1ー(2) 高浜みなみの場合
なんかラブコメみたいになってしまった(;_;)
彼、上山拓くんは笑顔の絶えない人だった。
拓くんが笑ってないところを見たことがないくらい。だからわたしが思い出す彼の顔はいつも笑顔ばかりで。・・・・それを考えてしまうと胸が苦しくなって、涙が溢れ出しそうになってしまう。やっぱ駄目だな、わたし。ちっとも強くなってない。わたしだけ、何も変わってない。
彼とわたしが初めて会ったのは、学校近くのバス停前。そこでわたしは、高校の学校指定のブレザーを羽織り、ちょっと長めのスカートを少し風になびかせ、左手にはバックを、右手にはしわくちゃの地図を広げ、それをしかめっ面をして見ていた。
「う~ん、バスこっちで合ってるかな・・・?」
しきりに首を傾げ、地図をぐるっと回してみる。
「えーと・・・・」
駄目だった。地図の見方が分からなかった。現在地はここなんだろうけど・・・・。たいして無い脳をフル回転させる。しかし何分かして、これは無駄な労力だな、と気づいて止めることにした。どうしようかな。そんな風に数秒つっ立っていて、やっと気づいた。
「・・・・・・。」
同じ高校の人たちが遠巻きにこちらに視線を寄越していた。あまつ目の前の通り過ぎる女の子二人組なんて、わたしを見ながらヒソヒソと手を口にあてて話している。その会話の内容が、わたしにとって嫌なことを言っているのが聞かずとも表情と、そして今までのわたしの経験で分かった。多分、他の遠巻きにこちらを見ている人たちも同じようなものだろう。睨むような目つきなのか、はたまた怪訝な顔なのか。でもそんなの、どうだっていい。気にしたってどうしようもない。わたしは気にも止めなかった。もう一度、持っている地図に目を移す。・・・・・・。どうしよう、分からない・・・・。・・・・・これだからバスは嫌なのだ。いつもは家が近いので徒歩通学だからいいのに、今日は用事があって祖父母の家に行かなければならない。バスの経験値が著しく低いわたしは、バス停の前で途方に暮れていた。どうせ誰も助けてくれなどしない。自分で解決しなければならない。だがその壁があまりにも高すぎた。・・・・しかたない、とりあえず次来るバスがそれだと思うからそれに乗るかな、と半ば諦めて決めたその時。
「ねぇ、どうしたの?」
声が聞こえた。
わたしの背後から男の人の声がした。
「え・・・・?」
咄嗟にわたしは振り向く。そこには。満面の笑みを浮かべた、わたしと同い年くらいの男の子が立っていた。制服を着ているようだが、わたしの高校のものではない。別の高校のようだ。顔を見ると、少し幼めというか男の子にしては可愛らしい。でもこの顔に見覚えはない。おそらく初対面のはず。どっかで会ったっけ・・・・?そうやってわたしがう~んと唸っていると、
「ぷっ・・・」
突然その男の子が吹き出した。
「あはは、君おもしろいね。最初は驚いたように目をまん丸にしたかと思えば、次は眉をよせて思案顔になってみたり、表情がコロコロ変わるんだね」
その言葉にしばしわたしは呆然とする。こんな風に、他人におもしろいなんて言われたのは初めてだった。目を疑うような状況に頭がついていかない。ひとしきり男の子が笑った後、さっきまでの笑顔に戻って私に訊いた。
「それでさ、こんなところでどうしたの?バスでどれに乗ればいいのか分からなくて悩んでるように僕には見えたんだけど」
「っ・・・」
その通りだった。そんなにわたし、分かりやすかったかな・・・?彼の問いに、少し焦り気味にコクンと頷く。そして無造作に地図を前に差し出した。
「こ、ここなんだけど・・・・!」
地図を差し出すわたしの手は震えていた。顔も多分赤くなってる。でもそれは恥ずかしかったから、というよりは恐怖を感じていたからだった。人と話すのが恐くて、どうしようもなく震えてしまう。人と話すのに慣れていないわたしは、当然のように他人と話すのは久しぶりだった。
「・・・・ふ~ん、ここね・・・。ここならね、僕分かるよ」
そんなわたしの様子に気づいているのか、そうでないのかは分からないが地図から顔を上げて彼は言った。それを聞き、えっと驚き半分、嬉しさ半分の反応をする。
「というかね、ここここから僕もバスで向かうんだ。同じ目的地」
とその場所に指を指し苦笑する。再度驚き、目を丸くさせるわたしに向かって彼は言った。
「だからさ、一緒に行かない?」
そんなこんなでどういう訳か、彼と行動を共にすることになった。今はバスの後ろの方の二人座りのイスの上。わたしの隣には彼こと上山拓くんが座っている。バスに乗る前に自己紹介をされた。成り行きでわたしも自分の名前を名乗る。わたしの名前を聞いた彼は、じゃ、みなみさんって呼ぶね、と朗らかな笑顔で言ってきたのには思わず赤面してしまった。免疫ないな、わたし・・・。
バスの外には夕焼けが広がっていた。雲一つない空に透き通るようにして染み渡っているオレンジ色。太陽は半分ほど頭を隠している。地平線に、一筋の光が瞬いた。
バスでたわいもない話しをした。始めの方はお互いの趣味とかどこの学校に通っているのかとかそんな感じの。わたしは相手の顔を見ず、ずっと下に顔を俯けていた。途中、みなみさんの学校はどんな感じなの?と訊ねられた。今日が初対面の人にそんなすぐに心を開く事なんて無い。なのにわたしは話していた。こんなの聞いたって相手が不快になるだけなのに。知られたくないはずなのに。自然と口が開いていた。
わたしね、学校では孤立してるんだ。
いつも、一人きりなんだ。
何でわたしはこんなことを言ってしまったのだろう。今思うと不思議でならない。こんなの聞いても何にもならない。迷惑になるだけなんだって分かってる。それなのに彼のその真剣な眼差しに、嘘をつくことはできなかった。
そんなわたしの話しを聞いてね、彼は何て言ったと思う?
「みんなはもったいないな~。みなみさんはこんなにもおもしろい人なのに」
って。それと、
「じゃあ僕は君と友だちになるよ」
とも。あなたは平然と笑顔で言ってのけたんだ。
そこから、わたしとあなたの交流は始まった。
*半年後*
「今日は冷えるね~」
「そうね」
わたしと彼は、二人で大通りを歩いていた。今日は、彼が散歩でもどう?と誘ったので、わたしはOKした。今は夜の時間帯。息を吐けば白く曇る。当然空は真っ暗だった。星もちらほら見えるが、やはりまん丸に大きく輝く月の存在には押されているようだ。そんな空の下を、二人でゆっくりと進んでいた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
なんとなく沈黙が落ちる。あたりは静寂に包まれた。その空気に耐えきれなくなって、わたしは口を開く。
「そ、そういえば拓くんはもうじきサッカーの試合よね?」
「・・・・そうだな~」
こんなに呑気に応えてはいるが、きっと緊張をしているはずだ。何せ、全国大会なのだ。規模が大きすぎる。彼は昔からサッカーをしていた。その時から才能があったらしく、しだいにリーダーを任されるまでになる。前に一度だけ、彼の試合を見に行ったことがある。フィールドの上を縦横無尽に走って、ゴールを決めたときの彼の輝くような笑顔が忘れられない。汗だくになりながら駆け抜ける彼の姿を目で追うと、胸が熱くなった。
しばらく歩いて、ずっと無言で何を考えているか分からないような顔をしていた彼は、突如立ち止まった。
「?」
つられてわたしも歩みを止める。不思議に思って彼の顔を見た。今までにないくらいの真面目な顔をして、しっかりとわたしの瞳を見ていた。それにわたしは言葉を失う。数秒時間が経ってから、彼は口を開いた。
「あのさ」
一息つく。
「もし僕が試合で勝ったら、言いたいことがあるんだ」
真剣な眼差しに吸い込まれそうになる。そんな彼に、
「う、うん・・・」
としか言葉を返すことが出来なかった。しどろもどろになりながら喋るわたしを見て、彼はニッコリと笑う。今さっきまでの無言で静まりかえった時間が嘘だったかのように笑みを浮かべた。この時のわたしはただ、彼が言いたいことは何だろうと、少し赤面して考えていた。
だから、
気づけなかった。
彼には夢があった。
彼には希望があった。
光り輝く、未来があった。
それなのに、
「――――――ッみなみ!!」
彼は、死んでしまった。