋から声がした。
「!?」
慌ててわたしは声のした方へ顔を向ける。
するとそこには、人が浮いていた。
いや、この場合人と形容するのは適切ではない。これは、人ではない。人の形をした『何か』だ。まず人が浮くなんてことありえるはずがない。どんだけ目を凝らして見ても、そいつは地面に足をつけていなかった。その光景にわたしはぞっとする。単純に、恐怖を感じた。
そいつは純白の衣を身に纏っていた。光瞬くティアラらしきものを頭にそせている。顔には、微笑が浮かんでいた。それは優しそうで、いい人なのだろうかと思わせられる。わたしは一瞬、「神」という言葉を脳裏に浮かべた。何故かそれがこの目の前のものを適切に表しているように思えた。
「あなたは、誰ですか・・・?」
勇気を出して訊いてみる。
「私ですか?私は神と呼ばれる者です」
するとそいつは呆気なく自分の正体を明かした。それを聞き、わたしは納得させられる。やっぱり神様だったんだ。違和感はなかった。自分の考えは正しかったみたいだ。しかしここで一つ疑問が浮上する。
どうして神様がわたしのところへ・・・?
それが頭の中を占めた。どうしてそんな偉い人が自分なんかのところへ?わたしが質問をしようとしたら、神の方が先に口を開いた。
「わたしは用があってやってきました」
笑みを浮かべてゆっくりと言う。まるでわたしが考えていることは何でもお見通しのようだ。わたしは黙って次の言葉を聞く。神は容易く言ってのけた。
「私はあなたの願いを一つだけ叶えにきました」
耳を疑った。
頭の中が、真っ白になった。
言葉を失って唖然としているわたしを余所に、神様は言葉を続ける。
「もちろん代償はあります。願いを叶える代わりに、あなたの命を貰わせてもらいます。ま、簡単に言ってしまうとあなたは願いを叶えて貰う代わりに死んでしまうということです」
言葉が耳の端から端へと通り抜ける。わたしの頭の中は、一つの言葉が反芻されていた。震える唇を懸命に動かし、わたしはある言葉を吐く。
「ほん、と・・・?ほんとうに願いを叶えることはできるの・・・?何でも・・・?」
これはわたしの縋った希望。残された、わたしの未練。
神様はしばらくわたしの様子を興味深そうにじっと見ていた。そして次には、笑顔になる。
「ええ、何でも叶えてみせましょう」
その言葉を聞き、気絶しそうなほど嬉しさがこみ上げてくる。さっきまでの辛気くさい雰囲気はすべて吹き飛び、はしゃぐような笑顔を見せていた。
もちろん、わたしの願うことは一つ。
「拓くんを、彼を生き返らせてください」
どう考えても無茶な願いだろう。もしかしたら断られるかもしれない。覚悟して口に出してみたが、神様は別段驚いてはおらず、むしろ笑みを深めた。
三日前のあの日、彼は死んでしまった。
死因は交通事故でトラックにはねられたものによる強い打撲死。
あの日わたしは一人勝手に浮かれていた。だから後ろから自分に突っ込んでくるトラックに気づくことが出来なかった。あとで聞いた話によると、トラックの人は飲酒運転をしていて意識が朦朧としていたらしい。ほんとうなら、わたしが死ぬはずだった。なのに、隣にいた彼はそのトラックの存在に気がついた。血相を変え、大声で叫んだ。
「――――ッみなみ!!」
呆気にとられるわたしを彼は力強く前の方に押した。それによりわたしは道の端の方に追いやられる。しかし彼は、わたしを押した反動で、反対側のまさに今トラックが突進してくるところに残ってしまった。今度はわたしが血相を変えた。
「た、拓くんッ!!」
必死にわたしは手を伸ばす。
でも、届かなかった。
わたしの指が、彼に届くことはなかった。
彼は最後まで笑顔だった。
これから何が起こるのか理解できているはずなのに、わたしに優しい笑顔を見せた。彼はいつも優しい人だった。
そして―――
「拓くんッッ!!!」
最後まで笑顔を浮かべたまま、彼は命を落とした。
わたしがいけなかったんだ。
わたしが気づいていさえすれば、こんなことにはならなかった・・・!
それからわたしは、三日間飲まず食わずで部屋に閉じこもった。
彼には未来があったんだ。サッカー選手になるっていう輝く夢があったんだ。それに比べてわたしはどうだろう。人から孤立し、蔑まれ、何の取り柄もないどうしようもない人間。わたしが死ねば良かったんだ。わたしが死んでしまえばよかったんだ。それを考え、毎日涙を流し続けた。
しかし、そんな日々もまもなく終わる。
神様が、わたしの元へやってきたのだから。
神は目を細め、わたしに訊ねた。
「ほんとうにいいのですか?あなたは死んでしまいますよ?」
何を今更。
「彼の為ならそんなの構いません」
力強くわたしは頷く。当然と言わんばかりに言葉を発する。神様は、笑顔で頷いた。
「分かりました。あなたの願い、叶えます」
もう、わたしに覚悟は備わっていた。
神様が何か呟いたのと同時に、辺り一面に光が散らばる。
莫大な量の光が、わたしの体を包み込んだ。
最後にわたしは、彼に思いを馳せる。
さようなら、拓くん。
会うことはできないけれど、あなたの幸せを祈ってるよ―――
そして高浜みなみの願いは、叶えられた。
これで1の話は終わりです。3つも長々と書いてしまいすいませんでしたm(_ _)mそしてつきあって下さって、ありがとうございました。